140 船員たちの戦い
オーガの命令を受け、ゴブリンが空亀へと攻撃を開始した。
とは言うものの、地上から空へとなれば、どうしても攻撃手段は限られる。
ゴブリンは魔法や弓を空亀へ撃ち、オーガもまた空亀に向かって、石やらゴブリンやらを投げつけるが、物理攻撃のほとんどは甲羅やヒレに弾かれ、ゴブリンの頭上へと落ちてくる。
傍から見れば、天に唾する自滅行為なのだが、ゴブリンにはそれが分からないようで、ムキになって空亀へ攻撃している。
更にキッドたちも、魔法や弓矢で上空から反撃するので、キッドたちは圧倒的に優位な状況だった。
だが。
「あいつら何か妙に丈夫ね」
亀上から眼下に向け、石を落としている、女フェアリーが言った。
女だがレオタードでは無いし、ビキニでもない。
ニッカポッカ…いや、ニッカボッカーズの様なズボンに、ブーツ風の靴とタンクトップを着ており、どことなくトレーニング中の女性兵士を思わせた。
ちなみに、翅はシャツを貫通しているが、脱いだシャツには、穴が開いていないという謎仕様だ。
「火魔法や、質量のある石はソコソコ効いているけど、鎧に当たった矢は弾かれているようだな」
矢を放っているレプラコーンが言った。
矢と言っても、リリパットやフェアリー用サイズの弓矢ではなく、人族サイズの弓矢を加工したものを、魔法の袋から取り出して風魔法で飛ばしている。
「風魔法を使っていると、矢じりに魔力が加えられないから、鎧を貫通できないのかな?」
他の者も話に加わり、各々が鎧についての意見を述べる。
「普通の鎧なら、十分貫通すんじゃね?だけど、あれ全部強化鎧とかねえだろ」
ゴブリンたちは、パッと見ただけでも100は下らない。
その全員に鎧を与えるのも、大変に思われたのだろうが、実際には二桁程多い鎧が生産されている事を、彼らはまだ知らなかった。
「なら、ちょっと俺が行って、踏んでみるわ」
そう言って、黒い靄をまとった小人が空亀から飛び降りると、その姿を雄々しい黒馬に変えてゴブリンの群れの中に降り立った。
この黒馬の正体は、プーカという種族だ。
プーカはアイルランドに住まう妖精の一種で、変身能力にたけて人前に現れるときは、黒馬の姿である事が多いという。プーカに対して誠実かつ友好的に接すれば、プーカも人に対して同様に接すると言われるが、もしプーカを害すれば、強制的にその背に乗せられ、死ぬまでロデオを楽しめるらしい。
ロデオ〇ーイでは効果のなかった、太めの貴兄には良いかもしれない。
そして、ゴブリンの只中に飛び込んだプーカは、その足で数体のゴブリンを蹴飛ばし、踏み潰してから再び黒い靄になって、空亀の背へと戻る。
「駄目だ、あの鎧硬すぎ。俺が踏んでも壊れなかったし、蹄が割れた」
「ふむ、今度靴を作ってやろうか?」
「いらない。だってレプラコーンの靴って、常に片足じゃん」
レプラコーンがプーカの手を見れば、指先から血が垂れていたので、靴を作ることを提案したが、プーカから彼らが片足しか靴を、作ら無いことを指摘された。
「我らの作る靴は、どれも皆一点ものであるから、当然だな」
「一点物でも、両足揃って一組だろうが。作ってくれるなら両足分、いや二足分作ってくれ」
レプラコーンとプーカをおいて、他の者は鎧について話す。
「普通の鉄鎧なら、プーカが蹴飛ばせば、ぺしゃんこだろ?なのに蹄が割れたの?ないわー」
「強化鎧をゴブリンに着せて、軍隊ってか?誰だよそんな事考えた奴は」
「ナラの王さんでも、そこまでやって無いよな」
像が踏んでも壊れない筆○ならぬ、馬が踏んでも壊れない武者鎧。
恐らくただの鎧ではなく、魔力強化がなされた物なのだろう。
その技術力もさることながら、大量に作成したそれを、野良ゴブリンに着せるという発想が、彼らには理解できなかった。
「白兵戦で、鎧のないところ斬って倒すのはどうだ」
「俺はこの姿だと、あまり早く動けないし、力も出せ無いからやめとく」
「魔法と弓が全く通じないわけじゃないし、白兵戦は船長たちだけで良くね?」
ピクシーが、自身の背丈程ある諸刃の剣を肩に担いで白兵戦の提案をするが、プーカは血塗れの手をプラプラしつつ白兵戦を嫌がり、他の船員も同意する。どうやら白兵戦が好きな種族は、少数派のようだ。
一方白兵戦に挑んでいるリリパット族等はというと。
「グギャ?」(すばしっこい、どこ行った)
「グゲゲ!」(危ね、てめえ、何しやがる)
「グギャウギャウ」(痛え、おめえこそ、何やってんだ)
「グギャギャ」(うるせえ、そんな所に立ってるのが悪いんだよ)
足下を走る小人を斬るべく、刃の潰れた剣をゴブリンが振り下ろすが、あっさりかわされる。そして小人はゴブリンの合間を飛び跳ね、ゴブリンの剣は振り下ろしから振り回しへと変わり、そうやって振り回す者が、2匹3匹4匹と、増えていけば当然同士討ちのミスも起こる。それはゴブリン同士の言い合いから、ゴブリン同士の殴り合いを経て、最後には殺し合いに変わった。
「けっけっけ、馬鹿どもめが。さて、次はっと…! やべ」
ゴブリンをいいように、振り回していたリリパットだが、頭上に輝く光を感じて急ぎその場を離れる。
彼が、逃げ出した直後、頭上から副船長デニスの声が響く。
「花魔法、絶叫庭園!」
デニスが叫ぶと、その翅から燐光が飛び散り、ゴブリンたちに降り注ぐ。
フェアリーから飛び散る光は、一見美しく幻想的だが、その魔法の効果には美しさなど欠片もない。
「グア?」(なんだ?)
