122 ブリュンヒルデ再び
「なあ、2つ先の開拓村が魔物の襲撃を受けて、壊滅したって話、本当かな?」
「それな、どうも本当らしいぞ。このあいだ護衛を連れた官吏がやってきて、今年分の税を徴収していったそうだ」
とある小さな門に接する見張り台にて、二人の男が会話を交わしていた。
「は?いきなり何言ってるんだよ、開拓村の話と、うちの税は関係ねえだろ」
「わからないか?詰まりはこの村が襲われる前に、取れる内に取れるだけ取っていったって事さ」
「な⁈その官吏達は魔物の討伐をする気がないのか」
「奴らにとって、辺境の村なんてその程度のもんさ。村長は抵抗したそうだけど『開拓村が襲われたのは信仰が足りないからだ、そしてこの村が襲われるなら同じ事であり、その様な者達は信徒とは言えず、守るに値しない』だとさ」
「めちゃくちゃな理屈じゃないか」
「理由なんてこじつけさ、つまるところ俺達は国から切り捨てられたんだよ」
そこは聖光神国の辺境に位置する、村民100人にも満たない小さな村だ。しかし小さいとは言っても、既におおよその開拓を終え、同時に開拓猶予期間が終わったことで、国への納税義務が発生していた。しかし、本国から遠いこの地では、税を払ったところで国からの支援は無く、唯一の“辺境ゆえ税が安い”という利点さえも、事が起きる前に徴収されるという、想定外の事態があってはなんの慰めにもならなかった。
まあ、国としては、村から上がる税収と討伐隊に要する費用を天秤にかけ、守る価値なしと判断したのだろう。何故なら政教同一のこの国では、民は信徒であり臣民である。国は民のためにあるのではなく、神と国のために民が存在するのだ。
幸いな事に収穫前の作物と、魔物出現時に備えた避難小屋の僅かな備蓄だけは残ったが、村を維持するには厳しい状態になるだろう。
そんな話をしながら、村の外を眺めていると、草原の一角に突如異物が生じた。
「あれは何だ?」
「魔物の群れ?いや違う、あれは兵士の隊列だ」
「兵士?じゃあ討伐隊か、何だちゃんと送ってくれたんじゃないか」
「馬鹿言うな、あの旗をよく見ろ。あれは聖光神国の兵じゃない、どこかはわからないが外国の兵士……十中八九敵兵だ」
「な、お、俺村長に知らせてくる」
「ああ、頼む。それと皆に避難を呼びかけてくれ…」
…もう手遅れかもしれないけどな。
その言葉を飲み込んで、転げるようにかけていく相棒を見送り、再び視線を外へと向ける。
そこには既に、村人の数十倍と思われる人数の兵士が並んでいた。
「そう高くないとはいえ、この見張り台からは一キロ先まで見えるんだぞ、一体どんなまやかしを使ったら、こんな事になるんだ」
その軍勢が見えた時には、まだ多少の距離があった。それでも数百メートルという至近距離だったが、視線を切った僅かな間にそれは、もう目前まで迫っていた。
「あ、騎兵が……⁈」
そして、前方から一騎の騎兵が前にでてきたのを、見てつぶやきを漏らすが、直後その姿に違和感を覚える。
「騎士の足が……いやそれ以前に馬の首がない。あ、あれは異族の兵!ま、まさかこいつらが開拓村を襲ったのか!」
「それは、半分正しく半分誤りであるな。別に我らは戦をしに来たわけではない」
ケンタウロスに視線を釘付けにしていると、その当人?が男に向かって話しかけてきた。
「こ、言葉が話せるのか」
男の認識では魔物は言葉を話せない。異族には話せる種族もあるそうだが、ケンタウロスは魔物というのが聖光神国では一般的な認識だったため、会話ができることに驚いたのだ。
「多少見た目は違うが、我等も人である。住む地が遠く離れれば、使う言葉が違うため会話できなかったにすぎぬ。話せることに違いはないし、こうして意思疎通出来るのだから、そう身構えなくても良かろう」
「いやしかし…」
「先ずは、我々の目的を告げておこう。我が名は、フォロン。我が国の国王からの、命によりこの村の民との交渉をするためにやってきた。こうして軍勢を連れているのは、少数で来訪すると、魔物として追い払われる可能性があったからだ。まあ、多少の威圧を持って、会話に応じさせる意図があったのは認めるが、攻撃の意志はないのでそう理解してほしい」
そうして会話していると、村長が数人の村人を伴ってやってきたので、見張りの男はこれまでの会話を村長に伝える。
