108 ヴァルキュリア(上)
「お館様、森の外れに帝国の方から使者が来ています」
「帝国の方?」
消防署の方から来ましたってやつか?
「以前捕らえたあの親子の配下との事です」
「へ〜あまり興味は無いが、何の用で来たかわかるか」
「確認に行った者が、手紙を預かったそうですが、どうされますか」
「いや、俺読めないし。クシミール読めそうか?何の用か確認してくれ」
「はい、えー……スプリガンの件と、これまでの種族差別の謝罪と」
「種族差別?亜人とは書いてないのか?」
「書いていませんね。以前お館様がその表現に不快感を示されましたからか、きちんと種族名を記載するか、他の種族の皆様という表現をしています。そして、奴隷扱いの謝罪と……」
「どうした」
「どうやら帝国で、大きな戦いがあって、あの親子の勢力が皇帝を討ったそうです。それと同時に帝政と人族至上主義を廃止して、一王国として再スタートすると宣言したそうです」
「…現地のケット・シーに確認をとってくれ。手紙はそれで終わりか?」
「ケット・シーにはすぐ確認しますが、あの親子なら嘘ということもないでしょう。それと、我が国に農工業指導と食料並びに薪の支援を求めています。帝国は奴隷にしていた者たちに、農業や工業を押し付け、薪の不足も魔法で補わせていたため、生活に窮しているそうです」
謎の方法で、だいぶ脅かしたしな。うちに嘘ついてもすぐバレることはわかるだろうな。だがまあそれはともかく。
「随分と勝手な事を言っている気がするんだが、そんな事をして俺たちに何かメリットがあるか?」
「代金は帝国の所有する金貨と貴金属で支払うそうです」
……没収した皇帝の私財や皇帝派貴族の私財で払う感じか?
「う〜ん、これが敵対国でなければ、なんの問題もなく支援するんだけどな。奴隷になっていた者たちの心情を考えるとなあ」
「いっそ、あの地もお館様が納められ」
「駄目だ‼」
ビクッ
俺の声にクシミールが身を縮ませる。
「あ、すまん。大声出して悪かった。だけど……やっぱりあの国は駄目だ。思想的に相容れない者たちは、こちらがどれ程気に掛け、助けても理解しないからな。むしろ人族至上主義であれば、俺たちが自分たちを助けるのは当然と、考えるだろう。仮に今は受入ても裕福になれば『亜人達の支援は必要なかった。全て亜人の策略だ、俺達は騙された。今こそ亜人の支配から脱して……』とか言い出すぞ」
「……妙に実感がこもってますね」
「まあな。前世の言葉に、軒を貸して母屋をとられるという諺があるんだが、母屋をとられないまでも、軒を貸したら逆に『この家は俺の家だったのに、軒を貸してとられた』と、大声で吹聴するやつはいるんだよ」
「いや、近所の人は誰の家か知ってるでしょう」
「それがな『一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ』という諺もあってな、一匹の犬が影を見て吠えると百匹の犬がつられて吠える様子から、一人の人間がいい加減なことをいうと、世間の多くがそれを真実として広めてしまうという意味なんだ。さっきの話で言えば、騒がれたときにすぐ対処しないと、世間が誤認して既成事実化してしまうんだよ。帝国を表だって支援すると、それを良く思わないやつが、必ず騒ぎ出す。そうなればもう泥沼だよ」
「ではどうします?」
「……支援は駄目だが、金を払うというなら商売だ。食料は売ってやろうじゃないか。だが農業含め技術指導は難しいな。森と帝国の領土では植物の育ちかたが違いすぎるし、ドワーフやエルフの技術は魔力があることが前提だろ」
「そうですね、そう考えると指導できませんね」
「まあ相手の出方次第では、指導役が居ないでもないが、まあとりあえずは食料の販売か……いや、これは帝国との決着をつける好機か?会議を行うから皆を集めてくれ」
「わかりました」
「という、経緯で商売をすることになった」
「ふむ、思うところがないではないが、商売なら仕方なかろう」
「奴隷になっていた者たちには、どう説明しますか」
帝国人は子供ですら、差別意識があると言っていたドルトンが渋々ながらも了承し、クシミールが帝国に捕らわれていた者たちへの、対応を聞いてきた。
「今回の物資販売は同情や人道支援ではない。まがりなりにも帝国がこれまでの方針を変えようというのだから、この機会を利用してうちの力を見せつけて、二度と人族至上と言えないようにしてやる。それに、半端に崩壊されると無法地帯になるし、ゴブリン村のような隠れ里が危険にさらされる恐れがある」
「ケント、なにか物騒な話に聞こえたが、物資販売とどう関係するんだ」
「今回の件は国家間の取引だ、友好国なら御用商人が納品に行けば済むが、敵対していた国が相手なんだから、相応の警戒をして然るべきだろ?だからうちの軍で、納品に行ってやろうと思う。もちろん騙し討する気はないぞ、ちゃんと平和的に納品して帰ってくるつもりだし、物資も上等なものを売ってきちんと対価を貰うつもりだ」
「そうか、戦争をするわけではないんだな」
「いや、ある意味戦をするぞ、今回の件で帝国とのケリをつける。皆には全力で働いてもらうぞ」
「捗りはどうだ?ドルトン」
