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悪役令嬢は甘くない!  作者: スパイシーシェフ
第08章:カベルネ
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第124話「邪悪王子!暗躍?結託?」


 薄暗い地下牢での凄惨な簒奪劇から、4年の月日が流れた。


 ソーヴィニヨン王国の王家の至宝たる『聖剣ソルビニオン』の正統なる継承者であり、誰からも愛される聡明な第二王子であった本物のアーリー。

 彼は今も辺境の地下牢で『夢見の首輪』に繋がれ、終わらない滑稽な夢に囚われ続けている。

 代わって、彼から奪い取った『四肢』を自身の体に繋ぎ合わせた最悪の偽物が、王城の眩い光の中を我が物顔で歩いていた。


 元・第二王子カベルネ。


 その中身は、別世界で命を落とした有名タレントであり、プロゲーマーでもあった『星野レン』。

 辺境に追放された忌み子カベルネとしての不遇な生まれから見事に脱却し、理不尽な運命の盤面を自らの手で強引にひっくり返した男である。

 現在、14歳に成長した偽アーリーの素行の悪さは、王城内で密かな、しかし確かな問題となりつつあった。


「おい、この紅茶、温度が低いぞ!

 俺の敏感な舌を冷やす気か!」


 ガシャンッ!


 王城の豪奢な自室に、高級な陶器が砕け散る甲高い音が響き渡った。

 アーリーが、恭しく運ばれてきたばかりのティーカップを、容赦なく壁に叩きつけたのだ。

 豪奢な絨毯に飛び広がった熱い紅茶が染みを広げ、そこかしこに鋭い破片が散らばる。


「も、申し訳ございません、アーリー殿下……!」


 粗相をしたメイドが青ざめた顔で床に膝をつき、震える手で破片を拾い集めようとする。

 アーリーは、そのメイドの頭を上から冷ややかな、虫けらでも見るかのような目で見下ろした。


「謝って済む問題か。

 俺は選ばれた特別な存在だぞ。

 お前たちのような有象無象が、俺の貴重な時間を無駄にするなど万死に値する。

 俺の機嫌を取るために存在しているという自覚が足りないんじゃないのか?」


 彼は忌々しげに舌打ちをし、メイドの震える手を、磨き上げられた革靴のつま先で軽く、しかし確かな痛みを伴うように踏みつけた。


「ひっ……!

 お、お許しを……!」


「さっさと片付けろ。

 そして二度と俺の前にその不細工な顔を見せるな。

 クビだ」


「は、はいぃぃっ……!」


 メイドが涙目で逃げるように退室していくのを、アーリーは鼻で笑って見送った。

 他者の痛みや尊厳など、彼にとってはゲームの中のキャラクターに設定された定型文程の価値もない。

 前世で彼に群がってきたファンたちを都合のいい道具として扱い、飽きれば容赦なく切り捨ててきた彼にとって、王城の使用人たちも同じように「消費するだけのアイテム」に過ぎなかった。

 自分が世界の中心であり、すべては自分の思い通りになる。

 その生来の傲慢さは、権力と地位を手に入れたことを皮切りに、成長するにつれて隠しきれないほどに肥大化していた。


 アーリーは最高級のワインの入った新しいグラスを揺らしながら、自らの頭の中にある『攻略チャート』を再確認していた。

 彼にとって、この世界は前世で自らが声を担当した乙女ゲーム『ホーリースイート』の舞台そのものだ。


「すべては俺のために用意されたゲーム。

 俺が選ばれた主人公だ。

 この世界のルールも、登場人物達の情報も、すべて俺の頭の中にある」


 その歪んだ自己愛と特権意識が、彼の行動原理のすべてである。

 だが、現在彼の前には、ゲームの正規ルートからは外れた一つの大きな『イレギュラー』が存在していた。


「……ロザリオの奴、一体どこをほっつき歩いてるんだ」


 ゴドリと苛立たしげにグラスをテーブルに置く。

 彼は前世の知識を駆使し、王城に潜り込ませた間者を利用して、本来のメインヒロインである『聖女ロザリオ』の行方を徹底的に探らせていた。

 聖リプトーン教国から奪われ、ビアンコ男爵家の養女として育てられているはずの光の聖女。

 彼女の圧倒的な聖属性の光魔法は、王位を簒奪し、この世界を完全に支配するための最強の『兵器』となるはずだった。


 だが、間者からの報告によれば、ロザリオはビアンコ家から実家の金を横領し、書置きを残して忽然と姿を消してしまったというのだ。

 数年が経過した今もその足取りは一向に掴めない。


「ゲーム本編の開始時期が近づいてるっていうのに、肝心のメインヒロインが不在だなんてふざけるなよ。

 せっかく俺が迎えに行ってやるっていうのに、どこで何をしてやがる」


 アーリーは、忌々しげに舌打ちをした。

 彼がどれだけ間者を放っても、見つからないものは見つからない。


「……まあいい。

 奴(聖女)が見つからないなら、自らの覇道は『圧倒的な攻撃力』を用意して踏みつければいいだけだ。

 俺は天才プレイヤーだからな。

 ルートが一つ潰れたくらいで、ゲームオーバーにはならない。

 正規ルートがダメなら別の最適解を、俺自身の手で開拓すればいいだけの話だ」


     ◇


 アーリーの視線は、テーブルの上に広げられた王国の詳細な勢力図へと向けられた。


(今の俺の公式な婚約予定者は、アセスルファム公爵家のエリスリトールだ)


