123 聖騎士
「騎士団というのは、何もせずに給金を貰えて、実に楽な仕事のようじゃないか。日々遊んでいられるなら、暇で仕方がないのではないかね?私など、滅私奉公のように仕事をしているから、こうして確り食事をせねば身が持たぬ。だが、騎士団員なら、一日一食でも充分ではないかと思うのだが、団長である君はどう思うかね?」
食べ切れぬ料理と、果実酒が乗ったテーブルの向こうで、豪華な服を着た男が指についた肉の油を、テーブルクロスで拭ぐいながらいう。そしてワイングラスに手を伸ばし、口へと運ぶ。
「お言葉ですが、有事に際して十全な成果を得られるよう、騎士団員は日々訓練に励んでおります。決して日々を遊んで……」
目の前に座るよく肥えた領主に視線を向けず、起立した姿勢の正面…領主の頭上の空間を見据え、団長と呼ばれた男が応じる。
「だったら、なぜ魔物の討伐をしない!既に我が領地だけでも六つの村が消えているのだぞ!」
男はそう言って、手にしたワイングラスを、対面に立つ騎士団長に向かって投げつける。グラスは団長の胸に当たり、彼の服に大きなシミを作ったあと、床に転がって砕け散る。
「多少の武功があったことで騎士団長に抜擢したが、仕事もせず口答えするなど、所詮は下賤な生まれであったか」
団長は下級官吏の家庭に生まれ育ったため、たしかに上流階級の出自ではないが、それでも平民よりは良い暮らしで育っているが、領主にとっては一定水準以下は皆等しく下賤な存在であった。
召使いによって新たに用意されたグラスを、巨大芋虫のような指でつまみあげ、再び口へと運ぶ。そして開いた手で、骨付き肉を掴むとワイングラスと交代するように口へと入れる。テーブルにある料理は、およそ一人で食べるような量ではないが、定期的に摂る食事では無く、食べ続ける食事スタイルのため、それの料理が多すぎるかどうかは不明である。まあ、昔のヨーロッパでは、権力者は食事を食べ続け、満腹になったら吐き出して、また新たな料理を食べるという、日本の常識では考えられない行為が行われていたことを思えば、吐き出さずに食べている分理解できるかもしれない。
その結果、肥満体になる者が少なくないわけだが。
「しかし、出撃を命じられてもいないのに、勝手に討伐に出る訳には…」
騎士団とはいえ、目の前にいるこの男から、出撃の命令を受けた上で、物資の手配とその資金を与えられねば軍隊行動など行えない。そして何よりその支出を惜しんだ結果、辺境とはいえ六つもの村が消滅しているので、全ては目の前の男が選択した結果だったのだ。
だがそれでも…。
「キサマ一度ならず二度までも逆らうか!たった今この瞬間、キサマの団長職を解任する。そして騎士団もクビだ。私は寛大な男だから、命まではとらんがキサマの顔は、二度と見たくない。今すぐ出ていけ」
「…長らくお世話になりました」
騎士団長はそう言って頭を下げ、部屋を出ていった。
「魔物については、どうなさいますか」
これまで無言で脇に控えていた、執事風の男が領主に尋ねる。
「…やむを得んな。これまでの被害地域から想定される、次に襲われそうな村に騎士団を派遣するよう手配せよ。合わせて税の徴収も行え。だが、中央に悟られぬよう静かにな。これ以上事が大きくなると、流石にまずい」
「かしこまりました」
そして、執事風の男が音もなくその場を後にすると、領主はつぶやきを漏らす。
「聖騎士ならまだしも、その上の“天使”が派遣されてくるようなら、間違いなく私は教団本部から粛清される。一刻も早く事態を収拾せねば」
そして領主は、再び食事を続ける。もしかするとこれは、ストレスによる過食行為なのかも知れないが、この世界でそれを判断できる者はいなかった。
「おや、団長どこへ行かれるのですか?」
「私はつい先刻、団長職を解任され騎士団も首になリました。今ここにある私物をまとめて、早々に立ち去るところです」
「あれ〜そうなんだ、あんた首になったんだ。はは、いい歳してこれから再就職先探しかい。落ちぶれたもんだねえ、そうだ、今までの訓練では随分お世話になったから、分かれる前にそのお礼をさせて欲しいのだけど、もちろん受けてくれるよな」
