152 秋の味覚(珍味)
珍味となっていますが、昔は普通に食べていた物や、最近人気が出てきた食べ物です。
「なあケント、ゴブリン村に行ったらこれを貰ったんだが、どうすれば良い」
「ん?蓋つきの壺か、なかなかに味があっていいんじゃないか?」
ある日モーブが人の頭ほどの素焼きの壺を持って現れた。
ゴブリン作の素焼きの壺だが、形もしっかりしているし蓋つきというのもいいと思う。
「いや相談したいのは壺じゃなくて中身の方だ」
そう言ってモーブが蓋を取ると、中から現れたのは茶色の細長い粒。
「どんぐりかあ…食うのか?」
子供のおもちゃにしては量が多いので、半ば冗談のつもりで言ったのだが。
「ああ、食う前提でおすそ分けされたと思う。俺も昔は殻を取ったどんぐりを食っていたし。だけどなあ、これ…まずいだろ、以前ならともかく今となっては、とても口にできるような物じゃない。だけど向こうは好意で分けてくれたわけだし…」
「まあ、気持ちはわかる」
一口にどんぐりと言っても、それは帽子と殻のついた種子の総称であり、その種類は多岐にわたる。中には茹でるだけで、十分食用に適する美味しい物もあるが、モーブが貰ってきたどんぐりは、日本でもおなじみのコナラ系の品種に似ている。コナラ系どんぐりの特徴はタンニンを多く含み、非常に渋い。だが、どんぐりは他のナッツ同様、非常に栄養価が高く、日本では縄文時代の頃から冬の保存食として食べれ、それは近代まで続いていた。
昨今の健康食ブームにおいては、デトックス効果があるとして、どんぐりを利用したクッキーなどが話題になっているとか。そのあたりの効果になると俺としては懐疑的なのだが、栄養があるというのは間違いではない。
「どこまでできるかわからないが、とりあえず渋みを抜いて食ってみるか?」
「なんとかなるなら頼む」
「という訳で、どんぐりを調理するわけだが、先ずは水を張った容器に、どんぐりを少量ずつ入れていく。そして水に浮いたどんぐりは避ける」
「何故だ?」
「水に浮いたどんぐりは、古いのや痛んでいる物だからだ」
「なるほど」
『へえー』
『そうなんだ』
『俺は知っていたぜ』
『うっそだ~』
「次にこれを軽くゆでてから、どんぐりの殻をむく。茹でるのは虫食いの場合に虫を殺すことができるし、下茹でした方が殻をむきやすいからだ。殻は銀杏ほど固くはないから、軽くたたいけば割れる」
「うむ」
俺たちは二人で黙々と殻をむく。
『こっちの奴も虫いるんか?』
『どうだろう』
『お、こいつ回るぞ』
『よし対戦しようぜ』
…先程から外野がうるさい。
例によって好奇心旺盛なリリパット達が、俺たちの始めたどんぐり料理に集まってきたが、早々に飽きてどんぐり駒の対決になっている。
「お前らもうちっと静かに遊べ」
「「「はーい」」」
「殻をむいたどんぐりを茹でる。重曹や藁灰を加えて茹でると灰汁が抜けやすい。煮汁が変色し如何にもな色になったら湯を捨てて、どんぐりを洗って潰してさらに煮る。何度か茹でこぼした後、味見をする」
「「「「味見する~」」」」
「おう、良いぞ」
「「「「…やっぱり要らない」」」」
リリパットは逃げ出した。
つられてモーブも逃げだしたが、俺がまわりこんだ。
モーブは逃げられない。
「お前が逃げてどうするんだよ」
「いや、だってまずそうだし」
「見ようによっては、あんことかチョコレートにも見えるだろ、お前が持ってきた案件なんだから、味見はしてもらうぞ」
加糖していないチョコは苦いけどな。
俺たちは少量ずつ匙ですくい、それを味見した。
「…思ったほど渋くはないな」
「美味いかと言われれば、美味くはないが、こし餡にしてもう少し茹でれば、十分食えそうだな」
その後は、レオノールとモーナに協力してもらい、バターや砂糖、小麦粉なども加えつつ、どんぐりクッキーや、どんぐり麺などを作って食べた。
俺たちとしては今回限りのつもりだったのだが、その後もどんぐりクッキーは我が家のお茶菓子として、度々登場するようになった。どうやら俺がうっかり漏らしたデトックス効果などが噂として広がり、どんぐり料理が秘かなブームになってしまったようだ。
後日…。
「ケント様、少々見ていただきたいものがあるのですが」
「今度はガイアンか、また妙な食べ物じゃないだろうな」
「いえ、食べ物と言いますか、以前湖の周りで発見した稲なのですが、根元の付近に大きな瘤のある物が多数見つかりました。幸い栽培している稲の刈り取りは終わっていますが、もしこの瘤が良くない物であれば、広がらなうちに処理した方がよろしいかとおもいまして」
「わかった、案内してくれ」
