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悪役令嬢は甘くない!  作者: スパイシーシェフ
第08章:カベルネ
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第123話「真贋入替!四肢?境遇?」


 ソーヴィニヨン王国は、かつてないほどの熱気と厳かな歓喜に包まれていた。


 執り行われていたのは王家の至宝たる『聖剣ソルビニオン』の継承の儀式である。

 過去、第一王子であるキャンベルにおいても同様の儀式が執り行われたが、その際には継承の拒絶という絶望的な幕引きを迎えた。


 今日この日、王族や重臣たちが固唾を呑んで見守る中、祭壇の前に立つ一人の少年に全ての視線が注がれていた。


 第二王子、アーリー・ソーヴィニヨン。


 齢わずか10歳にして、彼は既に完成された王族としての威厳と、大人顔負けの聡明さを備えた寵児であった。


 彼には子供特有の無邪気さや甘えは薄い。

 王族としていかに振る舞うべきか、国をどう治めるべきかを英才教育によって徹底的に叩き込まれ、それを完璧に理解し体現する天才児である。

 彼に掛かる期待の大きさを、本日の盛大なる様相が示しているのは誰の目にも明らかだった。


「アーリーよ。

 その手で、王家の証を掴み取ってみせよ」


 デラウェア王の重々しい声が響く。


「はっ」


 アーリーは静かに一礼し、祭壇に安置された聖剣ソルビニオンへと歩み寄った。

 純白の柄と、水晶のように透き通った刀身を持つ美しい剣。


 彼が迷いなくその柄を握りしめた瞬間。


 カァァァァァッ!!


 大広間が、眩いほどの神聖な光に包み込まれた。


 聖剣が、彼を正統な所有者として認めたのだ。

 そして、アーリーの右手の指に聖剣制御の絶対条件である証――『王家の星』と呼ばれる指輪のような美しい痣が、光と共に自動的に顕現した。


「おお……!」


「聖剣がアーリー殿下をお認めになられた!」


 重臣たちから感嘆の声が上がる。

 

 輝かしい未来が約束された、アーリーの人生における絶頂期。

 彼は恭しく聖剣を掲げながら、冷静な頭脳で自らの立場を再確認していた。


(これで僕が聖剣の契約者となった。

 王家の権威はさらに盤石になる)


 彼には母であるピオーネ王妃から密かに聞かされている『秘密』があった。


 自分には、忌み子として辺境に追放された双子の兄がいるということ。

 だが、聡明なアーリーはその見知らぬ兄に対して同情など抱いていなかった。


(双子の存在は国の治世に悪影響を及ぼす最大の醜聞。

 万が一にも表舞台に現れれば、王権を揺るがす極めて危険な火種となる。

 決して、城に近付けてはならない存在だ)


 国を想うからこそ冷静にそう判断し、兄という存在を深く警戒する。

 アーリーは、血縁とは言えども見知らぬ兄の存在を、決して快く思っていなかった。


 だが、彼はまだ知らなかった。


 その『最も危険な火種』がすでに王城の深奥にまで入り込んでいることを。

 自分の足元を完全に崩し去ろうとしていることを。


     ◇


 その栄光の夜。

 自室のベッドで眠りについたはずのアーリー。


 しかし、次に目を覚ました時、そこは見知らぬ薄暗く冷たい石造りの地下牢だった。


「……っ?」


 アーリーはぼんやりとする意識の中で状況を把握しようとした。


 冷たい石の床。

 カビの匂い。


 何者かに誘拐されたのか?

 王城の厳重な警備を掻い潜って?


