113 夜の街角に灯る明かり(前)
「う~さみい。何か温かいもの食いてえなあ」
「つっても、もうどこの店も閉まってるし、宿も飯はもう終わりだろ」
「あ~もう遅いからな。暖炉がついてりゃ、湯ぐらいはもらえるかな?」
俺たちは暗い夜道を宿に向かって歩く。
俺たちはしばらく前に、南町に移り住んだ冒険者だ。最近ダンジョンに入る資格を得て、ダンジョンで稼いでいたんだが、このダンジョンってやつは、町で管理されていて、ダンジョンに入る資格を維持するためには、定期的に外の仕事もこなさなきゃいけねえ。正直面倒だが、ダンジョンでの稼ぎを考えたら、面倒だろうが何だろうが、義務はこなさなきゃいけねえ。だが、今日はちと帰ってきた時間が遅かった。門衛が街に入れてくれたのはありがたいが、飯が食えねえのは少しきつい。
「そうだな、それくらいは……ん、なんだあの明かりは」
「どこだ?」
「あの左の路地わき。何か馬車みたいなのが……」
「お、あれはもしかして、焼き芋屋か?」
「形は違うが、なにか似た感じだな」
「よし、芋でもいいや、行こう」
「だな」
俺たちは道端の屋台へと歩いていく。
「焼き芋売ってたら、二つくれないか」
「すいません。うちは汁物屋なんで、焼き芋はないんですよ」
店主らしき、鉢巻を巻いた美形の男が、屋台の向こうから言葉を返す。
「汁物?」
「そこに貼ってある絵の料理ですよ、寒い日にピッタリ何でいかがですか」
「絵?お、なんだこの絵、すげえ上手く描けてんな」
「へえ、汁物か。大げさに描いてあっても、温かいもんなら悪くないな」
ランプで照らされた、屋台の壁面に精緻な絵が張ってある。凄いな、こんな絵は始めてみたぜ。
だが、確かにこの絵は大げさだろうな。だってこんなに具沢山の汁物なんて、見たことがない。
「なら、二杯頼む」
「はい。……すいとん二杯お待ちどうさまです」
「デカ!」
「すげえ、野菜がいっぱい入ってんな」
「肉も入ってるぞ」
「…うまいな、この白くてもちもちしたのも良い。これはなんだ、米か?」
「それは小麦を練ったものですよ」
「へ~~、パンとスープって考えたら、めし屋より安いな」
「冷で一杯もらえるか」
「こっちは熱燗で」
俺たちが食べ始めたとき他の客から注文があった。
客の前に木製の箱に入ったグラスが置かれ、グラスに酒が注がれる。おい、こぼれてるぞ。客は箱を左手で持ち上げ、更に右手でグラスをとり、一口のむ。そして、頃合いをみて、箱の酒をグラス戻し入れた。
そして、俺たちの様子に気がついた店主が言った。
「お酒もありますよ」
「ひ、ひやで」
「熱燗」
「はい、これで一杯分です」
なんだろう、大きなグラスを使えば済むのだろうけど、こぼれた酒がなぜか得した気分にさせるな。
「気にいった、また寄らせてもらうよ」
「毎晩この辺りでやってますので、是非またおこしください」
数日前。
「この長くて太くて硬いけど、適度なしなりのあるこれが、重要なんだ。これをこうして…」
手に持った物を示しながら、俺はそれを股に挟んだり足をかけたりして、使い方を実演して見せる。仕事を求める多くの、年老いた男たちを見回しその反応を見る。…いや、一見して老人と分かるのはオークだけだな。見回す先には多くのオーク老人と、年齢不詳の髭面ドワーフや見た目老化しないエルフなどが居る。
「そ、そんな恥ずかしい恰好、無理です」
「なるほど、これは俺たちオーク向きだ」
「ドワーフには、ちとキツイな。まあ手でやれば良いか」
「人族の技法ならエルフでも問題ありません」
最初に声を上げた、人物以外はだいたい好意的だな。外見からは判別できなかったが、女性のデュラハンだったようだ。ドワーフは足が短く跨げないから、手で押せばいいという感じか。まあそれでも打てるから問題はないな。
「これは、前世で俺が好んでいた、ラーメンの製法だ。是非この世界で普及したい」
