131 野戦陣地
「さて、森に入ったら軽く野戦陣地を作りましょう。このダンジョン内では本格的な建築は禁止されてますから、仮設ですけどね」
「なぜ禁止されてるの」
「そりゃ、勝手に住み着かれたら困るからでしょう。砦なんて作られたら、そのまま領土を主張する輩も出てきますからね」
「確かにそうね」
「さて、それでは野戦陣地を作りますよ、お嬢はこの袋の中に土を詰めてください。掘り返した窪地は潜伏場所になりますから、一箇所を深くするのではなく、適当に広く削ってください。はいこれスコップです」
そうして大きな麻袋と先が金属で、木製の柄がついたスコップを渡されたのだけど、このスコップも良い品ね。これだけでも鍛冶技術の違いがわかるわ。
だけど。
「私が肉体労働担当なの?」
「俺は人並みの筋力しかありませんから。空間操作で削るのも、今回の趣旨とずれます。でも、お嬢なら兵士三人分ぐらいで換算すればいい話ですから」
「……わかったわ」
そして私は言われた通りに、土を袋に詰めていく。だけど、この袋を何に使うのかしら?
「じゃあ、俺は柵を作りますから」
そう言って彼は異空間から金属の塊を取り出す。……そういうのは、異空間に収納してるのね。この土袋も同じようにすれば良かったんじゃないの?なんか、あなただけ楽してズルくない?
そして金属を転がしていくと、細いロープのようなものが伸びていく。
金属製のロープを柵にするのね、でもそんなのぐいっと広げてしまえば、簡単に超えてこれそうじゃない?
「そんなので、魔物を止められるの?」
「こいつは有刺鉄線と言って、例えるなら金属製の薔薇の垣根ですよ。一見大したことがなさそうですが、こいつを越えようとすれば、どうしたって全身傷だらけになって、容易では無いんです」
「へ〜意外と凄いのね。それで足止めして、中から槍でつくのかしら?でも、ゴブリンだって棍棒や錆た剣ぐらい使うわよ」
「元帝国兵は、槍を使ってますね。まあ今回は弓を使う予定ですけど。それと武器対策もちゃんとありますよ」
「そうなんだ、じゃあその対策とやらを、楽しみにしながら私は、土に塗れて穴掘りさせてもらうわ」
「だってお嬢の方が力……いえ、なんでもないです。どうぞ作業を続けてください」
「袋は、全部いっぱいになったわ」
「じゃあ、その袋を横にして穴の周囲に積んでください。レンガを積む感じで互い違いですよ」
「わかったわ…ねえ、喉乾いたんだけど、水や食料は充分あるのかしら?」
一応自分の水筒があるけど、ここで数日過ごすなら水や食料の確認は必須だわ。成り行きでついてきてしまったから、すでに遅いかもだけど、それでも確認は必要よね。
「水は十分ありますよ。食料も例の缶入りがありますから、今出します。お嬢の手持ちは、はぐれた時用に残しておいてください」
そう言って、差し出されたものは透明な瓶に入った水だった。
「ありがと…キャ」
私は渡された瓶を受け取った瞬間、驚いて瓶を取り落としてしまったわ。だって、この瓶柔らかいのだもの。
「ヤダ何このガラス瓶、柔らかいわ」
「ガラスじゃなくて、ぷらすちっくのぺっとぼとるですよ」
「ぷらすちっくって何?」
「さあ?なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け…とはいいますが、俺もその瓶のことなんて良く知りません。言葉は通じても、不明な単語はあるんですよね。まあ軽くて割れない便利な瓶って認識でいいんじゃ無いですか?」
「これも魔法で作るのかしら?なんかもう海を超えたら、違う世界って感じよね。この現実を知っても狂信者達は、人族が選ばれた存在とか言えるのかしら」
「どうですかねえ。現実が見えないから、狂信者になれるんじゃないかって、気がしますけどね。はい、柵ができましたんで、これにこの魔道具をつないで、そしてこのスイッチを…ポチッとな」
またあの不思議な文様が浮かび、有刺鉄線が一瞬光った気がした。
「……で?」
光った気がしたけど他には変化が見られないので、半眼で茶髪を睨んでみる。
「やだなあ、そんな目で見ないでくださいよ。そんな目で見られるとこう、ビクビクっとして、ほにゃっとしてガクーンと、くるじゃないですか」
「キモ!何言ってるかわかんないけど、あんたキモいわ」
「そんなに照れなくても」
「照れてないわよ!」
「まあともかく、この有刺鉄線の柵、壊せるものか試していいですよ。どうぞ遠慮なくハルバードを叩きつけてください」
「…そこまで言うなら、本当にやるわよ?折角設置した柵が壊れても、私は知らないわよ」
「どうぞどうぞ」
言われた通り、試してみたけど………。
「え、切れない」
周囲の木々を使って三段に張られた有刺鉄線は、少し撓んだだけで、傷一つついてなかった。