 彼はすぐさま体を起こし、反撃の構えを取ろうとした。


 だが…


「……え?」


 動かない。


 体が、全く動かないのだ。


 アーリーは自分の体を見下ろした。

 彼の体は、首から下が分厚いシーツでぐるぐる巻きに覆われていた。

 いや、シーツの拘束だけではない。

 手足の感覚が、どこか自分のものではないような、ひどく重く、ちぐはぐな違和感を訴えている。


「起きたか、アーリー」


 薄暗い部屋の隅から、冷ややかな声が響いた。

 カツ、カツと足音を立てて、闇の中から一人の少年が歩み出てくる。

 動けないアーリーの前に現れたのは、自分と瓜二つの顔を持つ少年だった。


「……君は」


 アーリーは聡明ゆえに、目の前の存在が誰であるかを即座に理解した。


「いや、お前は僕の双子の兄、カベルネだな……。

 辺境に追放された忌み子が、なぜここにいる。

 これは、お前の仕業か……!」


 彼は激しい警戒と明確な敵意を向け鋭く睨みつけた。

 見知らぬ兄に対する兄弟の情など微塵もない。

 国を揺るがす『極めて危険な存在』に対する為政者としての怒りだ。


「正解。

 温室育ちのお坊ちゃんかと思ってたけど、意外と頭の回転は早いみたいだな」


 カベルネ――中身は別世界で命を落とした有名タレントの『星野レン』――は、下品な薄笑いを浮かべてアーリーを見下ろした。


「お前、僕を誘拐してどうするつもりだ。

 お前が僕になりすまして城に戻ったとしても、養子先の侯爵家でカベルネが消えたことが問題になる。

 こんな強引な入れ替わりが長く通用するはずがないぞ」


 アーリーの冷静な指摘に、カベルネは可笑しくてたまらないというように肩を揺らして笑った。


「くくっ……。

 心配ご無用だよ、アーリー殿下。

 母上にはね、『僕は王家としての帝王学を学ぶことが出来ない代わりに、身分を隠して遠方の中立国で独自に学ぶ。だからしばらくは国を離れて留学する』って伝えてあるんだ。

 お前の誘拐を手引きした間者の資金も、全部母上からの援助金から出しているんだ。

 完璧なアリバイ工作ってやつ?

 見事なもんだろ」


「なっ……」


 母の歪んだ愛情を完全に利用し、資金から情報、そしてアリバイまでも引き出していたというのか。

 アーリーは、目の前の少年の底知れぬ狡猾さに戦慄した。


「それよりも、どうだ?

 お前のその新しい手足の具合は」


 カベルネがパチンと指を鳴らす。


 すると、アーリーを覆っていたシーツをカベルネの側に控えていた取り巻き達が乱暴に剥ぎ取った。

 

 アーリーは自分の体を見て、息を呑んだ。

 自分の四肢が厳重な鉄の拘束具でベッドに固定されている。

 だが、その手足は昨日までの見慣れた自分のものより少しだけ細く、そして日に焼けていなかった。


「な、なんだこれは……!?

 僕の手足が……!」


「どの世界でも、どの世代でも、それこそどこにでも、才能こそあれ事を成せず、金に困って何でもやる貧乏人はいるもんだ」


 カベルネは、まるで新しい玩具を自慢する子供のように、あっけらかんと言い放った。


「大金を積んで、他国から聖属性が使える聖職者を連れてきてな。

 秘術…俺の認識では外科手術ってやつだが、それを使って生かしたままお前と俺の手足を入れ替えさせたんだよ。

 ほら、お前の手足は俺のと交換してもらったぞ?

 ピッタリだ!いい塩梅だろう?

 見ろ、俺の方もなんの違和感もない」



 カベルネは、自らの右手をアーリーの目の前に突き出して見せた。

 そこには。

 カベルネの右手の指に、アーリーが神聖なる儀式で受けたばかりの、あの『王家の星』が輝いていたのだ。


「き、貴様……っ!!

 その指輪の痣……!

