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悪役令嬢は甘くない!  作者: スパイシーシェフ
第07章:シナリオライター
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第113話「続編企画!却下?抜擢?」


 『ホーリースイート ~光の聖女と救いの世界~』は、発売されるや否や、乙女ゲーム界に旋風を巻き起こした。


 奇をてらわない純粋な王道ストーリー。

 魅力的なキャラクターたちと、彼らが紡ぐ甘いセリフの数々。

 疲れた現代の女性たちの心に、圧倒的な「光」と「愛」を届けたこの作品は、私の予想を遥かに超える大ヒットを記録したのだ。


 それに伴い、メインシナリオを手掛けた私、千歳結衣の元には、ゲーム雑誌のインタビューや他社からの引き合いが殺到するようになった。

 だが、私の心はすでに次へと向かっていた。


 『ホーリースイート』の大成功からしばらく後。

 開発チームの熱気も冷めやらぬうちに、当然の流れとして続編『2』の企画がスタートしたのである。


「先生、次回作についてなんですがね」


 ある日、プロデューサーの黒田が、いかにも親しげな様子で私に声をかけてきた。

 彼は前作の成功で鼻息を荒くしており、仕立ての良いスーツを着崩して、自信たっぷりの笑みを浮かべていた。


「次は、少し趣向を変えてみませんか。

 例えば……そう、あの『チクロ』を主人公にするというのはどうでしょう?」


「チクロを、ですか?」


 私は少し驚いた。

 前作のチクロは、悪役令嬢エリスリトールの取り巻きの一人に過ぎない。

 しかも、嫌味なセリフを吐くだけの、完全な端役である。

 乙女ゲームの主人公としては、いささか毒が強すぎるのではないか。


「ええ。

 前作で悪役だったキャラクターが、実は裏でこんな事情を抱えていた……なんて展開は、ファンも食いつきやすいんですよ。

 それに、彼女の声を担当している華城麗華クン、最近アイドルとしても人気が出てきましてね。

 彼女をメインに据えれば、新たなファン層の獲得も狙えます」


 黒田の言葉の端々に、不純な思惑が透けて見えた。

 彼がチクロ役の華城麗華と「個人的に」深い関係にあることは、業界の端くれにいる私でさえ耳にしたことがある。

 要するに、愛人を主役に据えたいという、プロデューサーの露骨なゴリ押しである。


 普通なら、そんな身勝手な理由で自分の作品を歪められるのは腹立たしい。

 だが、この時の私は、黒田の提案を意外にもすんなりと受け入れていた。


(……チクロが、主人公。

 悪くないかもしれないわね)


 私自身、『チクロ・ズルチン』というキャラクターには強い思い入れがあったのだ。

 チクロとズルチン。

 どちらも強い甘みを持ちながら、毒性の疑いから使用を禁止された人工甘味料。

 その二つを掛け合わせた名前に込めた、物語の「劇薬」としての役割。


 前作では単なる取り巻きとしてしか描けなかった彼女の「毒」を、前面に押し出すことができる。

 前作でエリスリトールが受けた理不尽な屈辱を、チクロが他を巻き込んで、力と知略で晴らしていく……。

 少しダークで、それでいて痛快な復讐劇。

 そこに、格闘ゲームやアクションゲームの要素を取り入れた新しいシステムを組み込めば、乙女ゲームの枠を超える意欲作になるのではないか。


「わかりました、黒田プロデューサー。

 チクロ主人公の路線で、企画書を練ってみます」


 私が快諾すると、黒田は「さすが先生、話が早い!」と下品な笑い声を上げた。


 こうして、黒田の不純な思惑と、私のクリエイターとしての創作意欲が奇妙に合致する形で、『ホーリースイート2』の最初の企画は動き出したのである。


     ◇


 数週間後。


 ゲーム会社の最上階にある、重厚な役員会議室。

 長大なマホガニーのテーブルを挟んで、会社の経営陣や出資元の重役たちがズラリと並んでいた。

 彼らは皆、一様に気難しそうな顔で、私の提出した企画書をパラパラと捲っている。


(……空気が重いわね)


