141 キッド探検隊、初戦の結末
キャプテン・キッド率いる探検隊と、ゴブリン軍団の戦いはキッド探検隊の優位の進んでいたが、敵の指揮官であるオーガとキッドの戦いは、オーガに対して有効な攻撃手段を欠いたまま、時間だけが過ぎていた。
人族より分厚く強靭な肉体を持つオーガを相手に、リリパットの振るう刃物で、深手を追わせるのは極めて難しい。
リリパットは、体の大きさの割に力があると言われてはいるが、では実際どの程度かというと、それは平均的な人族程度の力でしかない。
リリパットの体で数十キロを、持ち上げて運べる筋力と持久力は凄いのかも知れないが、オーガというのは、それなりに戦える人族をして、複数人で当たるのが良いとされる相手なのだ。
リリパットとオーガの基本スペックを比較して、大きな違いがある事に加えて、この場に居るオーガは全身鎧を身に着けているのだから、仕方のない事かもしれない。
「くそ、いっそイッスンの奴くらい体格差があれば、あの大口から入って腹の中に、しこたま魔法を撃ち込んでやれるのに」
「おお、チビよ。お前は自ら俺に食われたいのか?だったら食ってやらんこともないぞ。俺は話のわかる男だからな」
「んなわけあるか!」
とは言うものの、分厚い肉の壁に加えて重要器官は、鎧でがっちり守られているので、切れる気がしない。
普段であれば、先ず敵の足首を斬り付けて転ばせるなどしてから、胸や首を斬りつけるという戦法をとっているが、鎧を着こまれているためにそれができないのだ。
「くそ、二刀流にして、いつもの二倍のジャンプに、いつもの三倍の回転を加えて…だめだ、俺の体格じゃ、質量も速度も足りない」
仮にキッドの持つ剣が、豆腐を切るように鉄を切れる物ならば、独楽のように回るだけでオーガを斬れるかも知れない。だが、空中でオーガを斬りつけるキッドの場合、粘土程の抵抗があれば、切りつけた場所を支点に、キッドが弾かれるだけだ。それは、ジャンプがどうとか回転がどうとかいう程度の話で、解決する事では無かった。
「お前中々面白いな。よし、食わずに俺が飼ってやろう」
自分の周りを飛び跳ね、なんとか一太刀入れようとしているキッドを見て、オーガが言った。
牙を剥き威嚇してくる野良猫も、生後間もない仔猫であれば、怒りより微笑ましさを覚えるだろう。小生意気な小人が自分に突っ掛かってきたが、肌に剣筋をつける事さえできずにいる。オーガが、最初に感じた怒りはすでに収まり、今は無力な小動物が自分に戯れているのを、愉快げに眺めていた。
強者の余裕か。
「ふざけんな、誰がオーガのペットになるか!」
キッドに限らず、オーガに飼われるのは危険だろう。何せ翌日にはペットにした事を忘れて、おやつ感覚で食べらるか、ケージに入れられたまま忘れられて、餓死する未来しか無いのだ。
「ふはは、元気があって良いぞ」
「くう、何処までもなめやがって」
そこに割り込む声があった。
「おい、アホ船長、今のままじゃそいつには勝てねえ。他は大方片付いたから、今日のところは撤退すんぞ」
副船長デニスだった。
周囲を見回す……小人のキッドに見える範囲では、状況がサッパリ分からなかったが、デニスが言うならそうなのだろう。
この場での彼らの目的は、オーガとゴブリンの殲滅ではなく、追撃の妨害なのでゴブリンを粗方倒した時点で、作戦は成功したと言っていい。
そもそも、最初から殲滅する予定なら、船を使って問答無用で攻撃すればいい訳で、通りすがりを装うなどという、面倒なことをする必要はない。
あくまでも、キッド一行はイルス王国とは無関係な旅人で、無関係であるからこそイルス王国との戦争に関係なく、攻撃してくる存在だと、オーガたちに思わせたかったのだ。
「ちくしょう、今日のところは、これで勘弁してやる。だが、俺はこんなもんじゃねえからな。勝った気になってるんじゃねえぞ」
「お前それは、疑いようもなく三下中の三下の台詞だぞ」
「うるせえよエセ妖精。おいバカーガ、お前名前は?」
「あん?俺の名だと、俺はオーガ将軍ゴルバ……様配下のオーガ四人衆がひと『止めろ!それ以上しゃべんな』…あ?」
「何も言うな、それ以上何も話すな!とにかく勝負は預けた、じゃあな、月夜ばかりだと思うなよ。デニス戻るぞ」
キッドは自分から要求しておきながら、オーガの名乗りを邪魔して止め、チンピラも笑いそうな捨て台詞残して、デニスに視線を向ける。
