115 急ぎすぎた缶詰
「先ずは、店の鉄板をローラーにかけ、薄く伸ばす」
コンベアで運ばれた鉄板が、魔力鋳造した何組ものローラーの隙間に通され、圧延されて薄くなっていく。動力はいくつもの歯車に組み合わされたクランクを回す、黒髪の青年だ。
「一番薄い板の厚みは0.2ミリまで伸ばす予定だ」
ガコン!
シャーリングという切断機、でサイズを切りそろえ、長方形の板を作り別途プレス機で、丸く型抜きしたパーツも作る。
「プレス機を使って鉄板を筒型に丸め、2重巻きしめで接合。外側をハンダ付けする。
2重巻きしめとは、鉄板同士を重ねて折り返してつなぐ技術だ。簡単に再現するなら……龍雄、指ずもうの形を作るから手を出せ。……握り込むなよ、俺の指が潰れるからな、振りじゃねえぞ、力入れんなよ、振りじゃねえぞ。こうして、指が噛み合ったような状態が、ほぼ2重巻きしめだ」
「なるほど」
「この筒の両端に丸い蓋を、付けると缶詰になるが、このままではすぐに缶が錆びてしまう」
「ふむ。鉄じゃからな」
「これを解消するための技術が、鍍で、鍍金ともいう。特に水に対して効果のあるめっきが、錫を使ったもので、鉄板に錫めっきしたものをブリキという」
「へ〜」
時は1804年、ローマ戦線を東奔西走していたナポレオンは、軍の士気を高めるべく栄養があって新鮮で保存の効く食料貯蔵方法を、懸賞金付きで募集した。そして、その募集によって缶詰めの原型となる、加熱殺菌をされた保存用瓶詰めが生まれた。そして、その6年後にイギリス人商人によって、瓶詰め容器をブリキ缶にすることが考案され、ヴィクトリア女王時代の重要産業へと発展する。日本では遅れること60年余の1871年にフランス人宣教師から缶詰の製法が伝授され、缶詰の機械と缶(成形済み)が輸入され、缶詰の作成が始まる。そして、1917年に缶詰の缶を作る工場が日本に誕生し、漸く国産の缶による缶詰が作られるようになった。
「スチール缶てブリキ缶だったんですか?」
「現在のスチール缶は内側を、エポキシ樹脂などで塗装しているので、ブリキの錫めっきだけで、保たせているわけではないけどな」
「ですよね、ブリキっていえば昭和のおもちゃの素材で、もう使われてないですよね」
「んな事ねえよ、今でもスチールバケツや一斗缶や、保存容器などで、使われてんぞ。学校にスチールバケツやチリトリがあっただろ」
「え〜あったかなあ?」
龍雄が疑惑の目を向けてくるが、本当にこいつの日本と、俺の日本は違う日本なのかもしれないな。
「とりあえず、龍雄は機械の動力だから、機械動かして加工してくれ。ドルトンにはメッキの仕方を説明する」
「まるで強制労働させられる奴隷みたいだ、後でちゃんと報酬くださいよ」
「ドルトン、龍雄に変わる動力源を、エンジンでも水車でもいから、何か考えてくれ」
「分かった手配しておこう」
「ところで自転車はどうだ」
「試作品はできた。わしも実際乗ってまあまあだ。今は各部品に応じて、分業する手配をしている。近いうちに発売できるじゃろ」
「値段はどのくらいになる」
「初期生産分はチト高いぞ。20万ぐらいにはなるじゃろ」
「店の物と比較すると、あまりに高いな」
「分業が進めば、生産効率も上がる。そのうち半値ほどにはできるじゃろ。それに比較対象の馬に比べたら遥かに安いぞ」
「ちなみに馬の値段は?」
「そうさの、貴族用なら150万、商人が使っているもでも、軽く80万を超えるぞ」
軽自動車ぐらいはするんだな。
「農家や小規模行商のものは?」
「元は捕獲した野生の馬とかじゃろうな。馬車などの荷を引く馬が輓馬で、荷を背に乗せて運ぶ馬を駄馬というのじゃが、優秀な輓馬として育てるには、血統と適切な飼育が必要じゃから金がかかる。野生の馬を飼いならしたところで、農家などで酷使されれば遠からず弱体化する。まあそれでも運良く繁殖できれば、子供は30万以上にはなる。駄馬と言っても人間の何倍も力があるから、農耕や輸送にも使えんことは無いからな」