「健人さんの地元って、これの産地と抗争中ですよね、食べてたんですか?」
「そうだよ、北関東3県は抗争中だよ。でもそれは表向きだよ」
今日も冷やかしに来ていた龍雄が、疑問の声を上げる。この世界には関係ない話だが、確かに北関東の対立は有名だった。
「え、表向きって、実際は違うと?」
「歴史的にも抗争は絶えなかったが、3県+彩の国の計4県が接しているその辺りは、どこも中央(県庁)から遠く離れた辺境の扱いだ。都から田舎扱いされる、北関東の中の辺境だぞ、自然、方言の壁を超えて、辺境同士でつるんで商圏が構築された。遠くの親戚より近くの他人。中央の奴らがどう考えていたか知らんが、普通に交流があったし、ラーメンだって、焼きまんじゅうだって普通に流通していたぞ」
一時は辺境連合や独立の話まで囁かれていたしな。
「知らなかった…と言うか、その日本は俺のいた日本と同じ日本なんですかね」
「さあ?歴代総理の名前でも並べてみるか?正直俺も順番とか、ろくに覚えてないけどな」
話が脱線したが、長くて太くて硬くて適度にしなる、青竹を使った青竹打ちラーメンの説明を続ける。
「この竹を使って麺を打つんだ。専用の麺打ち台には竹を引っ掛ける出っ張りがあり、そこを支点に台と竹で麺を挟んで加圧する。この時、麺打ち台から突き出た竹に、片足を掛けて膝裏や股間で竹を保持して、そのままケンケンやシーソーのように、小さく飛び跳ねて移動しながら伸ばしていく。だが職人によっては、足を使わず両手で構えて体重を乗せることで、打ち上げる場合もある」
青竹打ちとは言うが、手打ち麺とはあまり言わないし、店で打っているのを見せる場合も、足で加圧することが多いけどな。
「竹で伸ばして、粉打ちしながら折り返して伸ばしていく、麺を打つ場合、普通は水分が30%程だが、この青竹打ちは多加水で打てるため、水分が50%も含まれる。青竹打ちの麺には気泡が多くありこれが、コシを与えてくれるし、麺の太さが不揃いだからこその食感も魅力だ。スープは鳥ガラや獣系が使われることが多いが、特にこだわるものではない。具はチャーシューと白髪ネギなどだが、麺とスープと具材の組み合わせは、各店の裁量に任せる」
「具材というのはそんなに色々あるのですか」
「何を乗せるのも自由だが、簡単な物ではゆで卵や野菜炒め、大量のモヤシやチャーシュー、エビやカニ等もあるな」
海苔やメンマがないから作りたいが、どちらも手間がかかるから直ぐには無理だ。メンマは麻竹を発酵させて乾燥して塩漬けして、更に塩抜きするんだっけかな。因みにメンマのことを志那竹とも言うが、どちらも日本独自の呼び方で、シナチクの呼称に対して台湾政府より抗議を受けたため、新たにメンマという名称をつけた。シナという呼び方が、いつからあるのか分かっていないが、元は欧州における中華文明の総称だったらしい。こうした名称は、発見者が勝手につけることが多いため、時折混乱を招く。まあ、前世の話はどうでもいいな。だが、あのラーメンをこの世界に広めるに当たり、俺はあえて地名を付けないことにした。何故なら、あのラーメンがこの世界初の生ラーメン、つまりはラーメンの祖となる以上、そこからの発展と変化は避けられない。むしろ多様性を示す事で、前世日本のような食文化が生まれるかもしれないと期待するが、名前だけは変える必要がある。俺にとっては前世で食べた物が、あのラーメンであって、改変されたものを、あのラーメンとは呼びたくないのだ。
「先の話になるが席を用意して、ラーメンを提供する場合は、屋台だけでなく席も、通行の妨げにならないように、注意して営業すること。止む終えずどんぶりを再利用する際はきちんと洗うこと」
