150 終戦
「馬鹿な!旗艦が燃えているだと。と、殿は!?くそ、一体どうすれば良いんだ」
「くっくっく、今更行っても、もうおせえ。てめえらの大将は既に火だるまだろうぜ」
「ぬ?何だと‼」
炎上している旗艦を見ていれば、後方から声がかけられる。
それもサイカの死をあざ笑うかのような、嗜虐的な声音を含んだ声だった。
そして振り返ったそこには、見慣れぬ赤い甲冑の姿。
なかなかの重層甲に加えてフルフェイスのヘルムまでかぶっている。
ヘルムの目の部分には青い水晶のようなものが付いており、その顔を見ることはできない。
「貴様、何者だ」
「何者とはご挨拶だな。何度も戦っているじゃないか。いや、あんたの部隊を何度も襲っちゃいるが、俺があんたと戦うのは初めてだったかな?」
「ぬう。全く覚えがないが、邪魔をするというなら切り捨てるまで」
そう言ってオーガが大剣を構えたが、赤甲冑は大きく後ろへと飛び下がった。
「あ~すまん。うちのキャプテンが、お怒りの様なんで、俺はこれで失礼させてもらうよ」
「あ?何を言って」
「デ~ニ~ス~そいつは俺の獲物だって言ったろうが」
オーガの言葉を遮るように、黒い鎧甲冑が滑るように二人の間へと割り込んできた。
デニスが言ったように、搭乗しているのはキッドだが、初期カラーの白色から黒色へと塗り替えられている。
理由は単にキッドの好みによるものだ。
「その声、聞き覚えがあるぞ。きさまあのちっこい奴だな…ちっこい奴だよな?いつの間に育った?」
「うるせえ、ちっこいちっこい言うな。そうだよ、俺がキャプテン・キッド様だよ、中身は変わってねえよ」
「よし、今日こそ食ってやる」
「上等だ!今日こそてめえを倒してやる」
吠えて二人は剣を切り結ぶ。
かたや大剣、かたや輝く細剣。
輝いてはいるが、よく磨かれているだけの剣であって、ビームなんちゃらではない。
「ふん!」
オーガが大剣を振り下ろす。その動きは剣術の型など一切感じられぬ、ただ膂力に任せて振り下ろされたものだが、その質量と速度による一撃が当たれば、いかなる鎧であっても無事では済まないだろう。
「甘い」
「なにいい」
しかし、上段から振り下ろされるオーガの大剣、その側面をキッドの剣が打ち据え、地を滑るようにオーガの背後へと移動し、その背へと切りつける。
「ぐっ ぬおおおお !?」
キッドの一撃を食らいつつも、オーガは横なぎに剣を振って、反撃する。
だがその一撃をキッドは剣で受け、弾かれるように後方へとすっ飛んでいくが、瞬時にオーガの眼前まで戻って再度切り付ける。
キッドの一撃は重くない。
いや、むしろ軽いだろう。
「きさま、ちょこまかと!」
剣を引き前のめりの刺突姿勢でキッドがオーガへと肉薄するが、オーガは振り下ろしでもってこれに応じる。
ガツン
オーガの剣はキッドを捕らえることなく、大地を穿つ。
「な」
キッドは飛び込んできたその速度のまま、一度後方へと下がると直ぐにまた目前へと迫り刺突を繰り出す。
実はキッドの甲冑は走っているのではなく、地表近くを飛行しているため、推進力任せの強引な方向転換が可能だ。
もちろん相応のGが、かかっているのだが、リリパットの身体能力はその負荷をものともしない。
体長20センチ足らずのリリパットが、なにゆえ人族と同等の筋力を誇るのか。
その秘密は、元々リリパットが高重力惑星の生物だったからに他ならない。
単に人族1/10サイズの肉体では、人族と同じ筋力を得ることなどできようはずもないが、高重力惑星の生物であったリリパットの肉体は、重力の軽い世界にあっても、未だ人族の10倍の密度を有しているからこそ、相応の強度と筋力を備えているのだ。
尚、幻想種であるリリパットには体重などとういう無粋な概念は無いので、見た目通りかそれ以下の重量である。
