116 子育て親父の、異世界式乳母車作製
「ケント、店のショッピングカートを売ってくれ」
「売ってと言われても、あれに値段はついてないから、欲しいなら譲るけど何に使うんだ」
「子供を乗せて移動するのに使いたい」
「ベビーカーか、確かに座席のついているものもあったな。しかし早くないか?いや、それ以前にどこで使うんだ」
「いや、まだ寝ていることが多いが、モーナが外出するときに、一緒に連れていくために必要なんだ。背負っていくにも限界があってな。あと、寝かせたまま運べる方が良いので、かごに入れる予定だが?」
「なるほど……ちょっと待て、今考える」
俺はかつての記憶をたぐる。前世のベビーカーはどうだった?思い出せ俺……そして朧気ながら頭に浮かぶのは、前世で見た映像。ジョギングする親の後をついて走り、障害物で自動停止するハイテクベビーカーや、自動停止装置の特許をとった中学生の話……違うそうじゃない、もっと古いこの世界に合いそうな……ちゃんは刺客ぞ……いや、古すぎる。もう少し、新しい感じの……坂道を疾走するベビーカー、母親が叫ぶが、やがて交差点が見えダンプカーが……いや、大丈夫、ここは平野だからあんな坂は無い。しかし……。
そして、じっくり考えて俺の出した結論は。
「………だめだな、そういうことなら譲れない」
「む、なぜだ、技術制限か」
「いや、カート使用時に起こる、様々な可能性を考慮した結果だ。あのカートは店内用であって、外で使うには危険すぎる」
「……そうか?俺には何が危険なのか分からんが、しかし危険だと言われては仕方がないな」
「いや、ショッピングカートは駄目だが、代わりになるものを作ろうじゃないか」
「おお、期待して良いのか」
「任せろ」
俺がショッピングカートを、外で使用した場合に感じた危険は、カートの重さ、車輪の大きさ、重心バランスの三点による事故だ。中でも最大の危険は車輪サイズと構造だな。これはベビーカー(和製英語)などに限らず、折りたたみ自転車や小型自転車ど、前輪の経が小さく重心が高い自転車にも言える事だ。自転車など前転して頭から地面に着地する恐れがある。
「先ず、店のショッピングカートは、店舗内のフラットな床で使うものだが、これを外で使うと段差や地面の溝などで、簡単に前輪を取られてしまう」
ベビーカーや、お年寄り用の椅子兼用カートの車輪を見ると、その多くがダブルタイヤになっている。製品によって差はあるが、二本のタイヤを並べることで、車輪が道路の隙間などに落ち無いようにする工夫だ。同時に太い一輪タイヤではなく、細いダブルタイヤにすることで、直進性と曲がりやすさを生み出している。
「ほう確かにそうだな、しかしそれなら、シングルタイヤの製品があるのはなぜだ」
モーブは店にあった、お年寄り用のショッピングカートを見比べて言う。
「それは重心のバランスや、重量の差だな。前輪が溝にハマったり段差で進めなくなったりした場合、持ち手を引き下げて、前輪を浮かすことで脱出や乗り越えができるわけだが、低重心で確りした作りのものは、持ち手とのバランス的にも、前輪を上げにくい。店のカートが段差に当たったとき、容易く前輪を上げて回避できると思うか?」
「……できそうな気もするが?」
「自分を基準に考えるなよ、モーナの場合で考えろ」
「………むむ……お⁈ 押してだめならと、前に回ってカートを持ち上げて、引いて乗り越えたぞ」
「無駄な想像力を、働かせてんじゃねえよ、そこは素直に、難しいなら諦めろと言っとけ」
そんな解決方法を求めてるわけじゃないんだよ。
「……おい、諦めろと言ったら、喧嘩になったぞ」
「だから無駄にリアルな想像するなよ」
「まあ言わんとすることは、理解した」
「そうか、それは何よりだよ。ま、俺としてはベビーカーなら、お年寄りカートの改造か、一輪車のタイヤを使ってアルミフレームで作製するかの二択だな」
「良いものを、作ってくれ」
