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第130話「滅杖結界!魔槍?真実?」


 王都からパプリカ領、そして実家であるアセスルファム公爵家へと続く道を、私は馬車で急いでいた。


 普段であれば何日もかかる道程だが、パルスが私費を投じて整備してくれた高速道路のおかげで、馬車は驚くほど滑らかに、そして恐ろしいまでの速さで進んでいく。

 この道がもたらす恩恵の大きさを改めて実感する一方で、私の胸を満たす焦燥感を振り払うことはできなかった。

 

(アゼズルガル……。

 一体、何を隠しているというのですか)

 

 私の契約武器である『滅杖アゼズルガル』。


 拠点防衛の要であり公爵家の地下保管庫に安置されている彼が、自ら強固な『絶対障壁』を張り、何者をも寄せ付けないようにしているという。

 前契約者であるお父様(アセスルファム公爵)の再三の問いかけにも応じず、ただ「直接見に来い」とだけ伝えてきたその言葉には、王家や周囲の目を極度に警戒する異常なまでの緊迫感が込められていた。


 チクロの異変


 ズルチン侯爵家の王家派閥への移管


 そしてアゼズルガルの沈黙


 これらが単なる偶然であるはずがない。

 水面下で何かが確実に動いている。

 

 やがて馬車は、見慣れたアセスルファム公爵家本邸の正門をくぐった。


 到着の報せを受けていたのか、お父様が既に玄関の車寄せで待ち構えている。

 派閥の筆頭として常に温和な表情を崩さないお父様だが、今の顔色は通信越しに見た時よりもさらに険しく、深い疲労と緊張が深く刻み込まれていた。

 

「お父様!」

 

 私が馬車を降りて駆け寄ると、お父様は無言のまま重々しく頷いた。

 

「エリスリトール、よく戻ってきた。

 だが、ゆっくりしている時間はない。

 すぐに地下の保管庫へ向かう」

 

 私たちは足早に屋敷の奥深くへと進み、重厚な石造りの階段を下りていった。


 ひんやりとした空気が肌を刺す。


 公爵邸の最下層。

 冷たく澄んだ空気が漂うその場所には、本来なら開け放たれているはずの保管庫の扉の前に、目に見えない強靭な『壁』が立ち塞がっていた。


 物理的な力も、いかなる高度な魔法をも完全に遮断する、究極の防御結界。

 それが保管庫を覆い尽くしているのが、魔力を持つ者であれば肌で感じ取れた。

 

「これが、アゼズルガルの張った『絶対障壁』だ。

 儂がどれほど魔力をぶつけても、微塵も揺るがない。

 だが……現契約者のお前ならば、中に入れるはずだ。

 さあ、行ってこい」

 

「はい、お父様」

 

 私は目を閉じ、結界の表面にそっと両手を当てた。


 冷たく、硬い壁の感触。

 私は己の魔力をゆっくりと流し込み、魂の底で結ばれているパスを通じてアゼズルガルに呼びかける。

 

(アゼズルガル。

 私です。

 エリスリトールです。

 約束通り、直接見に来ましたわ)

 

 すると、硬く冷たかった結界の表面がまるで水面のように波打ち、私の手を柔らかく包み込んだ。

 魔力の抵抗がスッと薄れ、私だけを招き入れるように、結界が私を中へと引き込んでいく。

 

「お父様はここでお待ちを」

 

「うむ。

 何が起きているのか、しっかりと見定めてくるのだぞ」

 

 お父様の重々しい声に背中を押され、私は一人、絶対障壁の内側へと足を踏み入れた。

 

 保管庫の中は、薄暗い魔石ランプの光に照らされていた。

 部屋の中央に鎮座する荘厳な台座。

 そこには、鈍い銀色の輝きを放つ、見慣れた杖が安置されている。

 

『……おお、よく来たな、エリスリトールの小娘よ。

 どれどれ、少し見ない間に、また一段と良い女になったのではないか?

 その胸元の発育ぶりじゃは、ちと残念じゃがのう…

 とにかく、儂は嬉しいぞ!』

 

 私の脳内に響いてきたのは、緊迫感の欠片もない、俗物極まりないセクハラ発言だった。

 四大至宝の一つでありながら、中身はただのエロジジイ。

 それが私の契約武器、滅杖アゼズルガルである。

 

(……相変わらずですわね、アナタは。

 そのような軽口を叩くために、お父様を締め出してまで私を呼び寄せたわけではありませんでしょう?)

