第129話「違和相談!破門?帰郷?」
青く澄み渡った空の下、私たちの耳に心地よい喧騒が届いていた。
グルコース領に建設された複合エンターテインメント施設『ワンニャン・ランド』。
その全景を見渡せる高台に設けられた、特別客専用のVIPテラス。
私は優雅にパラソルの下で冷たい紅茶を傾けながら、眼下に広がる黄金の景色――もとい、客たちが落としていく金貨の輝きを想像して、頬を緩めていた。
「ふふふ……。
いつ見ても素晴らしいわね。
エリス、今日も大盛況じゃない」
対面の席に座るエリスリトール・グルコース男爵もまた、扇子で口元を隠しながら、満足げな笑みを浮かべている。
「ええ、これも全てパルスのおかげですわ。
王都からの客足も途絶えることがありませんし、宿泊施設も連日満室。
私たちの見込んだ通り、いえ…それ以上の利益を生み出しておりますのよ」
エリスは手元に置かれた分厚い帳簿をポンポンと叩いた。
独立して新興貴族となった彼女の経営手腕は、日を追うごとに研ぎ澄まされている。
もはや深窓の公爵令嬢としての顔よりも、やり手の若き実業家としての顔の方が板についてきたと言えるだろう。
だが、私はここで立ち止まるつもりは毛頭なかった。
人間というものは、どんなに素晴らしいものにもすぐに飽きが来る生き物だ。
常に新しい刺激を提供し続けないと、客足はいつか必ず遠のいてしまう。
「でも、まだまだよ。
次なる集金システム……いえ、お客様の笑顔を引き出すための新アトラクションの構想を練らないとね」
「新アトラクション、ですの?」
「ええ。
そこで提案なんだけど『絶叫マシン』を作るのはどうかしら?」
「絶叫……マシン?」
エリスが不思議そうに小首を傾げる。
私は身を乗り出し、身振り手振りを交えて熱弁を振るった。
「そう!
例えば、命の危機を感じるスピード感!
トロッコに乗って猛スピードで急勾配を駆け下りたり、地下水脈をウォータースライダーみたいに滑り落ちたりするの。
そういったスリルと恐怖を安全な装置で疑似体験させる。
安全な中で恐怖体験を求める客からガッポリ金を取るのよ!」
「……パルス。
それは本当に安全なのですの?
普通に死に掛けるように思えてなりませんわ…」
「だから『安全に』設計するのよ!
いい、エリス?
恐怖とスリルは人間の交感神経を刺激して異常な興奮状態を生み出すの。
そして、極限の緊張から解放された瞬間、人は強烈な喉の渇きと空腹を覚えるわ!」
私の熱弁に、エリスの瞳がキラリと商人の光を帯びた。
「……なるほど?
絶叫させて喉を渇かせれば、冷たい飲み物が飛ぶように売れる。
疲労感から糖分の高いお菓子や食事の売り上げも倍増する……ということですわね?」
「その通り!
アトラクションの出口にこれでもかってくらいプレミアム価格の飲食スタンドを配置するのよ!
どう?完璧な集金システムでしょ!?」
「素晴らしいですわパルス!
すぐに設計技師を集めて、安全性の検証と建設コストの試算に入らせますわ!」
私たちは顔を見合わせ、悪だくみをするマッドサイエンティストのような、いや、優秀な経営者のような笑みを交わし合った。
平和だ。
お金がチャリンチャリンと落ちる音を聞きながら、友と語り合うこの時間こそ、私の求めていた究極の不労所得ライフである。
和やかな、そして強欲な事業計画の話し合いが一段落したところで、ふと、エリスの表情からスッと笑みが消えた。
彼女は手元のティーカップをソーサーにコトリと置き、静かに伏し目がちになる。
その顔には先程までの明るい表情はなく、ただ一人の女性としての深い憂いが浮かんでいた。
「……どうしたのエリス?
急に暗い顔をして」
私が尋ねるとエリスは少し躊躇うように視線を彷徨わせ、やがて重い口を開いた。
「パルス……
実は、少し気になっていることがありまして。
いつ相談しようか迷っていたのですけれど……」
「相談?
別にいつでも いいのよ?
