109 ヴァルキュリア(下)
「健人さん、俺を呼んでたみたいですけど、何か用ですか」
俺の元を訪ねてきた、見知らぬ黒髪の青年が、そう言った。
「?どちらさんですか」
「あ、すいません龍雄です。無事に人化しました」
「え……はや‼」
言われてみれば、どう見ても日本人だけど、ドラゴンてそんな簡単に進化するのか?
「え、何、お前ドラゴンだろ?究極生物だろ?それなのにそんなあっさり、進化するの?」
「いえ、これは進化ではなくスキルです。ドラゴンは、元々人化できたみたいです」
マジかーー。ドラゴン何でもありか⁈
「……つかぬことを尋ねるが、日曜大工とかできるか?」
「いえ、あまり得意じゃありませんが?」
「そうか…じゃあ何か変わった特技は?」
「爬虫類の飼育は得意です」
「……それはドラゴンとして、どうだろうか」
高等教育を受けた日本人というだけで、極めて有益な人材だけど、なにか俺にできないことができたらよかったんだけどな。そのうち何か出てくるかな。
「ドラゴンになってからは、爬虫類を眷属にできるようになりましたよ」
「むしろドラゴンらしかった⁈」
「まあいいや、とりあえず帝国に物資を届けに行くから、地上部隊の先頭歩いてくれ」
「……はい?」
「生きた家畜をトラックで輸送するんだが、その先頭を龍形態で歩いてくれ。街には入れないだろうから、外で昼寝してくれていい」
「え、それって護衛ですか」
「いや、威嚇」
「…最初から説明してください。お願いします」
「と言うのが、この世界の歴史と俺がここに来てからの出来事だ」
「中々にはっちゃけて、いらっしゃったんですね」
「そうか?見知らぬ異世界で、俺なりに頑張っていただけだぞ」
「う〜ん。確かに、ラノベの主人公だったらまだまだですね。ハーレム作ってませんし。あ、でもケモナー?」
「ケモナーじゃねえよ、ハーレムとか要らねえし、ラノベじゃねえよ、ほっとけ」
ったく、大きなお世話だよ。
「まあ、健人さんの建国立身伝は理解しましたが、流石にドラゴンが町に現れちゃ駄目でしょ。リザードマンを連れていきますから、それで我慢してください」
「そうか仕方ないな。リザードマンは、ちゃんと統率してくれよ。アイツら俺の言うことなんて聞かないからな」
「それは大丈夫です、任せてください」
「全員準備はいいか?」
「OKじゃ」
「よし、全員出撃」
「おう、ブリュンヒルデ発進」
ドルトンの掛け声と共に大型飛空船ブリュンヒルデが店の屋上に浮き上がる。
ブリュンヒルデは、かつて俺が描いた絵を元に、作られた飛行船もどきだ。全長は凡そ70メートルで、ジャンボジェット機や潜水艦に比べれば小さいが、この世界の飛行物体としてはドラゴンすらも凌駕する大きさだ。両翼についたプロペラで前後進し、船体前部のエアノズルと尾翼で方向を制御する。浮力は浮遊石で得ているため、翼は姿勢制御のためにあるだけで、浮力を得ることはできない。武装は魔導レンジ砲と疑似機関砲に爆撃用の重量物投下ハッチを装備している。そして周囲には無数の天翔壱式と八咫烏が飛んでいる。
「よし、ゲートをくぐって帝都の数キロ手前まで一気に移動する。地上部隊も遅れるなよ」
「龍雄了解。トラックで向かいます」
そしてゲートをくぐる。
「音楽スタート!」
そして、船体外部についたスピーカーから流れる勇壮な音楽。
『ちょ、ワーグナーとか、やりすぎでしょ⁈』
『え、良いだろこれ?』
『いやまあ…曲は良いですよ、でもこの状況で…明らかにあの映画意識してますよね』
『そうだけど何か?相手は映画知らないんだから、良いだろ』
「陛下、何やら聞こえませんか?」
「うん?なんだ、わしには何も聞こえんが」
「そうですか…いや、若い者の様子がおかしいので、やはり聞こえるようです」
「一体何が何が聞こえ…む、確かに聞こえる。わしにも聞こえてきたぞ」
「へ、陛下!空を‼」
「何?あ?あれはなんじゃ?いや、まずい。これはパニックに…なる?」
「ケント、帝国人が跪いて祈ってるぞ」
「分かった。クーナ頼む」
「わかりました。ん、んん」
カチ
「こちらはナラ公国空軍、飛空船ブリュンヒルデです。ご注文いただきました、食料などの物資をお届けに参りました、中央広場に着陸させていただきます。皆さま着陸場所をお空けいただけますようお願いいたします。繰り返します、こちらはナラ公国空軍、飛空船ブリュンヒルデです。ご注文いただきました、食料などの物資をお届けに参りました、中央広場に着陸させていただきます。皆さま着陸場所をお空けいただけますようお願いいたします」
クーナの声が外部スピーカから流れると、民衆に動きが見られる。だがこれはパニックというわけではない。
…恐らくこれは諦念からの困惑だろうな。
もう天変地異はお腹いっぱいで、飛空船を見て神に祈ったか神を呪ったか。それが、物資を運んできましたよっと来たもんだ。これは訳がわからないだろう。
「暴動が起きてないし、宣言どおり広場に下ろしてしまえ。そしたら、モーブ、フォンさん出番です」