 私は会議室の隅の席で、静かに息を潜めていた。

 前作のヒットにより発言権は増したとはいえ、私はただの外部のシナリオライターだ。

 この場での決定権は、彼ら経営陣が握っている。


「……黒田プロデューサー。

 これは、どういうことかね」


 上座に座る恰幅の良い専務が、企画書をテーブルに放り投げるようにして言った。


「前作は、光に満ちた王道の恋愛モノだったはずだ。

 それがなぜ、続編ではこんな『ダークで血生臭い復讐劇』になっている?

 主人公の令嬢が、槍を振り回して敵を物理的に粉砕する?

 アクション要素を増やす?

 客層が全く違うではないか」


 重役たちの間から、賛同の囁きが漏れる。

 黒田が慌てて立ち上がり、弁明を試みた。


「お、お待ちください専務!

 これは、既存の乙女ゲームの枠を打ち破るための、新しい挑戦なのです!

 チクロという毒のあるキャラクターの魅力を引き出し、アクションゲーム層の男性客をも取り込む……。

 主人公役の華城麗華の知名度も活かせます!」


「だめだだめだ、リスクが高すぎる」


 別の役員が、苛立たしげに手を振った。


「前作のファンが求めているのは、キラキラした王子様との甘い恋愛だ。

 こんな小難しい復讐劇や、アクション開発に伴う多大なコストの増加は承認できない。

 もっと愉快で、明るくて、前作のアセット(素材)を流用して安上がりに作れる設定にしろ」


「で、ですが!

 チクロのキャラクター性には、絶対に惹きつけられる魅力が……!」


 黒田は、愛人を主役にするという自分の野望のために必死に食い下がる。

 だが、専務の冷ややかな一瞥が、彼を完全に沈黙させた。


「……黒田くん。

 君はただのプロデューサーだ。

 経営の判断に、いち社員風情が口を出すんじゃない」


「……っ!」


 黒田の顔が屈辱で真っ赤に染まるが、それ以上反論することはできなかった。

 彼が見事に撃沈したところで、専務の視線が私へと向けられた。


「千歳先生。

 そういうわけです。

 コストを上げず、既存のキャラクターを使いつつ、もっと愉快で今風の……若年層にウケるような設定の別案を、早急に提出していただきたい」


「……承知いたしました」


 私は深く頭を下げた。

 発言を許される空気ではない。

 会社の会議とはこういうものだ。上の鶴の一声で、何週間もかけて練り上げた企画が数分で紙屑になる。


 私は、自分の生み出した「チクロ主人公のダークファンタジー」が完全に握りつぶされた悔しさを噛み殺しながら、会議室を後にした。


     ◇


 自宅のアパートに戻った私は、パソコンの真っ白な画面を前に、深く頭を抱えていた。


「コストを上げずに、既存キャラで、愉快で、今風のウケる設定……」


 無茶振りにも程がある。

 チクロの案がボツになった以上、他のキャラクターを主人公に据えるしかない。

 だが、前作のヒロインをそのまま使うのは芸がないし、他のメインキャラはすでに攻略対象と結ばれている。


 残っているのは、端役のモブ令嬢くらいだ。


「パルスイート……。

 あの子を主人公にするしかないわね」


 パルスイート。

 チクロと同じく、エリスリトールの取り巻きの一人だ。

 ゆるふわなピンク色の髪をした、これといった設定もない背景キャラクター。


 この子を主人公にして、どうやって「愉快で今風な物語」を作るというのか。


 私は気分転換に、パソコンのブラウザを開き、以前自分が執筆していたWeb小説投稿サイトを覗いてみた。

 ランキングの上位を占めているのは、相も変わらず同じようなジャンルの作品ばかりだ。


 『異世界転生』

 『知識チート』

 『悪役令嬢』


(……異世界、転生ねぇ)