「いや、作るとは言ったが、お前は全く作る気が無いのかよ。……今、子供はどうやって寝かせてるんだ」
「大きめの籠に、布団を入れて寝かせているぞ」
「ふむ、寝かせる時は頭を上にして、体を丸めるような感じで寝かせると、良いらしいいぞ」
「何、そうなのか⁈」
「あくまでも、前世での知識だが、平らな布団に寝かせると、頭の重さで絶壁頭や横向きの歪みが生じやすい。それと乳児の頃は、母親の体内にいた時のような、丸まった姿勢でいる方が背骨には良いと聞いたな。だからな地面と平行ではなく、背もたれにもたれるような寝姿が良いらしいぞ」
日本の農村では昔、嬰児籠という、籠のようなものに、乳幼児を入れていた。地域によって呼び方は違うが、藁や竹で編んだ物や木製の物があり、中には灰や藁や、い草の敷物がしかれた。その上に乳幼児が入れられ、周囲に布団等を詰めて、固定していたという。極端な例えをすれば、浮遊ポッドに収まったフリー○様のような感じだ。灰が入れてあるのは、尿や排便を吸わせるためで、これには衛生面や身動きできないことによる下半身の発達阻害などの問題があり、現在この習慣が残っている地域はない。ただ、最近の研究では乳幼児が寝る姿勢としては、理想的な状態だったという説がある。まあ、それでもデメリットが上回ったから、無くなったのだろうな。
「今一つわからん。リクライニングソファーのような、感じがいいのか?」
「う〜ん、布製の背もたれ付きアウトドアチェアに、寝そべっているような感じかな」
「なんとなく分かってきた」
「後は、その椅子に日除けや虫よけとか、付けてやると良いな」
「おお、それは必要だな。じゃあこの老人カートを改造するか」
「少し持ち手を斜めにして、後方と言うか自分側に、突き出した方がいいな」
「そうだな、その方が段差などでの操作性がいいな」
「ベッドタイプは頭が前方で、押し手と対面になるのが多いが、どうする?」
「対面は子供の様子が見えていいが、前輪が見えにくいな」
「多少車幅がますが、前輪を少し横へ出すか」
「ゴムタイヤの方がクッションがいいな」
「農業用カートのタイヤを合わせるか」
「大きいタイヤだと左右に振りにくいぞ、曲がるときどうするんだ」
「気持ち前輪を浮かすことで、進行方向を変えるか、後輪にステアリングをつけるかだな」
「後輪にか?」
「前に背もたれをつければ、重心が前に寄るから、後輪ステアリングの方が操作しやすいぞ」
「万が一に備えて、ブレーキを付けられないか?」
「傾斜地はほとんど無いが、ベビーカーを放している時は、ブレーキがかかるようにしよう。台車用のハンドブレーキを参考にすれば、どうにかなるだろ」
台車のハンドブレーキは、自転車のブレーキと逆で、普段は握っていて、ブレーキを放した時に、タイヤに抵抗がかかるようになっているからな。
「ライトは付かないのか」
「……それは、オプションにしよう。安全を考えると電灯か魔道具の明かりだ、高価すぎる」
ライト目当てに盗まれかねない。
「日除けもいいが、雨よけも必要だろう」
「ならば、フードに防水布を使おう」
「ケント、電動アシストは付けてくれないのか」
「必要無いだろ。というか、ベビーカー押してどこまで行くんだよ」
「バックミラーは?」
「……押し手用はオプション装備にするが、子供には不要だろ」
「冷暖房……」
「服と布で対応しろ」
「買い物用に収納を……」
「小さなかごと、フックをつける。大きな物は魔法の袋を使え」
「悪路や水たまり対策は?」
「……極小の浮遊石で、必要に応じ少しだけ、浮けるようにしておこう」
「飲み物や食料が必要ではないか?」
「ミルクと哺乳瓶とお湯か?だが、小さな魔法の袋でも盗まれるぞ」
「これ用に特化したらどうだ」
「なら、水と粉を入れるとミルクになる魔道具にしよう。特化したら盗む意味もないだろ」
ジュースサーバーのようなものだが、乳児用ミルク以外作れないようにしてしまおう。
「外敵から守る仕組みは付けられないか」
「物理的なバリアは無理だぞ」