元団長は、己の職務として部下を指導していたつもりだが、どうやら目の前のこの男にとっては、違ったようだ。
元団長に声を掛けてきた相手は、現職の騎士だが元団長は、懲戒免職処分を受けた身である。騎士と罪人スレスレの無職、ほんの少し前とは状況が変わっているし、出自で言えば相手の方がやや格上ですらある。もしこの場を適当な言葉でごまかしても、解任されていた事が知れれば、この元部下は自分を許さないであろう。
ニ時間後、元団長の姿は平民街にある安宿の一室にあった。
「神よ我が傷を癒やしたまえ」
団長のつぶやきを受けるように、傷ついた体が光に包まれその傷を癒やしていく。それは魔法や魔力というものとは違う、神に与えられし加護の力によるもの。
「やはり、日に日に効果が薄くなっているな。我が神のお力がこれ程弱まっているのか」
多少マシになったとはいえ、まだ打ち身や擦り傷の跡が残る体を確認しながら元団長、否、聖騎士クローム•バルトンは一人つぶやく。
クロームの真の身分は、聖光神教における司祭であり、聖騎士の称号を持つエリートである。
聖光神国の政治体制は教皇を頂点とした、ピラミッド型の組織であるが、教皇を始め上位の神職にある者は、神に使えその教えを広めることを第一としている。そのため政のような些事をこなすために、他国にあるような領主制度を用いているが、時折そうした領主の中に、与えられた職務を己の権力と勘違いするものが現れるため、聖光神教上層部は、密かに領主を内偵する者達を送り込んでいた。
「それもこれも、邪悪な異族と神の教えに従わぬ、愚か者共のせいか」
聖光神教において、人族は皆助け合い一致団結して異族の排除に努め、聖光神の降臨を持って永久の楽園を築く事が、神の望みであると説いている。だが、異族が世界に蔓延り人心が乱れ、神の教えに反する行いをするほど、神の望みは遠のくとされていた。
だが、今はまだ、この街全体が腐っているわけではない。今のうちに手を打てば、まだ間に合うだろうと、クロームは考える。
「そうだ、腐ったミーカンも早期に取り除けば、他の大多数に影響は無い。この街の腐った者達は、私の権限で浄化するとしよう。今回の件、聖都への報告と、併せて次の領主派遣依頼も頼む」
「わかりました」
部屋の中で静かに佇んでいた、執事風の男に聖都との連絡を頼むと、執事風の男は一言了承の言葉を述べて、音もなく部屋を出ていった。
数日後、領主一族と騎士団に所属する幾人かが、涜神行為を理由に断頭台にあげられた。
その執行をした者は、全身をすっぽりと覆い顔も隠していたが、刑にかけられた者たちは、その者の声に聞き覚えがでもあったのか、酷く暴れ騒いだという。しかし、さるぐつわをされていたために、罪人が何を言っていたのかは不明とされている。
「さて、後は魔獣被害とかいうおかしな現象ですが、これはどうしましょうか。私一人では流石に手にあまりますし、天使様方のお力をお借りするためにも、一度戻って直接上司に相談しましょうか」
以後どのように動くにしても、先ずは報告して指示を仰ぐべきであろう。聖騎士にはある程度の権限が与えられているので、今回のような涜神行為では、その場で処断することが認められているが、魔物騒動については言われていたほど単純ではなく、何らかの裏がありそうなため、己の裁量だけで事に当たるのは危険に思えるのだ。
そして、聖騎士クローム•バルトンは騎乗の人となる。
神を救い人族の未来を守るため、気高き聖騎士クローム•バルトンは、聖都へと急ぎ、馬を走らせた。
ナラ公国の暗躍を受けて、今、人族最大級の国家が、秘めたる刃を顕にしようとしている。
聖騎士の言う神とは?
癒やしの加護を持つ、聖騎士の上にある“天使”とは如何なる者か?
人族と異種族、両者の存亡をかけた戦いが、今始まる。
人族と異種族、両者の存亡をかけた戦いが、今始まる。
…本当に始まるのか?




