120 スーパー○○
「は〜こりゃまた、立派な建物だなや」
「こりゃ石…じゃねえだな、だどもえらい硬くて丈夫そうだべ。これなら魔物が来ても安心だべ」
着古した感のある服に加えて、全体的に土埃を被ったかのように薄汚れた男達が、真新しい白壁のアパートを前に感嘆の声を上げる。
「なんでも、文化住宅という種類の集合住宅らしいよ。まあ、この町に魔物が侵入することはまず無いけどね」
文化住宅。
それは、地球の西暦で1921年頃から日本において広まり始めた言葉であり、従来の和風住宅に西洋の要素を加えた物として、玄関に近い場所に洋風の客間を設けたものなどをさす。
一方で、文化住宅というとある種の集合住宅を指す場合がある。
それらの多くは、1950年以降の高度経済成長期に建てられた、瓦葺き木造モルタル2階建ての集合住宅などだ。
平成の世を生きる現代人にとっては、この集合住宅の何処が文化住宅か?と疑問に思うだろうが、当時の常識では集合住宅とは長屋や下宿屋のことであり、それらでは便所や台所が共用設備として、建物に一箇所だけ設けられていたのが常であったのに対し、文化住宅ではそうした設備が各戸に設備され、更に従来の集合住宅にはなかった1、2Fを一戸とするメゾネットタイプなどがあり、集合住宅でありながら従来よりも遥かに文化的だとされたためだ。
……ただし風呂は無いので、従来通り銭湯が利用されていた。
そして今、その文化住宅は異世界にて、ある程度の再現をもって多数建設されていた。ある程度と言うのは電気やガスがないためだが、それでも建物自体は未だかつて無い、先進的な代物であった。
「外壁はセメント、とかいうもんで砂や砂利を固めた物に、ペンキという塗料で着色してるらしいよ。輪タクの運転手に聞いた話では、公国に席を置く冒険者が考案して、建設を進言したとかって言っていたよ。まあ、取り敢えず与えれられた部屋に荷物を下ろして、一休みしようよ」
実際には、とある親馬鹿のおっさんが、娘の気を引くために作り始めたコンクリートブロック製の秘密基地を、奈良健人監修のもと住居として完成させた結果の産物だが、表向きは先のような噂となっていた。
一行は役所で渡された鍵という物に記された番号の部屋を探し、壮年の男がその部屋の玄関扉についた取っ手を引く。
「…あれ、開かねえぞ。これ、中から閂掛かってねえか?」
金属製と思われる玄関扉は、押しても引いてもびくともしなかった。
「いや親父、さっき役所で渡された鍵を、そのドアノブ…取っ手にある穴に挿して回すんだよ」
「ほう、これが鍵という物か。こんな物を使うなんて、まるで貴族か豪商になったみてえだな」
などと言いながら、男は小さな金属片のような鍵を鍵穴に挿し回す。実のところ男は今、生まれて初めて鍵を使ったのだ。勿論、ナラ公国が台頭する以前から、この世界に鍵は存在していたが、田舎の農村には鍵などという高価な物はなく、また外出時はドアを縄で結ぶ事で獣や魔物の侵入を防ぎ、在宅中は内側から閂をかける事で事足りる。それが田舎の常識だった。
「この町は、荒くれ者や貧民も一定の収入を得られるようになったし、衛兵の巡回もあって以前に比べれば、治安はかなり良くなったけど、それでも手グセの悪い奴は居るし、よそから無法者が流れて来ることがあるから、稀に空き巣や押し込み強盗が起きる。だから鍵が必要なんだよ」
「都会は魔物より人間が危険と言うことか?」
「まあ、そうした事は滅多にあることじゃないけど、それでも玄関が開いていたり目の前に財布があっても、誰も気にしない村の生活とは違う事を、忘れないで欲しい」
「景気が良くなって、飢えてパンを盗む奴は減っても、楽して金を得たい奴らや、金を見たら反射で懐に入れるような輩は、未だ一定数居るんだよな」
南町に住み冒険者をしていた息子たちは、南町が以前と比べて住みやすくなったことを実感していた。