何でも言いなさいな。
私たちは『なかよし同盟』でしょう?」
「……チクロさんのことですわ」
エリスの口から出た名前に、私の肩がピクリと反応した。
チクロ・ズルチン。
第二王子アーリーと政略結婚をした、私たちのもう一人の親友だ。
「チクロが…どうかしたの?」
「……結婚式以降、彼女の様子がどうにもおかしいのです」
エリスは眉間に深い皺を寄せ、深刻な声で語り始めた。
「先日、お祝いと近況を伺う手紙をお送りしたのですが……その返事がまるで他人が代筆したかのような、感情の全くこもっていない事務的な定型文だったのです。
以前であれば私たちだけに向けた砕けた表現や、あの独特のサバサバしたノリがあって当たり前でしたのに、そういった節が一切ありませんでしたの」
「もしかして代筆とか?
まあ…王族になったんだから、忙しくて侍女にでも書かせたんじゃないの?」
「ワタクシも最初はそう思いましたわ。
ですが……プライベートに近い内容でもそうなると思いまして?
こちらからお茶会や個人的な面会にお誘いしても、『体調不良』や『公務が多忙』という理由で、全て断られてしまうのですわ。
それに、『あの』チクロさんの方からワタクシたちに会おうとする素振りすら一切見せませんのよ」
「……それは」
私は腕を組んだ。
確かに、あの子らしくない。
もともと、有り余る身体能力で一人で走って自領を抜け出し、アスパルテーム領にまで遊びに来てしまうような、はっちゃけた子だ。
しかも結婚式直前、仕事みたいなものとはいえど、彼女は私のところにやってきて『ガス抜き』と称して魔獣の森を更地にするという、とんでもない置き土産まで残していった。
あの時の彼女は『お互い、しぶとく生き残りましょ』と不敵な笑みを浮かべていたはずだ。
それなのに、結婚した途端に連絡を絶つなど不自然すぎる。
「さらに王都の貴族たちの間で流れている噂が気になりますの」
エリスが周囲を気にするように声を潜める。
「公の場に姿を現したチクロさんは、一言も発することなくただ無表情で、アーリー殿下の背後に控えているだけ…だそうですわ。
まるで、感情を失ったお人形のように……」
「……ありえないわね」
私は即座に否定した。
「あのチクロが結婚したくらいで大人しくなるわけがないわ。
あの子は誰かの後ろで大人しく控えているようなタマじゃない。
絶対に何かおかしいわね…」
この世界で出会い、言葉を交わした『同郷』の友としての彼女の姿。
それが、ただの操り人形のようになるなど到底考えられなかった。
「……まさか、あのクソ王子に何か良からぬことをされているのでは……?」
私は、冗談めかしつつも、核心を突くような不安を口にした。
王城の奥深くで、彼女の身に何が起きているのか。
平和で強欲な私たちの不労所得ライフの裏で、得体の知れない黒い影が、確実に迫っているような気がした。
「……パルス
ワタクシ、とても嫌な予感がしますの」
エリスもまた、不安げに手を握りしめている。
「そうよね……
このまま黙って見過ごすわけにはいかないわね。
ただ待っているだけじゃ事態は好転しない。
こちらから裏を探りましょう」
私は頭の中で使える手駒を素早く計算した。
王都の裏事情を探るなら、適任者が一人いる。
「サラヤを使えば……」
そう呟きかけたが、私はすぐに首を横に振ってその考えを打ち消した。
(いや、ダメね……
サラヤは使えないわ)
ここで、王家暗部であるサラヤが適任と考えるのは浅はかだ。
サラヤは王家暗部、それも現時点では現役だ。
王都の裏側を知り尽くしていると同時に、王都の暗部から顔も知られている。
そんな彼女を、今ピリピリしているであろう王家周辺に送り込んで、怪しい動きをさせようものなら、暗部への裏切りを感づかれ、『処理(暗殺)』されてしまう。
有能な部下を安易な考えで死地に送り込むような真似はできない。
金にがめつくお菓子を勝手に食べる腹立たしい侍女だが、私にとってはかけがえのない大切な戦力であり、そして大事な身内だ。
私はサラヤの身の安全を第一に考え、即座にその案を却下した。
「商人ルートを使うわ。
王都で堂々と動ける商業ネットワーク……ゼブラー商会にいる義姉スクラロースよ。
あそこなら商人としての情報網を使って、王家や貴族の動向を自然に探れるはず。
すぐに手紙を書いて調査を依頼するわ」
私が提案すると、エリスも力強く頷いた。
「わかりましたわ。
ではワタクシの方は別の方向で動きますわね。
我が家にはアセスルファム公爵家の本邸と直接繋がる『魔導通信機器』がありますの。
今すぐお父様に王都の情勢を確認してみましょう」
「通信機器?