「なるほどな、アーキンドが自転車を、使いたがるわけだ」
初期費用も維持費も圧倒的に自転車が安いわけだからな。
「ところで今回店の鉄板を使った理由は?」
「単純に製造工程を省いた。本来は高炉で作った1500度を超える溶けた鋼を、1200度ほどに冷却し、これをローラーに掛けて一気に伸ばす、熱間圧延で鋼の板を作り、これを今回のような冷間圧延(冷却ではなく常温で伸ばす)して、硬度を増しながら薄くするわけだ」
「あの鉄板は鋼ではなかろう」
「そうだな、まあ今回は試作品だし、店にあるような前世の缶詰がいきなり作れるわけがないから、前世の初期型缶詰程度の製品が作れれば良いと思うんだ」
「まあそうじゃな」
「それに、実際どのくらい保存できるか、調べなきゃいけないから、販売開始は半年以上先だな」
話をしながら移動し、メッキ装置の実験場に行く。
「ブリキのめっきには、代表的な2つの方法があって、電気めっきと溶融めっきという。前世の工業技術では電気めっきが大半だったが、少々問題があるので溶融めっきで、めっきしようと思う」
「問題とは?」
「公害だな。これが簡単なめっき道具だ。まず電気めっきに使う電源で、今回は乾電池を使う。次にめっきする金属の板と錫の素で、これは錫と鉛の化合物であるハンダだな。そしてこれらを浸す液体で、トイレ洗剤のヨンポールだ」
「……なるほど、今の技術では、この時点で大量生産は、無理じゃな」
「そうだな、めっきには酸性液が必要だが、それをトイレ用洗剤で代用している。当然、店にしか存在しないし生産は無理だ。その上、危険な薬品なので取扱と廃液の処理が面倒だ」
母材にマイナス、錫にプラスからのコードをつけて、希釈したヨンポール液に沈めて電気を流せば、錫が溶けて、金属の表面に錫の膜ができるわけだが、液の中に溶けた鉛が残るし、廃棄物のことを抜きにしても、大規模になんてできやしない。
「もう一つの方法は?」
「もう一つは、純度の高い錫を溶かした中に、めっきしたいものを浸けてめっきする溶融めっきだ」
溶融めっきとはドブづけとも言われ、錫の場合は融点が232℃と低いことから、母材の金属を傷めない上に、公害となりうる薬品を使用しないという利点がある。欠点はそのめっき方法故に均一なめっき仕上げが難しかったのだが、近年ではエアーナイフによるめっき厚調整にホットエアーを使うことで、電気めっきと同等の仕上がりが可能になったそうだ。
だがまあ、そんな技術はないし缶詰なので、多少厚くても腐食に強いほうがいいだろう。
「高純度の錫はあるのか」
「ああ、先日ノッカーが仕事を求めて来たんで、鉱石を探すように頼んだら、見つけてくれたよ」
「ほう、あ奴らも少しは役に立つんじゃな」
「鉱脈が見つかれば、融点が低いから、鉱石からの抽出は楽だろう」
「そうじゃな、それでめっきが出来たとして、どうやって閉じるんじゃ」
「底と蓋の取り付けも、2重巻しめだな。一応構造を解説した資料はあるから、それを参考に機械を作って欲しい。それと、筒の側面の接合部だが、昔はハンダで中外から閉じたようなんだ。しかし、ハンダには鉛が含まれているから、中には使いたくない。外側だけでなんとかしてくれ」
「近年はどうやっとった」
「接着剤を経て、最新の方法は溶接だな」
「魔力で溶接しても良ければ、どうとでもなるが、量産はできんな」
「そうなるとプレスで、底と一体の円筒を作るしかないが、機械がなあ」
底が一体のものは、いわゆる2ピース缶だな。これは絞り機で作る。先ず鉄板をプレスで、打ち抜いて浅い円筒を作る。円筒の中に入る棒と円筒の外周ギリギリの受けを使って、円筒を突いて伸ばす。……あれだな全く違うけど、靴下を履くときに似てるかな?あるいはナニにゴムをつける時?