「馬車や走ってきた自転車や人との事故が心配だ」
「それは、道路の法整備で対応しよう。絶対とは言えないが、やらないよりはましだろう。後は、フレームを魔法で強化してもらい、投げ出し防止の安全帯かな。毛布のような、柔らかい布で、シートに固定するか。マジックテープなら、外すのも楽だろう」
「シートベルトか、ぶつかって投げ出されたら怪我をしてしまうから、シートベルトは必要だな」
「ついでに母子手帳や定期検診、子供の診療費支援や無償化の、法整備も検討しよう」
そして、後にこのベビーカーは王命で、ほぼそのままの性能の物が、安価で販売された。
最初は、あまり関心を持たれなかったベビーカーだが、公王に親しいモーナがベビーカーを押す姿が目撃されると、他の母親たちの間で話題となり、その隠された機能も知られていく。
曰く、倒れそうになったのに元に戻った。その動きはまるで浮いているようだった。
曰く、馬車にぶつかって、跳ね飛ばされたが、フレームは全く壊れず子供も無傷であった。
曰く、乳の出が悪く困っていたが、母子ともにミルクに救われた。
そして、ベビーカーは輸出制限されることもなく、遠く海を超えた地にまで届く。そして、世界は驚愕する。赤ん坊を乗せるためだけに作られた、そのベビーカーには、高い金属加工技術や素材すらもわからない織物の技術、そしてそれらと対極にあるような、魔道具という技術が、ごく当たり前に使われていた。
そして、公国の隣では。
「陛下、公国よりけ、いえ、失礼いたしました。贈り物をいただきました」
「そうか、それで贈り物とは?」
国王は苦笑を耐えながら部下に尋ねる。他国から贈られた物を献上品などと、言っていたのは、過去の事だ。
「は、赤子を乗せて運ぶベビーカーという物との事です」
「また、随分と予想外な贈り物だな」
「はい、公国で子育てする親の負担を減らすために、製造販売を始めたとか。今回の物は、試供品なので、気に入ったら買ってくれとの事です」
「なるほど、それでどうなのだ?」
買ってくれと、言うのは冗談なのか気遣いなのか。公国が金に困っているなど、ありえんだろうからな、恐らく欲しければ、我が国に売ってくれると、言う意味だろう。
「値段は、ソコソコですが、旧帝国時代なら、庶民にも十分買える値段です。ですが、わかっているだけでも、2つの魔道具が組み込まれ、製造技術も極めて高度。旧帝国であっても、国宝級かと……詳細はこちらの紙に」
私は渡された紙に目を通す。公国製品は相変わらずデタラメだな。
「…………なるほど、読めたぞ。公王は、私を試した様だな。それは、国宝級でもなんでもない、だだの道具に過ぎん。それを宝だといえば、我が国は旧帝国と何ら変わらん」
「何故でしょう?」
「わからんか?それを国宝にするような国だったから、帝国は滅びたのだよ。勘違いしてはならん、それは道具、国宝を守り育てるための道具、公王は、子供こそが国の宝だと言っているのだ」
だが、その頃。
「おい、お館様よ。技術制限はどこ行った?一見、軍事には無関係だし、平和的で仮に無くなっても、大きく生活に響くものでは無い。性能は落ちるが模倣品も作れるだろう。だが、このベビーカーとやらは、ハイテク過ぎじゃろうが⁈アルミフレームにゴムタイヤ、ビニルシートに、組み立てにはボルトナットや接着剤を使い、専用魔道具まで組み込んだら、古代遺物並みじゃぞ、それを量産して安価で販売とか、ありえんじゃろが‼」
奈良健人は、珍しくドルトンから怒られていた。
無論、外に売ったのは“ベビー用品だから、規制をゆるくした”という前世の感覚に基づく、安易な考えによるものなので、怒られても仕方がない。ドルトンは技術部門のトップなので、そうした事には責任がある立場なので、きちんと守ってきていたし、部下へも指導してきた。だから、自分に声がかからなかったから、という理由で怒っているわけではないのだ。
たぶん。
次回予告
畑を作ります