どこの町でも仕事にあぶれ生活出来ない貧民や、暴力を持って他人から金を得ようという者達が居るものだが、それが南町の場合ダンジョンで稼げるという話が広まるにつれ『犯罪をおかして公国の衛兵を相手にするより、冒険者をした方がまだ安全だ。何より誰はばかることなく、金と名誉を得られる』と、考える者が増えて安易に犯罪に走るものが減った事が、町の雰囲気を変えていたのだ。
そして、一行は充てがわれた部屋へと入る。
「役所で渡された説明書きによると、そこが炊事場で竈と水道という、ジャグチ?を回すだけで、水が出る物があるそうだから、水汲は必要ないって」
若い男が役所で渡された紙を見ながら、そう言った。
そして、その様子を見た壮年の男は、息子が手にしたものを覗きこみ声を上げる。
「お?お前、こっちに来て文字が読めるように…な、何だこの複雑な模様は?これが文字なのか」
覗き込んだ紙に書かれた文字は、父親の知る文字では無かった。
それは漢字ひらがなカタカナからなる日本語だった。
「これは、公王様の国で使われている文字らしいけど、公王様の魔法のおかげで、ほとんどの者がすぐ読めるようになるよ。逆に何時まで経っても読めないやつは、親父たちの言う昔の帝国人みたいな考え方する連中らしいよ。もっとも、書けるようになるには、読むのと違ってそれなりに努力しなきゃだけどね」
そして、旅装を解いた彼らは軽く顔や手足を洗うと、再び外へと出かけてゆく。
「腹が空いただな。この町とやらには、金を出せば食事のできる場所があるんだべ?先ずは腹ごしらえしねえだか」
歩き出して間もなく、一行のうち一人が腹をさすりながら、空腹を訴えてきた。
「さっき輪タクで聞いたけど、銭湯が大規模に拡張されてスーパー銭湯とやらになって、食事もできるようになったそうだから、そこへ行こうと思う」
「銭湯?それは風呂とかいう場所だべ、風呂で飯食うんか?」
「いや、それも無いではないらしいけど、そうではなくて食事処と風呂が併設されてるとか言ってた。それと簡易な宿でもあるらしい」
「食事ができて、宿泊ができて、風呂がある……それは高級宿ではねえべか?おらたちが入れるような場所じゃねえべ」
この世界の宿屋は食堂兼酒場があり、二階や別棟に宿泊施設があるものが一般的だ。宿泊施設には個室から大部屋、さらに雑魚寝部屋などの種類がある。
雑魚寝部屋では、毛布などに包まってごろ寝するのが普通で、雨風をしのげて野宿よりは安全という決して快適と言えないものだが、個室となればベッドやテーブル、燭台などが設えられ身を清める湯などの提供も受けられる。更に高級宿になれば蒸し風呂なども設備され、宿泊客はそれらを利用できし、希望すれば食事を部屋で取る事もできた。
ちなみに高級宿にも雑魚寝部屋は存在するが、これは客が連れている使用人などを泊めるためであり、そうした使用人は風呂の利用を認められていない。
「いや、金が払えるなら身分や仕事を問わないそうだよ。輪タクの人も週一で通っていると言っていた」
受付でロッカーの鍵と施設内専用の服を借りる。ロッカーにはいくつかのサイズがあり、冒険者や旅人が装備品を持ち込んでも大丈夫だという。ロッカールームで渡された服に着替え、奥へと進む。この際、あまりにも体が汚れている場合は、備え付けのシャワーで軽く洗ってから先へ進むようだ。
施設内で武器の携帯は認められていないため、ロッカールームの出口では警備の者が目を光らせていた。
物理的に。
「さっきの男、目が光っていたが、あれはなんだったんだ?」
「たぶん、武器を持っていないかを見分けるための、魔道具を使ってるんだよ。実際に光っていたのは目じゃなくて、目を覆っていた板の方だよ」
そう、警備兵は眼鏡のような魔道具を身に着け、その眼鏡の表面では魔法陣が光っていた。
しかしその魔道具は武器探知機ではなく、金属探知機であった。いくら魔法陣作成アプリがあっても、武器を見分けるという定義では無理があったため、わかりやすく武器となり得る金属を探知している。
空港のゲートと似たようなものである。
では、なぜゲートではなく眼鏡なのか?
