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第128話「女神躍動!適材?適所?」


 領主館で朝のコーヒーを飲み終え、私は本日の視察業務へと出発した。

 メレンゲの冒険者ギルドから引き抜いてきた三人の少女たち――通称『混沌の三女神』。

 彼女たちをそれぞれの適材適所の現場に配置してから、すでに数週間が経過している。

 そろそろ彼女たちの仕事ぶりと、生み出されているであろう『利益』を確認する時期だ。


 まず私が向かったのは、パプリカ領内のハラペーニョ工業地帯に新設された鍛冶工房である。


 ガキンッ!


 ガキンッ!


 近づくにつれ、リズミカルで心地よい鉄を打つ音が響いてくる。

 工房の中を覗くと、炉の熱気の中で、ボサボサ頭の少女――スティナが、真剣な眼差しで金槌を振るっていた。


「調子はどう、スティナ?」


「あ!

 パルスイートお嬢様!!」


 私に気づいたスティナは、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。

 彼女の背後には、『砕太郎』などの魔獣動力機用の交換パーツが、寸分の狂いもなく綺麗に積み上げられている。


「インフラ用の部品のメンテナンス、完璧に終わってます!

 やっぱりここの設備は最高ですね。

 実家の工房よりもずっと使いやすくて、作業が捗ります!」


「それは何よりだわ。

 でも、私がここに来たのは部品の確認だけじゃないのよ。

 アンタの『本当の仕事』の方を見せてもらいに来たの」


 私がニヤリと笑うと、スティナは「待ってました!」とばかりに、工房の奥に置かれたトルソー(マネキン)にかけられていた布を勢いよく剥ぎ取った。


 バサッ!


「ジャジャーン!

 これぞ私の最新作、『漆黒のゴスロリ重装甲ドレス』です!」


 現れたそれを見て、私は思わず目を丸くした。


 素材は間違いなく、あの硬くて重い『鉄甲イノシシ』の黒光りする甲羅だ。

 だが、その無骨な黒鉄の鱗が、彼女の異常なまでの鍛冶技術によって極限まで薄く加工され、幾重にも重なるフリルや、見事な曲線を描くコルセットへと生まれ変わっていた。


 フリルの一つ一つが鋭利な刃のようになっており、美しさと殺傷能力が同居している。

 硬質な漆黒の輝きと、ゴシックロリータ特有の退廃的な可愛らしさが見事に融合した、まさに芸術的な防具だった。


「どうですか……?

 やっぱり、実用的じゃないって……怒りますか?」


 スティナが不安そうに、上目遣いで私の顔を窺ってくる。


 実家のマゴローク鍛冶店で、父や兄たちから「装飾過多で実用的じゃない」と全否定され続けてきた彼女のトラウマが、顔を覗かせているのだ。


 だが、私の目は完全に金貨になっていた。


「怒る!?

 冗談じゃないわ!

 これ、最高じゃないの!!」


「えっ……!?」


「いい、スティナ!

 この『厨二病』と『ゴスロリ』を煮詰めたようなデザイン、王都の貴族の令嬢や、暗黒騎士を気取る冒険者に絶対ウケるわよ!

 防御力は鉄甲イノシシの素材で折り紙付きなんだから、実用性だって文句なしじゃない!

 バカ売れ確定よ!!」


 私が大絶賛すると、スティナの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「うぅ……っ、本当ですか……!?

 私の『カワイイ』は、間違ってなかったんですね……!」


「間違ってないわよ!

 むしろ、今までの連中がアンタのセンスに追いついてなかっただけよ。

 さあ、泣いてる暇があったらこれを量産しなさい!

 あ、それと、エリスの領地に作ってる『ワンニャン・ランド』の遊具の装飾もお願いね。

 アンタのセンスで、メリーゴーランドを最高にファンシーに仕上げてちょうだい!」


「はいっ!