 まさか、僕の腕を……自分の体に……!」


 アーリーは失われた四肢と目の前にある『カベルネの元々の手足』を見て、絶望的な喪失感に震えた。


 血一滴流さずに、概念ごとすげ替えられた手足。

 命や身体を部品としか見ていない。

 異常者特有の倫理観の欠如がアーリーの精神を激しく削り取っていく。


「お前に移した俺の手足に、王家の星とかいう指輪の痣が移らないことは確認済みだが…まぁ念のためだ」


 カベルネはベッドに厳重な拘束が施されたアーリーの四肢を見下ろし冷酷に笑った。


 殺せば所有権が次に移る。


 だから生かしつつ、行動の自由を完全に奪うために拘束を施したのだ。


「そしてもう一つ、お前が逃げ出したり反撃に出る可能性を考慮し、念押しの為に用意したのがこれだ」


 カベルネは懐から、鈍い光を放つ金属の輪を取り出し、アーリーに見せつけた。


「知ってるか?

 これは『夢見の首輪』…

 ほう、その露骨な嫌悪感を表す顔でよくわかるぞ。

 まぁ知っての通り、別名『隷属の首輪』。

 凶悪ながらも有益な犯罪者を使役したり、精神を病んだものを健やかに過ごさせるために開発されたものだが、実際には合法的に傀儡を作り出すための都合がいい魔法具に過ぎない」


 カベルネはアーリーの頭を乱暴に掴み、その首にガチャンと冷たい鉄の首輪を嵌めた。


「な……にを……」


「これをお前にプレゼントしてやろう。

 そうだな…夢見がいいように俺の知っているいい話を、お前の夢枕で聞かせてやろう。

 『ホーリースイート』と言う物語の、お前の為の話を『とても良く』知っているからな」


「なにを馬鹿なことを!」


 アーリーが首輪の拘束に抗いながら鋭く睨みつけるが、カベルネは嘲笑うだけだった。


「なぁに、馬鹿なお前が婚約者のエリスリトールを袖にして、どこの馬の骨とも知れぬ、ロザリオとかいう名のどこぞの売女が生んだような平民出の女に入れ込み、あろうことか王族に取り込んで幸せ気分でのうのうと暮らす話だが、どうだ?滑稽だろう」


「……ッ!!」


 アーリーの聡明な頭脳は、その与太話が意味する破滅的な政治的結末を瞬時に理解した。


「貴重な公爵家との懸け橋を、そんな愚昧がとるような行動で反故にするなどありえない!」


 国を想い、常に王族としての責務を第一に考えてきたアーリーにとって、それは絶対にあり得ない最も軽蔑すべき行動だった。

 彼が血を吐くような声で否定すると、カベルネは可笑しくてたまらないというように腹を抱えた。


「くくくっ…所詮は物語なんだ。

 そんな話にケチをつけても仕方ないだろ?

 ま、存外楽しめると思うぞ。

 何ならハーレムでも作って楽しんでくるといい。

 そうだなぁ…俺が覇道を達成した暁に、気が向いたら起こしてやるよ。

 その時は俺の用意した最高のエンターテイメントの感想を語ってくれよ?」


 首輪の魔石が妖しく光り始める。

 アーリーの瞳から、急速に理性の光が失われていく。

 賢く、気高かった彼の意識が、首輪が強制的に見せる『馬鹿げた物語の夢』の泥沼へと引きずり込まれていく。


「あ……」


 完全に自我を奪われ、幻覚に囚われて虚ろな瞳になった実の弟を見下ろし、カベルネは満足げに頷いた。


 翌日、何事もなかったかのように王城へと帰還するカベルネ。

 

 彼の中身が『星野レン』という最悪の人格であり、その身体ですらもアーリーの手足を奪って作り上げた偽物だということ。

 そのことに気が付けるものは、血縁関係である国王や王妃、第一王子までもを含めても誰もいなかったである。


 本物のアーリーが深い暗闇の中で滑稽な夢に囚われ続ける中、正当な権力を得た最悪の偽物が玉座への道を歩み始めたのだった。



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