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第127話「社宅案内!意気?投合?」

ロザリオ(グレース)視点となっております。


「明日からバリバリ働いてもらうわよ!」


 領主館の応接室にて、パプリカ領の領主代行であるパルスイート・アスパルテームが、満面の笑みでそう宣言した。


 迷宮都市メレンゲから派遣されてきた私たち――グレース、受付嬢のシンディ、そして斥候のトレハの三人は、無事に顔合わせと挨拶を終えたところだった。

 同席していたエリスリトール様との「美少女同士の褒め殺し合い」という謎のイベントも挟んだが、なんとかこの辺境の地での新しい生活がスタートしようとしている。


「とはいえ、本格的に働くのは明日から!

 今日は長旅で疲れたでしょうし、まずはアンタたちの社宅……もとい、新居に案内するわ!」


 パルスイートはパチンと扇子を閉じると、私たちを領主館の外へと連れ出した。


 コンクリートで舗装された道を少し歩いた先、領主館の敷地内に建てられた真新しい木造建築の前で彼女は立ち止まった。


「ここが、あなたたちメレンゲ出向組の拠点となる家よ。

 名付けて『メゾン・ド・パルス』!」


 パルスイートがドヤ顔で指し示したその建物を見て、トレハが目を輝かせた。


「うっわー、すっげぇ綺麗…新築っすね!

 でも……長屋なのに、なんで二階建てなんすか?

 これ、横に部屋が連なってるのに、全部の部屋に二階の窓がついてるっすよ?」


「ええ、中に入ればわかるわ」


 パルスイートが鍵を開け、私たちを中へと促す。


 玄関の扉は、この世界では珍しい横にスライドさせる『引き戸』だった。


 中に入ると、そこには靴を脱ぐための一段低い『土間』があり、すぐ横にはなんと、二階へと続く室内階段が設置されていた。


 一階には広々としたリビングと対面式のキッチン、そして独立した洗面台と浴室。

 二階に上がると、日当たりの良い個室が用意されている。


「各部屋ごとに室内に階段があるなんて、斬新っすよ!

 これなら上の部屋の自分の部屋だから音も気にならないし、広くて最高っすね!」


 トレハが大興奮で室内を駆け回っている。

 シンディも「素晴らしい設備だわ……」と、水回りの清潔さに感嘆の声を漏らしている。


 だが私だけは一人、完全に真顔だった。


(……あ、これ

 完全に『家族向けアパート』じゃんか……)


 メゾネットタイプのテラスハウス。

 前世の日本で、少し郊外の住宅街に行けばどこにでも建っていたあのアパートの間取りそのものだ。


 木造建築の構造から水回りの配置、靴を脱ぐ生活様式、果ては引き戸のアルミレールに至るまで、あまりにも『現代日本』の概念に忠実すぎる。


(間違いない。

 この感性……絶対、俺と同じ転生者だわ。

 それも、かなり現代日本の生活様式に毒されたタイプの!)


 私は改めて感じる確信を胸に秘め、はしゃぐトレハたちに合わせて適当な愛想笑いを浮かべておいた。


     ◇


 荷物を『メゾン・ド・パルス』に運び込んだ後、私たちは再び領主館へと戻った。

 そこで、冒険者ギルド『ピメント支部』の立ち上げや、人材派遣についての業務的な書類のやり取りを行ったのだが、提示された契約内容は非常に分かりやすく、私たちの待遇も破格のものだった。


「はい、これで業務的な手続きは終わり!

 サクッと片付いて良かったわね」


 パルスイートが書類をトントンと揃えて片付けると、彼女は少し微笑みながら立ち上がった。


「さあ、堅苦しい話はここまでよ!

 これからは歓迎の懇親会……そう『飲みニケーション』の時間よ!」


「飲みに……けーしょん?」


 シンディが首を傾げる。


(出たよ死語!

  飲みニケーションっていつの時代のサラリーマンだよ!)


 心の中で激しいツッコミが炸裂していたが、もちろん口には出さない。


「最近ピメントの市街地に新しいBARができたのよ。

 実は私、今日はそこに行きたいのよね!」


 パルスイートがウキウキと提案すると、同席してお茶を飲んでいたエリスリトール様が扇子で口元を隠して優雅に微笑んだ。


「ふふっ。

 あそこはウチ(グルコース商会)のお店ですのよ?」


「……は?

 いつ作ったのよ!?」


 パルスイートが素っ頓狂な声を上げた。


「この領地に来てすぐですわ。

 ソルビトールさんには、きちんと申請を出してご認可いただいておりますのよ?

