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悪役令嬢は甘くない!  作者: スパイシーシェフ
第07章:シナリオライター
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第116話「続編企画!復讐?魔槍?」


 エリリンが自ら命を絶ってから、数年の月日が流れた。


 主役声優の急逝というスキャンダルを乗り越え、急遽シナリオを元の『チクロ主人公のダークストーリー』へと戻して制作が強行された乙女ゲーム『ホーリースイート2』。


 それは皮肉なことに、前作を凌ぐ空前の大ヒットを記録していた。


 復讐をテーマにし、アクション要素をふんだんに取り入れたその内容は、従来の女性ファンだけでなく、男性ファンをも巻き込む社会現象となった。


 世界的な対戦格闘ゲーム『KOF』とのコラボレーションまで決定し、もはや単なる乙女ゲームの枠を完全に超えたモンスタータイトルへと成長していた。


 だが。


 その華々しい成功の裏で、シナリオライターである私、千歳結衣の心は完全に死に絶えていた。


「……先生、今回のロイヤリティの明細です。

 凄まじい額ですよ」


「……ええ。

 ありがとうございます」


 私は、事務的に書類を受け取り、無感情にハンコを押す。

 通帳の桁がどれだけ増えようと、私の心は1ミリも動かなかった。

 心を殺し、ただ淡々とテキストを生産し続けるだけの『仕事マシーン』。

 それが、エリリンを死に追いやった私が選んだ、罰のような生き方だった。


     ◇


 『ホリスイ2』の大ヒットを受け、当然のように次回作、『ホーリースイート3』の企画が立ち上がった。


 都内の一等地にあるゲーム会社の、重厚な役員会議室。

 私は、そこに提出するためのプロットを、何日も徹夜して書き上げていた。

 それは、私の持てるすべての技術と、どす黒い感情を注ぎ込んだ、狂気のシナリオ。


『復讐のプロット』だ。


(……私は、現実のあいつらを裁くことはできない)