「村長のゼーガンだ、話し合いをしたいというが、それが決裂した場合、この村をどうする気だ?返答によっては、たとえ敵わなくとも、最後まで抵抗させてもらう」
ゼーガンはがっしりした壮年の男だ。彼は元開拓団の団長であり、自ら武器を持って魔物や野生動物と戦いながら、家を建て地を耕しこの地に村を築いた男だ。村を捨てるのは惜しいが、苦楽を共にしてきた村人を少しでも多く逃がすために、ここで己の命を捨てる覚悟があった。
「決裂した場合、我等は次の村へと行くだけだ。この村は貴殿らの物であるし、我等はこの地にも貴殿らにも固執するつもりが無い」
「嘘をいっているわけでは、無さそうだな。良いだろう、まずは話とやらを聞かせてもらおうか」
しばしの睨み合いに後、ゼーガン村長は、そう言って話し合いに応じた。
「つまりは、神国との戦が始まる前に、そちらに移住せよと?」
「そうだ、聖光神国の教義は知っていよう。我等は聖光神とやらの教義において、忌むべきものとして殲滅対象とされている。だが、我等としては話合いの出来る者達に、刃を向けるつもりは無い。貴殿等が望むのであれば、我が国でより良い場所を提供しよう」
「ふん、一体何の話かと思えば、実にくだらん。だいたい聖光神国が負けるのを前提にしているようだが、その兵力がどれほどの物か知っているのか?如何に異族が強力であれ、圧倒的戦力差の前には、なす術あるまい」
ケンタウロスからの申し出は、現在聖光神国が準備を進めている、中央大陸への異族征伐軍の派遣に対し、異族を抱える国が異族の保護と、聖光神国との対立を鮮明にしており、いずれ両国で戦端が開かれる前に、あちらの国に移住しないかというものだった。
「我等からすれば、聖光神国は沈みゆく泥舟。しかし、そんな泥舟にも救う価値のある者達がいれば、事前に手を差し伸べようという話。それによって船の操船に支障をきたせば、尚良というものだ」
「どうにも要領を得んな。戦力差についてと、その救う価値とやらの話がまるで理解できん。これ以上、妄言を聞かされても時間の無駄だ、さっさと帰っていただこうか」
「ふむ、説明が上手く出来ず理解いただけないよだな、手間を取らせて申し訳ない。戦力差に対する答えについて、そちらには危害は加えぬので、実際に見ていただいてよろしいか?」
「何をする気か知らんが、見せてもらえるなら、見せてもらおうじゃないか」
「では、少々失礼して……フォロンです、ゲートを開きますのでお願いします」
ケンタウロスは懐から板を取り出すと、それを耳に当て独り言を呟く。
そして、次に手にした板を天に掲げる。
「一体何のなんのつも……」
ゼーガンの言葉はそこで途切れた。
彼の目には空中に浮かぶ黒い影の中から、突如出現した巨大な飛行物体が映っていた。
言わずと知れたナラ公国空軍が誇る、飛空船ブリュンヒルデだ。そして例によって周辺を無数の天翔壱式と八咫烏が飛びかっている。
残念ながら、太陽の光によって逆光となり、ブリュンヒルデの姿は黒い影のようになっているため、詳細を知る事はできないが、その偉容からゼーガンに連想できるものは一つだ。
「ドラゴン……」
「いや、あれはドラゴンではなく、空を飛ぶ乗り物だ。我が国がその気になれば、聖光神国の聖都とやらを空から一方的に攻撃できるのだ。聖都が灰燼に帰すのに半日とかかるまい。それと、地龍なので空は飛べぬが、正真正銘本物のドラゴン様が、我が国の守りについておられる」
「本物の…ドラゴン?」
驚愕の表情を隠しもせず、ゼーガンがつぶやく。
「疑われるなら、こちらに来ていただこうか?」
「いやいや、それには及ばな、いえ、理解いたしました。大丈夫です、ドラゴン様に来ていただくには及びません」
ゼーガンは慌てて、フォロンを止めた。
というか、それまでの余裕のある態度はどこへやら、汗をダラダラ流しながらの必死の懇願であった。
「そうか、それと貴殿らを勧誘している理由だが、こうして言葉が通じているからだ。実は先程も言ったとおり、我々は言語が異なり本来は会話が成立しないのだ。現在は魔法で意思疎通できるようになっているのだが、この魔法は異種族や弱者への差別思想があると、効果が無いのだ。だが、事前調査においてこの村は、ほぼ100%そうした問題が無いと判明している。故に、こうしてやって来たわけだな」
