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110 あえて言おう!カスではないと!

「やっぱりお鍋は良いわね」


寒い日が続くある夜、鍋を食べながらレオノールがふと呟いた。


「ん、どうした」

「私の後に妊娠したこが居るのだけど、悪阻であまり食べられないらしいの。食事の用意も大変だから、旦那さんがお鍋をよく作るらしいのだけど、お肉とか重いらしいのよね」

「そうか〜、湯豆腐だったらあっさりしてるし、食べやすいかもなあ」

「湯豆腐って、なあに?」

「ん〜大豆を潰して絞った汁を固めたものの鍋かな。全く歯ごたえの無いものから、硬いものまで色々あるね、それを鍋のメインにした物が湯豆腐なんだ」

「大豆で作れるなら、後で作り方を教えて」

「いや、にがりが必要だから…そうか、ダンジョンの海から塩や、にがりを取れば、豆腐も作れるな。分かった豆腐を作ってみるよ」


「というわけで、にがりをとって豆腐を作りたい」

「いや、よくわかりません」

「むう、今まで大体これで話が通じていたんだが」

「察しが悪くて、すみません。今回、黒足さんじゃなく、私たちを呼ばれた理由を、説明願います」


ダンジョンの海辺に集めた海パン姿のエルフ達に、いつも通りの感じで説明したらガイアンにダメ出しされた。


「大豆を固めて豆腐を作るためには、凝固剤になるものが必要になるんだが、それは海水から取れるんだ」

「なるほど」

「にがりは、簡単に言うと海水を熱して、塩を作る際に得られる副産物で海水の…いや、あえて言おう!カスではないと!」

「なぜ、そこを力説されているのか分かりませんが、塩は岩塩から得られるのでは無いのですか?」

「いや、海水からも作れるぞ。製法は大きく分けて二種類、海水を煮て作るせんごう塩と、天日で干して作る天日塩だ」


一般に岩塩や天日塩は煎ごう塩に比べて、ミネラルが多いとおもわれがちだがそんなことはない。そもそも岩塩と言うのは塩の結晶で、ミネラルはほぼゼロだ。天日塩はミネラルが、残るが、火を入れて作る煎ごう塩でも、製造過程でミネラルの調整は可能である。その上塩は砂糖と違って、ミネラルが含まれていても、白い結晶になるので、色付きの天然塩は本来無いのだ。煎ごう塩の一種である藻塩は色がついているが、これは独特の製法で海藻の旨味成分を塩に移している、いわばダシ入りの塩だ。岩塩は石炭のように採掘して、加工したものなので、当然、採掘過程で泥や鉱物が付着する。したがって一度溶かして不純物を取り除いて再結晶化するなどの、加工がされる。もしも天然無加工の塩に色がついているならば、泥や鉱物などが混ざったものなので、たとえ味が良かったとしても、安全とは限らない。


「なるほど、それでエルフを集められた理由は?」


俺はポンとガイアンの肩を叩き、言った。


「他の種族は割と忙しいんだよ。それと火魔法で加熱を頼む」


ドワーフは帝国に行ったときに、長時間労働させたから、今は休みを取っている者が多い。コボルトは火の適性が無いので、普通に薪を使わねばならないし彼らもソコソコ忙しかったが、エルフは割と…暇そうだった。


「う、まあ確かに準備段階では、行進練習しかしてませんけど…」

「それと、失敗した場合は魔道具で強引に成分を抽出しようと思うので、魔力供給を頼む」


にがりの主成分は塩化マグネシウムだ。最近はスーパーでも、にがりが手に入るが、大量に欲しい場合や、海外で豆腐を作りたければ、塩化マグネシウムを入手する手もある。日本では塩化マグネシウム(にがり)のように表記して販売が許可されている。海外ではエプソムソルトという硫酸マグネシウムを利用する話があるが、エプソムソルトは入浴剤として普及している物で、飲用するなら品質には注意すべきだろう。硫酸マグネシウムと塩化マグネシウムはどちらも多量に摂取すると、下痢を起こすのでその点も注意すべきだ。


