138 眠り猫
ギャグさんおかえりなさい。
「殿下〜ステラの奴に、頼みたい事があるんですけど、連絡がつかないんですよ、なにか知ってますかぁ〜」
秋風が吹く公園。
そこにある金属製の大きなジャングルジムを、多くの者が囲んで騒いでいる。
ジャングルジムは、俺がガスパイプをつなぎ合わせた物に、ドルトンが魔法強化を加えて作ったものだ。
一応、地面には緩衝材を敷いてあるが、基本的に昭和の公園で一般的な、落ちたら痛そうな無骨な代物だが、色々と危険なこの世界、いざという時を思えば、多少危険なぐらいが訓練になって、丁度いいのだ。
そして、そのジャングルジムのてっぺんで、近所の悪ガキ共相手に木の枝を振るい、歯をむき出して威嚇しているアントニャオ殿下に、俺は先程の言葉をかけたのだ。
「ステラ!?にゃ、にゃーは、し、知らにゃいにゃ。それより、この子供たちをにゃんとかするにゃ、にゃーは王子にゃるぞ、これ以上の狼藉は不敬罪で、手討ちにしにゃければ、いけにゃいにゃよ!」
ジャングルジムには、まるでどこかの歩く死体のように、悪ガキ共が群れて殿下へと手を伸ばしている。
当然だが、上の方にいるのは年長の子供で、下に行く程幼い傾向にある。
「ねこさんさわりたい〜〜〜」
「おヒゲちょうだい!」
「うわああ〜〜〜ん、ねござ〜〜〜ん」
「妹を泣かしたな、クソねこ魔王。このヨシピコが相手だ」
「ねこまおう、葉っぱにウンコとか、汚いぞ」
そんなやり取りを眺めながら思う。
お前の名前はヨシピコじゃないだろ。
それに、数いる勇者の中のから、何故それをチョイスした。
そして、殿下はなんて汚い物を、装備しているんですか。
子供相手に、2つの意味で汚いですよ。
パンパンパン
俺は手を打ち鳴らし、子供の注意を引く。
「君たち、日が暮れるから、もう帰りなさい」
「あ、おうさまだ〜」
「おうたま〜」
「王さま、旅の資金下さいよ」
おい自称ヨシピコ、お前子供のくせに、どこへ旅立つ気だ?
あれか、俺は50ゴールドと棍棒とか、銅の剣とかを餞別に渡して、過酷な旅に出す糞王の役か?
「良いだろう、旅の資金として120円を渡そう。但し、後でお母さんに怒られる、おまけ付だがな」
『ケチだ、王さまケチンボだ!』
『だよな、120円てありえないよ』
『旅のおやつだって、300円分なのに120円って』
『それより王さまのやつ、おかーさんに告げ口する気だぞ』
小声でコソコソやってるけど、丸聞こえだぞ。
「おい、ヨシピコとその仲間、聞こえてるぞ」
「ちぇ、しかたない。おい、ねこ魔王、今日はこのくらいで許してやる」
「次こそは倒す」
「おぼえてろよ」
「王さま、さようなら〜」
「おうたま、さようなら〜」
子供たちは走って帰っていった。
勇者一味も、殿下に捨て台詞を残して帰っていった。
「た、助かったにゃ。気がついたら勇者ごっこの魔王役に、されていたにゃ。公王はもう少し、子供の教育をしたほうがいいにゃ」
「ん〜〜〜善処します。それよりステラは?」
「ス、ステラは……………ステラは、落ちたにゃ。もう、にゃーの妹はいにゃいのにゃ」
「は?」
落ちた?
また炬燵か?
まだ秋だぞ、流石に炬燵の時期には、早いんじゃないか。
「ステラは…ステラは、生活の全てをゴーレムの世話ににゃり、窓際で日にゃたぼっこして日々を過ごすうち………ただの猫ににゃってしまったのにゃ」
バン
扉を開き、室内を見回すと、日当たりの良い窓際に置かれた椅子の上で、大きな猫が丸まっていた。
「おい、ステラ。仕事の時間だ」
「……………」
近寄って声をかけたが、返事はない。
……どうやらただの屍のようだ。
鼻ちょうちんが、揺れているけどね。
「…殿下、これ下手に手を出すと、あれですよね」
「そうにゃ、起こそうとすると、ゴーレムが襲ってくるにゃ」
「やはり、そうですか。下手に近寄ったり触れたりできませんね」
ゴーレムは部屋の隅で静かに立っているが、もしゴーレムが俺たちに敵対した場合、ゴーレムを止められるのは、マスター登録したステラだけだ。
そして、ゴーレムにとっては、マスター以外は等しく無価値だ。
地下施設に居た時と違い、今は室内への侵入者に対処する、排除命令を受けていないためか、部屋に入った俺たちに反応する様子はないものの、ゴーレムにとって、何が敵対行動扱いになるのかわからない。
「おとなしく、自然に起きるのを待つにゃ?」
「それしかないですね、お茶でもしながら待ちますか」
飲み物とケーキを用意して、ステラの部屋でお茶にする。
紅茶に似たこの世界のお茶と、ケーキの甘い香りが部屋に広がる。
寝ていたステラがピクリと身震いした。
「この甘いにゅるにゅるしたのは初めて食べるにゃ。けど美味しいにゃ、これはなんにゃ?」
殿下は、足音も立てずに、俺たちの座る席へと近寄る猫を、チラ見しながら言った。
「この辺りでは初物のケーキで、栗という木の実を使ったケーキです。栗というのは、木の上にウニみたいなトゲトゲの〜と言っても、ウニは海の物ですから知りませんよね。まあとにかく、トゲトゲの殻に包まれた果実を使って作るんです。果実とは言っても、生では食べられないので茹でてたべたり、こうして潰して加工するわけです。栗はこの近くになかったので、ダンジョンから採取しました」
「にゃるほど、これは本当に美味しいにゃ。にゃーはケット・シーでよかったにゃ。普通の猫はこれを食べられにゃいし、この味も理解できにゃいにゃろうにゃ」
殿下は、肉球のある手でフォークを握って、器用にケーキを食べる。
ケット・シーはでっかい猫っぽいけど、実は細部は猫と異なる事も多いのだ。
テーブルの下まで移動してきた猫ステラが、ふんふんと匂いを嗅いでいたが、急に大口を開けて固まった。
フレーメン反応かな?