「事前調査?」
「最近、肥った猫がこの村に住み着いただろう」
「肥ったは、余計ニャよ。この村が聖光神教の教に染まりきっていニャいのは、魔力を持つ者が多いからニャ。聖光神教では、純血の人間は魔力を持たニャいとされているニャから、自然と距離をおいてここに村を作ったのニャろ?」
いったい何時からそこに居たのか、門の横にトラ縞の大きな猫が寝そべっていた。そしてその猫は、すくっと2本足で立ち上がり、訳知り顔で会話に割り込んできた。所謂茶トラというやつであるが、茶トラ猫の訳知り顔がどういうものかは、猫を飼ってみれば分かるかもしれない。
「猫が喋った…」
「我が国の盟友であるケットシー王国の、諜報員だ。既に我が国の目は、聖光神国のいたる所に存在する」
「そう…ですか。確かにこれでは泥舟と称されても、仕方がありませんね。つい先日、国の横暴を体験して、今後の生活に頭を悩ませていた所ですし、魔力と呼ばれるモノを、自身の体に感じている者が多いのも確かです。我々を差別しないのであれば、移住を検討しないでもないですが、しかし、せっかく開拓した村を捨てて、また新たにと言うのは、あまりにも辛い。その辺り何らかの支援を得られると思って、よろしいのですか」
「それは全く問題ないので、心配する必要ないぞ」
そう言って、フォロンはニヤリと笑った。
「聖光神国から引き抜いてきた人たちの様子はどうだ?」
定例会議の場で今回の引き抜き作戦に従事した担当者に、俺は状況説明を求めた。
「今のところ問題ありませんね、なんと言っても村ごとそっくりそのままですし、周囲に危険な魔物もいませんから、村は穏やかなものです」
「街道の事は説明したんだろ?」
「はい。近隣の村の位置や産物等も説明済みです。今はまだ、畑の様子など気にしているようですが、特に問題がないとなれば、近場の村との交易なども行われるでしょうし、行商人達も新たな村を取引対象に加えるでしょう」
「自分が担当した村では、魔法の習熟を目指してますね。今までは、魔法の片鱗を見られただけで、異族混じりと言われて投獄されたそうですが、こちらでは魔法を使うことに何の弊害もありませんから、実に熱心ですよ」
「程度の差こそあれ、異種族混じりと言うのは事実なわけだけど、そのことに思い悩む者などは居ないのか?」
「皆、自身のルーツには薄々気がついていたようですね。ですが、自身のルーツを知って国と距離をとる者と、聖光神の教えに深くのめり込む事で、信徒としての自己を保とうという者に、二分される傾向にあるようです。後者の場合は、聖都に寄っていく者が大半なので、辺境の村に残る者は少ないようですが」
「なるほど。特に混乱していなければ、彼らの自主性に任せて、そのまま生活してもらっていて構わないだろう」
「なあケント、なかにはこちらの話に乗ってこなかった者も居るんだろ?そいつらは放置していて良いのか」
「まあ、本人が望まないのだから、仕方がないだろ。無理に拉致してきてもこちらでの扱いに困るし。それに、俺達のことを誰かに話したとして、それはそいつ自身の危険が増すだけだろう」
村単位で拒否された場合は放置し、少人数ならは多少の金を渡して聖都とやらの近くに、搬送して放置してきた。勿論彼等が俺達のことを通報する可能性はあるが、それによって、詳細説明を求められれば、村単位の裏切りや敵国との内通が疑われ、通報者すら連座で責任を取らされることになりかねない。それは、彼らも望まないだろう。
「にしても、面倒ですね。聖都を直接急襲するわけにはいかないのですか」
黒足が、さっさと始末をつけることを提案してきた。俺も最初はそれでもいいかと思っていたが……。
「それが困ったことに、あの国が聖光神教とやらを掲げて、異種族の排斥をしているのには、相応の理由があったそうなんだ」
「あったそうなんだって、誰から聞いたんじゃ?」
ドルトンが首を傾げつ問いかけてきた。長寿種族の彼等にしても、異種族排斥の根拠など聞いたことがないのだろう。
「少し前に、久しぶりのメールが届いた。それによれば、俺をこの世界に連れてきた奴が、この件の元凶だそうだ」