 プロデューサーに体を売り、陰湿な噂を流してエリリンを死に追いやった華城麗華。

 そして、女性をモノとしか見ていない傲慢な人気マルチタレント、星野レン。

 彼もまた、現実世界でファンに刺殺されるという自業自得の末路を辿っていたが、私の心の中の憎悪は消えることがなかった。


 現実の権力や不条理には、私のようなしがないライターの力ではどうすることもできない。


 だからこそ。

 せめて私が創り出す『物語の世界』の中だけででも、あいつらを完膚なきまでに叩き潰したかった。


 麗華と星野レンを暗にモデルにした、傲慢で強欲な悪役キャラクターたち。

 彼らが、己の欲望の果てに全てを失い、惨めに、そして徹底的に破滅していくストーリー。

 私は、その陰惨な破滅の描写に、削り出した自分の命を乗せるようにして筆を執っていた。


「……千歳先生。これは、どういうつもりですか」


 だが、長大なマホガニーのテーブルの向こう側。

 私のプロットを読んだ会社の専務が、忌々しげに書類を放り投げた。


「前作がダークな復讐劇でウケたからといって、これはあまりにも陰惨すぎる。

 救いがなさすぎる。

 登場人物たちがここまで無残に死んでいくような話を、誰が求めていると言うんですか」


「……それは」


「ユーザーが『ホリスイ』に求めているのは、胸のすくようなカタルシスと、魅力的なキャラクターたちの活躍です。

 こんな、作者の鬱憤晴らしのような胸糞悪い破滅劇など、商品にはなりません」


 他の役員たちも、一様に眉をひそめ、深く頷いている。


「コストをかけて開発する以上、こんなリスキーなシナリオにGOサインは出せませんな。

 千歳先生、先生も少しお疲れのようだ。

 もっと王道で、明るく、売れるシナリオに書き直していただきたい」


 全否定だった。

 私が血を吐くような思いで書き上げた『復讐』は、一顧だにされることなく、あっさりとゴミ箱へと直行した。


「…………」


 私は、何も言い返すことができなかった。


 彼らの言う通りだ。

 これは、ただの私の鬱憤晴らし。

 エリリンを救えなかった自分への言い訳でしかない。


「……承知いたしました。

 書き直します」


 私は深く頭を下げ、冷たい会議室を後にした。


     ◇


 会議が終わった後の夜の街。

 ネオンサインが眩しく瞬く交差点で、私は信号待ちをしていた。


「……結局、私には何にもできなかったわね」


 ポツリと、自嘲の言葉が漏れる。


 現実の悪人を裁く力もなく。

 せめて物語の中だけでもと企てた復讐すら、会社の論理の前にあっさりと握りつぶされた。

 ただ、エリリンが大切にしてくれた『ホリスイ』という作品を、惰性で書き続けているだけの抜け殻。


 それが、今の私だ。


 歩行者用信号の赤いランプを見つめながら、私は深い、深い絶望の淵に沈んでいた。

 その時だった。


 ドンッ。


 背中を、強い力で突き飛ばされた。


「……え?」


 バランスを崩し、私は車道へと転がり出る。


 誰が?

 なぜ?


 熱狂的なファンか?

 それとも、あの華城麗華の差し金か?


 振り返る暇もなかった。


 キキーッ!!という激しいブレーキ音。

 そして、私の視界を真っ白に染め上げる、巨大なトラックのヘッドライト。


(ああ……)


 迫り来る圧倒的な質量の前で、私の思考は奇妙なほどに澄み渡っていた。


 死ぬ。

 私は今から、死ぬのだ。

 走馬灯のように、これまでの人生が駆け巡る。


 OLだった頃の何もない生活。

 寝る間も惜しんで書き上げたシナリオ。

 ヒットの喜び。

 そして……


『先生の紡ぐ言葉には、いつも真っ直ぐな光があって、読んでいると元気がもらえるんです!』


 ボロボロになった台本を胸に抱きしめ、不器用に、けれど最高に純粋な笑顔を向けてくれた、一人の少女の顔。


 私が守れなかった、大切なファンであり、友。


(……ごめんね、エリリン)


 私は、迫る光の中で、そっと目を閉じた。


(もし、来世があるのなら。

 今度こそ、貴女が笑って生きられる世界を……)


 直後、全身の骨が砕け散るようなすさまじい衝撃が私を襲い。

 私の意識は、深い、深い闇の中へと沈んでいった。


     ◇


 ……冷たい。


 それが、私が次に感じた最初の感覚だった。


(……ここは、どこ?)


 目を開けようとするが、まぶたという概念が存在しない。

 呼吸をしようとするが、肺も気管もない。


 私は、自分が『人間の肉体』を失っていることに気がついた。


 代わりに感じるのは、硬く、冷たい、金属の質感。

 そして、自らの内側に渦巻く、信じられないほどに巨大で、禍々しい『力』の奔流。


(……金属?

 私、何になってるの?)


 私は自分の『形』を認識しようと努めた。


 細長い体。

 鋭く尖った穂先。


 そう、私は一本の『槍』になっていたのだ。


(嘘でしょ……。

 私、槍に転生したっていうの!?)


 ライトノベルやWeb小説で、剣や杖に転生する話は読んだことがある。

 だが、まさか自分がそれを経験することになるとは。


 しかも、ただの槍ではない。

 私の内側から湧き上がるこの瘴気は、とても聖なる武器などと呼べる代物ではない。


(……ちょっと待って。

 この感じ、私、自分で設定を考えたことがあるわ……)


 禍々しい瘴気を放つ、意思を持つ魔槍。

 インテリジェンスウェポン。


「……『魔槍ズールティン』」


 心の中でその名を呼んだ瞬間、私の意識は周囲の空間を『視る』ことができるようになった。


 そこは、石造りの重厚な部屋だった。

 壁には多数の武具が飾られ、厳重な結界が張られている。


 槍の記憶を辿る限り、ここはズルチン侯爵家の宝物庫ではないだろうか。


 そして、私の目の前には一人の幼い少女が立っていた。

 紺色の髪をきっちりと結い上げた、真面目そうな少女。


 五、六歳くらいだろうか。

 彼女は、台座の上に鎮座する私――魔槍ズールティンを、ジッと見上げていた。


『……これが、我が家に伝わる至宝……』


 少女が、小さな手を伸ばす。


(ちょっと、触っちゃダメよ!

 これ、まだ子供が扱えるような代物じゃ……!)