 労働者の皆様の疲れを癒やす娯楽施設は必要不可欠……そうパルスが仰っていたではありませんか」


 エリスは涼しい顔で答えた。

 独立して男爵となったばかりの彼女だが、その商魂の逞しさと行動力は底知れない。


 パルスイートの目を盗み、あっという間に市井に自分の店を構えていたのだ。


「……アンタ、本当に抜け目ないわね。

 まあいいわ、どうせ行くなら身内の店の方が融通が利くしね。

 さあ、行くわよ!」


 パルスイートの号令で私たちはぞろぞろと領主館を出て、夜の帳が下り始めたピメント市街地へと向かった。


     ◇


 案内されたのは、メインストリートから少し入った場所にある、シックなレンガ造りの建物だった。


 木の重厚な扉を開けて中に入ると、そこはファンタジー世界には似つかわしくない、薄暗く落ち着いた照明の本格的な『ショットバー』の空間が広がっていた。


 壁一面に並べられた無数の酒瓶。

 磨き上げられた一枚板のカウンター。


 そして、そのカウンターの奥には――。


「……いらっしゃい」


蝶ネクタイに黒いベストという、完璧なバーテンダーの格好をした小柄な少女が立っていた。

メレンゲのギルドから私たちより一足先にこの領地へやってきた『混沌の三女神』の一人。


薬師のソルティだ。


彼女は無表情のまま、銀色のシェイカーをシャカシャカ、シャカシャカとリズミカルに振っている。


「ちょっとソルティ!

 アンタ、なんでそんな格好でシェイカー振ってんのよ!

 グルコース領の研究開発員として引き抜かれたんじゃなかったの!?」


 パルスイートが呆れて突っ込むと、ソルティはピタリとシェイカーを止めた。


「……ん。

 今度はドリンク、キメるの研究。

 アルコールと薬草の相乗効果……最高にハイになる」


「キメるのは駄目でしょ!」


 パルスイートの的確なツッコミが響き渡る。


 どうやら彼女はエリスの出資を背景に、このBARを自らの新商品開発のテスト店舗として活用しているらしい。


「まあまあ、パルス。

 彼女の作るカクテルは、疲労回復に劇的な効果がありますのよ?

 さあ皆様、お好きな席へどうぞ」


 エリスはそう言って微笑むと、奥のVIP席のような場所へと優雅に歩いていった。


 私たちもそれに倣うように、それぞれにカウンターや手前のテーブル席に分かれて腰を下ろす。


 やがて、次々と料理と酒が運ばれてくる。


「とりあえず生(冷えたエール)で!

 パプリカ領の明るい未来と成功を願って……乾杯!!」


「「「乾杯!!」」」


 パルスイートのオッサンじみた掛け声と共に、木製のジョッキをぶつけ合う。


 並んでいるのは、大皿に盛られた『モヤシのナムル』に、カリッと揚がった『イノシシ肉の唐揚げ』、そして『巨大エリンギのバターソテー』。


 完全に日本の居酒屋メニューだ…コレ。


「ぷはぁーっ!!

 生き返るわぁー!!」


 驚いたことに、一番の酒豪っぷりを発揮したのは、普段は清楚な受付嬢であるシンディだった。


 彼女は巨大なジョッキをまるで水のように呷り、次々と空にしていく。


「ん〜っ!

 この唐揚げ、最高っす!

 サクサクでジューシーで、いくらでも入るっすよ!」


 トレハも口の周りを油まみれにしながら、イノシシ肉の唐揚げに夢中になっている。


 そして、その賑やかな宴の中心には、いつの間にか合流していた護衛兼庭師のサッカリンの姿があった。


「おうおう、聞いてくれよ!

 うちのソーマチンがよぉ、今日ブラッシングしてたら腹見せてヘソ天で寝やがったんだよ!

 あの剣王の魂が宿ってるかもしれねぇ犬がだぜ!?

 もう可愛すぎてよォ、俺ァ仕事放り出して一日中撫で回してやろうかと思ったぜ!」


「あはははは!

 サッカリンさん、顔!

 顔がデレデレで怖いっすよ!」


「もう、サッカリンったら親バカなんだから~!

