132 ゴブリン戦
次に、茶髪はランタンを取り出して、燃料を注ぎ始めたわ。
「変わったランタンね。芯が無いみたいだけど、どこに火をつけるの。その布みたいなところかしら?」
「この布みたいな袋は、マントルという特殊な布を、焼いて灰にしたものだそうでです。特別な油を霧のようにして、送り込み火をつけると、昼間のように明るくなるんですよ」
「ふ〜ん」
何か嬉々として細い棒を出し入れした後、ランタンのツマミを回すとシュッという微かな音と、油の匂いが漂ってきた。火種を近付けると、ボッと音がして一瞬だけ布のようなものの周囲に火が見えた。
…火、ついたのよね?熱が伝わってくるし、赤くないけど…それ火がついてるのよね?
「ランタン狙われないかしら?」
ゴブリンは夜目が利くらしいから、石をぶつけて壊されたら、私達が圧倒的に不利になるのよね。
「一応その対策として、上からこれを被せておきます」
そう言って金属の鳥かごみたいな物を被せたわ。まあ確かに小さな石ならそれでも良いわね。
「弓矢や投石に対する対策として作られた物で、それなりに重く嵩張る品ですが、魔法の袋の普及と共に利用されるようになりました」
「普通に運ぶのは大変そうだものね」
「それじゃあ食事をしながら、ゴブリンを待ちましょうか」
それから茶髪は小さなお鍋でお湯を沸かし、あの絶品といっていたスープの粉を入れたカップと、不思議な袋の中にお湯を注いで、食事を用意してくれた。
「美味しい!」
お湯を注いだだけのスープだというのに、澄んだ琥珀色のスープからは、肉や野菜をじっくり煮込んだブイヨンに、塩をくわえたような味がしたわ。でもこれだけ味の濃いブイヨンなら、普通はもっとドロドロとして濁った感じなのに、なんでこんなに透き通っているのかしら?それにこの穀物は麦じゃ無いわよね?柔らかいけど、一緒に炊かれた野草がいい感じのアクセントになっているし、馴染みのない味だけど、これも悪くないわ。
「それは良かったです。でも今日のメインはまだこれからですよ」
そういって、差し出された物は……?
これは何かしら。
「えっと……お肉なのよね?だとすればクズ肉を丸めて、ソースに漬けたもの?」
その茶色い見た目は、まるで溶けかけた泥団子のようで、正直にいえばあまり美味しそうではない……のだが、見た目の反してソースの香りは悪くない気がする。クズ肉にソースをかけて、食べやすくしているのかしら?できれば普通のお肉に、そのソースをかけたものを食べたかったわ。
「いえいえクズ肉なんてとんでもない。これは煮込みハンバーグと言って、普通に食べられる上等な肉を、あえて刻んで玉ねぎや香辛料などを加えて丸めて焼いた物に、更にソースに絡めて煮込んだ物だそうです。見た目の華やかさにこそ欠けますが、味は貴族の晩餐に供されるレベルですよ」
食べてみたら確かに美味しかった。歯ごたえと肉肉しい感じが無いのは、ちょっと物足りなかったけど、肉の油と玉ねぎの旨味は知らない味わいだったわ。それに加えてあの複雑玄妙なソースの味、これはもう肉料理を超えた超肉料理って感じよね。自分でも意味不明だけど、それほどの衝撃だったと言うことよ。
「美味しかったわ。……私はもう食べられないんだけど、まだ何か料理があるの?」
一通り食べ終わってもまだ、調理の火で肉が炙られている。流石にもうお腹いっぱいなんだけど、まだなにか美味しいものが出るの?………甘いもの以外でも、女子の秘奥義“別腹”は発動するかしら?