魔法の袋やゲートを使えば、屋台の許容量を遥かに超える食材と食器が用意できる。日本じゃ洗うための水桶を使ったり、近くの水道を借りたりなどしたようだが、食器の数さえ揃えれば屋台は料理の提供に専念し、営業中に洗う必要はない。大規模になれば、調理も別の場所で行い屋台は、料理の提供だけという事もできる。まあそれは風情がない気はするが。
「さて、ラーメンのついでに他の物も、やっとこうか。ラーメン同様に小麦粉を使うが、かん水を使わないうどんと、水団だ」
この世界では、木製の食器や土器、陶器のような器とスプーンは存在したが、どんぶりや、三つ叉以上のフォークが無いため、うどんやそばのような、汁に浸った長い食べ物もなかった。店のカップ麺などは、俺の街のなかでこそ食べられたが、インスタント麺の製法は不明だし、小麦粉もなかった。外から小麦粉や小麦を買い込み、パン以外に使えるだけの余裕ができて、やっと普及できるようになった。
「うどんというのは、小麦粉に塩を加えて練ったものを、伸ばして切ったものだが、すいとんはその簡易版だな。うどん同様にしっかり練り上げ、麺にする作業のみを省略し、手で千切ってスープに落とすものや、ゆるめに練ってスプーンですくって、鍋に落として、茹でるなどする料理だ。別途お湯を用意して、すいとんだけ煮るとスープが濁らないが、栄養を考えれば一緒に煮込んでしまったほうがロスがないな」
日本では室町時代の書物から、すいとんの記述が見つかっている。すいとんは庶民の味として昔から食べられていたが、うどんに押されるように、姿を消していった。本来は麺ではないうどんのような食べ物だったが、ある時期を境にすいとんのイメージが最悪の食べ物に変わった。それは、戦時中に食されたすいとんもどきだ。食糧不足の中で食べられたすいとんは、まず粉が粗悪で、ふすまなど混ぜ物も多く、野菜や調味料も不足しており、汁も不味い。更に燃料不足で生煮えという、最悪の代物だったそうだ。それ故に戦後数十年経ってもすいとんは不味いというイメージが根強かった。
「あ、そうそう。ラーメンの茹で湯は、絶対にスープには利用しないこと。あと、ラーメン茹でた湯でうどんを茹でないこと。これはラーメンに使うかん水が、湯に溶け出しているからだ。ラーメンの麺に残るかん水程度問題ないが、何杯分も茹でて濃縮された茹で汁は、不味いし体にも良くない。そして、その湯でうどんを茹でると、かん水の作用でうどんの表面が溶けて、うどんがまずくなってしまうからな」
かん水とは、海水を濃縮したもので、塩分の強いアルカリ水だ。現代ではアルカリ性の合成かん水を使い、これは重曹とほぼ同じものになる。重曹はケーキのふくらし粉や炭酸水などにも利用される安全なものだが、これは用法容量を守ってと、言うたぐいのものだ。ラーメンを茹でる場合などは、麺から抜け出たかん水が、茹で湯の中で濃縮されるので、茹で湯が安全である保証はない。
ラーメン屋等では、適度に湯を交換するのだろうが、基本的に茹で湯は、茹で湯以外に転用するべきではない。日本蕎麦であれば、蕎麦つゆに、濃縮された蕎麦湯を入れて飲む習慣があるが、これは蕎麦の香りや、そば粉の栄養を得るためと言われ、ラーメンの茹で湯で同じことをした場合、不味い上に体にとって害にしかならないと言える。
「ラーメンは難しいですが、すいとんなら、直ぐお店が開けそうです」
「自信があるなら申し出てくれ、屋台の代金は分割払いでいいぞ」
さて、次の屋台は何にしようかな。
日本酒の一杯は一合ですが、酒は温めると膨張するので、一合のおちょうしには、一合の燗酒は入りません。
作中のグラス+升のもっきりスタイルは、グラスが上げ底なので升に溢れたぶんを入れて一合です。
グラスと皿の場合は、グラスで一合入るため溢れた分は+αのサービスといわれてます。
ただし、必ずしもグラスに一合入るとは限りませんが。
次回予告。
114 夜の街角に灯る明かり(後)




