117 畑を作ろう
「ダンジョン産の大鹿だ、特殊な魔道具で使役しているので、きちんと飼えば働いてくれる。間違っても食うなよ」
新しく畑を作る予定地を前に、ダンジョンから連れてきた大型の鹿を示し、農夫と見習いに説明をする。この鹿は魔道具の餌皿で使役しているので、農耕用の牛馬の代わりとして、これから大いに働いてくれるだろう。
「わかった」
「はい」
俺は、快活な返事に頷きを返し、用意した農具の説明をする。
「それと、これが鍬と鋤と犁な。勘違いするなよ、これは農具だからな、武器じゃないからな」
鍬と、鋤はホムセンの商品で犁は、鍛冶師に作ってもらった。
「なぜ同じ名前で形違う?」
「おお、鉄製の農具じゃ」
「これは凄い」
集落ホブ・ゴブリン(ゴブリンから進化)が道具の名前に疑問の声を上げ、ゴブリン村農夫は鉄の刃がついた鍬や鋤に驚きの声を上げる。
少々ややっこしいが、ゴブリン村の村民とは、ゴブリンから進化して、人族化した者とそれに近い者で、集落とはゴブリン村にいた先祖返りゴブリンの暮らす、教育施設(飼育施設?)の事だ。ゴブリンたちは原始生活の中で、人としての暮らしを学び、獣から人へと進化の道をたどりだしていた。
「形は違うが用途、いや目的が同じだからかな?俺もそこまで詳しくは知らないな」
鋤は刃の長い角平スコップのような物で、人力で使う道具。犁と言うのは鋤を牛や馬に引かせるように改良?した物で形状は異なるが、どちらも田畑を耕す道具だ。一応漢字として牛が入っている犁が牛馬が引く方として使われるが、犁を牛鋤ともいうので、明確な区別は無いのかもしれない。
また、牛鋤に対して馬鍬という物もあり、こちらは何本もの刃がついた、櫛のような物で、田の中にある土の破砕や、ならしを行う道具だ。
「普通、犁は牛や馬に引かせるんだが、今回はこの大鹿だ。コイツらに引かせる事で、人が自分でやるよりも、何倍も早く耕せる。お前たちの相棒になる奴らだから、大切にしてやってくれよな」
犁には“追立て”と言われる、突起部分があり、農夫はここを持って操作する。まあ大鹿に引かれる犁が倒れないように、後ろから押さえてついて歩く感じだな。作業能力は牽引してくれる動物の、力や体力に大きく左右されるが、家庭用の小型耕運機程度の作業能力は、充分あるだろう。
「それでこの畑は何を作るのです?」
「一応4月の春蒔き小麦を目指している。狭くてもいいから小麦畑として完成するように心がけてくれ。ある程度形になったら、小麦を栽培している村から応援を招く予定だ」
「はい、わかりました」
「それと、コボルトにはフラッツ王国(旧帝国)との間にある畑で、じゃがいも栽培の指導をして欲しい。森とは環境が違うが、きちんと畝を作れれば、それなりに収穫が見込めるはずだ。植え付けの時期も、もう間もなくだからな」
「地質はどうなのでしょう」
「こっそり調べたが少し調整が必要だ。今回は店の肥料を混ぜ込んでくれ」
「わかりました」
土壌の三大栄養素は、窒素、リン酸、カリウムだ。窒素は堆肥、リン酸は、鶏ふんなどが使われ、魚肥は両者を多く含む。また、草木灰には、リン酸やカリウムが含まれアルカリ性であるため、土壌のPH調整にも使われる。この他にも必要栄養素としては、カルシウムとマグネシウムが重要とされる。PH調整には石灰もつかわれるが石灰は、石灰岩や貝類を焼いた粉末から作ることができる。
「それとゴブリン麦畑が、ある程度になったら、フラッツ王国の方での指導をしてもらう。まあこれは畑作りだけだけどな」
大鹿を使って畑の大枠を作ったら、後は専門家に頼むつもりだ。ホブ・ゴブリンにできるのは、畑の大枠であり、それだけでも充分にゴブリン族の、イメージを変える効果がある。
「レオーネさんちょっとお願いがあります」
「あらなあに」
「虫が嫌がるハーブってありますよね、そういうハーブを集めて育てたいんですけど、生えてるところ知りませんか?」
「ん〜いくつか思いつく所があるわ、どのくらい必要なの」
「畑の周辺に植えたいので、いくらでも」
「そう、じゃあ知っているのを集めるから、それを参考に集めさせてね」
「はい、それでお願いします」