「この魔道具は、ドワーフが使う魔力強化を再現できる物です。一回の起動で数日効果が持続しますが、再度使用すればかけられた効果が消え、再々度使えばそこからまた数日、同じ効果を発揮するんです。しかもこれ、剣や鎧にも使える優れものなんですよ」
「え、凄い」
ドワーフの打つ剣は噂に聞いたことがあるわ、同じ金属で鍛えげても、ドワーフによって強化された剣とそうでないものは、岩塊と砂山程の違いがあるのよね。
「それと、ついでに言えば、道具屋で着てもらったアンダーシャツですけど、あれは特殊な素材の糸で編まれていて、しかも、防刃耐熱耐寒に優れ汚れも付きにくく、一週間着たままでも、臭わないのですよ」
「え、そうだったの。じゃあ一緒に売っていた下着なども?」
「多分同じ効果があるんじゃないですか?あ、胸のところはシャツと合わせて、二重の守りになりますね。まさに絶壁の守、ひゃう」
「次は当てるわよ」
私が投げたハルバードが、アホの頭のすぐ横を通って後ろの木に突き刺さり、ビイイインと鳴っている。
アホの目が、自分の顔の横にあるハルバードの柄に向けられると、体がガクガクと震え出し、首が高速で上下を繰り返した。
どうやら私の気持ちを理解してくれたようで、幸いだわ。
「そ、それじゃあ姉御、次はトイレを設置させていていただきますが、どの辺がよろしいでしょうか」
姉御って何よ、私はあんたよりずっと若いわよ。
「あんたの前でしたくないから外でするわ」
「いけません、いくら姉御でも無防備な排泄中に襲われたら、満足に戦えませんよ。大丈夫です、こんな時の用の携帯簡易トイレが販売されてましたから、買って用意してます」
「こんな時って、どんな時よ。だいたいトイレを携帯させるって、その製作者は頭がおかしいんじゃないの」
いったいどうやったら、トイレを持ち運ぶ発想が生まれるのかしら?
「いや、長距離移動する馬車に積むとか、非常時に使用するとか、結構便利じゃないですか?」
「そんなの、そこいらの草陰で良いじゃない。だいたい出したものはどうするの?臭うじゃない。いえ、私のはそんなに臭くないのよ、でも結局それを捨てに行くなら、現地で済ませても良いじゃない。汚れた便器の掃除も要らないし」
「若いお嬢が、野〇そすれば良いなんて言っちゃ駄目です。このトイレは……ほら、出したものは、このスラちゃんが片付けてくれるし、便器の掃除もばっちりですよ」
カバンから取り出した、小さな瓶に入った水色の物体を私に見せながら、茶髪のキモ男は言う。
「スラちゃん?もしかしてスライム?」
「イエス、こいつは俺のペットで、残飯やら排泄物を片付けてくれる、頼もしい相棒です」
「へ、へ〜そうなんだ。良かったわね」
スライムがペット?
スライムが相棒?
スライムって、私の念話対象外なのよ。
知性が無い魔物をペットとか言っちゃうの?
……本当に、この人大丈夫かしら。
「ちゃんと布の囲いもありますからね。安心して出してくれていいんですよ」
「そ、そう。現物が完成したら、検討させていただくわ」
なんかもう、ある意味怖いわ。
「トラップは今回は不要でしょうから、武器を配置しましょう。はいこれ、機械式弩別名コンパウンドクロスボウです」
「変わった弩ね………片手で引けちゃうんだけど、こんなので大丈夫なの」
「それは滑車を使って軽く引けるようになってるんですけど、それでも普通の人族は手足を使って引くもんなんですよ」
「ふ〜ん。試射していい?」
「練習は必要でしょうけど、ボルトが勿体無いので、土のうにでも撃ち込んでください。それと近接用の武器はこれです」
今度は槍と剣を渡された。
槍には刃先を交換できる魔道具が組み込まれ、剣は刃先にうっすら魔力を帯びているらしい。この剣ならば、火球や水弾の魔法を切れると言われた。
「今まで魔法を使う魔物には、なすすべ無かったけど、これを使えば対抗できるのね?」
「魔物にもよりますが、ゴブリンの操る魔法程度なら、問題ないかと」
その後、防火シートという布を張ったり、土のうを少し組み換えて、隠れた状態で弩を使えるようにしたりした。
ゴブリン以外への対策として、ハーピーなどの飛行型魔物用に、陣内の一部に木で作った格子状の屋根を掛け、さらに魔力強化を施した。
魔道具便利すぎるわ。
「有刺鉄線の内側に落とし穴を作って、中に木か竹の槍でも据えておけば、更に防御が上がりますが、今回そこまでの事態になったら、素直にスキルを使いましょうか」
弩は、いしゆみでも漢字変換されますが、
本来は弩と書いて「ど」または「おおゆみ」と読みます。
いしゆみは石弓と書いて、城に設置された防衛用落石装置を
さし、弓とは全く違う物なのですが、その名称から誤用され、
弩をいしゆみと呼ぶようになったとされます。