 

 私が呆れ混じりに念話を返すと、アゼズルガルは『ふぉっふぉっ』と飄々とした笑い声を上げた。

 

『まあ、そう急ぐな。

 じゃが、お主の言う通り、ただの世間話をするためにこんな息苦しい結界を張ったわけではない。

 ……これを見るがよい』

 

 アゼズルガルが促すように意識を向けた先。

 台座の傍らの暗がりに、一本の武器が台座に突き刺さるような形で佇んでいた。

 

「……これは!」

 

 私は息を呑んだ。

 禍々しい紫色の装飾が施された長槍。

 幾度となくその姿を目にし、その圧倒的な破壊力を肌で感じたことがあるズルチン侯爵家の至宝。

 

「魔槍ズールティン……!

 なぜ、チクロの武器がここに!?」

 

 驚きのあまり、声に出して叫んでしまった。

 しかも纏っているはずの瘴気は弱々しく、魔力を著しく消耗しているのが一目でわかる。


 普段の、あの天を割るほどの威圧感はどこにもない。


 私は慌ててズールティンに駆け寄り、手を伸ばした。

 

(ズールティン!

 どうしたというのです!?

 チクロは、チクロは無事なのですか!?)

 

 私は懸命に念話で呼びかけた。

 しかし、ズールティンからの返答はない。

 インテリジェンスウェポンであるアゼズルガルとは違い、ズールティンは継承者としか念話を繋ぐことができない半インテリジェンスウェポンなのだ。

 

『……無駄じゃよ、小娘。

 お主はそやつの契約者ではない。

 いくら呼びかけても、声は届かんし、返ってもこん』

 

 アゼズルガルが、静かに告げた。

 

「そんな……!

 では、どうしてズールティンはここに……」

 

『……どれ、儂が中継してやろう』

 

 アゼズルガルが、ふと真面目なトーンで提案してきた。

 

『インテリジェンスウェポン同士であれば、直接の意思疎通が可能じゃ。

 この槍がお主に伝えたいことがあるそうじゃからな。

 儂のパスを通じて、お主の脳内に直接声を届けてやろう』

 

「中継……?

 そんなことができるのですか?」

 

『造作もないことじゃ。

 だが、聞いた内容を儂が話す訳じゃし、ちとニュアンスが違うかもしれんぞ?

 ……では』

 

 直後。

 私の脳内に、アゼズルガルの重々しい老人の声が響き渡った。

 

『やっほぅエリス、儂じゃ!チクロじゃなくて……ん?

 なんじゃ?その「にっぽんじん」とは?

 いいからそのまま話せと?

 儂じゃなくて私じゃと、そんなナヨナヨした一人称なぞ中継でも嫌じゃわい。

 あ~もう、うっさいのぅ……!

 仕方ないわぃ……そのまま言うぞぃ?』

 

「…………は?」

 

 私は、思わず目を丸くして固まってしまった。

 アゼズルガルの声で語られる、あまりにもフランクで、現代的すぎる口調。

 そして「やっほぅ」という、どこかで聞いたことのある軽い挨拶。

 それは間違いなく、私が親友として接してきた『チクロ』の口調だった。

 

(え……?

 なぜチクロ……?)

 

 混乱する私の内に、アゼズルガルの声帯を借りたズールティンの切実な思念が直接語られる。

 

『……エリス。

 私よ。

 チクロ……ううん、本当の名前は千歳結衣よ』

 

「本当の名前……千歳、結衣……?」

 

 私は、以前パルスとチクロが交わしていた、理解不能な『同郷の言葉』を思い出した。

 日本、アラサー、ディスカウントストア。

 あの時、チクロはパルスと同じく『前世の記憶』を持っているのだと知った。


 異世界人。

 それがチクロの正体だった。

 

『驚かせてごめんなさい。

 でも、どうしても伝えなくちゃいけないことがあるの。

 今まで貴女たちが親友として接してくれていた「チクロ」は、私なの。

 ズールティンのインテリジェンス部分に転生してきた異世界人の……ただのしがないライターの魂よ』

 

「ズールティンに転生……?