それは、眼鏡型であれば着用者の魔力で、魔法陣を維持できるからという、奈良健人のもっともらしい説明があったからなのだが、空港のゲートの存在を知らない異世界人は、誰も疑問には思わなかった。
ただ一人、龍雄だけは『光る魔法陣眼鏡とか、めっちゃ…』と思ったが、それを口にはしなかった。何故なら彼もまた同じ穴のムジナであったのだから。
「おおおお、これ全部湯か?どれだけ薪を燃やしたら、こんな大量な湯を用意できるんだべ」
「こりゃ薪を用意するのも燃やすのも大変だ」
「はあ、こんな湯に人が浸かるなんて、勿体無くておらどうすればいいだか、わかんねえ」
「いやいやいや、これはねえべ。なんかの間違いだべ」
湯けむりの中、男達が声を上げる。
湯けむりはあるが、浴場にはそこそこの明るさがあり、若者の三倍の明るさを必要とする、老人の目にも優しい環境であった。
ちなみにそこは男湯であるため、女性は居ない。時折石鹸などの補充におばちゃんが出入りしていたが、色気的な意味では誰も気に留めていなかった。男子トイレで小用をしていると、後ろで平然と床掃除をしているおばちゃんのようなものである。
子供のように、大声を上げる男達は大変騒々しかったが、この時点では他の客は誰も文句を言わないし、注意する様子もないようだ。
「あ〜親父、他の客の迷惑になるから、風呂では静かにな」
「おお、そうだな。年甲斐もなく騒いでしまい、皆さん申し訳ありません」
「いや、そのくらい構わんよ。誰でも最初はそうなるから珍しくもない」
先に湯に浸かっていた老人から声が上がると、幾人かは苦笑いや同意するかのように首を動かしている。おそらく客の誰しもが同じ道を辿っていたのだろう。
「やあ、私らは農業従事者募集の話を聞いて………」
「そうか、それはいい決断をされた。ここの暮らしは楽じゃよ、なにせ自分の様な老いぼれが、こうして湯に浸かる余裕があるんじゃからな」
ここでの銭湯は単なる営利企業では無く、公共福祉サービスの側面を持ち、町民の衛生環境を改善するとともに、娯楽を提供する施設でもある。そして一定の年齢以上と推測できる町民には、施設利用料を割引する方針が取られている。特に入浴と食事(メニューは限定される)がセットになった“のんびりコース”と呼ばれるものは、低価格で長時間滞在でき、リバーシや将棋、トランプといった遊具が無料で借りられるため、暇な年寄りには非常に人気があった。
「さて、さっぱりしたところで食事にしよう」
「ようやくか、腹が減って死にそうだよ」
「そう思って長湯しないで、ささっと出てきたじゃないか」
「おねえさん、ビールを人数分と枝豆に季節の野菜天ぷらと、ツノシシと芋鳥りの串焼きに、うなぎの蒲焼きと小魚のフライに……」
給仕から渡された品書きを見て、酒とつまみを次々に注文していく。
「おいおい、いくらなんでも注文しすぎじゃないか?量もだけどそんなに何種類も頼んだって出てくるわけが…」
男達の村では、村内で作成できない金属製品などを、何年かおきに他の村や町へと買い付けに出ていた。そうした買い付けでに同行した際、他の村で食事をしたことがあったが、その多くはお任せメニューだ。何も指定しなければ、その日に作ったスープとパンが出てくるし、肉が食べたければその旨を告げる。そうすれば、その日にある何らかの肉が供される。調理法や肉の種類などを指定する事はない。何故なら多くの場合、指定してもそれに応じられる食材と技術が無いからだ。
「いえ、全てご用意できますが、順番など指定がありますか?」
「先ずは酒と早く出せるツマミを頼む。腹減らしが多いから、その後も次々に出してくれ」
「かしこまりました」
そしてテーブルに並ぶ数々の料理。
「おお、鳥肉とネギの組み合わせが、これ程うまいとは」
「サクッとした衣の中から溢れる野菜の旨味がたまらない」
「枝豆?ビール?この組み合わせは手が止まらん」
「いやいや、ビールには小魚のフライだべ」
「いや、蒲焼だべ。うなぎなんてまずくて食えねえと思ってたども、これは最高だべ」
………
「しかし、今更だがこんなに美味いものたらふく食って、全員酒まで飲んでここの、支払いは大丈夫なのか?」
「ん〜俺達の稼ぎなら、一日分くらいの金額かな?勿論全員分のここでの支払いの総額だよ」
「……無、無理はしなくていんだぞ?」
「そだ、俺たちも母ちゃんに内緒で、貯めたへそくりが少しはあるかんな、遠慮なく言ってくれ」
「いやいや、ほんと俺たち稼いでるから」
それは、料金が予想外に安いと言うわけではなく、息子達が予想外に稼いでいるということだった。
「そんなに稼げるなら、いっそ俺たちも冒険者やるか?」
「「「…………悪くない」」」
「「いやいやいや、いい歳して血迷わないでくれよ!」」
そして、彼らは仮眠室の簡易寝台で朝まで寝て、更に朝風呂に入ってから文化住宅へと帰っていった。




