136 戦乱
ナラ公国で、健人がアルフレドと会談した日の数日前。
「グギャー」
「グギャギャ」
「グギャー」
無数の叫び声が、イルス王国の地方都市ウエルスを囲む防壁の外であがる。
物見台から見えるのは、地を埋め尽くす侵略者の軍勢。
万に届くかという軍勢は、揃いの鎧に身を包み、無駄なく統率された動きで攻め立ててくる。それは正しく何者かの指示で動く、侵略者の軍であった。
例え、鎧から垣間見える姿が、人族ではないとしても。
分厚い鎧を纏い巨大な盾を持ったオークと、その足元で呪文を唱えるゴブリンメイジ、その後方には槍をかまえたゴブリンが控えている。また軍勢の別の部隊には大きな筒を構えたオーガの姿もみえる。
ウエルスは完全に包囲され、城門を固く閉ざして耐える、籠城戦の真っ只中だった。
ドン! ドドン!
オーガ部隊から、大きな爆発音が連続して鳴り響くと、ウエルスの防壁にある正門が、無数の何かに打たれ音を立てて揺れる。火に強く堅く、更に魔法耐性のある貴重な木材と、青銅の板を組み合わせた多層構造の扉は、打撃にも魔法にも強く鉄壁と信じられていた。
しかしその無敵のはずの扉は今、轟音を立てる未知の武器から撃ち出された金属の粒と、複数種の魔法によって、無数の亀裂と穴を生じていた。
ドドーン
「ぐっあ!」
「あっつ。ああ、俺のう、腕が!」
門の内側に詰めていた兵士から悲鳴が上がる。
見れば、ある者は木材の破片を、ある者のは金属片を体に生やして倒れている。
体の一部を失った者も居るようだ。
そして、それは門の破片か、あの謎の攻撃が原因なのだろう。
「負傷者を下げろ、無事な者は土でも瓦礫でも何でもいい、門の補強を急げ!」
現場を指揮する隊長が急ぎ指示を出す。
門には無数の穴やひび割れがあり、その強度は著しく低下しているのが明らかだ。
門を埋めて外に出られなくなるのは不便ではあるが、早急に塞がねば敵が一気になだれ込んでくるだろう。
「隊長、敵の軍勢後方に投石機が!」
「なに!?不味い、可動する大型弩砲全てに破壊の指示を出せ。急げ、今のこの門では一撃で粉砕されかねん」
隊長の指示を受け、兵士の一人が色付きの布を手に、手旗信号で防壁上の兵士に指示を行う。
イルス王国の都市は、全て所謂城郭都市という形態をしている。
城郭都市とは、城とその周囲にある街と、そこで必要な農地などを堀や防壁で囲い、外敵から丸ごと守る作りになっている都市のことだ。
地球においても城郭都市の歴史は古く、様々な古代文明で作成されているが、文明の発展とともに技術向上がなされ、より堅固で高い防壁と武装が開発されていった。
そして、城郭都市を攻める側もこれに応じて、兵器の改良や戦術の工夫が行われ、より強力な武器が開発されるようになっていった。
バリスタや投石機、破城槌に攻城塔などは、それら兵器の代表例だろう。
では剣と魔法の世界では、どうだろうか。
例えば、ナラ公国の場合だが、ナラ公国は森の中にあると言う立地上、他の国の軍隊が直接攻め込んでくる可能性は低いが、デスベアの様な強力な魔物や獣の脅威はある。
更に、他国の諜報員や暗殺者などが少人数で、潜入しようとする可能性もあるだろう。
故に街は防壁で囲み、周囲の森を切り開き、見通しを良くし、代わりに防壁手前に足止めの水路や逆茂木を設置している。早期に発見し、監視塔と防壁上の強力な兵器をもって迎撃する構えだ。
更に、防壁は土魔法による地盤との一体化に加えて、防壁表面にはコンクリートも使用されているため、土魔法にも耐性があり物理強度もかなりの物と思われる。
ただし、防壁の高さ自体はそう高くない。これは早期撃退の前提と、元日本人である健人は高い城壁に馴染みが無かったため、あまり高さを気にしなかったからだ。