そうして、ガイアンたちいつもの三人組に、案内されてたどり着いた場所にあったものは…。
「ん~? これ見たことあるぞ」
確かに自生した稲の根元に、細長いふくらみがあるが、それは前世で農家からもらって食べた事のある物によく似ていた。
俺はナイフを使って、ふくらみの部分を切り取り、皮をむいていくつかの切り身を作り、それを…。
「あ! ケ、ケント様!?」
ガイアンが慌てて俺を制止しようとしたが、既に切り身は俺の口の中。俺はその味と歯触りを楽しみつつ。
「これは黒穂菌という菌が、イネ科の植物に寄生した結果こうなるんだ。前世では真菰という植物にできていたので、マコモダケと呼ばれていたな。
「菌が寄生!?そんなものを食べて大丈夫なのですか」
「大丈夫、ちゃんと鑑定もしたし。食ってみ、美味いぞ」
「は、はあ」
ガイアンたちは恐る恐るマコモダケモドキを口に運ぶ。
「あ、あっさりしていて美味しい」
「生でも食べられる野菜?」
「美味いだろ。これは素焼きにしても良いし、てんぷらや炒め物でも美味しいぞ。とは言え、危険は無くても米の生産に支障が出るのも不味い、うちの田んぼに広がらないような対策が必要だな」
マコモダケは、やわらかな筍に似た触感があり、ほのかな甘みとスイートコーンの様な香りがする美味しい食材だが、米も食べるとなれば喜んでも居られない。
日本の場合はマコモダケの部分だけを食べるが、北米の近似種アメリカマコモの場合は、逆に種子である米を食用穀物としていて、ワイルドライスと呼ばれている。
そして残念ながら地球では米とマコモダケの両立はされていない。
マコモの種子は乾燥に弱く、種子からの発芽が絶望的な植物のため、栽培は株分けで行われる。当然、稲の根元に寄生する黒穂菌は、アメリカマコモにとっては病原菌と同じ扱いだ。
こちらの世界の場合、俺たちはこの稲から米を取って、米から苗を作っているが、マコモダケと米が両立するのか、両者を隔離して栽培するべきなのか、そのあたりは研究の必要があるだろう。
「しかし、今の今までこのような食べ物があるとは知りませんでした」
「エルフ村の近くに米は無かったからな。だけど、食べられていない食材というなら、あそこにもたくさんあるぞ」
言って俺は湖の湖面を指さす。
「どれです?」
「あそこに浮かんでいる水草があるだろ、あれが食べられる。時期的にもちょうどいいと思うし、結構美味しいぞ」
「そうなのですか」
「それは是非食べてみたいです」
俺たちは船に乗って水草の収穫に向かう。
「その水草を、水中の茎の部分で切ってくれ」
ガイアンたちが収穫した水草を受け取り、俺は水草の一部だけを切り取って、残りを遠くへと投げ捨てる。
「え?」
「ケント様?」
三人が『え、何で?』という顔を向けてくる。
「食べるのはこの部分だけだから。決して意地悪で投げ捨てたわけじゃないぞ」
どうでもいいけど、マッシュビーは相変わらず無口だな。
「あ、いえ決してそのようなことは考えておりません」
「そ、そうです。ただちょっと予想外のことで、面食らったと言いますか…」
「説明不足ですまなかったな。さっきの草で食べられるのは、この変わった形の部分だけなんだよ」
言って俺は切り取ったそれを見せる。
「なんか尖っていて食べ物には見えませんが?」
「これは菱の実といってな、この硬い殻の部分を茹でるて、中にある果肉を食べるんだ。水栗とも水中の落花生とも呼ばれていて、軽くゆでればシャキシャキした食感になり、しっかり茹でれば栗のようなホクホクした物になる。味はほんのり甘い感じで栗に似ているな。注意点は虫が食っている場合があり、この虫は人体にも悪影響があるので、食べる前に必ず煮る事。まあ熱湯で10分ぐらい煮てから皮をむいて実を取り出し、その後は好きに調理していい。勿論茹でた物ならそのまま食べても良いだろうな」
菱の実は今でこそ、あまり食べられないが、昔はおやつ代わりに食べられていたという。
菱の実という名称で連想される物と言えば、忍者が使ったと言われる『撒菱』がある。実際、撒菱は菱の実の一種を使った物であり、時には武器になり、時には栄養満点の携行食として重宝されていたそうだ。
また、菱の実は茎の部分も食べられるし、硬い殻(皮)も栄養がある。驚くことに近年の研究では、皮に含まれる成分に消化器系の癌を、抑制する効果が認められているそうだ。殻は乾燥させてから砕いてお茶として飲むらしい。…美味いかどうかは知らんけどね。
「茎の部分を食べるなら、潜って採るか龍雄の眷属に頼むのが良いかもな」
『爬虫類で水が得意な眷属が増えた』とか言っていたから、龍雄に頼めば何とかなるだろう。