 現代の知識を持った主人公が、ゲームや小説の世界に転生して無双する。

 現実世界のストレスから逃避したい読者たちに、圧倒的なカタルシスを与える魔法のジャンル。


「……これだわ」


 私の脳内に、一つの閃きが舞い降りた。

 点と点が繋がり、新しい物語の輪郭が急速に形作られていく。


 ただのモブ令嬢であるパルスイートに、現代の日本人の魂が転生する。

 それも、ただの女子高生などではない。


(私と同じ、ブラック企業で神経をすり減らし、理不尽な上司にこき使われて過労死した……ギリギリアラサーのOL!)


 キーボードを叩く指が加速する。


 『34歳11ヶ月のブラック企業OLが過労死し、目覚めると乙女ゲームのモブ悪役令嬢パルスイートに転生していた。

 前世の貧乏で過酷な労働の記憶を持つ彼女は、転生先のゲーム世界で「お金と不労所得」を求め、知識チートを駆使して領地経営と商売に乗り出す。

 恋愛よりもお金。王子様より領地の黒字化。

 そんな守銭奴な主人公が、勘違いと偶然の連鎖で、なぜか周囲から崇められ、世界の中心へと登り詰めていく……』


「いける……!

 これなら、完全にコメディ色全開で、今の流行りのど真ん中を突けるわ!」


 アクション要素なんていらない。

 既存の立ち絵と世界観を流用し、テキストの力だけで圧倒的な面白さを生み出せる。

 私は、自分が長年抱えてきた「社会の歯車としての鬱憤」を全てパルスイートに憑依させ、狂ったように企画書を書き上げた。


     ◇


 数日後。

 再び招集された役員会議室で、私の新企画書を読んだ経営陣の反応は、劇的なものだった。


「……面白い!」


 専務が、膝を打って大声を上げた。


「主人公が34歳の過労死OL!

 なんという世知辛くも共感を呼ぶ設定だ!

 王子様との甘い恋愛を期待している層を逆手に取り、金と権力を追い求めるギャップが素晴らしい!」


「ええ。

 それに、既存のパルスイートの立ち絵を使えば、新規キャラクターのデザイン費用も抑えられます。

 領地経営という名目のテキストベースのイベントを増やせば、アクションシステムを組む必要もなく、開発コストは前作と同等かそれ以下で済みます」


 私の説明に、重役たちがウンウンと深く頷いている。


「素晴らしい。

 まさにこれだ。これこそが我々が求めていたものだ!

 千歳先生、この案で進めましょう。

 すぐに本シナリオの執筆に入ってください!」


 会議室は、一転して祝賀ムードに包まれた。


 ただ一人。

 プロデューサーの黒田だけが、青ざめた顔で私を睨みつけていた。


 チクロ主人公の案が完全に消滅し、パルスイートが主役に決定した。

 それはつまり、彼の愛人である華城麗華が主役の座から引きずり下ろされ、パルスイート役の三間江里菜が大抜擢されることを意味していたからだ。


(……悪いわね、黒田プロデューサー。

 でも、これが私の『仕事』なのよ)


 私は彼の視線を冷たく受け流し、勝利の笑みを心の中に隠して会議室を後にした。


     ◇


 その日の夕方。

 私は、喫茶店に一人の少女を呼び出していた。


「千歳先生!

 お呼び出しだなんて、どうされたんですか?」


 駆けつけてきたのはパルスイート役の声優――アイドルグループのサブメンバーである三間江里菜エリリンだった。

 彼女は相変わらず地味なパーカー姿で、少し垢抜けない笑顔を浮かべている。


「江里菜ちゃん。

 実はね、今日、次回作の『ホーリースイート2』の企画会議があって……」


 私は、彼女にまっすぐ向き合い、そして告げた。


「『2』の主人公は、パルスイートよ。

 あなたが、次回の主役よ」


「……えっ?」


 江里菜の動きが、ピタリと止まった。


「しゅ、主役……?