「はあ。その豆腐と言うのは美味しいのですか」

「うまい不味いは個人の判断に任せるが、単体では基本的に豆の味だな。水分量で食感は変わるので、肉のように確りした物も作れる。まあとりあえず塩作りを頼む」


まず塩田のようなものを作る。


「砂浜に浅いプールを作って、海水を流し込む。これを火魔法と風魔法で蒸発させていき濃度を増していく。海水の塩分濃度は3%程だが、これを20%まで上げる」


この濃度の増した塩水をかん水という。中華麺で必要なかん水は、アルカリ性水溶液なので、塩分無しの重曹でも代用できるし、沖縄そばでは植物の灰汁を使用している。


「その濃度はどうやって調べるんです?」

「ざっくりした調べ方だが、海水を軽く濾して100グラム用意する。これを乾燥させて残った塩の重さでおよその濃度を推測する。乾燥具合で重さが変わるから、均一には測れないけど単なる目安だから大体でいいよ。あと、別の方法としては、海水を希釈すれば、店で売っている料理用塩分濃度計でも、はかることができるな」


「濃度を増した海水を煮ていくと、白いものが凝固してくる。この白いのは不純物だから、これを濾過して取り除き、再度加熱していくと塩が結晶になるはずなんだよ」


果たしてここからどのくらい加熱するのか…


「お館様、また固まってきました」

「できたのか?」


三時間ほど加熱したらまた結晶化して固まってきたらしい。コーヒー用のペーパーフィルタを出して、ドロドロの塩から水分を抜いていく。

滴り落ちた液を料理用、塩分計ではかる。


「おお、塩分がない。うまく行ってるっぽい」

「その、たれた液がにがりですか?」

「ああ、そうなる。たぶん豆腐はこのにがりで作れると思うんだが、ここで言っておくことがある。このにがりはひどく苦くて不味い。原液を舐めただけで吐き気を感じるほどらしいし、大量に飲むと命に関わる」

「「「え?」」」

「毒が薬になり、薬が毒になるようなものだ、きちんと知って正しく使わないといけないってことだな。こっちの塩もこのままだとにがりが残留しすぎているから、まだ手を加える。昔からの手法としては、ザルにあけてにがりを落として、数日乾燥させて一応の完成だ。一応というのは、高級な塩はこのあと“かます”という藁むしろの袋に入れて、何年も寝かす。この寝かす工程では空気中の水分を吸った塩から、にがりの成分が溶け出して、味が良くなるそうだ」

「今回はどうするんです?」

「店で塩を扱っているから、塩はすぐには必要ないし、両方やってみようと思うけど、その前ににがりで豆腐作りだな」



「さて、豆腐の材料ですが、大豆とにがりの、たった二つです」


3日後、我が家の厨房を使って、料理教室もどきが開催された。なぜこうなったかと言えば、ガイアンから『自分たちが聞いてもあまり意味がない』と言われたからだ。

そして、周囲に周知し希望者を募り、昨日諸々の準備を終えて、今日の開催となった。


「先ずは大豆を軽く洗って、水につけて戻します。これは時間がかかるので前日仕込んでくださいね。そして、戻したものがこちらです」


俺は、既に水で戻した大豆を見せる。


「次にこの大豆を潰します。すりこ木でも良いですが、大変なのでコレをドルトンに作ってもらいました」


ドンと手動式のミキサーをテーブルに置く。構造はいたって簡単で、ハンドルを回せばブレードが回るコーヒーミルのようなものだ。


「このガラスの筒に、豆を入れて蓋をして、ハンドルを回します」


グリグリグリグリ


「すると、どうでしょう」

「あら、これは便利ね」

「透明なガラスでなかが見えるのもいいですね」

「お館様、こんなガラスの筒ありましたっけ?」


レオーネさんとモーナがミキサーに感心し、黒足がミキサーの素材に目を止める。というか、君は、なぜ今日いるんだね?


