126 報告と対応
「以上で報告を終わりますわ」
そう言って、天使リリア•ナッシュは、対面に座る初老の上司、レスタ•マイヤーへの、報告を終える。
ここは教団本部にほど近い建物の一室で、天使の拠点となっており上司は天使のまとめ役である。
「ふむ、市街地の破壊•破損は不可抗力であったと言うことか…人的被害は出ていない事だし、今回は問題なかろう。だが、以後は周囲への損害を出さぬよう努めてくれ。教団の方には、俺から説明しておく」
「不可抗力とはいえご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「なに、教団の爺熟練者共に多少嫌味を言われだけの話だ。俺のような爺初心者は、適当に返事して聞いたフリしていれば、それであいつらは満足するのだから、どうということもない。だがまあ、鼻をほじって聞き流すレベルの事でも、無為な時間をとられるのは確かだから、以後は注意してくれ」
「わかりました」
聖光神国において、天使は人族の護りてであり、力の象徴として認識されているが、その実聖光神教団とは別個の独立した組織であり、配下でもなければ正式な国の組織ですらもない。言わば、民間の武装集団なのだが、構成員である天使の特殊性と、人族を守ることを主目的とした活動から、一般には教団が抱えている組織と思われている。
そして、教団側もあえてそうした勘違いを訂正せず、彼ら天使の力を教団の力のように思わせることで、権威づけに利用していた。
時折、そうした噂を鵜呑みにして高圧的な態度を取る者もいるが、そうした勘違い者達が公の場にいられる時間は短い。天使と争うと人族に不利益となるのは、日火を見るより明らかなので、機嫌を害さぬよう、内々に処理されているようだ。
「それで、ケットシーと遭遇してどうだった?」
「充分に知性があって、そういう意味では人族と変わりませんわ。性格も決して好戦的ではありませんでした。戦闘にこそなりましたが、あちらも自衛のため以上には、攻撃してきませんでした」
「では、我々が戦うにはやはり問題があるか?」
「そうですね、私達の力は人族を守るために与えられたもので、それは教団が言うような殲滅力ではありません。教団に肩入れし過ぎると、神のご意思に逆らうことになります。それに彼等の会話から、私と同種の能力を持つ者が、あちらにもいると推測できますので、なおさらかと思います」
「君は、神の恩寵であるユニークスキルを、成人間際に授かったのだったな。神のお言葉は覚えているのかね?私は幼い頃であったから、お声をかけられた記憶が残っていないが、他の方が賜った言葉を、又聞きながらは聞いて知っている。君が賜ったお言葉も、やはり教義とは違うか?そして、彼等の仲間にも何らかの、加護や恩寵をたまわった者が居ると?」
「はい、お声を聞きした後に、ユニークスキルが発現していますが、神のお言葉は教義とは明らかに異なります。私が授かった力は『守るための力』です。外敵から人族を守り、繁栄を助ける事が、私に課せられた使命です。異族の言葉を理解する力も、交渉によって、避けられる争いを避けるためのものでしょう。そして、彼等の仲間に念話が使える者が、存在するというのは、私の使命と能力に類似するものと考えられます」
多くの場合、加護や恩寵は物心つく頃には発現し、それは生まれながらに神から力を、授けられたと考えられている。対して、彼女のようなケースは、何らかの理由により神の目に止まり、その結果加護や恩寵を賜ったのだと言われている。そして年齢が高ければ、それだけ神のお言葉を理解する能力も身についているのだ。
教団と天使の上層部しか知らない事だが、教団の敬虔な信者に、彼女のような後天的天使は存在せず、先天的に天使となった者は、教団の教えに染まる程に、その力を失う。
「やはり教義は曲解か、しかし教義が間違っていても、教団も人族である以上、武力では我等の力は、大きく損なわれる。下手をすれば聖騎士に、一方的な敗北をしかねん」
実のところ、教義が間違っていたとしても、天使は直接それを正すことが出来ないでいる。
個人によっては多少の差はあるが、天使の能力は外敵に対して効果を発揮し、人族に対しては、ユニークスキルが使えなかったり、無効であったりするのだ。
対して聖騎士は、単純に回復スキルを加護として持っている存在だか、騎士団という組織に属するため、剣や槍を持った戦闘にたけて、集団戦もこなす。教団と対立した場合、純粋な剣や槍の技量で劣る天使では、あまりにも分が悪いと言える。一方で、教団側が武力で天使に従属を強要しても、教団の意に従った天使はいずれ能力を失い、結果的に人族の戦力が減ることになるため、どちらもお互いに手を出せないでいる。