そして南町や、他国においては石積みの防壁が主流であるが、こちらは材料入手の問題で、老朽化が進んでいる上に、魔法があまり得意ではないか全く使えない人族では、防壁などを強化できないため、貧弱な場合が多い。仮に石材代わりに土を盛ったとしても、ゴブリンをはじめ多くの種族が土魔法の素養をもつため、ただの土ではトンネルを掘られ防衛の役には立たないだろう。
もし、南町に魔物の襲撃があれば、大変なことになっていたかもしれないが、農地拡張や街道整備の際に、防壁もついでに改修されたため、今ではその頑丈さは一級品となっている。
対してウエルスの街は、周囲を石の防壁で囲み、魔力強化した青銅板で壁面を覆っている。この魔力強化された青銅板は、物理攻撃に強く魔法に対しては、魔力強化時に込められた魔力を超える魔力を、一瞬のうちに加えなければ破壊出来ない。それどころか、変形も損傷もしないという優れ物だ。
これを攻略する手段としては、多数の魔法を同時に撃ち込み、外装の劣化を促しながら、同時に強烈な物理攻撃を行う必要がある。
敵が人族であれば、投石機や破城槌を持ち出して来るが、それらでどれ程攻撃しようとも、魔法による劣化が無い為、ほぼ無意味である。
逆にゴブリンなどの種族は数こそ多いが、無策で攻め込んでくるだけなので、魔法と物理の同時攻撃を行なわれる事さえ無く、こちらも驚異にはならないと思われていた。
「だめです、投石機が遠すぎます。破壊出きません」
「ちっ、全員門から離れろ。敵が門に迫ったらありったけの魔法を撃ち込み、中央通りまで後退する。遅れたやつは置いていくぞ、死ぬ気で走れ」
そして、飛び来る巨石によって門が破壊され戦場は城下町へと移った。
「サカキ様、サノスケにございます。敵砦攻略の状況報告に参りました」
ゴブリンやオーガの軍勢から少し離れた後方の陣幕。
色鮮やかな旗が立ち並び、屈強な兵士に護られた幕を前に、サノスケと名乗る軽装鎧の兵が声を上げる。
「爺」
「は、某の配下の者に間違いないかと」
陣内の最奥に座す鎧武者が、姿勢一つ変えることなく声を発すると、脇に控えた者が答える。
「ふむ、通せ」
声に応じ入り口に立つ兵が幕を開くと、許可を得たサノスケが、腰を落とし屈んだ姿勢で地を擦るように、陣幕に入り膝を折って平伏する。
「爺」
「殿の仰せだ、サノスケ申してみよ」
「は!先程敵砦の門を打ち破り、城下町へと進軍いたしましたが、敵が城下の建屋に籠もり、我らの進軍を弓と魔法で妨害しております。ゴルバ軍団長は『突破には今しばらくの時がかかる』と申しています」
サノスケは、額を地につけるようにして報告する。
攻略の停滞は、サノスケの責任では無いが、それでも不愉快な報告をしている以上、チョットした事で、自分に怒りの矛先が向けられるかもしれない。
そう考えると自然と体は地につき、これ以上ないほどに身が縮んでいた。
「爺、ゴルバは大鬼将軍だったな」
「は、左様でございます」
「並みの大鬼に比べれば十分に賢いはずだが、それでも力押しの癖が抜けぬか。まあ良い、爺、犬を放ってやれ」
最奥の上座に座した、殿と呼ばれた男が、口を開き指示を出す。ゴルバというオーガは、現代日本で言うところのオーガジェネラルであり、多少知恵が回るが基本的に、脳筋だ。進化して人族並みの知能と思考力を得て、二桁の足し算引き算や、簡単な読み書きができるようになっても、脳筋は脳筋である。勿論この世界ではナラ公国以外は、そんな言葉を使わないが。
「は、直ちに」
おそらくサカキと言う名であろう、爺と呼ばれた老武者が、その場にいた別の者に指示を出すと、足早に駆けて行った。