ああ、プレゼンの時の!
そんな便利なものがあったわね。
ならすぐに確認しましょ。
時は金なり、善は急げよ!」
私たちは立ち上がり、すぐさまエリスの執務室へと向かった。
「すぐに通信室の準備を!」
エリスの指示により、家臣たちが慌ただしく動き出し、私たちは重厚な扉で守られた通信室へと案内された。
部屋の中央には、複雑な魔法陣が刻まれた巨大な水晶球が鎮座している。
エリスが魔力を流し込むと、水晶球が淡い光を放ち始め、やがてその中に、見慣れた初老の紳士の顔が浮かび上がった。
アセスルファム公爵だ。
『……おお、エリスリトールか。
どうした?
急に通信などを繋いできて。
そちらの領地の開拓で何かトラブルでも起きたのか?』
公爵の顔には、愛娘からの突然の連絡に対する心配の色が浮かんでいた。
「お父様、ごきげんよう。
開拓の方は順調でしてよ。
今日は別件ですの。
実は王都の情勢について、少しお伺いしたいことがありまして通信を繋がせていただきましたの……
端的に申し上げますと……チクロさんの件ですわ」
エリスが単刀直入に切り出すと、公爵の表情が、一瞬にして険しいものへと変わった。
『……ふむ…チクロ嬢の件、か』
公爵は深く重い溜息をつき、首を横に振った。
『エリスリトール、お前が友人を心配する気持ちはわかる。
だが……
今、我々アセスルファム家は非常に厄介な事態に直面しておるのだ』
「厄介な事態……ですの?」
『ああ。
……実は現在、ズルチン侯爵家の当主代理であるチクロ嬢の叔父から、我がアセスルファム派閥からの『離脱』と、ズルチン領の『王家派閥への移管』を求める嘆願書が届いておるのだ』
「なっ……!?」
エリスが息を呑む。
私も、思わず水晶球に身を乗り出した。
ズルチン家はアセスルファム派閥の武の要であり、筆頭寄子だ。
それが、派閥を裏切って王家側に寝返るというのか。
『それだけではない。
さらに現在の侯爵代理を正式に『侯爵』とする旨が、王家との連名で我が家に届いておる。
……これはもう嘆願などではない。
王家からの、実質的な『命令』に近いものだ』
公爵の声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
チクロを第二王子に嫁がせ、さらにズルチン家の実権を叔父に握らせて、丸ごと王家の手駒にする。
王家のドロドロとした陰謀が完全に表舞台へと姿を現したのだ。
「お、お父様……
それに対して我が家はどのように……?」
エリスが震える声で尋ねる。
水晶球の中の公爵は、鳩派の温厚な当主とは思えない程の、冷たく凄まじい覇気を放っていた。
『舐められたまま黙っているアセスルファム家ではない……』
公爵は、低く、地の底から響くような声で言い放った。
『我が家の回答はすでに決まっておる。
ズルチン侯爵家を我が派閥から『破門』とする。
さらに、これまで派閥の筆頭として与えていたズルチン領の恩恵および領地は全て『没収』する』
「破門と、没収……!」
『そうだ。
私財や人材はどこにでも勝手に持ち出して構わんという条件で、身一つで叩き出してくれるわ。
……王家の犬に成り下がるのであれば、それ相応の代償を払わせるまでだ』
これぞ大貴族の凄み。
鳩派の筆頭でありながら、牙を剥く相手には一切の容赦をしない。
強烈なカウンターパンチだ。
公爵はエリスを真っ直ぐに見据えて厳命を下す。
『エリスリトール。
お前はもう独立した身とはいえ、我がアセスルファムの血を引く者だ。
今後、ズルチン家とは一切関わるな。
……これは、派閥の長としての、絶対の命令だ』
「お父様……」
エリスは言葉を失い、ただ呆然と水晶球を見つめていた。
チクロとの交流を禁じられる。
それは、親友を見捨てろと言われているに等しい。
だが、衝撃の報告はそれだけでは終わらなかった。
『……それよりも、だ。
エリスリトール』
公爵は疲労の色を濃くした顔で、さらに言葉を続けた。
『本家の防衛の要として残してある、お前の契約武器……『滅杖アゼズルガル』の様子がおかしいのだ』
「アゼズルガルが……?
どういうことですの?」
『杖を安置している保管庫が、杖自身が張った強固な防御結界によって完全に封鎖されておるのだ。
私を含め、誰一人として中に入れない状態が続いておる』
「結界……!?