「いっそ、あちらに天使の誰かを派遣してみるか?」
「以前教団に頼まれた、宣教師のようにですか」
「あれは、聖光神教の宣教師だったから、穏やかではない目的だったようだが、今度は我々の立場で平和的な交渉人を送ってみようと思う。言葉の通じる君が適任なのだが、やってくれるか?」
「わかりました、猫ちゃんたちにも会いたいので、私がいきましょう」
「了承してくれるのはありがたいが、頼むから猫モフりに執着しすぎて、争いにならないようにな」
「大丈夫です、任せてください。イエス、ケモナーソフト•タッチです」
「…触ることは否定しないんだな」
「どいうわげで、聖光神国のでんしは、女装したおどごで、ぼんどうはゴリマッジョな女だっだにゃ」
ナラ公国の会議室、飛び込んできたヨシコーが、半泣きで報告を終えると、皆渋い顔をしていた。
たぶん、俺も同じような顔をしているんだろうな。
「報告ご苦労さま、どうでしょう殿下、彼女は疲れているでしょうから、帰して休ませた方が、良いのでは?」
アントニャオ殿下はしばし考えて、一つうなずく。
「そうだにゃ、疲れたろうから今日はもう、帰っていいにゃよ」
「はい、ありがどうございまずにゃ、ぞれではおさぎ失礼いだじまずにゃ」
鼻声で少し聞き取りにくい挨拶を述べて、彼女は退室していった。
「なあケント、とりあえず、天使とかいうあちらの勇者モドキは、体の半分が男で半分が女のゴリマッチョだと、覚えておけば良いのか」
モーブが確認するべく口を開いた。
そりゃ、特徴を覚えるのは大事だとは思うけど、その覚え方ってどうよ。そもそも阿修羅男爵じゃあるまいし、顔見てわかるような特徴じゃないぞ。体が半分男で半分女だったら、裸にしなきゃわからないだろ。
「最終的には『裸の漢が痴女じゃった』という事で、良いのかの?」
「聖光神国のドレスは、普通の素材なんですね、スパイダーシルクなら燃えなかったのに」
「ドワーフなら、筋肉があってもありじゃと思うが、人族ではなあ」
「敵ながら不憫ね、お店の秘薬を使ったら、髪がはえてこないかしら?」
皆、モーブ以上にズレた感想だな。
「すまんにゃ、公王。長い報告の割にわかったことが、少なかったにゃ。今後はもう少し、まともな報告ができるよう指導するにゃ」
「いえ、報告内容自体には、かなり大事な事もありましたので、悪くないと思います。あえて言わせてもらえれば、今後は最後の結びの言葉で、それまで全ての報告内容が、頭からすっ飛ぶような構成を、改めてもらえればいいと思います」
「了解したにゃ」
「俺が気になったのは、最初からケットシーを、捕獲しようとした事です」
「それは、猫好きだからだろ?ケントも以前は『犬は殺せ、猫は崇めよ』だったのに、どこが気になった?」
「いや、猫好きは否定しないが犬を見たら殺せってことは無いぞ。…黒足もレオーネさんも今更俺を見て、怯えないでくださいよ」
レオーネさんはケロッとした顔で『冗談よ』とかいってるが、義息子の俺に不満があるんですかね。
「向こうの教義では、ケットシーは殲滅対象だろ?情報を聞きたいにしても、最初から捕獲網…と言えるかどうかは知らんが、ともかく捕獲道具を持って、一人で追いかけてきたというのが、疑問なんだよ。俺のイメージじゃ会敵即殲滅ぐらいの嫌われ方だと思ってたから、不意打ちで攻撃して来ないのが、不思議に思えるんだ」
「言われてみれば…お館様も以前はゴブリンを見たら、問答無用で遠距離不意打ち攻撃を、指示されてましたね」
「そうだな、気が付かれる前に殺れって、指示を当たり前に出してたよな」
「だって、話が通じない敵だと思ってたし、近接で怪我するより安全に戦えた方が、いいと思ったし」
最近は、ゴブリンも変われる可能性が、あるってわかったから、いきなり攻撃をしてはいない。
南町で畑仕事に従事しているゴブリンなど、争わず安定して美味い食料が得られる今の暮らしに、大変満足しているようだ。どんな生き物でも、育ち方次第で善にも悪にもなるもんなんだろうな。
「つまり、その天使が殺しではななく、捕獲にこだわったところに何らかの意図があると?」
「ああ、そういう可能性があるかなと思った。まるっきり俺の勘違いで、単に猫好きだから捕獲したかったという、可能性もあるけどな」
「どちらかと言うと、後者の可能性が高いと思うにゃ」
「帝国ではリリパットと共にケットシーが、ペットにされていたというから、俺も後者だと思うぞ」
「後者じゃな」
「ペット説に一票」
「流石はお館様じゃ、同類ならではの着眼点じゃ」
俺、泣くぞ…。