デニスは軽く頭を振って嘆息したあと、キッドを抱えて空亀へと飛んだ。
「何だ、あのちび急に………って、何だとーーーーーーー」
キッドが去り、オーガが呟きながら周囲を見回し、その時ようやく彼は自分が率いた部隊の状況に気が付き、声を上げた。
奇妙な根菜にまみれて干乾びているゴブリン。
美しい花に囲まれて、苦悶の表情で倒れるているゴブリン。
そして、自身の周りには首や手足を変な方向に曲げて、死んでいるゴブリンが散らばっている。
ほんの一時小人の相手をしていたら、いつの間にか部下が壊滅していた。
追撃任務は逃げた者たちを、追いかけて殺す任務ではなく、食料や労働者にするために捕まえて連れ帰る任務なので、ゴブリンの大半を失っては、継続不可能だった。
「クソちびが!次に見つけたら、絶対に食ってやる」
キッドは、予定通りオーガに喧嘩を売り、思惑通りに怒りを買う事ができたようだ。
そしてキッドもまた、荒れていた。
船員たちは、離れたところで見て見ぬふりをしている。
「何が将軍配下だ!何が四人衆だ!ふざけんな最初に現れた四人衆だの、四天王だのは、雑魚中の雑魚じゃねえか!」
それはキッドの幼い頃のこと。
「何らかの集団の中で、最初に登場して倒された者は『やつは、我ら○○最弱』と言われる程の小物じゃ。そして、そうした集団は何故か、弱いものから順に戦う傾向にあるんじゃ。そう、それがお約束。この世の真理とも言える、お約束が世の中には存在するんじゃ、雑魚を倒したからと言って、決して慢心してはならんのじゃ」
と、祖父から何度も聞かされていた。
そして先程、四人衆の先鋒と戦い、遊ばれた。それは正に祖父の言っていた、お約束の展開の四人いるその最初の一人、言わば先鋒、かませ犬。数合わせの、捨てごま的存在の雑魚にすら勝てなかったのだ。
「俺は、俺はかませ犬にも勝てねえのか!なあデニス、俺は駄目なやつだったのか?こんな俺が世界一の海ぞ、じゃねえ探検家になれるのか?」
怒気の発散も迷惑だが、落ち込んだ状態もうざかった。
「別に一度や二度負けたって、良いんじゃね?相奴らは反則級の鎧着てたけど、船長がオーガを抑えてくれていたから、俺も他の奴らも楽だったし、勝負に負けたが喧嘩には勝ったって事で、全体としちゃ俺たちの勝だろ」
勝負と喧嘩が状況に合致しているのか、そんな事は言っているデニスにとっては、どうでも良い事だった。ようは口で丸め込めこみたかっただけだ。
「そ、そうか?確かにそういう見方も、出来なくは無いが……」
「それより、隼から報告が来ている。ウェルスとやらは既に、侵略者に占拠されているらしいぞ」
キッドが落ち着きを見せた瞬間に、別件の報告で気を逸らすデニス。
キッドのあしらいに慣れている辺り、伊達に副船長をやっているわけではないらしい。
「そうか、捕虜になった生存者はいるのか」
「囚われたものは、数十人居るらしいな。それからオーガやゴブリンの背後に、そいつらを統率する存在が居たらしいが、どうも人族らしい」
「人族?」
「ああ、多少混じっているようだが、見た目は人族と大差ないと言っていた。そいつらがオーガやゴブリンに、武器や鎧を与えているらしい」
「へえ、ナラの旦那以外に複数種族を、統率するものがいるのか」
「らしいな」
「とりあえず、捕虜をどうにかしたいな。可能なら、救出するように伝えてくれ」
「普通に脱走しても、逃げられねえぞ?ゲート使うってことで良いのか」
「ゲートも今じゃあ、それなりに普及してるから、見られても構わないだろ。勿論敵にでは無く、救出対象に対してだぞ」
「わかった、伝えておこう。それで、俺達はどうする」
「船に戻ろう。イルス王国が、避難民の受け入れ体制を整えるには、まだ時間がかかる。王都まで歩くのは大変だろうが、避難民にはもう少し頑張ってもらわないとな」
王都はウエルスの数倍ある大都市だが、数千人に及ぶ避難民を受け入れるには、その居住施設のみならず、避難民に与える仕事を用意する必要がある。
王都民にとっても、同国の民である避難民を、救済したい気持ちはあるだろうが、無条件に施しを与えるわけには行かない。
住んでいた街を追われた哀れな保護対象が、自分たちより楽な暮らしをしているとならば、善良な者でも妬みの一つも覚え、それが揉め事の切っ掛けになることもあるのだから。




