151 夏の食べ物
もうすぐ10月か・・・
夏。
ナラ公国の夏も暑い。
…………秋分の日過ぎた?
ここは異世界の大森林。
どこかの国の暦とは必ずしも一致しないよ?
という事で夏である。
「おっちゃんオレンジ味1本おくれ」
「僕はスイカのやつ」
「僕イチゴ」
「僕は…あ、メロン味?僕メロン好きなんだ、メロンにする」
「はいよ、どれも一本100億円だよ」
「えぇぇぇぇ…はい、100億円」
「「はい(100円)」」
「これ500億万円…おつりは要らないよ」
「まいどあ…おい、これ50円じゃねえか、どさくさに紛れて50円出したのどいつだ」
「これがアイスキャンディー?」
「甘くて冷たくて美味いんだよ」
「わ、本当に冷たい。すごいね」
「50円にならなかった…」
俺が監修した小さな露天の周囲は、今、黒山の人だかり……いや、髪色の種類が多すぎて黒山ではないか。…ま、まあとにかく多くの人波の中から、小学生くらいの子供達が抜け出ると、俺から受け取ったアイスキャンディーを舐めながら、わいわい言いつつ去っていく。
俺の高尚なおやじギャグは、あっさり返されたが気にしない。
「子供の方が一枚上手でしたね」
「意外とずるがしこい奴がいたもんだ」
「しょうもない事言う人が、悪いと思いますよ」
「子供相手の小売何てやったことねえんだ、しょうがないだろ」
俺は、アイス売りの手伝いを抜ける事を店主に告げ、龍雄とともに売り場から離れる。
夏と言えばアイスだ。
近年までこの世界には冷たい乳製品どころか氷菓子という物がなかった。
いや、もっと正しく言うなら、この世界では人為的に冷やされた物が殆どなかったと言って良い。
何故なら氷や冷却の術が無かったからだ。
火魔法はあるのに冷やす魔法無いの?と、思うかもしれないが、火は魔法がなくとも木材を擦るなどして、人の手で起こすことができる。なぜ火が付くのかわからなくとも、火を扱う事ができるので魔法で火を再現することが可能なようだ。
しかし、冷える・凍るという事象は科学技術無しにはまず無理だ。そして、物が冷える原理も知られていないので、この世界では冷やす魔法が無かったのだ。稀に強風で冷やせるのでは?と考えた者もいたが、扇風機の風で冷やすようなものなので、結果はお察しである。
よって、夏に冷たいものと言えば、大陸北の一部地域で作られた天然氷を、氷室で保して夏までもたせるか、山からの清流などで冷やすかした物に限られた。
ちなみに缶ビールは井戸水で冷やされたものが一般的だ。
「一つ100円って、日本より高くないですか」
人だかりから離れたところで龍雄が言う。
「そりゃ、現代日本と違うからな。ここではご家庭の冷凍庫で凍らせてアイスキャンディーを作るという訳にはいかないし、アイスクリームの廉価版とは言え、そのアイスクリームが無かったのだから、高くはないと思うぞ」
アイスキャンディーの製造にあたって、俺がネットで色々調べたところ、アイスクリームが初めて日本で販売されたのは明治2年の事で、庶民の口に入るようになったのは大正に入ってとか。しかし、戦争になりアイスは贅沢品となって庶民からは遠のいてしまう。
さらに戦後の焼け野原が目立つ日本では、アイスクリームの製造もままならならず、そこで登場したのがアイスキャンディーという訳だ。小さな冷凍機とブリキの容器を用いて、甘い氷のバーを作って売り出すと、アイスに変わる食べ物として大人気になったわけだ。
後の復興でアイスクリームの大量生産ができるようになったが、同様にアイスキャンディーも工場で生産されるようになり、現在においても根強い人気があるという。
「それと、もう少し高級な感じで、インドの屋台で売っているドネルケバブみたいな、アイスも売り出しているぞ。そっちはお祭りの屋台価格だな」
屋台が高級ていうのも変な話だけどな。
「インド?ケバブ?何ですそれ」
「いや、ケバブじゃなくてドネルケバブ。あるだろ、肉串ではなく回転させて焼いた肉を、そぎ落として売る方のやつ。別の例えだとバームクーヘン作るみたいな?」
「はあ?」
名前は知らないし食べたこともないけど、あのアイス?は、中心となるドラムに氷と塩を入れて回して冷やしながら、ドラムにアイスの元となるミルクをかけていくだけで作れる。更に果物をドラムのアイス表面にこすりつけて、その果肉と果汁を練りこめば、味のバリエーションにもなる。あとは、客の要望に合わせて、アイスの表面を削り取りながらカップに入れ、トッピングを加えれば完成だ。作りやすいし、目の前で作ることによる視覚的効果も、この世界ではうけたようで、そちらも大人気となっている。
ま、多少衛生面で不安が残るが、インドで大丈夫ならここでも大丈夫だろう。
事の起こりは数日前にさかのぼる。
「夏向けの甘味について、お知恵をお貸しください」
「近頃ブルクスで食べられる『かき氷』が街で話題になっています。つきましては、公国でもそのような氷菓子や、夏向けの冷たい食べ物の提供ができないものかと思いまして、その…伏してお願いいたします」
ある日、街で甘味屋をしているという男たちが、我が家を訪ねてきて俺にそう言った。
俺、一応王様だけど知っている?初対面の男がアポなしで訪ねてくるって、ちょっと問題あると思わないかい?