 パルスイートが……私が、ですか?」


「そうよ。

 中身は34歳の過労死OLっていう、ちょっと変わった設定になっちゃうけど。

 でも、あなたのあの素朴で、裏表のない真っ直ぐな声が、このコミカルな主人公には絶対に合うって確信してるわ」


 私がそう言うと、江里菜の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。


「先生……っ!

 私、私なんかが、先生の作品で主役をやらせていただけるなんて……っ!」


 彼女は両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣き出した。


「私、ずっとグループの端っこで、誰の目にも留まらなくて……。

 でも、先生の作品が大好きで、パルスイートのこと、誰よりも愛して演じてきて……!

 本当に、本当に嬉しいです……っ!!」


 打算のない、純粋な喜びの涙。

 私は、隣に座って彼女の背中を優しく撫でた。


「泣かないで。

 あなたが頑張ってきたから、掴み取った結果よ。

 これから収録で忙しくなるわよ。一緒に、最高のゲームにしましょうね」


「はいっ!

 私、命懸けで頑張ります!」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、江里菜は満面の笑みを向けた。

 私たち二人は、手を握り合い、新しい作品の大成功を固く誓い合った。


 この純粋な少女が主役なら、きっと素晴らしい作品になる。

 私はクリエイターとして、確かな希望に胸を膨らませていた。


     ◇


 だが。

 光が強ければ強いほど、その裏に落ちる影は、より色濃く、より深く黒く染まっていく。


 同じ頃。

 都内の高級マンションの一室。


「……嘘でしょ」


 チクロ役のセンター、華城麗華は、黒田から電話で聞かされた決定に、愕然として立ち尽くしていた。


『すまない、麗華クン。

 チクロ主役の案は、重役に握りつぶされた。

 代わりに、あのパルスイートが主役になるそうだ』


 スマートフォンを持つ彼女の手が、怒りでワナワナと震えている。


「なんで……

 なんでよ!!」


 ガチャンッ!!

 彼女は手元のグラスを壁に投げつけ、粉々に粉砕した。


 自分の体を使ってまで、黒田に媚びを売り、抱かれ、ようやく確実なものにしようとしていた主役の座。

 自分が誰よりも輝けるはずだった最高のステージ。


 それが、たった一回の会議で覆された。

 よりにもよって。

 グループの中で最も地味で、最も見下していた、あの三間江里菜サンマに奪われたのだ。


「あの女……!

 何の取り柄もない、ヘラヘラ笑ってるだけのブスのくせに!」


 麗華の顔が、夜叉のように醜く歪む。


 自分は這い上がるために泥水を啜ってきた。

 汚い大人の欲望に付き合い、プライドをすり減らしてきた。

 それなのに、あの無自覚で能天気な女は、ただシナリオライターに気に入られたというだけで、全てをかっさらっていく。


「許さない……」


 彼女の心の中に、どす黒い、底なしの憎悪の炎が燃え上がった。


「絶対に許さない!

 あの子が枕営業で主役を奪ったって、私が言いふらしてやる!

 千歳結衣に取り入って、汚い手を使ったんだって、ネット中に書き込んでやる!」


 麗華は血走った目でパソコンを立ち上げ、裏のアカウントを開いた。


「私のものを奪った代償……。

 社会的に殺してやるわ。

 地の底まで、叩き落としてやるんだからぁぁぁぁっ!!」


 理不尽な嫉妬と悪意が、毒の牙を剥き出しにする。

 この一人の少女の身勝手な暴走が、やがて取り返しのつかない凄惨な悲劇を引き起こし、私自身の運命をも狂わせていくことになるなど……。


 喫茶店で江里菜の純粋な涙に微笑んでいた私には、知る由もなかったのである。

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