「それから爺、この戦で大砲と石火矢は、もう使わぬであろうから、速やかに回収して整備をさせよ。火薬を含め一つ残らず全て回収するのだぞ」
「心得ております」
殿の言葉を受け、サカキは陣内から出て、戦場へ向かった。
その背を見送りながら殿と呼ばれた男、スズキ•サイカは独りごちる。
「猪鬼はともかく、小鬼と大鬼は、どうにも知恵が足りぬ。困ったものよのう」
小鬼は数が多く、多少の妖術が使えるのは良いが、本能で生きる獣程の知能しかない。
妖術の使える小鬼は、戦場で効果的な運用をできれば、大きな戦力となりそうだが、小鬼に隊列を組ませ、攻撃の命令を守らせるのは、酷く大変だ。大鬼は大鬼で、戦となると我を忘れる者ばかり。鉄砲や石火矢を持たせても、目の前に敵が現れれば、まるで金棒のように振り回し敵を殴り、時には威嚇するかの如く、地面に叩きつける。先祖の残してくれた、この現世にない強力な飛び道具が、鈍器として使われ無駄に破損するのだ。その愚かさたるや、まさに度し難い。
サイカの知る限りでは、現世に大砲や石火矢を使う国はない。サイカの一族には、先祖から受け継がれた鉄砲鍛冶の技があるが、妖術のあるこの地では、そもそも火薬すら開発されていない。故にサイカは思う。
妖術は、便利で強力ではあるが、誰しもが使えるわけではない。しかし、鉄砲や大砲の技術を持つ我らは、幼子ですら敵を撃ち倒すことができる。数を揃えさえすれば、我らに敵う者など有りはせぬ。そうだ、我らこそがこの現世の覇者に相応しい。
「各部隊に伝えよ、敵の残存兵を掃討しだい入城し、新たな居城とする」
彼らの祖先はこの地の生まれではなかった。
祖先からは、多くの国が天下統一を狙い群雄割拠する戦乱の世から、ある日突然家屋ごと、この地に来たと伝え聞かされていた。何故そのような事になったのか、知る者はいない。あえて言えば神隠しの類ではないかと推測されていた。そして、この地に放り出されて最初に遭遇したのが、小鬼であった。
最初は醜悪な外見を持ち妖術を使う様から、悪鬼羅刹か物の怪の類と思われたが、幾度か戦ううちに当時の指導者が、小鬼共を従えることに成功し、その後猪鬼や大鬼さえも従えたと言われる。
だが、指導者であり初代殿様であった男が死ぬと、鬼共の離反や謀反が相次、やむなく婚姻でつなぎ留めるに至り、彼らにも鬼の血が混じっていくことになった。最初は忌避感が大きかったようだが、混血により身体能力が上がり、妖術を使える者まで現れると、徐々に忌避感は薄れたという。ただ、余りに鬼の血が濃くなると、粗暴になり知恵も回らなくなるため、程々が推奨されている。
石火矢とはフランキ砲とも呼ばれ、砲身と砲弾を込めたカートリッジ(銃弾のように玉と火薬がセットになっている)を用いた速射性に優れた大砲の一種です。
ただ、砲身とカートリッジの隙間から爆発時のガスが漏れるので、その威力は後の大砲類には及びません。重量もかなりあるので台車に乗せて運用するのが普通ですが、オーガに持たせたものは、大鉄砲(大型大口径の火縄銃)との中間に位置するサイズのようです。
戦国時代には、雑賀衆という鉄砲を使う一族(傭兵集団)が居ましたが、本作のサイカがその一族と関係があるかは不明です。先祖は単なる鉄砲鍛冶の集団だったかもしれませんし。
雑賀衆は複数氏からなり、鈴木氏などがその筆頭でした。
鈴木氏の頭首や実力者は代々『孫一』の名を継承(孫一は通称で、個人名は別にあり、書簡等の記名は個人名で行われた)し、鈴木孫一=雑賀孫一でもあります。
その筋では有名だったので、騙り…いや、あやかってという可能性はあるかもしれません。