「わかった」
「わかりました」
ブリュンヒルデは着陸用脚を出し着地。投下ハッチを開くとゴンドラに乗ったフォンさん率いる、少年少女鼓笛隊が軍艦マーチの演奏を始める。ゴンドラは魔力強化された、透明アクリルで囲われているので、投石や弓矢程度なら余裕で弾く。そして、タラップからモーブと鬼族が降りて整列する。モーブたちが足踏みを始め、次いでオークやコボルトが出てくると、順次行進を始める。ドワーフ、エルフなど人サイズの種族に続いてリリパットなどの小型種族が続き、トリはアルケニーとケンタウロスが務める。行進はドワーフなど一部練習不足な種族も見られたが、時間がなかったので仕方がないだろう。公国軍の行進は、広場を一周しタラップの前に戻り整列をする。帝国の人々はただ呆然とその様子を眺めている。
やがて町の外からはトラックの車列がやってくる。防壁が無いので車はそのまま通りを徐行し、町中へ入ってくるが、流石にこれは人々が避けて道をあける。
そして、ちょっとばかり派手な衣装を着た俺が船を降り、あの親子の前へと歩いていく。
「新国王とお見受けする。私はナラ公国公王奈良健人。依頼された食料及び生活必需品などの物資を運んできた。先ずは春までは充分な量だと思うが、確認をしていただきたい」
「公王、これは一体…」
「何、我が国はこれまで外との交流がなかったのでな、是非この機会に知ってもらおうと思い、少し無茶をさせてもらった。少々驚かせてしまったと思うが、貴国が良き隣人であれば、我が国もそれに応えよう」
「我が国は新しく生まれ変わった。これからは貴国のよき隣人となることを約束しよう」
「それは何よりだ。少々無茶をした詫びといってはなんだが、両国の新しき門出を祝うために、料理と酒を用意してきたので、是非ご賞味いただきたい。召喚」
作ってきた料理が乗ったテーブルを次々と並べていく。
どの料理も出来たてで湯気を立てているし、その香りは広場いっぱいに広がってゆく。
俺は丸氷の入った二つのグラスにウイスキーを注ぎ、新国王に促す。新国王は一瞬の躊躇を見せたが、グラスを手に取り俺が残るグラスを手に取る。
「これは少し強い酒なので、最初は舐めるように味わってくれ。それでは、両国の新たな門出に」
「う、うむ。両国の未来に」
「「乾杯」」
俺達は同時に声を発し、グラスを呷る。
「く、これは確かに強い酒だ。だが美味い」
そして、国王は民衆に向かって声を張り上げた。
「争いの歴史は終わった。これからは平和な未来に向け、皆で努力していこうぞ。先ずは今日この時を祝おう。さあ公国からの心尽くしをいただこう」
そして、歓声が広場を飲み込んだ。
奴隷にされていた者たち程ではなくとも、内乱で旧帝国民もどん底を味わった。彼らは彼らなりに、平和を望み今その道が開かれたと理解し、声を上げ新王を讃えていた。
「肉だ、肉の入ったスープなんていつ以来だ。うう、うまい、グス、うめえうめえよ、うう」
「え、赤ん坊用のミルク?本当ですか!直ぐ器を持ってきます、え、こ、これ、容器ごといただける?ありがとうございます、ありがとうございます。良かった……」
「家に病気で動けない家族が……この粥を?」
広場の至るところで、歓喜と嗚咽が聞こえる。
『う~ん、酷いマッチポンプだ』
『言うな、前世とは違うんだ。死ぬか奴隷かの運命が変われば、奇跡みたいなもんだぞ』
龍雄が念話でツッコミを入れてきたが、ありえない程寛大な措置だぞ。敵対してたのに施してもらえるんだからな。少し脅かしたのだって、身内の不満を抑える目的もあるんだ。
「新王よ、実は食肉用の家畜になる動物を運んできている。確認してもらえるか」
「おお、それはありがたい」
『龍雄、ツノシシの檻をひとつ持ってきてくれ』
『了解。って車は動けませんよ』
『担いで持ってきてくれ』
『…まあ、確かに出来ますよ』
そして龍雄が檻を担いで持ってくる。ツノシシ二頭と檻で4、500キロぐらいかな?
「すげー何だあれ」
周囲に驚愕と歓声が広がる。
「公王、そちらの方は」
新王が尋ねてくるが、何か汗をかいて腰が引けてるな。
「うちの食客で地龍の龍雄だ。うちが全力で戦っても勝てるかわからないやつだから、怒らせるなよ」
「地龍⁈では過日の」
「俺を危険物みたいに、言わないでくださいよ、よいしょっと」
新王は龍雄にビビリつつも檻に視線を向ける。
「これは、突撃獣?貴国ではこれを家畜にできると?」
「ああ、角を折ってしまえば、おとなしいものだよ。子供ができたら小さいうちに角を折ってしまえば、危険でもない。この他に鳥も用意している。どちらも美味いんだが、最初は数を増やす方向で育ててくれ」
「そうだな、町で育てられるなら、食料事情はだいぶ良くなるし、毛皮も取れる。助かるよ」
「なに、新王には長く統治して欲しいからな」
新しい王が戦争を終わらせ、食料事情を改善させた。邪魔な敵対貴族もある程度減っているだろうし、新体制を固めるのも楽になるだろう。
まだだ、まだ終わらんよ。