「良いでしょこれ、いずれは販売されますよ。そんで黒足、これは酒瓶を加工した物だよ。切りたい場所に糸をぎっちり巻いて、そこにライターオイルを含ませて火をつけて、その後水に浸けると、糸のところでパキッと割れるんだが、その話はまた後な。そして、しっかりと豆を引いたら煮るわけですが、先に絞る布とにがりを用意しておきます」


「豆と同量の水を加えて、かき混ぜながら混ぜます。しっかり混ぜないと焦げますからね。そして火が通ると」


鍋の大豆が一気に膨れ上がる。


「この状態から弱火で更に10分加熱します。黒足、納豆のときに話した大豆の特性覚えてるか」

「えーと、大豆のタンパク質は、消化が悪くてしかも栄養吸収を、邪魔するんでしたっけ?」

「その通り、大豆の理想的な料理方は、納豆のような発酵食品だけど、豆腐も悪くないんだよ。こうしてじっくり加熱したあとに、にがりを加えると煮豆よりも、グッと吸収しやすくなる」


ふむ、奥様方は感心と、よく分からないの両極端な顔をされているな。


「つまり、体に優しくて栄養が、取りやすいんですよ。はい、茹でたら絞りますが、とても熱いので、冷ましながら少しづつやりましょう」


少量を布に包んで、絞る。


「一度にたくさん絞ろうとしても、かえって効率が悪いですからね」


途中で、何人かと交代しつつ進めるが女性と言っても、地球の日本人より力がある人が多いので、余裕っぽいな。


「この、絞った豆汁は豆乳というが、これを再度温めてにがりを入れる」

「豆乳って、お店で売ってませんでした?」

「売ってるけど、あれは加工されていて、豆腐は作れないんだよ」


温度計で温度を計りつつ、鍋を火から下ろす。


「温度80度弱で火から下ろしたら、ここににがりを少し加えて、ゆっくりかき混ぜる

「あ、固まってきたわ」

「そうですね、こうしてゆるくかき混ぜながら、にがりを少しづつ加えます。無理に混ぜると固まらないですからね」


徐々に塊と透明な水に分かれてくる。


「このくらいで、にがりは充分です。次にこちらの型に、水はけがよくなめらかな布を敷き、この豆乳を流し込んで水を抜きます。型がなければ網かごでもいいです。布は薬品売り場の大きなガーゼなどがいいかもしれません」

「その枠はどうしたの?」

「これもドルトン製です」

「うちの旦那が確り、仕事しているようで、良かったわ」


キャサラが笑顔で言う。


「すいませんね、いつも旦那に無茶言って」

「良いのよ、趣味の工作を始められるより、よっぽど良いわ」

「そうですか」


その趣味の元を提供してるのも、間違いなく俺です。


「軽く重しをして水を抜きます。水抜きが終わったら、たっぷりの水に一時間程度沈めて、余分なにがりを抜きます。これをしないと苦味が残ったりしますからね」


水にさらしている間に鍋の用意をする。


「こちらの土鍋に水を張り、昆布を沈めておきます」

「昆布?」

「海の中に生えている海藻を、干したものですね。以前乾燥シイタケでだしを取りましたけど、同じように良い味が出ます。これは商人に探させたものですね」


一時間後。


「豆腐を入れて火にかけます。煮立ったらネギや白菜なども入れます。お好みで醤油など加えるか、酒、醤油、酢などを煮詰めたタレを用意すると良いでしょう」

「これは、あっさりしているけど良いわね」

「この海藻だけで煮汁の味がこんなに美味しくなるのね」

「湯豆腐はわかったわ、それでケント君達の前にあるのは、なあに?」


俺と黒足の前には、豆腐に刻みネギと醤油の冷奴と冷や酒。


「俺の知っている一番簡単な豆腐料理?です。火の前にいたので、食べたくなりました」



冷奴は、俺たちの口には、入りませんでした。



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