「ああ、これはゴブリンを集めるための巻餌みたいな物です。生より少し焼いた方が効果がありますんで……ちょっと腐りかけですが食べます?」
「ち、違うのよ。食材を無駄にしないように、念の為に確認しただけなの、私はもう満腹よ。もう食べられないし、腐ってるのとか無理だから」
ゴブリン用の腐った肉って、それは人が食べるものじゃないでしょ。
「右手側、二匹接近です」
「了解…狙い撃つわ!」
空間操作で、周囲の状況を把握できるという茶髪から、私にゴブリンの接近情報が伝えられる。本当に空間操作って何なのかしら?空間操作の一言で片付けるには、応用範囲が広すぎじゃないの。
パシュン
乾いた音を立てて射出されたボルトが、ゴブリンの腹部を貫く。
「ギャン!」
カチッ、カッチャン
ボルトを再装填し、次を狙い撃つ。
パシュン
「グフ!」
弩から放たれたボルトが、ゴブリンの胸に突き刺さると、ゴブリンはその勢いで仰け反って倒れる。小柄なゴブリン相手とはいえ、この弩はすごい威力だわ。
それというのも…。
「このボルト、貫通力は無いけど、当たればすっ飛ぶのね」
「頭や心臓以外だと、深く刺さっても即死はしないので、あえて先端の金属を尖らせずに仕上げて、打撃力を高めて居るそうです」
私に応じながら、茶髪は両手にそれぞれ、弩を構えて撃っている。弓を引いてボルトをセットした状態の弩を、異空間から取り出して、撃ち終えるとまた、異空間に戻して再度装填済みの弩を取り出しているのね。異空間に何個収納しているのか知らないけど、本当にあんたのユニークは便利すぎない?私のユニークに比べたら完全に反則よ。
「それ、いいわね。片手で操作できるようになってるの?」
少し小ぶりで、威力は無さそうだけど、持ち手と引き金が前方に配置されていて、取り回しは楽そう。
「ええ、軽くて使いやすいように作りました。弩の威力だけでは弱いので、ボルトにゴマダラ蛇のシビレ毒を塗ってあります。今度お嬢用に同じ形で強力なものを、鍛冶屋に作ってもらいましょうか?」
「是非お願いするわ。まあ、それはそれとして,ちょっとゴブリン多過ぎない?ボルトの残りが心許ないんだけど」
「そうですね、一度仕切り直しましょうか。ちょっと火を使って大きな音を出しますよ」
そう言った茶髪は、また虚空から何かを取る出す仕草をし、ゴブリンの密集する場所に向けて、その手から炎を吹いた。
「何それぇぇぇぇ!?魔法?あんた魔法を放つ魔道具まで持ってたの!?」
突然炎を浴びたゴブリンは、慌てて後方に下がろうとする。
パンパンパン
「キャー今度は何よ!?」
パンパンパン……パンパン
見れば、茶髪は黒い何かを手にして、ゴブリンに向けている。
あれが音の正体!?
「お嬢今です、恐怖を振り撒いてください」
「あ、うん、わかった。精神干渉…さあ恐怖に震えなさい」
私のスキル効果を受け、陣地を囲むほどに集まっていたゴブリンは、一斉に逃げ出した。
これで数時間は、襲ってこないと思う。
「それで、さっきの炎と音は何だったの」
「炎は燃えるガスを噴出する装置と、火種で出しただけですよ。音の方はただのコケ脅しで、鳥や獣を脅かして追い払う道具です」
黄色い筒と黒い道具を私に見せながら茶髪が言う。
「え、魔法じゃないの?」
「違いますよ、流石に攻撃魔法が撃てる魔道具は、そう簡単には手に入りませんて」
「…ま、それもそうね。そんなのが敵勢力に渡ったら、自国に不利益しかないものね。じゃあ今の内に、ゴブリンから使えそうなボルトを回収して、魔石をとり出せばいいのね」
「ダンジョンの魔物は、外の魔物と違って本物の生物では無いそうです。なので時間が経てば、死体はダンジョンに吸収されて消え、魔石やドロップ品だけが、その場に残ります。急ぎでなければ取り出す必要はないですよ。ほら、倒した死体も随分減っているでしょう。残っているのはヘビ毒で麻痺した奴ばかりです」
「あ、そう言えば倒した数に比べて、死体が少ないわね…代わりになにか汚い布があるけど、あれは何」
「あれは、ゴブリンの腰巻きと呼ばれる、ゴブリンの標準ドロップ品です。魔石は腰巻きの近くにありますから、目印になりますが……腰巻きは回収してもゴミが増えるだけなので、捨て置いてください」
「……」
生きているゴブリンに、ザクザク音を立てて剣を突き刺しながら、茶髪が言う。
私としても、ゴブリンの腰巻きなんて、触りたくないから言われた通りにするけど、いつか遠い日に、この森がゴブリンの腰巻きで埋もれなければいいわね。
私は棒切れで腰巻きを退けつつ、皮の手袋をして魔石を拾い集めた。
「拾えた魔石は28個ね」
「もう少し居た感じでしたから、いくらかは生きてこの場から逃げたようですね。ま、ダンジョンの魔物が本当に生き物なのかはわかりませんけど」
「それで、これはいくらになるの」
「ゴブリン魔石は小さいですから、一つ5000円として14万円ですから、そうですね〜一聖都一般的な4人家族なら、一月は余裕で暮らせますね」
「そんなに!?」
「まあ、こちらとは物価が違いますから。それに魔道具とセットで、聖都に持ち帰れば、家の一軒ぐらい買える額になるんじゃないですかね。普通の人がやれば、背信者として捕縛されるかも知れませんが、俺達には関係ないですし」
「確かに」
「さて、それじゃあ」
ピーピーピーピー
その時聞き慣れない音が、私達の直ぐ近くから聞こえた。




