146 ローカルルール
「捕虜になっていた人たちの様子と、避難民の受け入れ体制はどうよ」
避難民の護衛をしながらゆっくり移動する、アドベンチャーギャレー号の船長室で、充電機にはめ込まれたスマホを前に、キッドはそう問いかける。
『捕虜の人はほとんどが薬で回復しているわ。今は血を流しすぎた元重傷者が数人安静にしていて、他の人は軍議に出席したり、個別に状況を聞かれたりしているわ。避難民の住居も大急ぎで進めてもらっているから、明日には仮の家を用意できるそうよ』
キッドに答えるように、スマホから女性の声が響く。
スマホの画面には『通話中 嫁』と表示されているように、電話の相手はイルス王国の王城にいるキッドの嫁だった。
国王への一報が入ったその場の勢いで出立したキッド一行は、庭園の茶会を中座していた者たちの存在をコロッと忘れて置き去りにしてきていた。
そして、その中座していた者の中には、キッドの嫁も居たのだ。
置き去りにされたことに対し、烈火の如く怒った嫁だが『王国との連絡を取る者が必要だが、お前がやってくれたら安心だ』という言い訳で、どうにか嫁の理解を得たキッドは、こうしてイルス王国と連絡をとっていた。
勢いで飛んでいったキッドたちは、その後の連絡など考えていなかったので、結果オーライではある。キッドは『しばらくの間は嫁のご機嫌取りが必要』と、ゴチャゴチャと書き込まれた心のメモ帳に書き留めたが、そのメモをいつまで覚えているかは謎である。
「そうか、捕虜は無事か。こっちは過労もあって、移動のペースが落ちている。体力的に無理そうなものは、ゲートで移送しても大丈夫か?」
『軍の野営用天幕を流用した家だから、生活用品や家具は全然揃わないけど、最低限の数はどうにかしてもらうわ』
「野営用品じゃ、最低限の寝具と食器ぐらいしか無いからな。衣類までは流用できないし、数千人に国費で衣服や生活必需品を買い与えるのも、支障があるか」
キッドには避難民を受け入れる王都の民草全てが、自分たちの税が避難民に使われる事に納得できるとは思えなかった。
特に裏社会に属す者や素行の悪い者、日々の生活に窮する者の中には、自分が払っていない税金であっても、税金で支援を受ける避難民をよく思わない者がいるだろう。身勝手で理不尽な不満だが、戦時下にあっては国内に火種を作らぬように、注意を払う必要があると思えた。
「難民キャンプは、外から見えないようにするって。だから最悪、物資をこっそり公国から買い込むことはできるけど、でもずっとテントの周辺で暮らすのも辛いわよね」
「場合によっては、ダンジョンの街を貸してもらうか」
「私達が頼めば可能でも、あっちの王様は困るんじゃない?」
「今ダンジョンの街は、ほとんど空き家だろ、何が問題になるんだ?国と国の外交問題になるからか?」
「それもあるけど、同盟でもない見知らぬ国に頼るのって、こっちの王様からしたら恥よね。でもこっちの王様は名を捨てて実を取る人だから、提案すれば受け入れると思うけど…」
「いきなり、見知らぬ王に頭を下げられたら、公王の方が困惑するか。でもいずれ必要になるだろ?」
「そうなのよね〜」
「もう少し様子を見て、必要なら提案してやってくれ。公王には俺から話すから」
「わかったわ」
一方ウエルス城では。
「逃げた捕虜について、何かわかったか?」
「それが、部屋には鍵がかかったままで、部屋からどのように出たのか、皆目見当が付きませぬ」
サイカに問われたサカキが答える。
そこは領主の執務室、いや新たに城主となったサイカの執務室となった部屋で、室内には二人の他には侍従のみが居た。
「偽装のために、鍵をかけ直した可能性はないか」
「いえ、鍵は外からカンヌキを掛けるものでした。扉を開けるには鍵を破壊するより他に手段が無く、破壊してしまえばもとには戻せません。また、直接扉を監視していた者こそ居ませんが、同じ階にある周囲の部屋には多くの兵がおり、半死半生の捕虜共が兵に気が付かれずに逃げられるはずがないのです」
「しかし戦勝祝の中だ、酒を飲んでいた者も少なくなかろう?」
「おっしゃる通りですが、怪我をして流血していれば、その匂いには気がついたはずです」
兵といってもその殆どが、ゴブリンやオークなので、匂いには敏感だ。
「後は、そうさのう。どこかに秘密の通路があるのではないか?」
「それも充分に調べさせましたが、それらしいものは見つかっておりません」
サカキのこめかみに一筋の汗が伝う。
流石に何もわかりませんという報告は、主の怒りを買うには十分だろう。
「では、敵は鍵や扉を壊すことなく部屋を出て、何者にも気が付かれることなく、この城どころかこの城郭都市から脱出できると?そんな事があり得るのか?」
「か、可能性の話になりますが、これも妖術の一つなのではないかと……」
「ふむ、姿隠しの術か天狗の如き飛行術か?そんなものがあれば戦争時に使っておろうが。…だが、実際に居ないのなら、何らかの妖術というのも無くはないか」
「それともう一つご報告が。追撃に出ておりました部隊が戻りましたが、何やら通りすがりの一団と揉めて、部隊が壊滅したらしく……」