 どういうことなのですか?」

 

 アゼズルガルのドタバタした中継を通して、信じがたい真実が語られ始めた。


 幼少期の継承の儀式。

 そこで起きた異常なほどの魂の共鳴。

 その結果、転生者である『千歳結衣』の主観が肉体であるチクロへと移り、本来の『チクロ・ズルチンお嬢様』の主観が、魔槍ズールティンの中へと入れ替わってしまったのだと。

 

「それでは……私たちがずっと一緒に笑い合っていたのは、千歳さんで……。

 本物のチクロお嬢様は、今までずっと、この槍の中に閉じ込められていたというのですか……?」

 

 私は絶句した。

 だが私たちが知るチクロは最初から侯爵令嬢の体に居た異世界人の魂だった。

 ただ、パルスイートとは違い、本物のチクロの魂も存在していたというのだ。

 それも冷たい槍という武器の中で、自分の体を操る他者をずっと見守っていたというのか。

 

『ええ、そういうこと。

 本当にごめんなさい、ずっと黙っていて。

 でも、今はそんなことを謝っている場合じゃないの!』

 

 アゼズルガルの声が、切迫したトーンに変わった。

 

『聞いて、エリス。

 王都で、とんでもないことが起きてるわ!

 あの結婚式で……アーリー王子が、私に『隷属の指輪』を嵌めたの!』

 

「隷属の……!?」

 

 私の背筋に、氷のような冷たい戦慄が走った。

 対象の自我を奪い、完全に意のままに操る禁忌の魔導具。

 そんなものを、一国の王子が、自らの婚約者に使用したというのか。

 

『アイツ、中身はアーリー王子じゃないわ!

 多分別人……もしくは私やパルスみたいな転生者の可能性もある。

 アイツは私を洗脳して、ズールティンの武力を自分の手駒にしようとしたのよ!』

 

「アーリー殿下の中身が、別人に……!?」

 

 次々と明かされる衝撃的な事実に、頭が追いつかない。

 確かに思い起こしてみれば、「アーリー王子はおかしい」と思える節は多くあった。


 別人?

 それとも中身が入れ替わっている?

 パルスやチクロと同じ『異世界人』である可能性まで?

 

 だが、それよりも恐ろしい事実が、中継を通して私の心を打ち砕いた。

 

『指輪を嵌められそうになった瞬間……。

 槍の中にいた本物のチクロお嬢様が、私を助けるために、魂の再置換を強制発動させたの』

 

「魂の、再置換……」

 

『そうよ。

 私を魔槍ズールティンの中へ逃がし……。

 代わりに、本物のチクロお嬢様が、肉体側に残って身代わりになったのよ!』

 

「なっ……!!」

 

 私は、口元を手で覆った。

 私を助けるため。その一念で、本物のチクロお嬢様は、自ら隷属の呪いを受ける道を選んだというのか。

 

『チクロお嬢様は、洗脳を防ぐために、自らの自我を完全に封印したわ。

 今のあの肉体は、ただ防衛本能と命令だけで動く、感情のない戦闘マシーンになっちゃってる。

 だから、私……槍になった私が、なんとか逃げ出して、ここへ来たのよ……!』

 

 親友からの手紙の返事が感情のない定型文になっていた理由。

 公の場で無表情に王子の背後に控えていた理由。

 すべてが繋がった。

 

「そんな……そんな事が起きていたなんて……

 チクロお嬢様が……身代わりになって……」

 

 悲しみと絶望が胸を締め付ける。

 だが、千歳の言葉はそこで終わらなかった。

 

『悲しんでる暇はないわ、エリス!

 もっと最悪な情報があるの!』

 

 アゼズルガルの声が、張り裂けんばかりに響く。

 

『偽アーリーの奴、チクロの肉体の圧倒的な武力を手に入れて、鳩派の粛清に出る可能性が高いのよ。

 ……きっと、アセスルファム公爵派閥が最初の標的にされるわ』

 

「当家の派閥全体がですの!?」

 

『ええ!

 確率は非常に高いわね』

 

「ッ……!!」

 

 私の顔から、完全に血の気が引いた。

 自我を封印し、完全な戦闘マシーンと化したチクロの肉体。

 ズールティンは手元になくとも、兵士100人以上を木の葉を払うが如くあしらう圧倒的な暴力が、アセスルファム公爵家を含む派閥に対し牙を剥くというのだ。

 

『早く、皆に知らせて!

 アイツは、容赦しないわよ!!』

 

「……わかりましたわ。

 すぐに……すぐに戻ってお父様へ報告いたしますわ!」

 

 私は、床に横たわる魔槍ズールティンを見つめた。

 この中には、私の大切な親友の魂が。

 そして、王都には、もう一人のチクロが身代わりとなって囚われている。

 

「お父様!!」

 

 私は結界を抜け、待機していたお父様の元へと駆け出した。


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