 私、死ぬ気で頑張ります!!」


 自身のセンスを全肯定されたことで、スティナのモチベーションは最高潮に達した。

 彼女は嬉々として再び炉に向かい、狂ったような勢いで鉄を打ち始めた。


 うん、良い労働環境になってるみたいね。


     ◇


 次に向かったのは、パプリカ領とグルコース領を結ぶ高速道路の中間地点だ。


 ここに建設された巨大なサービスエリア。

 その目玉となる宿泊施設の視察である。


 私の影のように付き従う侍女、サラヤを連れて施設の中に入ると、そこは異世界とは思えないほどムーディーな空間が広がっていた。


「ようこそ、愛のオアシスへ。

 パルスイート様」


 支配人を任せたピローネが、清楚な微笑みを浮かべて出迎えてくれた。


「アンタ、随分と張り切ったわね。

 照明が全体的にピンクがかってるじゃない」


「はい。

 お客様の情熱を視覚から刺激する、計算された間接照明ですわ。

 お部屋の防音設備も完璧ですし、ベッドの弾力も通常の三倍増しにしております。

 すでに旅人や商人の方々の間で、密かな人気スポットとなっておりますのよ」


 ピローネがうっとりとした顔で解説する。

 彼女の念願だった「カップルのための空間」は、見事に実現したようだ。


「それは結構だけど、アンタの本当の仕事は『情報収集』よ?

 ちゃんと機能してるの?」


 私が尋ねると、ピローネは自信満々に分厚い羊皮紙の束を差し出してきた。


「もちろんですわ。

 こちらが今週の『業務報告書』にございます」


「どれどれ……」


 私は報告書を受け取り、パラパラとページをめくった。

 だが、数行読んだところで、私の動きがピタリと止まった。


「…………」


 そこには、宿泊客たちの会話や様子が書かれているのだが、その描写があまりにも赤裸々すぎたのだ。


『夜も更け、静寂に包まれた201号室。

 若き行商人の燃えるような口づけに、令嬢の白い肌は薔薇色に染まり……。

 絡み合う吐息と、シーツの擦れる音だけが、二人の愛の深さを物語っていた……』


「官能小説家か!!」


 私は思わず報告書を叩きつけ、激しいツッコミを入れた。


「なによこの無駄に高い文学性は!

 アンタ、仕事中に壁に耳を当てて何やってんのよ!」


「人聞きの悪いことを仰らないでくださいな。

 私はただ、人間の本能の営みをありのままに記録しただけですわ。

 これは立派な観察記録です」


 ピローネは悪びれる様子もなく、清楚な顔で言い放った。

 完全なるむっつりスケベである。


 だが…

 この読者を引き込む情景描写と、圧倒的な文章力の高さ。

 私の脳内に、再び金貨の落ちる音が鳴り響いた。


「……ピローネ。

 アンタ、これ少し手直しして、偽名で出版しなさい」


「え?」


「貴族の奥様方は、こういう刺激的なロマンスに飢えてるのよ!

 ゼブラー商会のルートを使えば、王都で絶対にバカ売れするわ!

 印税でガッポリ稼げるわよ!」


「まあ!

 私の観察記録が、本に……!

 やりますわ!

 私、もっともっと深く観察して、最高の一冊を書き上げてみせます!」


 ピローネの目が、怪しい情熱の炎で燃え上がった。


「……お嬢様。

 少々よろしいでしょうか」


 その後ろで、私の放り投げた報告書を拾い上げて読んでいたサラヤが、静かに口を開いた。


「なによ、サラヤ。

 アンタもこの官能小説のファンになった?」


「いえ。

 この『吐息と嬌声の描写』の隙間に書かれている、商人の寝言……。

 『王都の塩の価格が来月高騰する』という情報と、『東の辺境伯が不穏な動きを見せている』という裏情報。

 ……非常に正確で、有益です」


 サラヤは眼鏡を光らせながら、真顔で分析結果を報告してきた。


「……へえ」


「この娘の観察眼と、対象の警戒心を完全に解かせる空間作り。

 暗部の『草(情報屋)』としての適性は、極めて高いと評価します」


 官能小説の隙間から国家機密を読み取る王家暗部の構成員と、情事を観察して印税を稼ぐ元・宿屋の娘。

 なんともシュールな師弟関係が、ここに誕生した瞬間だった。


「ま、利益と情報が出るなら何でもいいわ。

 引き続き、よろしく頼むわね」


 私は満足げに頷き、最後の視察先へと向かった。


     ◇


 最後に訪れたのは、お隣のグルコース領に建設された製薬工場である。


 かつての魔獣の森の跡地に作られたその工場では、エリスの手厚い資金援助を受け、薬師のソルティが日夜研究に没頭しているはずだ。


「ごきげんよう、パルス。

 ちょうどよかったですわ」


 工場の入り口で、視察に来ていたエリスと合流した。


「エリス、ソルティの様子はどう?

