144 脱出と魔法陣
「遠くからすまないが、ちょっと宜しいかな。私はこの都市を任されていた、アーキン・ウエルスという者だ。イッスン殿と申されたか、もし本当に脱出手段があるのであれば、今動ける者たちだけでも、助けてやってくれぬか」
「伯爵様、気が付かれましたか、御加減はいかがですか」
「ああ、つい先程な。体の方は…良くはないが、今しばらくは大丈夫だろう」
部屋の奥の暗がりで身を起こしながら、上がった伯爵の声は以外にも若かった。
暗がりにあって詳細はわからないが、どうやら周囲の者が声をかけて体調を気遣っている事から、領主自身も何らかの怪我をしているのかもしれない。
「だから〜全員連れて行くって言ってるじゃない」
「しかし、負傷して動けぬ者がいては、この部屋から出ることさえ、ままなるまい?」
「あ、怪我人が居るのか。じゃあ薬持ってくるから、全員起こしておいて」
そう言うと、イッスンは兵士の手から頭へ飛び、そして窓に飛び移ると外へと消えた。
「領主様、あの者はいったい……」
「わからぬ。誰か、あのように小さき種族を知っていたか」
「…………」
「どこぞの探検隊の一員と言っていたように聞こえましたが?」
「探検隊か、そうなると……」
ルルルル…………
「あ、何か音が」
その時窓から聞こえた小さな音を聞き取った兵士が声を発し、再び部屋に静寂が戻る。
「狭いね、でもギリギリ通れるかな」
イッスンはそんな事を呟きながら、雀を操り鉄格子の隙間を抜ける。地球産のドローン類とは違い、浮力を浮遊石で得ている雀は、無風であれば空中で完全停止できるので、鉄格子に取り縋りながら、雀の機体を格子の隙間に通して室内に着地した。
「「「……」」」
「あれ、頼んだのに起こしてくれて、ないじゃないですか」
「…あ、す、済みません。直ぐに皆を起こします」
小さな音に続いて、奇妙な物体が窓の間を通って、室内に入る様子を見た者たちは、皆唖然としていが、イッスンの小さな声を聞き取った者が答えると、皆動き始め寝ている者たちを起こしていった。
だが。
「残念ですが、この者は既に虫の息です……」
「こっちも駄目です」
同様の声が、あちこちで上がる。既に死にかけた者が何人かいたらしい。
「えと、その人たちを抱えて動ける?無理?じゃあ、ちょっと待ってて。……んしょ、んしょ」
床に降りた奇妙なものから出てきた小人は、その奇妙なものから何かを引き出そうとしていた。
「手伝います。………え、何でこんな大きな袋が?」
雀のコクピット後部にある、小さな扉から何かを引き出そうとしていたイッスンに代わり、兵士の一人がそれを引き出すと、それは雀本体よりも大きな袋だった。
魔法の袋の収納量は、内部に描き込まれた魔法陣の大きさや、精緻さに比例する。雀は小さいため、その収納はどうしても小さくなるが、その小さな収納でも魔法の袋は入れられる。
つまり、大きな物から小さい物が出るのではなく、小さい物から大きなものが大量に出る、逆マトリョーシカ人形状態にすれば、無限に収納できるのだ。
「ヒ・ミ・ツ。その袋かして。……これ、引っ張り出して。同じ物がたくさん入れてあるから、人数分出して」
袋を見て固まっていた兵士に、袋を下ろすよう頼み、袋の中から何かを引き出すと、それを取り出すように兵士に頼む。
「これは……ガラスの容器?」
「それは、万能薬。死にかけた人の傷に半分かけて、残りは無理にでも飲ませて。死んでなければ、凄く効くから」
「万能薬!?」
「いいから、直ぐやって。そんで、気がついて騒がれそうなら、口を抑えて黙らせて。あなた達も、何が起きても絶対に騒がないでね」
「本当に薬なんだな?」
「毒だとしても、既に死にかけてるんだよ?今更じゃない?」
確かに、既に死にかけている者に、毒を飲ませる必要はないが、死にかけた者に薬を飲ませるのもまた、意味のない行為では?いや、介錯だと思えば意味があるか?と、考えないでもなかった。
「俺に…くれ」
「お、おい」
「俺も…長く…ない。だから、それが、毒でも……構わ、ない」
意識はあるが、既に手遅れを自覚しているものが、薬を飲むことを望んだ。
「んっもう失礼な人たちだな。この薬は本当に凄いんだって」
「では自分が飲ませます」
「先端の蓋は回せば取れるからね」
最初にイッスンを見つけた兵士が、イッスンの示す薬を持って、死にかけた被験体希望者にその薬をかけ、飲ませた。
「「「「「……………」」」」」
皆が、かたずを飲んで見守る中、薬を飲んだ兵士が、いきなり起き上がった。
!?