 彼女が広域防御兵器である『滅杖アゼズルガル』の継承者候補であることは、王家と公爵家の妥協案が提示された時に、間者からの報告で既に知っている。

 王国において、王家と公爵家という巨大な二つの派閥を結びつけるための重要な政略結婚の駒。

 だが、彼の評価基準は常に『戦力』と『利用価値』である。


(エリスリトールは確かに優秀な女だろうが……いかんせん、あの『滅杖』とかいう武器の性能が地味すぎる)


 アーリーは鼻で笑ってその存在を一蹴した。

 拠点での防御や結界に特化した杖。

 ゲーマー思考の彼からすれば、そんなものは後方支援のサポートアイテムでしかない。


(陣地防御特化の杖なんて地味で使えない。

 世界を捻じ伏せるには、圧倒的な殲滅力(火力)が必要なんだよ)


 エリスリトールは不要だ。

 適当な理由をつけて婚約破棄してやる。


 そう決断した彼が新たなターゲットとして狙いを定めたのは、エリスリトールの背後に控えるもう一つの巨大な武力だった。


「……チクロ・ズルチン」


 偽アーリーは、その名を嗜虐的な、しかし歓喜に満ちた響きで口にした。

 エリスリトールの取り巻きの一人であり、アセスルファム派閥の筆頭武家であるズルチン侯爵家の令嬢。

 彼女が代々受け継ぐ広域殲滅兵器『魔槍ズールティン』の情報は、彼の食指を大いに動かした。


(一国を滅ぼせるほどの広域殲滅兵器。

 そんなチートまがいな火力を、あの年端もいかない小娘が制御しているとはな。

 あんな強力な物理特化のキャラクターが、ただのモブとして埋もれているなんて勿体ない。

 あれこそ、主人公(俺)の隣に相応しい武器だ)


 彼にとって、結婚相手の女性はただの『アイテム』であり『兵器』だ。

 チクロの意思や感情、彼女の人間としての尊厳などはどうでもいい。

 彼女が持つ圧倒的な武力を合法的に自分のものにし、自分の意のままに操ること。

それだけが目的なのだ。


「決まりだな。

 新しいルートのメインヒロインは、チクロ・ズルチンだ。

 あいつを俺の妻に迎え、完全に支配してやる」


 しかも都合の良いことに、盤面は彼の思い通りに動こうとしていた。


 ちょうどその頃、ズルチン家の現当主代理……チクロの叔父が、正統な後継者である姪のチクロを疎ましく思い、魔槍ごと王家に生贄として売り飛ばそうと、密かにすり寄ってきていたところだった。


 チクロの叔父が求める保身と、強すぎる権力欲。


 それは、アーリーにとってこれ以上なく利用しやすい「大人の事情」だった。

 チクロを王家に差し出すことで、自らの当主の座を盤石なものにしたいという愚かな思惑。

 それを利用してやれば、ズルチン家の武力を手に入れるのは容易い。


(だが……問題はどうやってアセスルファム公爵家との婚約を白紙にし、ズルチン家へ乗り換えるかだ)


 正当な理由もなく公爵家との婚約を破棄すれば、王家の権威に傷がつき、貴族社会からの反発は免れない。

 何より、あのうるさい親父殿(国王)が許さないだろう。


(何か、エリスリトールを切り捨てるための『大義名分』が必要だな)


     ◇


 偽アーリーがそう思考を巡らせていた時だった。

 音もなく部屋の隅に現れた間者が、恭しく片膝をついて報告をもたらした。


「アーリー殿下。

 公爵家に近しい情報筋より、興味深い報告が入っております」


「なんだ?

 手短に言え」


「はっ。

 エリスリトール様の取り巻きの一人、パルスイート・アスパルテーム伯爵令嬢が、何やら裏で工作を行っているようです。

 夜会や茶会の場で、密かにエリスリトール様の悪評を流布し、婚約を破断に持ち込もうと動いている形跡が確認されました」


「……ほう?」


 アーリーの目が怪しく光った。


「『公爵令嬢は実は性格が悪い』だの、『夜な夜な藁人形に殿下の名前を書いて打っている』だの、くだらない噂を流しているとのこと。

 いかがいたしましょうか?