 『龍の粉』を使った新商品の開発は順調?」


「ええ、それはもう。

 ただ……少々活力が有り余っているようでして」


 エリスが扇子で口元を隠し、苦笑いを浮かべている。


 私たちが工場の奥の研究室に入ると、そこには地獄のような光景が広がっていた。


「……うおおおおおっ!!

 力が……力がみなぎってくるぜぇぇぇっ!!」


「ヒィハァァァァッ!!

 俺はまだ戦える! 魔獣を千匹持ってこい!!」


 屈強な兵士たちが鼻血を噴き出しながら上半身裸でマッスルポーズを決め、部屋の中を暴れ回っていたのだ。

 文字通り活力が爆発して『昇天(一時的な超活性化)』している状態である。


「な、なによこれ!?」


「……ん。

 新作の実験。

 成功」


 部屋の隅で、ソルティが無表情のまま、紫色のドス黒い液体が入った大鍋をかき混ぜていた。


 私はその大鍋の中身を見て顔を引きつらせた。


「ちょっとソルティ!

 いくら元気が出るからって、見た目と匂いがヤバすぎるわよ!

 ドブ水にカエルを漬け込んだみたいな色してるじゃない!」


「……良薬、口に苦し。

 見た目より、効果」


 ソルティが淡々と反論する。

 彼女は根っからの研究者気質であり、味や見た目よりも『効能』に全振りしているのだ。

 だが、商売としてはそれではダメだ。

 何より、私がそんな不味そうなものを食べたくない。


 私は、前世の営業スキルと、口八丁手八丁のプレゼン能力をフル稼働させた。


「いい、ソルティ?

 良薬口に苦しなんて、古い時代の言い訳よ。

 美味いものはね、味覚神経を通じて直接、脳の報酬系を操作できるのよ!」


「……報酬系?」


「そう!

 美味しいと感じる幸せな感覚と、薬の効能。

 素材の力も大事だけど、味の研究も極めれば、その相乗効果で、ただの薬の何倍も凄い結果が出ると思うのよね〜!

 美味しいもので元気になれたら、誰もがリピーターになるでしょ?」


 私は自分が美味しいスイーツを食べたいがための屁理屈を、これでもかと熱弁した。


 すると、ソルティの目がカッと見開かれた。


「……!

 味覚から、脳をハック……。

 ……なるほど。

 盲点だった」


 彼女は雷に打たれたような顔をして、手元のレシピノートに猛烈な勢いで何かを書き込み始めた。


「……作る。

 最高に美味しくて、最高にハイになるスイーツ。

 待ってて」


 ソルティの目に、新たな探求の炎が宿った。

 完全に言いくるめることに成功したわね。


     ◇


 数時間後。


 領主館のテラス。

 そこで私とエリスは優雅なティータイムを楽しんでいた。


 テーブルの上には、ソルティが先ほど完成させたばかりの新作スイーツ――『龍の粉入り・特製ティラミス』が置かれている。


 一口食べてみると…


「……んっ!

 美味しい!!」


 濃厚なマスカルポーネチーズの甘みと、コーヒーの苦味が絶妙に絡み合い、口の中でとろけていく。

 そして飲み込んだ直後、体の奥底からポカポカとした温かい活力が湧き上がってくるのを感じた。


「素晴らしいですわ……!

 これなら、王都の奥様方の夜のお茶会にもぴったりですわね。

 美容と健康、そして至福の味。

 完璧な商品ですわ!」


 エリスも目を輝かせて絶賛している。


 私は冷たい紅茶のグラスを掲げた。


「三女神たち、見事に期待に応えてくれたわね。

 これで私たちの領地も、さらに潤うわ」


「ええ。

 パルスの先見の明に、乾杯ですわ」


 チャリン、とグラスを打ち合わせる。

 莫大な利益を生み出し続ける領地の帳簿を眺めながら、私は勝利の美酒を味わった。


「あ〜、最高ね。

 みんな適材適所で大活躍してるし、領地は平和だし。

 こんな平和で美味しい不労所得ライフが、ずっと続けばいいのに!」


 私は、心地よい風に吹かれながら、心からそう呟いた。


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