ある種のハーブには、虫を避ける効果や虫を殺す効果がある。日本でも植物由来の殺虫剤は古くからあり、最も利用されているものといえば、除虫菊だろう。除虫菊の殺虫成分ピレトリンは虫にはよく効き、動物には安全という特性がある。これは近年の化学合成殺虫剤よりも動物への影響が少ない。除虫菊の最も簡単な利用方法は、花葉茎を確り乾燥させた後、燃やした煙を利用するというものなので、火災さえ注意すれば利用はたやすい。
そして、もう一つ。虫除けといえば、俺がこの世界に来た時に、あの熊に対して使ったハッカ油だ。ハッカ油は薄荷から抽出できるオイルで、少量しか取れず非常に貴重なものだが、消臭虫除け効果があり、オイルでなくハーブのままでも利用価値が高い。
「ハーブ類は育てやすいから、フラッツ王国で育ててもらって、うちで買い取ってもいいよな」
換金植物を、理解できるかわからないが、例え理解できなくても、報酬で釣ることはできる。あちらの王も、食糧はもちろん収益になる作物や、産業は喉から手が出る程欲しいだろう。
「なるほど面倒なところは、あの国に管理させるのだな」
珍しく護衛についてきたモーブがいう。
「いや、別に面倒ではないぞ。単に人件費の問題だ、あっちで作ってもらった方が、たぶん安いだろう。ついでに竹林も作らせて管理させるか?どうせ土地は余ってるんだ、竹なら資源になるし、使いみちも幅広い、無駄にはならないはずだ」
「色々役に立つとは聞いたが、技術あっての話だろう?簡単に利用できるのか」
「できるぞ、むしろ今すぐ欲しがるかもな。例えば武器だが、竹は尖端を斜めに切るだけで、槍として使える。木製で長い槍を作ろうと思ったら、相応の加工技術がいるし、木を切り出すのも楽じゃないが、竹は楽だぞ。長い竹槍を使えば、ある程度の魔物とも戦える。無理に青銅や鉄で剣を打つより安く早く手に入る」
「確かにな、あの真っ直ぐで中空構造な竹なら、軽いし切り出すのも簡単だ。その上長い武器はそれだけでも有利に戦えるわけだ」
竹槍で爆撃機は落とせないが、薙刀や銃剣術を取り入れた、竹槍術という武術が大日本帝国陸軍に存在した。突くだけではなく、なぎ払いや押さえつけなど、実践的な武術であったらしい。武術なので精神的な要素もあるが、戦時中で軍が作ったというあたり、少し怪しい部分もあるが、まあ、基本は槍術なんじゃないかと思う。
「それに、竹っていうのは、油を含んでいるから、火力が高い。まあ割らないと危ないし、割ると燃え尽きるのが早いという欠点があるけど、そこは薪と併用なり使い分けるなり、すればいい。森林は切ったら戻るのに時間が掛かるが、竹林は回復が早い。そして、これから作る畑の柵などで使った、切れっぱしでも火力の補助や、竹炭などでも利用価値が高い」
畑に柵が作れれば害獣対策になるし、柵の外に竹でトラップを仕掛ければ、同時に食肉も得られる。更に畑で芋鳥を使ったカルガモ農法的なことができれば、食料の生産も増え安定供給につながる。
「他には、麻を細かく編んで、蚊帳でも作ってもらうか。森には何故か蚊などがいないが、葉野菜につく芋虫はいたし、外には蚊もいるそうだから、蚊帳を作れば色々利用できる」
蚊と言えばマラリアやデング熱だ。こっちで同じ病気があるのかは不明だが、蚊帳や網戸の代わりで麻の編みを使えるし、農作物の防虫ネットにもなるだろう。
「それも向こうに作らせれば、安く手に入ると?」
「と言うより、うちで作ると高くなるし、その気になれば網戸や、野菜のネットなんて、ホムセンで用意できるが、それはまだ外には出さない。ネットを作って、損してまで売る義理は無いけど、適正価格なら買ってもいい。だから、あちらに作らせるのが、良いんだよ。うちで育ててる野菜にしても、葉野菜は虫が付きやすい。一応、キャベツとレタスのように、コンパニオンプランツで、虫よけ効果を狙ってはいるが、それだけでは足りない部分を、フラッツ王国で栽培したハーブ類で賄う事ができれば、うちも助かるわけだ。そして、そうした物が他国に輸出品できれば、あちらの国庫も少しは潤うだろう」
500年前の戦争原因は、帝国の経済破綻だからな。買うだけ買ったら金がなくなって、結果『占領して奪ったろ』で起きた戦争だ。フラッツ王国相手なら、うちは片手間に戦えるだろうけど、せっかく安定したんだから、経済も立て直してもらわないとな。
次回予告
道の先には何がある?