 ふふっ、でもお腹見せるのは完全に気を許してる証拠ね。

 お酒おかわり!!」


 サッカリンの親バカ全開の犬談義に、すっかり出来上がったシンディさんとトレハが腹を抱えて爆笑している。


 バーの店内は、そんな彼らのはっちゃけた笑い声で満ちていた。


 尚、今回サラヤさんは報告業務があるとのことで辞退、ソルビトールさんも奥さんの誕生日と被ったらしく不参加とのことだった。


     ◇


 そんな喧騒から少しだけ離れた、カウンターの端の席。

 私とパルスイートは、並んで座りながらグラスを傾けていた。


 周囲の笑い声に包まれながらも、私たち二人の間には、どこか静かで、しんみりとした空気が流れている。


 氷の溶ける、カランという音が響いた後。

 パルスイートがロックグラスを見つめたまま、ふと口を開いた。


「……ねぇロザリオ、ちょっといい?」


 普段の強欲で能天気な領主代行の顔ではない。

 一人の大人の女性としての、静かな声だった。


「あ、自分も話したいなって思ってたんです……」


 私は、素直に頷いた。


 メレンゲのギルドで、ビアンコ男爵から『親世代の因縁』を聞かされて以来、彼女とは一度きちんと腹を割って話さなければならないと思っていたのだ。


 パルスイートはグラスをカウンターに置き、私を真っ直ぐに見つめた。


「あのね、アンタって日本人よね?」


「あ、うん、そうだよ」


 私は、自分が男性ゲーマーだった過去までは明かさないものの、同郷の人間であることは隠さずに肯定した。


 あのメゾン・ド・パルスの内装を見れば、彼女が現代日本からの転生者であることは一目瞭然だったし、彼女もまた、私の知識や言動からそれに気づいていたのだろう。


「……そっか

 やっぱりそうよね」


 パルスイートは少しだけ安堵したように微笑み、そして、どこか言いづらそうに視線を落とした。


「……お母さんのこと、やっぱ気に掛かってる?」


 その一言に、私の胸の奥がチクリと痛んだ。

 私の……ロザリオの母親である、教国の先代聖女。

 そして、パルスイートの母親である、聖女殺しのパルスエット。

 二人の母親は戦場で殺し合い、そして二人とも命を落とした。


 私たちは、その呪われた因果の果てに遺された娘同士なのだ。


「いや、それは俺も……っていうか、私も同じように思ってて」


 私は、グラスを両手で包み込みながら、ぽつりとこぼした。

 本来なら憎み合ってもおかしくない関係だ。

 だが、中身が赤の他人である転生者の私たちにとって、それはただただ重く、そして悲しい『設定の押し付け』でしかなかった。


「私は、自分の『パルスイート』って子は可哀想だなって思った。

 だからアンタも、そうなんじゃないかな~って」


 パルスイートの声には、深い同情と慈しみが込められていた。


 彼女は、自分が入り込んだこの『パルスイート』というキャラクターが、どれほど理不尽な運命に翻弄され、親の因縁や王家の陰謀の生贄として辺境へ追いやられたかを誰よりも理解している。


 だからこそ、同じように過酷な運命を背負わされた『ロザリオ』という少女の人生にも、思いを馳せずにはいられなかったのだろう。


「ですよね……

 この子も、王家に利用されるためだけに育てられて、自分の意志なんてどこにもなかった。

 もし俺が……私が入って逃げ出さなかったら、どうなっていたか」


 私は、自分が救ったこの身体の温もりを感じながら、小さく息を吐いた。


「この世界って、なんなんだろうね」


 パルスイートが、天井を見上げて呟く。

 乙女ゲームという甘いパッケージの裏に隠された、泥と血に塗れた国家間の陰謀と、親世代の殺し合い。

 私たちが知っている『ゲーム』の知識など、この生々しい現実の前では何の役にも立たないような気がした。


「自分も解らないんですよ……」


 私は、偽りない本音をこぼした。

 ただの格ゲーマーだった自分には、この世界の底知れぬ深淵など解りようもない。


 だが、一つだけ確かなことがある。


 私たちは今、この世界で生きている。


 そして、目の前にいるこのピンク髪の令嬢は、親の因縁などという下らない設定に縛られることなく、私を一人の人間として気遣ってくれているのだ。


「……ふふっ。

 でもね、ロザリオ」


 パルスイートは、不意にいつもの不敵な笑みを浮かべた。


「私たちが日本人だって分かったのは収穫だったわ。

 実はね、もう一人、王都に転生者がいるのよ」


「え?

 もう一人?」


「そ、チクロ・ズルチンっていうんだけど。

 あいつも日本人で、元ライターなの。

 なんと私のお気に入りのWeb小説の執筆者だったのよね~。

 今度あいつも呼んで、この世界の理不尽な考察とか、小説の裏話とか、たっぷり聞きたいわ~!」


 パルスイートは、ナムルをつまみながら無邪気に笑った。


「へえ、いいっすね。

 チクロってあの取り巻きキャラの?

 王都にいるんすね。

 落ち着いたら、こっちに呼んでみんなで飲みたいっすね」


「そうね!

 あいつ今度、あのクソ王子アーリーと結婚するらしいけど、どうせ王族なんてお飾り妃だし暇してるはずよ。

 適当な理由つけて、王都から呼び寄せちゃおうかしら!」


 私たちは、チクロも交えた三人の転生者での居酒屋トークを想像して、クスリと笑い合った。


「サッカリンさぁん!

 ソーマチンちゃんの話、もっと聞かせてくださいっす~!」


「おうよ!

 こないだなんかよぉ……!」


 背後で弾ける仲間たちの笑い声と、ソルティが振るシェイカーの心地よい音。


 冷えたエールの美味さに酔いしれる私たちは、ただ魂のレベルで意気投合し、夜更けまでこの静かで温かい宴の時間を共有し続けていたのであった。


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