 早々に口を封じますか?」


 間者の問いに、偽アーリーは堪えきれないというように肩を揺らし、やがて腹を抱えて笑い出した。


「くくっ……あっはははは!

 なんだその滑稽な馬鹿女は!

 自分で自分の首を絞めているじゃないか!」


 一介の伯爵令嬢が、主筋である公爵令嬢を陥れようと小賢しい工作をしている。

 ゲームのモブキャラクターらしい、浅はかで愚かな行動だ。

 成人年齢である15歳を目前に控えたこのタイミングで、焦って動き出したのだろう。

 だがその愚かさが、今のアーリーにとってはこれ以上ないほどの『利用価値』を持っていた。


「いいや、放置しておけ。

 むしろ、その噂がもっと広まるように裏から手を回してやれ」


「……は?」


「分からないのか?

 これは使えるんだよ。

 『公爵令嬢の醜聞』という大義名分ができれば、堂々と婚約を破棄できる」


 アーリーはワイングラスを傾け、その赤い液体を見つめながら冷酷に笑った。


「公爵家を切り捨てるための大義名分(パルスイートの暗躍)と、チクロを厄介払いして正式な当主の座に就きたい叔父の思惑。

 この二つを繋ぎ合わせれば、親父殿(国王)を上手く誘導し、自然な形でチクロを新たな婚約者に据えることができる。

 公爵家の面目を潰しすぎず、かつズルチン家を王家側へ引き抜くための完璧なシナリオだ。

 ……本当に、その馬鹿女には感謝しないとな」


     ◇


「チクロを婚約者に据えるとして……問題は、どうやってあの化け物みたいな武門の令嬢を大人しく従わせるか、だな」


 偽アーリーは、自室の窓から王都の街並みを見下ろしながら、最後の仕上げについて思考を巡らせていた。

 力で屈服させるのは不可能だ。

 相手は国を滅ぼす魔槍の使い手。まともにやり合えば、無傷では済まない。

 かといって、心から愛させるような面倒な手順を踏む気は毛頭ない。


 思考を巡らせた末、彼の脳裏に、かつて本物のアーリーから四肢を奪い、廃人にするために使用した『ある魔法具』の記憶が鮮明に蘇った。


(……そうだ。

 アレを応用した魔導具を用意するか)


 アーリーは自室の隠し金庫を開け、その奥から設計図を取り出した。

 かつて使用した『夢見の首輪』。

 対象の意識を幸福な幻覚に閉じ込め、精神を完全に支配し、他者からの命令に従順に従う操り人形へと作り変える禁術の魔法具。

 その製造方法が書かれた禁書がここにあった。

 それは本来であれば、王城の厳重に管理された区域で保管されているものだが、そのような物であっても、今のアーリーであれば容易に持ち出すことが出来た。


「首輪じゃ警戒されるが、指輪ならどうだ?

 この国の闇の錬金術師に大金を積んで作らせればいい。

 王家の紋章を刻み込んだ、特注の『隷属の指輪』だ。

 これを結婚指輪として偽装すれば、神聖な結婚式の儀式の最中で誰にも疑われることなく、かつ強制的に相手の指に嵌めることができる」


 これ以上なく自然で、警戒されることのない完全な支配の罠。

 指輪を嵌めた瞬間、チクロの自我は消え去り、魔槍を振るうだけの都合の良い戦闘マシーン(操り人形)と化すのだ。

 婚約破棄の直後、間を置かずに強引にチクロとの結婚式を執り行い、その儀式の中で全てを終わらせる。


(完璧なシナリオだ。

 全ては俺の思い描いた通りに動いている)


 アーリーは冷たい夜風に吹かれながら、自身の完璧な采配に酔いしれていた。


 エリスリトールは適当な理由をつけて捨てる。

 チクロは俺の洗脳兵器にする。


(そして、あの小賢しい工作をしたパルスイートとやらは……そうだな。

 あんな奴に掛ける手間も惜しいからな…

 国王にでも丸投げしておこう。

 勝手に重罰でも下して片付けてくれるだろう。

 せいぜい、自分が盤面をコントロールしていると勘違いしたまま、絶望して泥水を啜るがいい」


 最悪の攻略者が、ゲームの盤面を自らの手で操作し、運命を強引に書き換えていく。

 他者の感情も、人生も、すべては彼のための踏み台でしかない。


 この世界は、俺のために用意されたゲーム盤だ。

 すべての駒は、俺の思い通りに動く運命にある。


 王城の深奥で、邪悪で冷徹な計画が静かに完成へと向かっていた。

 それはやがて、あの謁見の間での『婚約破棄』と『追放』という断罪イベントへと、一本の線となって繋がっていくのである。

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