 私の制止の念も虚しく、少女の白く柔らかい手が私の冷たい柄に触れたその瞬間。


 ドクンッ!!


 私と、少女の魂が激しく共鳴した。


 普通なら、インテリジェンスウェポンが契約者を試すための審査期間が数年は必要なはずだ。

 だが、私とこの少女の間にそんな悠長なステップは存在しなかった。


 持った途端に発動する継承印。


 『物語の創造主』と、『その物語の登場人物』


 千歳が持つ、あまりにも高すぎるシンクロ率が、ありえない奇跡的を引き起こした。


 私の意識(主観)が槍の冷たい鉄の体から一気に吸い出されていく。

 逆に、少女の意識が押し出されるようにして槍の中へと流れ込んでくる。


 それと同時に互いの記憶と感情が激流のように混ざり合い、頭の中に流れ込んできたのだ。


「……ぁ……っ!」


 私の脳内に五歳の少女であるチクロがこれまで生きてきた。

 厳格な侯爵家での記憶が刻み込まれる。

 そして槍へと流れ込んだ彼女の魂にも、私の三十年近い人生とエリリンへの激しい後悔、そして……この世界が私が創り出した『ホーリースイート』というゲームであるという事実がすべて共有されたのだ。


 眩い光が弾け、私は猛烈な浮遊感に襲われた。


「……っ、はぁっ……」


 私が次に目を開けた時。

 視界は、先ほどとは全く違う高さにあった。


 自分の手を見る。

 小さく、白く、柔らかい、人間の子供の手。

 そして、私の目の前の台座には、禍々しい紫色のオーラを放つ『魔槍ズールティン』が置かれている。


 私の主観はチクロの体に入り、チクロの主観はズールティンの中に入っていた。

 だが混乱はなかった。

 互いの記憶と感情が完全に混ざり合っているからだ。


『あぁ…ズールティン、やはり貴女はお父様と共に……

 ……そして、千歳結衣。

 貴女は、こんなにも重く、悲しい後悔を抱えて死んでいったのですね』


 槍の中にいる本物のチクロお嬢様の魂が、静かで、慈愛に満ちた思念波を送ってきた。


(……チクロ。

 そうね…彼女の記憶は確かに受け継いだけど、彼女自身はもう居なかったのね……

 それと、ごめんなさい。

 貴女の体を奪う形になってしまって……

 それに、私が創ったこの理不尽な世界のせいで、貴女にまで過酷な運命を背負わせて……)


『謝らないでくださいませ。

 貴女の記憶を通して全てを理解しました。

 この世界がどのような運命を辿るのか、そして……貴女がどれほど、あの『エリリン』という少女を救いたかったのかを』


 チクロの声には、自身の体を失ったことへのパニックや怒りは微塵もなかった。

 あるのは、創造主である私の痛みへの深い共感と、貴族としての高潔な覚悟だった。


『もし、そのエリリンという少女の魂もこの世界のどこかに転生しているのだとしたら、……貴女は、今度こそ彼女を守りたいのでしょう?』


(……ええ。

 絶対に守りたい。

 そして、私たちを弄んだこの理不尽な世界の運命ごと、私が全て書き換えてみせるわ)


『ならば、わたくしも全力で協力いたしますわ。

 わたくしの体は、貴女に託します。

 貴女の持つ『未来の知識』と、わたくしが振るう『魔槍』としての力があれば、きっと運命は変えられます』


 私は、台座の上の魔槍ズールティンを、小さな両手でしっかりと握りしめた。

 冷たい鉄の感触の奥に、チクロの温かく力強い魂を感じる。


「……ありがとう、チクロ。

 これから、私と貴女でこの世界を救いましょう」


『ええ。

 よろしく頼みますわ、千歳……いえ、これからの『チクロ・ズルチン』』


 私たちは互いの存在を深く理解し、魂の底から共に生きていくことを誓い合った。


 こうして、元シナリオライター千歳結衣の記憶を持つ侯爵令嬢と、彼女の記憶を受け継いだ魔槍ズールティンという、かつてない強固な絆で結ばれた二人(一人と一本)の、しぶとくも波乱万丈な第二の人生が幕を開けたのである。


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