まあそんな機械なんぞ作れんな。
「それと、一つ気になるんじゃが、缶詰を外に売ると、缶を再利用するやつが出るぞ」
「再利用?」
「例えばカップや鍋に使うとかだな」
「それはまずいな、カップは衛生の問題だから、気を配るかもしれないが、鍋に使われて直火焼きされたら、ハンダが溶けて事故や健康被害になりかねん」
現代の缶詰はハンダで、接着していないので鉛は含まれていないが、今から作るものには外側だけとはいえハンダを使う。鉛の融点は327℃で錫は232℃、この二つの合金であるハンダの融点は184℃だ、合金になると融点が下がるので、過熱しすぎれば最初にハンダが溶ける。自然界にあるスズは人体に害がないとされているが、鉛は当然害になる。それにハンダがとれれば、側面の巻きしめが緩んで、缶がバラける恐れもある。いや、それ以上に未開封で加熱されたら、爆発する恐れがあるな。
「そもそも、なぜ缶詰を作る?店の缶詰を売るのと何が違う?そして何故、魔法以外の技術にこだわるんじゃ?」
「缶詰を作る理由は、各地の産物に応じた缶詰が作成できれば、その地で新しい産業になるからだな。そして魔法を使わない理由は、魔法に頼りすぎた結果、魔法を持たない人族が、立ち行かなくなった過去があるからだ。旧帝国を見てみろ、昔は大帝国を作れる素地があったのに、借り物の力に頼った挙げ句、今じゃ農作物の育て方すら、分からないんだぞ。そして、俺の店も同じだ、わけのわからん神がかった力は、それは便利でいいが、それが無くなったら滅んだり、それがなければ何もできないような国には、したくないんだよ。エルフやドワーフは独自の技術があるから、隠れ住んでもそれなりに暮らせるが、他の種族はまた原始生活に戻りかねない」
「そうか、以前から店の存続を、危惧していたのもそのためか。じゃが、そんなに急には技術は身につかんし、電気めっきのような理屈も分からん物は、結局借り物だぞ。焦ったところで、急には身につかん。何事も焦らずゆっくりじゃ」
……確かにドルトンの言う通りだな。
「すまない。少し焦りすぎていたかもしれない。だがまあ、折角設備したんだ、缶詰ではなく、缶入からやっていきたいと思う」
「どう違う?」
「缶詰は、汁物。缶入りは乾燥した物を保存する容器。アメとか煎餅やクッキーなどを、入れるのに使う、蓋の付いたブリキの入れ物かな。後は、ブリキのバケツとかも店にあったかな」
戦時中の子供を描いた、あのアニメに登場した、ドロップスの缶や肝油の缶など、日本でも古くからあったな。贈答用の煎餅なども、蓋付きの大きな缶に入ったものがあるし、コーヒーや茶葉の保存容器としての歴史も長いな、そう考えると無理に食品缶詰を作らなくても、工業技術にはつながるな。
「なるほどな、そっちの方が楽に出来そうじゃし、正しく入れ物として普及しそうじゃな。それに、あのバケツのような板が出来るなら、わしも作ってみたい物がある」
「何を作るんだ」
「今ある物の改良じゃな、このピカピカな表面を組み合わせれば、性能が上がるはずじゃ」
玩具の何とかは、中身を知らないけど、たぶん汁物ではないと思いますし、乾パンなども汁物ではないので、汁物ではない缶詰もあります。
最後にドルトンが言ったのは、がん灯の改良です。軽量化と反射効率の向上を、考えたようです。
次回予告
モーブ一家の、悩みから〇〇車を作る事に。