周囲の者は混乱してひと言も発せずにいる。
そして更に立ち上がったて、ビシっという音が聞こえそうな動きで敬礼したあと、自分の服をめくって腹をさすった。
「効いたのか?」
「静かに、騒ぐなよ。…全快した。痛みも体の怠さも無いどころか、傷すらなくなってる」
「ぉ……」
一瞬小さな声が上がりかけたが、直ぐにだまって、静かに驚愕していた。
「わかったら、皆さっさと飲んでね。飲めない人にはとりあえず傷にかけて、少しは効果があるから。そしたら動けるようになった人が抱えて運んであげて。準備ができたらすぐ脱出するよ」
「一つ問題があるにゃ」
「問題?」
「そうにゃ、ゴーレムの自立行動システムに代わって、人が操る事はできるにゃ。ただ、そのための魔法陣を作るにしても、あちきの手ではそこまで小さな魔法陣は描けないにゃ」
「ああ、うん。確かに細かい作業はちょっと難しそうだな」
ケット・シーの手は、猫の手とは微妙に違うが、人の手とも違っている。
そこそこ器用に動くが、肉球のある手では限度があるのだろう。
…あれ?
「ステラはさっきまで姿を変えてたろう?その魔法で手を変えればいいんじゃないか」
「あれは、完全な猫の姿ににゃるだけにゃ。ケット・シーの手以上に、人の手っぽくはにゃらにゃいし、にゃったとしても器用にはにゃらにゃいにゃ」
「そうか、龍雄のように完全人化ができるわけじゃないんだな。ちなみに、実際どの位の大きさの魔法陣なんだ?」
「操縦者の手足や頭に装着する布サイズにゃ」
「そこまでか」
リリパットの身長はだいたい20センチ弱なので、きせかえ人形界のトップアイドル、香山○カさんの実寸よりも小さい。因みに何故さん付けかというと、彼女は誕生から既に半世紀……まあそれは今関係ないな。とにかく、そのサイズの装身具となると、針の先で刻むようなサイズって事だな。
「ステラが描けないなら、ドルトンは?ドワーフは器用だろう」
「まあ、おぬしよりは器用じゃと思うが、そこまで小さいとワシにも無理じゃな。他のドワーフにできる者が居るかじゃが、それもちと思いつかんな」
ちょっとした髪飾りなどならともかく、極小の模様が描かれた細工物なんて、ドワーフ村ではそうそう売れないだろうから、当然作る人も居ないよな。
「どこかに小さくて、器用な者が居れば良いんだがのう」
「う〜ん………あ、居るじゃん」
「と言うわけで、協力を頼みたい」
俺たちは、とある工房を訪ね先程の話をして、そこの職人に協力を頼んだ。
工房と言っても俺たちが中には入れる大きさではなかったので、職人を連れ出して仮設の小屋の中で打ち合わせをしている。
「わしらは普段靴しか作らんが?それに魔法陣など描いたことが無いぞ」
「模様を刺繍するのはどうだ?靴を縫えるなら、その応用でどうにかできないか」
「刺繍?ワンポイントの刺繍を入れる事はあるが、金属は糸じゃねえしそんなに細くねえぞ」
通常、魔法陣は魔力を伝達する金属か魔石の粉末で描く。
俺は今まで、魔石の粉末に魔力を流すことで粉が溶けあって作られる、魔法陣を使用していたが、本来は魔伝導金属と言う物を使うものらしい。
では、魔伝導金属とは何か?
動植物とは違い普通の金属には魔力が無いし、金属には魔力を通さない性質があるが、大量の魔力を金属に加えることで、その性質を強引に真逆のものにする事ができる。
銀に大きな魔力を通して魔変化させて作るミスリルは、硬いというだけでなく、効率の良い魔伝導金属でもある。そして、銀よりは伝導効率が落ちるが、銅を魔変化させたオリハルコンも、魔伝導金属として使うことができる。
銀銅ときて、金はどうなのかというと、金は日緋色金というミスリル以上の硬さと魔伝導力を持つ超魔合金になるらしいのだが、純金ではなく金合金を使う物だそうな。
そして、その合金の配合次第では、出来損ないの鋳物のように脆い金属か、金色で粘土のように柔らかい謎の金属になってしまうらしい。柔らかい金属というのには少し興味あるが、実験で使えるほど金に余裕があるわけでもないので、現時点では日緋色金の作成には至っていない。
「いや、糸より細い銅線がある。これを使って、魔方陣を刺繍してくれないか」
俺が用意したのは、店の電材売り場にあった電線で、具体的にはスピーカー配線に使う、VFFビニル平行線という電線の心線に使われている細い線(素線)の1本だ。
この素線は太さ0.18mmなのだが、比較対象を上げるなら日本人の髪の毛が、およそ0.05〜0.15mmなので、髪の毛より少し太いぐらいの銅線ということになる。
「ほう、これは細いな。まさかそこのドワーフ殿の作品か?」
「無茶を言うな、いくら何でもこんな細い銅線など、手作業では作れんわい」
銅線の歴史は、先ず銅板を細く切って、これを打ち伸ばすことに始まり、日本でもおよそ200年前に水車を利用した銅線作りが行われているが、当然の事ながらその太さは今用意したコレとは全く違うし、そもそもこちらの世界では水車を使った銅線作りすら行われてはいない。
「まあ、これなら針に通るから、何とかやってみる」