自身の体に降り注いだ燐光を、ゴブリンは不思議そうに眺めた後、手で払いのけようとする。が。
「グ?グギャギャ!」(あ?なんだこの草は!)
燐光を浴びたゴブリンの体から、緑色の草が生えて、みるみるうちに成長して花を付けた。
そして草が成長するほど、ゴブリンの体が痩せ細り、干からびていく。
あまりにも不気味なその草に、恐怖を覚えたゴブリンは、震える手でどうにか草を掴み、一気に引き抜いた。
「ぎゃあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ」
草を引き抜いたその下から、人型の根菜が現れ、絶叫を上げた。
もちろん絶叫したのは根菜だ。
根菜が引き抜かれたゴブリンの体には、大きな穴が開いていたが、血はほとんど出ていない。
だが、草を引き抜いたゴブリン自身と、その付近にいたゴブリンが、その叫び声を聞いて絶命した。
フェアリーは種族特性として、植物との親和性が高く、燐光を触媒として遠方の植物を召喚したり、その種子を強制的に発芽、育成したりすることができるのだ。
そして、ゴブリンから生えた草は、召喚されたマンドレイク(マンドラゴラとも言う)の種子が、発芽したものだった。
マンドレイクは錬金術の材料として使われるが、地球ではよく似た毒草が混同され、同じ名前で呼ばれて薬草扱いされていた。しかし、現在ではその薬草のもつ毒性が認識され、薬草として使う者はいない。
完熟したマンドレイクは、自ら地中を抜け出すと、二足歩行で徘徊して、勝手に何処かへ行ってしまう。
そのため、錬金術に使うには、徘徊する前に何とかして、収穫しなくてはいけない。
しかし、未熟な状態で引き抜けば、絶叫によってその人は死んでしまう。
これを回避するために、マンドレイクを抜く際には、縄をかけて犬に引かせるのが良いとされる。
当然犬は死ぬが、犬一匹の犠牲で貴重なマンドレイクを得られるとあって、この方法で引き抜くやり方が一般的だ。
「危なかった、危うく巻き添え食らうとこだった。にしても、副長の魔法は、いつ見てもキモいし、やべーな」
干からびたごブリンの体から、何匹ものマンドレイクが這い出して、周囲をデタラメに徘徊し始める様を見ながらリリパットが身震いする。
「大丈夫だ、歩き出したマンドレイクは、もう叫ばねえし、無理やり発芽させてっから、そこらに定着することもねえ。あれは歩き回るだけの無害な草だ」
「副長、そうは言ってもキモいっす。てか、仲間を巻き込まないでください」
「巻き込まれるような間抜けは、ギャレー号には要らん」
「うわ、何て酷い言い草だよ」
「なら次はアルラウネにしようか?稀に正義に目覚めるのも居るし、見た目もましだろ」
アルラウネは大きな花から、女性の上半身が生えた植物系魔物で、マンドレイクの近似種でもある。
本来は食人植物の類なのだが、稀に人間に友好的だったり、人化して『正義をするのでつ』と言い出したりする者もいるようだ。
「それも、やばいフェロモンを無差別に放って、獲物を引き寄せて食いますよね」
「やれやれ、あれはだめ、これもだめって、何ならいいんだよ」
「普通の花魔法とか?」
「却下。ただ花を咲かせてなんの意味がある。俺は殺傷力のある花魔法以外は、使う気ねんだよ。というわけで。ちゃっちゃと殺るぞ。花魔法、緊縛華葬」
「だから、なんでそんな魔法ばかり、使うんすか!」
ゴブリンたちの足元から、つる草が伸びて手足や首に巻き付きながら成長し、やがて美しい華を咲かせる。
緊縛華葬とは、全身を蔦で締め付けられ、美しい華に囲まれて死んでいる様子が、葬儀の献花に似ていたことから付けられた名だが、絞め殺される者は何故か必ず不自然な、緊縛姿を晒すことになる。そのため、絞め殺されたゴブリンと咲き誇る華のコントラストは見るに耐えない物になった。
先のマンドレイクと同様、周囲に不快感とフレンドリーファイアの危険をばら撒く恐ろしい魔法の連発に、船員たちから苦情の声が上がるのも、仕方のない事だろう。
もしかしたら、フェアリーは邪悪な存在なのかもしれない。
一方キッドはといえば。
「あーはっはっは。どうしたどうした、チビっこ。もう終わりか?」
「うるせえ、今日はちっとばかし、剣の調子が悪いんだよ」
彼は、オーガに遊ばれていた。
デニスは風系の魔法もソコソコ使えますが、ウインドカッター的な殺傷力のある魔法を持っていません。