アゼズルガルが、自ら?」
エリスが驚きの声を上げる。
アゼズルガルは、拠点防衛に特化したインテリジェンスウェポンだ。
だが、主の命令もなく、自ら結界を張って引きこもるなど、異常事態でしかない。
『前契約者である儂が、外からいくら問い質しても、あの爺さん(杖)はノラリクラリと言葉を躱しおるのだ。
……絶対に何か重大な隠し事をしておるだろう。
儂の目にはそう映る』
公爵は忌々しげに舌打ちをした。
『現契約者であるお前なら、あの杖の意図がわかるのではないか?
お前から直接問い質してみてはくれまいか』
「……わかりましたわ。
やってみます」
エリスは目を閉じ、深く精神を集中させた。
契約者とインテリジェンスウェポンを繋ぐ魂のパス。
彼女は遥か遠く離れた本邸にある滅杖アゼズルガルへと直接『念話』を試みる。
(……アゼズルガル
聞こえまして?
ワタクシです。
エリスリトールですわ)
エリスの問いかけから少しの間をおいて、重々しくも飄々とした老人の声が彼女の脳内に響いた。
『……おお、エリスリトールの小娘か。
久しいのう。
辺境での暮らしは慣れたかの?』
(そのような暢気なことを言っている場合ではありませんわ!
どうして保管庫に結界など張っているのです!
お父様が大変ご心配されておりますのよ……
一体、何を隠しているのですか!)
エリスが強く問い詰める。
だが、アゼズルガルからの返答は、極めて短いものだった。
『……儂から話す事はない』
(話す事はない、ですって!?
契約者であるワタクシの問いにも、答えられないというのですか!)
『左様。
……直接見に来れば全てわかることじゃ。
今はそれ以上は言えん』
アゼズルガルの声はどこか硬く、そして微かな『警戒』の念を孕んでいた。
エリスは、その態度から瞬時に事態の深刻さを悟った。
(……なるほど。
そういうことですのね)
アゼズルガルは『答えられない』のだ。
王家にある聖剣ソルビニオン。
そこからの念話漏洩のリスク。
他に知られることが不味い『何か』が、本邸の保管庫で起きている。
これ以上の追求は危険。
エリスはそう判断した。
エリスは静かに目を開け、水晶球の向こうにいる公爵に向かって首を振った。
「お父様。
……ダメですわ。
ワタクシの問い掛けにも、直接見に来いと言うばかりで詳細を語ろうとしませんの」
『……そうか
お前の声にも応じないとはな』
公爵は、深く刻まれた皺をさらに険しくした。
『ならば、お前は辺境に留まっておれ。
王都周辺は今ひどくきな臭い。
アゼズルガルの件は儂がなんとかする。
お前は自分の領地と身の安全を……』
「いいえ、お父様」
エリスは、毅然とした声で公爵の言葉を遮った。
「ワタクシ、一度本家へ帰りますわ。
アゼズルガルの元へ」
『エリスリトール!
なにを馬鹿なことを!
今の情勢的に 危険だとわからんのか!』
「わかっておりますわ。
ですが、ワタクシはアゼズルガルの契約者です。
彼が直接来いと言っている以上、放置するわけにはいきません。
それに……チクロさんの件も、このまま黙って見過ごすことはできませんの」
エリスの瞳には、かつての公爵令嬢としての誇りと、新興貴族としての強い意志が宿っていた。
公爵は画面の向こうでしばらく娘の顔を見つめ、やがて諦めたように小さく息を吐いた。
『……お前がそこまで言うのなら止めはせん。
だが、くれぐれも警戒を怠るな。
護衛を厳重につけ、決して単独で動くではないぞ』
「はい、お父様。
ありがとうございます」
通信が切れ、水晶球の光がフッと消えた。
薄暗くなった通信室の中で、エリスは私の方を振り返った。
「パルス……
そういうわけですのでワタクシ、少し領地を留守にしますわ。
ワンニャン・ランドの運営と新アトラクションの件、少しの間お任せしてもよろしくて?」
私は、黙って頷いた。
「ええ、任せておきなさい。
こっちのことは気にしなくていいわ。
……私も、スクラロースからの調査報告を待ちつつ、いざという時のための準備をしておくわね。
じゃあ気を付けてエリス」
「ええ。
ありがとうパルス」
私たちは短く頷き合い、すぐさまお互いの準備へと取り掛かった。