あ、お義母さんが窓口で、アポ取りに来たらそのまま通してくれた?
そっすか、それじゃあ、うん仕方がないね。
「私どもは、陛下の提案してくださった、和菓子や洋菓子の販売をしている店の店主ですが、最近の暑さで菓子の売り上げが落ちておりまして。幸い魔法の袋と商品の写真を使うことで、痛みやすい菓子を店先に並べずに済み、売れ残っても廃棄する商品はほとんど無いのですが、売れない事には生活ができません」
へえ、時間停止タイプ使っているんだ。まあ菓子類はそう大きなものでもないし、魔法の袋に入れて置けは腐らないから、いつも出来立て新鮮だな。
「要は夏向きの菓子が知りたいと。かき氷じゃダメなのか」
「かき氷の場合、北から氷を仕入れねばならないのですが、あちらにもそれほど余裕が無いらしく、継続しての購入は難しいようなのです」
「向こうも氷の在庫には限りがあるか。で、氷もないこの街でどうにか冷たいものが欲しいと」
う~ん。家庭用冷蔵庫は商品にあるけど、それで氷作って発泡容器かクーラーボックスに入れて商品化するとか?いや、天然氷買ってきて商品化する手もあるか。
…いや、違うそうじゃない。
地球の常識にとらわれ過ぎるな。
考えろ、俺…………閃いた。
「氷を売り出すことはできるが、うちで氷を売り出すと既存の氷屋がつぶれる。俺はそんな事をしたくないから、氷の販売は少し高くする。その代わり氷の利用方法と、冷たい菓子の情報、それと商店も利用できる新しいサービスを提供しよう」
「それでは」
「ああ任せろ」
そして翌日。
俺は飛空船ブリュンヒルデに乗ってダンジョンの中に居た。
「ケント、この辺りで良いんじゃないか?」
「何言っているんだ、温度計をみてみろ、まだ外の気温が5度もあるぞ」
「5度はダメか?」
着ぶくれてだるまのようになったモーブが、恨めしそうに俺に言う。
「駄目だな、最低でも氷点下つまり0度以下の気温にならないと、冷凍庫として使えない」
現在ブリュンヒルデは万年雪があって、更に地形的に安定した平坦な場所を探し求めて、冬エリアの陸地上空を移動中だ。
だが、船内ではストーブがたかれ、気温は10度もあるというのに、モーブのみならず船員のほとんどが、ストーブの周囲に集まっている。
まあ流石に、重ね着しているのはモーブだけだけど、そんなんでこの船大丈夫なのか?
ちなみに、今回龍雄は居ない。
あいつ寒いと眠くなるらしい。
冬眠か?
「いくら夏から冬の気温になったからって、お前は極端すぎるだろ。人化する前はもっと粗末な衣服で、冬の森を駆けていたんじゃないのか?」
「確かにそうなんだが、しかし寒いものは寒い」
すっかり野生を失いやがって、そんなんじゃセ…モーナに頬を叩かれて「軟弱もの」とか言われるぞ。
「ともかく、あの正面に見える雪山で、平坦な場所を見つけて、その後は船外作業だ」
「お、お前は鬼か」
「俺は鬼じゃねえ。それと鬼ならあのストーブの周りにいるぞ」
ストーブの周りには何故か半裸の鬼族もいる。
俺、事前に雪山に行くって説明したぞ。
民族衣装だからって、少しはTPOを弁えろよ。
「よーし、コンテナ下ろせ」
それなりの場所を見つけた俺は、冷凍冷蔵設備の肝となる冷気取入れ設備の設置を指示する。
コンテナが雪に埋もれたり、雪崩などの影響を受けたりしないように、周辺を整えてコンテナ内に常設のゲートを開いて、そこに大きなダクトを通して街の冷凍庫と接続すれば、コンテナの設置は終わりだ。
だというのに。
「あー」
「うー」
「…」
「さ…む…」
俺の指示を受けて着ぶくれた男たちが、呻きながらのそのそと動き出す。
…お前らはゾンビか。
「終わったらキンキンに冷えたビールおごってやるから、もう少し頑張れ」
「「「「「「サーイエッサー」」」」」」
それどこで覚えた?
つか、どんだけ寒くてもビールは好きなんだな。
こうして街の一角に冷凍冷蔵を提供する設備が生まれた。
件の菓子屋など、冷気を必要とする店は、ここからさらにゲートで必要な冷気を自分の店に供給する。
利用料金は接続時間に応じて設定しているが、お得な年間契約や季節契約なども提供している。
そして、コッソリ切り出し天然氷の保管庫にも、格安で冷気を提供している。
値崩れしない程度に数を売ってもらえば、こちらの純氷にも対抗できるだろう。
それでもだめなら淘汰されるしかないだろうから、俺のせいじゃないよな?