「壊滅?通りすがりの者相手にか?」
「はい、戻りました指揮官の話では、巨大な空飛ぶ亀に乗った小人であったと……」
「………わしの知る亀は、空を飛んだりせぬが、明朝には仙術を身につけた仙人や妖怪がいたと聞く。その亀が、仙術を身につけ妖怪仙人となった亀であれば、鶴のごとく空を飛ぶのも容易いかも知れんな。仙人の亀か、さしずめ亀仙…か」
「荒唐無稽な話ではありますが、嘘にしてももう少しそれらしい報告ができる者ですので、亀ではなかったとしても、何らかの巨大な飛行する生物であったかと」
「確かに、蝙蝠がごとき翼をもった龍や巨大な怪鳥が、この現世には居るな。…だが、失敗は失敗だ。例えその飛行生物が強大な力を持つ龍であったとしても、兵に無駄な損害を出したなら、指揮官にはバツを与えねばならぬ、しばしの間謹慎させておけ」
「はっ」
「それから、正体が何処の何者であれ、空を自由に飛ぶ敵が居るのなら、大砲よりも取り回しの良い大鉄砲を優先して、増産するべきかも知れんな」
「そのように手配いたします」
ナラ公国の健人の家。
「ただいま〜」
「お帰りなさい。さっき寝たところだから、静かにね」
家に帰るとレオノールが迎えてくれる。
戦争やらなんやらあったけど、我が家に帰るとホッとするね。
「わかった。皆体調に変わりない?」
「ええ、皆変わりなく元気よ」
「そうか、じゃあ早速寝顔を見てくる」
「今お母さんが、見てくれてるわ」
「了解」
家の中を進みリビングに行くと、レオーネ義母さんがベビーベッド横の、リクライニングチェアに座って編み物をしていた。
「今帰りました」
「おかえり、婿殿。世話になっていてすまないな」
「いえいえ、家族なのですから、遠慮は全くいりませんよ」
以前はレオノールと二人で住んでいたが、今は義父義母と同居している。
というのも。
「お子さんの服ですか?」
「いえ、これは孫たちの分よ。流石にまだお腹の子より、目の前の孫の服が先でしょ」
少し前に俺の子供が産まれた。
男の子と女の子の双子で、どちらも人族の子供と同じに見える。
犬耳や尻尾は見当たらない。
モーブたちもそうだったが、基本的に親の進化具合に合わせて、子供も進化した状態で生まれるらしい。親の進化段階にズレがあった場合、中間進化にはなるが、ある程度は母体の希望にあわせた形になるらしい。そのためうちのコボルトは、全てハイコボルト以上に進化している。
「ありがとうございます」
「いいのよ、私たち以前はほとんど裸で暮らしていたでしょう。編み物とか子供服作りとか凄く新鮮なの」
今、レオーネ義母さんが『お腹の子』と言ったように、義母は妊娠中で少々お腹が大きくなっている。
レオノールの弟か妹で、俺の子からすれば年下の叔父叔母ということになる。
前世基準では違和感があるが、犬や猫同様コボルトは成長が早く、2歳になれば十分交尾可能になるので、親世代の出産と子世代の出産が被るのは割と普通だった。
レオノールに兄弟がいなかったのは、デスベアとの接触で妊娠している余裕がなかったためらしい。
コボルトの寿命は10年ちょっとだったらしいけど、人化方向へ進化を重ねた結果寿命が延び、年齢も人として相応の状態になったので、現在のレオーネさんは三十代前半で、義父のアリスタンは40手前ぐらいだろうか。
安全な住処を得て、見た目が変わり新鮮さを覚えたのか、我が家に限らずコボルト族はベビーラッシュを迎えようとしていた。
人化した結果、コボルトの頃より出産可能期間が短縮されている可能性もあり、義父母夫よりも年嵩なご夫婦も『産めるうちにもう少し』という気持ちになったようだ。
この世界も、前世中世同様に三十歳を超えたら高齢出産のリスクが高くなるようだが、コボルト族の身体の強靭さは普通の人族とは異なるし、よくわからん魔法薬もあるので、俺はそれほど心配していない。
「そういえばお義父さんは?」
「飲み会らしいわ。カードやボードを持って行ったから、今夜は遅くなるかしら?」
ボードというのは、たぶん将棋だろう。
ただし、ルールは独自ルールになっていて、何故かポーカーが混ざっている。
誰かが言い出した『駒の動きで互いが駒を取り合うのではおかしい。駒という戦士が敵戦士を倒すなら、そこに戦いがあるべきだ』という主張が広く受け入れられ、駒の取り合いをポーカーで行い、結果返り討ちという要素が加わったし、カードが引き分けなら駒はどちらも残るという感じだ。
駒によって、カード交換枚数が設定されているため、王は最強の駒(戦士)であり、詰みにされてもそこから王様無双で敵を次々返り討ちにする事もあり得るという、日本の将棋とは違うゲームになっている。
「ゲームがだいぶ流行っているみたいですけど、熱中しすぎてあまり遅くならなければいいですね」
「以前とは暮らしが違うし、余裕があるから遊んでもいいと思うけど、あんまり変な遊びを教えないでね」
「わかりました」
仲間内の徹夜マージャンみたいなものなので、お義母さん的にも許容範囲なんだろう。
女遊び系は南町にいかないと出来ないから、我が家はしばらく平和だろう。