アイドルがトイレに行かないのと同じ理屈だと、思ってもらえればいいだろう。
「ちっ」
とっさに左腕で身を庇うと、細剣があっさり左腕を貫通するが。剣が細く鋭利であるため思ったほどの痛みはなかった。
「この程度でこの俺を…」
「実はこの剣、高周波剣って言う魔道具なんだって。だからこんなこともできちゃうんだよ」
次の瞬間、剣を刺した腕を中心に、キッドがオーガの周囲をくるりと一周した。
「な、ばか…な」
己を切り裂いた剣を、驚愕の表情で見つめながら、オーガの体は上下に分断されて崩れ落ちた。
「よっしゃーかったぞーーーーーー」
「漸く倒せたか。こっちも既にあらかた決着がついてるぜ」
「お~デニス、見たか俺の戦いぶりを」
「いや、俺は俺で戦ってたから、キャプテンの踊りは見てねえな」
「踊りって何だ」
「何って、クルクル回りながらあっちこっちへと飛び回っていたじゃねえか」
「それは踊りじゃねえよ、ていうか見てたんじゃねえか」
言い合いをする黒と赤の甲冑の周囲では、イルス王国の騎士たちが上陸したオーガやライカンスロープの掃討を終えていた。
犠牲皆無とはいかなかったが、幸いにも上陸部隊に倍する騎士で迎撃できたため、完勝と言っても差し支えないだろう。
中洲の戦い同様に、水上での戦いも終息しつつある。
敵の旗艦であった安宅船は既に崩れ落ち、川へと没している。
「そう言えば、あっちの陸にゴブリンが居るんだよな。ついでに片付けようか」
「それならリザードマンが行きやしたぜ」
「そうなんだ…50人くらいであの数を?龍雄は知ってる?」
最初に龍雄の眷属となったリザードマンではあるが、彼らは亀程には水に強くないため、都での予備戦力とする予定だった。
しかし陸地に大量のゴブリンが残されていると知ったリザードマン達は、我らこそが一の眷属といって、勝手に討伐に出てしまっていた。
「半分ぐらいは進化したそうだし、雑魚ゴブリンの1000や2000どうにか…いや無理か?」「一応、ギャレー号に確認させといて」
「わかった」
その後、残敵の掃討が終わると、イルス王国では盛大な祝勝会が模様された。
防衛線であり、ただ犠牲を強いられた戦いではあったが、戦没者の慰霊を兼ねた宴は夜を徹して行われた。
ちゃぷん ちゃぷん
がががが
ザブン
ぴちゃぴちゃ
月明かりの中、一艘の小船が岸へとたどり着き、人影が岸へと降り立った。
「殿、どうにか敵から逃れられたようです」
「そう…か」
「しかし……」
そう言ってサカキは小舟に乗る、もう一人の姿を見る。
そこには背中の大半に火傷を負った大男の姿があった。
その者こそが、二人を死の淵から救ったのだが、残念ながら既に物言わぬ身となっていた。
「………………失ったものはあまりに多いな」
「…これからどうなさいますか」
「ゴルバが最後までその身で守ってくれたから、今我らはこうして生きている。生き残った我らは、里に帰り大切な家族を待つ者たちへ報告をせねばならぬ。それが我らに与えられた義務だ」
安宅船で彼らが光に飲まれたその時、二人を救ったのが今や躯となっているオーガ将軍ゴルバだった。
二人を抱えたゴルバは、背中を魔法で焼かれながらも、二人を抱えて川に飛び込んだ。そして、泳いで戦闘域を脱すると、近くに流されてきた船に二人を乗せ、自分の体で隠すようにして守り、そのまま息を引き取ったのだ。
「殿…」
「流石にこの大敗では、弁解のしようもなかろう。仮に許されても、わしの時代は終わった。素直に隠居すべきだろうさ」
「…………………」
「だが、まずはこの場をどうにかせんとな」
「そうですな」
おそらくは血の匂いに誘われたのであろう。
周囲からは、獣の唸り声が聞こえてきていた。
「行くぞ、サカキ遅れるなよ」
「このサカキ、何処までも殿の、お供して見せましょうぞ」
二人は刀を抜いて、野犬の群れ目掛けて走り出すのだった。