「にゃんこステラさんも、おやつが食べたいようですが、ケーキを与えるわけにはいきませんから、とっておきを出しましょう」
俺は、店で売っている商品の一つを取り出し、猫のイラストが描かれた皿に、ちゅる〜〜と絞り出して、猫ステラの前に置く。
「それはなんにゃ?」
少し赤みがかったマヨネーズのようなそれを見て、殿下が問いかけてくる。
「これはですね、前世で俺が飼っていた猫が、大好きだった猫用おやつで、ちゅ○るといいます。これは、猫用おやつの大ヒット商品なんですよ。様々な味のバリエーションがあって、液状やゼリー状など形も複数種類があり、更に年齢に応じた成分調整や総合栄養食といって、猫に必要な栄養がこれを食べるだけで、まかなえるのもあるんですよ。そして、猫になったステラは、一生これだけ食べていれば生きられるんです。凄いでしょう?」
「そ、それは凄いにゃ」
凄いと感心する殿下の声は、微妙に震えていた。
飼い猫って、基本的に一生同じものを食べてるんですから、おかしな話しじゃ無いですよ。
そして、猫ステラは目と口を大きく見開き、ぶるぶると身を震わせている。
「ささ、ステラたん。美味しいちゅ○るを、食べましょうね」
ちゅ○るを、匙ですくってステラの口元に持っていく。
ステラは、ちゅ○るを前にして何故か後ずさる。
俺は匙を置くと、懐からスマホを取り出して、ゲートの発動準備をしてから、右手でステラの頭をガシッと掴み、左手でスマホをタップ。左手の親指と中指で、ステラの下顎を挟み込み、そのまま奥歯と顎の間に指をねじ込んで、強引に顎を開いていく。
右手で、スマホタップしてから匙を取って、開いた口に匙を近づける。
ステラは、俺から逃れようと爪を立てて暴れる。
が、しかし。
「フハハ、伊達に猫を飼っていたわけじゃないぞ、子猫に授乳した事もあるし、錠剤の薬だって飲ませてきたんだ。こうやって、顎を開いて舌真ん中より奥の方に、薬を乗せて口を閉じると、あら不思議。錠剤が喉の奥に消えるんだよねえ。でも今回は特別に、匙で食べさせてあげよう。さあさあ、猫用おやつだよ遠慮なく食べなさい」
「こ、公王。嫌がってるのに無理にゃりは、ちょっと酷くにゃいかにゃ!?猫ににゃったとはいえ、ステラが可哀想にゃ」
殿下は、オロオロしながら俺を止めてくる。
殿下は、ステラを疑わないんですね。
でもこいつはね〜。
「にゃ〜にゃにゃぁぁぁ、や、止めるにゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
たまらずステラが立ち上がり、俺を振りほどいて逃げ出す。
「ステラ!?やった、ステラが立った。立った立ったステラがたった」
「いや、元々仮病ですから」
「にゃ、仮病!?」
だって、鑑定したらちゃんとケット・シーって表示されてたし、なんかシェイプチェンジ中とか書いてあったし。
手足を猫の足に変えるとか、中々に芸が細かったけど、俺にはバレバレだったよ。
「ゴーレムに世話されて、引き篭もり生活しているうちに、その生活を続ける手段として、本物の猫の振りをする事を、思いついたんでしょうね」
「にゃんてこと!ステラはバカたれにゃー」
「ま、取り敢えずステラを捕獲しますかね。依頼の件もありますが、先ずはゴーレムの回収をさせたいので」
「ゴーレム!そういえば、にゃぜ攻撃してこにゃかったにゃ」
「いえ、ステラを捕獲しているので、飛び道具ではなく、ゴーレムが直接俺を抑えに動きました。でもそのタイミングでゲートを開いて隔離しました。ほら、さっき居た場所にいませんでしょ」
「言われてみれば、いにゃいにゃ」
「ゴーレムは今、下水水質管理貯水池で、じゃぶじゃぶしてますよ。それじゃ、ステラを捕獲に行きましょうか」




