143 潜入
「そもそもの話、ゴーレムは疑似魔法生物だったにゃ」
「はい?」
「どういうことじゃ、ゴーレムは生き物なのか?」
改めてステラによるゴーレム講座は始まったのだが、のっけっから俺とドルトンの理解を超える話が飛び出した。
「生き物といえば生き物かもしれにゃいにゃ。二人は魔法生物を知っているかにゃ?」
「前世の空想小説等などで、魔法実験や錬金術で生み出された、という物はあったな。そういえば、ゴーレムはユダヤ教の律法学者が泥をコネ、emeth(真理)の文字を書いた羊皮紙を額に張り付け完成するとか」
「坑道に出る土や岩のあれか、あれの鉱物の物が硬いのを見て、魔力強化の鍛治技が生まれたときいた」
「公王は惜しいにゃけど、ちょっと違うにゃ。魔法生物というのは、魔力が凝固して生まれた生き物にゃ。自然の力から生み出される精霊の魔力版にゃ。公王の街にも魔法生物が住んでいるにゃから、二人共見たことがあるはずにゃよ」
う〜ん、地球とは違っているか。で、うちに住む魔法生物?
「スライムの事じゃな」
あ、そうか。スライムか。
「そうにゃ、このゴーレムにはゴーレムを魔法生物にするための魔法陣があるにゃ。その魔法陣によって、魔法生物ににゃったゴーレムは、人形の体を自分の体として動かせるにゃ。そこには穴掘り機械のようにゃ、筋肉代わりの油筒もワイヤーもいらにゃいにゃ」
「え、じゃあどうやって動いてるんだ」
「魔力の手にゃ」
「いや、意味わからん」
「にゃら、公王はその人形を動かしてみるにゃ」
「このカカシか」
「カカシじゃないにゃ、いい加減怒るにゃよ」
「あ、はい、すいませんでした」
普段忘れているが、ステラは王女だった。俺は素直に詫て、人形を手にとって持ち上げて………え、俺、いい年して人形遊びするのか?
「それが魔力の手にゃ」
「は?」
どうやら持ち上げただけでOKだったらしい。良かった、飛び道具なしのロボットの戦闘なんて、28号しか知らんからな。
「そうやって、持ち上げている公王の手が、魔力の手にゃ。つまりゴーレムは魔力を操作して、魔力で手足を動かしているにゃ」
「……つまりゴーレムは魔力で外側から動かす、マリオネットって事か」
「そんな感じにゃ。もっとも外側から力を加えてるのはロスが多いにゃ、にゃから外側ではにゃく装甲の内側に、魔力が廻るようになっているにゃ」
「へ〜」
あれ?それって……。
「つまり、ゴーレムのフレームには、複雑な構造は必要ないって事じゃな?」
ドルトンが、目だけが笑ってない笑顔を浮かべて、確認するように聞いてくる。
顔が怖いがそれも当然で、プラモデルの様な球体関節であれば、魔力で操作できて動きは自由自在。駆動装置もギアもワイヤーも不要という事で、ドルトンが手を出す部分がほとんど無いと言う事だ。
そもそもロックゴーレムとか、岩がひっついてるだけで、関節すらなさそうだしステラが作った人形の関節も棒切れが針金でつながっているだけだから、地球のリアルロボットとは別物だったんだね。
「ド、ドルトンさんや。球体関節を金属で作るのは素人では難しいと思うんですけど、どうなんでしょう」
俺はビクビクしながら聞いてみた。
「フン、一度作ると言ったからには、多少変更があっても作ってやるわい」
ドルトンは一度大きく鼻を鳴らしてから、そういった。
不満ではあっても、二言はないらしい。
ウエルス城某所。
それは、本当に小さな声だった。
だが、風の音とは明らかに違うその声を、一人の兵士が確かに耳にした。
「今、誰か何か、言いましたか?」
冷たい石の床に座り、両膝の上に載せた腕を組んで、その上に自身の頭を乗せていた兵士は、ゆっくり頭を上げると、自分と同じように暗がりでうずくまる、仲間へと小さく声をかけた。
そこはウエルス城の一室で、普段は倉庫として使われていた部屋だが、現在は多くの負傷した捕虜が押し込められていた。
なお、地下牢ではない理由は、一部のゴブリンたちが地下牢を自分たちの寝床としてしまったからだ。洞窟に暮らすゴブリンにとって、ジメジメして空気の淀んだ地下牢は慣れ親しんだ快適空間だったようだ。
捕虜になった彼らは言うまでもなく、ウエルスに残り最後まで抵抗していた者たちの生き残りだ。
幸か不幸か彼らは負傷して、戦えなくなって居たために脅威とみなされず、とどめを刺されることなく捕虜となった。
捕虜のなかには、上級兵や領主も含まれていたが、攻城戦が長引いたため、彼らの尋問は翌日に行われることになり、他の負傷兵と共に、この場に押し込まれている。
そして、領主でさえ負傷したまま治療されて無い状況からして、敵は彼らの情報どころか生死すら興味がないと思われた。
実際にはサイカからは、懐柔を視野にいれた指示が出ていたが、末端に兵士にはそれを正しく、理解できなかったようだ。
「いや、何も聞こえなかったが?」
部屋にいた一人が言葉を返す。
しかし。
「誰だ?どこに居る?」
最初に声を上げた兵士は、同僚の返答を無視して、再び声を発した。
「おい、何も聞こえない、お前何を『静かに!』い………」
極限の状況にあって、幻聴を聞いているのだろうか?
そう思った同僚の言葉を兵士は遮った。
だが、その声の鋭さに反して、声量は抑えられていたため、同僚はそのまま口をつぐみ、しばらく様子をうかがう事にした。
「上?窓を見ればいいのか?」
部屋には月明かりの差し込む窓がある。
窓といっても、ガラスなどあるわけも無く、古びた木の扉が付いているだけの、鉄格子のはまった高窓だ。格子の隙間は大人の頭では通れないし、窓の大きさ自体もかなり小さい。差し込む月明かりが作る影にも不審なものはない。だが、件の独り言を言っていた兵士は、まさにその窓の下に座っていて、その兵士と兵士を見ていた者が、一斉に窓を仰ぎ見た。
「? 何も無いじゃないか」
独り言に釣られて窓を見たその男は、代わり映えしないその様子に落胆の声を出し、窓から視線を外した。
だが。
「え?」
思わず声を漏らして、再度窓をみる。
窓から視線を外したその時、偶然月明かりが作る窓の影が目に入った。そして、鉄格子らしき細い影の横に動くもの、人型をした何かを見た気がしたのだ。
「虫?」
「なんだ、何か居るのか」
「見えないぞ」
周囲にいた者たちが窓を見上げ、口々につぶやく。
そんな中、立ち上がって窓に手を伸ばしていた独り言の兵士が、振り返って言った。
「静かに、皆静かに、騒がず聞いてくれ、信じられない事だが、たった今助けが来てくれた」
そう言って差し出された兵士の手には、本当に小さな小人が立っていた。
「僕はキャプテン・キッド探検隊の一員で、一寸族のイッスン。ここに居る全員を、今夜中にイルス王国の王都に連れて行くよ」
冒険号搭載、特殊偵察機、雀。
雀は、小型飛空船の中でも最小サイズの船だ。
流石に実際の雀サイズとはいかないが、それでも全長10センチ未満の超小型船である。
動力はホビー用ミニモーターと小さなプロペラで、浮力は浮遊石の欠片を使用する。あまりにも小さいため、移動速度は遅く飛行距離も短い。
しばしば大型の鳥や飛行型魔物に捕食目的で襲われるが、例によって車両判定を得られるように作られているため、小型だがバリア機能を有するので大事には至っていない。一度丸呑みにされた事もあるが、バリアで強引に腹を引き裂いて脱出している。
そして、当然だがパイロットも極小種族に限られる。
その極小種族は、種族名もなき小さな種族であったが、健人の口にした『うわ、一寸法師みたいだ』という言葉を受け、一寸族と呼ばれている。
なお、イッスンは改名後の名前である。一寸族のイッスン。不思議なことに『本当にそれで良いのか?』という疑問は小人種族からは聞こえない。
「いや、まあなんというか、気持ちはありがたいが、現実的には無理な話だろう」
「そうだな、気持ちだけもらっとく」
「ありがとうな」
助けに来た。
全員連れ出す。
いい加減なことを言うなとは、誰も言わない。
目の前の小さき人は、自分たちより圧倒的に非力で、弱い者だ。ここに来てくれた心意気だけでも称賛に値する。
荒唐無稽な話であったし、落胆の気持ちもあるが、それでもこの小さき勇者に笑顔で礼を言えた事に、彼らは満足していた。
明日の朝には、この場の何人かは目を覚ますことがないだろう。
それは我が身かもしれないが、今なら笑って逝ける気がした。
「いやいやいや、ちゃんと脱出方法があるんで、勝手に悟って死を受け入れられても、困るんですけど」
兵士の手の上で、イッスンは小さな手を、顔の前で振りながらそういった。