かつては、店の屋上駐車場だったその場所で、忙しなく動き回るドワーフたちの中から、ドルトンを見つけ声をかけた。
「おう、コイツはいつでも出せるが、鎧の方はまだ半分だな。しかし本当にやるのか」
「ああ、コイツを含め全部だす」
「まあ500年前ならともかく、今なら確かにこれで終わるじゃろうな」
「ある意味平和的だろ?」
「先方は震え上がるかもしれんが…まあそれも面白いな」
「じゃあ、他を見て回るから何かあったら言ってくれ」
「わかった」
屋上を離れ、店の倉庫に向かう。
「皆ご苦労様、今日の分を受け取りに来た」
「お館様、これ以上は無理です。流石に面積が足りません」
「…そうだな、これ以上の商品化は無理だな」
「助かります」
俺の言葉を聞いて倉庫整理をしていた者たちが、安堵の表情を浮かべる。
物資を売ると言っても、うちの店の在庫では、たかが知れている。だがダンジョンで買うには金が必要になる。極力店から物資を出すために、商品化を繰り返して、日毎に店の商品供給量を増やしたのだが、店の面積には限りがある。そのため物資と関係のない商品は端に寄せたり積み上げたりで、とにかく売り場に空間を作ってもらったのだが、それもいよいよ限界のようだ。
「この増えた商品のせいで他の商品が出せません。なんとかなりませんか」
「裏の使っていない空間を、倉庫として改修するから、それまで我慢してくれ」
そして俺は物資を送還する。送還された物資は明日の朝には同量が補充される。こうして元帝国に売る物資を集めているわけだが、まだやっと一ヶ月分ぐらいだろうか。食料は、米や押し麦、じゃがいも、グラノーラ、ジャーキー、ナッツ類、粉末スープ、粉末ミルクと哺乳瓶にパックの豆乳や保存パンなどだ。小麦もあるが、数は多くない。パンを焼くとなると、どこでも誰でもとは行かないが、米や押し麦であれば粥にして食べられるし、グラノーラならそのままでも食べられるので、そこは我慢してもらうつもりだ。野菜などは一度には渡せないので、随時だ。そして食料以外には毛布やタオル、衣類、キャンプ用の鍋、薪や木炭などになる。鍋は粥が作れないと困るので用意した。キャンプ用なのはつり下げても使えるように配慮したためだ。
そして、店の倉庫を出て次に向かう。
「レオーネさん、今日の分をもらいに来ましたよ」
「はーい、用意できてるわ。今日はじゃがいものツノシシ肉巻きに、ミルク粥とツノシシ丼ね」
「良いですね、じゃあ貰っていきます。商品化&送還」
じゃがいもや米は食べた事が、ないだろうという事で、炊き出しとして料理を用意している。当然、粉ミルク入りの哺乳瓶もある。
「おーいクーナ、兵士用の服はどうだ」
「あら公王様、わざわざすみませんね。オークの方以外は既製品ですから、なんとかなりそうです」
全員の服装をある程度統一するために、ドワーフはツナギ、他の種族は作業服にした。作業服と言っても、この世界に同じ形で同じ色の服自体が無いし、デザイン的にもかなり珍しい。揃いの服装で、上から揃いの部分鎧を付け、武装すれば軍隊の制服として十分だろう。
「見た目が良ければ良いから、極論仮縫いでもいいぞ」
「いえ、流石にそれは、職人の矜持が許しません」
「そうか、余計なことを言ってすまない。よろしくな」
さて次は…。
「フォンさんどうですか」
「ようこそ公王様。子供たちは覚えが早いので順調ですが、あちらは今ひとつのようですね」
フォンが顔で示す方では、モーブとシュテンが指揮する部隊が行進をしている。ただ、その行進は軍隊というより小学生のそれに近い。ぶっちゃけ手足の動きがバラバラだ。
「あれは微妙だな」
眺めていると、モーブが俺に気が付き片手を上げたので、俺も片手を上げ返す。
「俺が口を挟むまでもなさそうだから、二人に任せよう」
そして駐車場へ向かう。
そこには、偽装を外した車両に檻を取り付けている黒足たちがいる。車はワックスかけされたのか陽光を反射し輝いている。
「おーっす、ピカピカだな」
「お館様、視察ですか」
「そんなとこだな。ツノシシの様子はどうだ」
「驚く程、おとなしいですよ。あれなら人族でも家畜にできますね」
「そうか、それはいい発見だったな」
ツノシシは人を見ると襲ってくる程凶暴だが、角を折ると非常におとなしくなった。発見は偶然だったのだが、それ以来、罠で捕獲したツノシシの角を、折って家畜化していた。今回、少数だが生きたままのツノシシを出荷する予定でいる。
「芋鳥はどうだ?」
「芋鳥はレオノールが餌やりしてましたよ」
「そうか、じゃあ行ってみる」
芋鳥は鶏みたいなものなので、戦闘能力は無い。ただ少しだけ逃げ足が早いだけだ。
「レオノール、芋鳥はどのくらいの数出せそうだ?」
「あらあなた。そうね…30羽くらいかしら。うちの国の分も残さなければいけないから、譲れるのはそのくらいよ。できたら向こうで増やしてほしいわ」
「そうか、向こうでも食わずに増やすよう伝えるよ。レオノールは、あまり無理するなよ」
「大丈夫よ、ここに危険は無いもの。それに三段階進化は、伊達じゃなくてよ」
「それでもだ。普段と違う体はとっさの時、思うように動かない事がある」
「そうね、気をつけるわ」
その頃、帝都と呼ばれた地では。
「陛下、公国からの返答は何と?」
「先方の話では土地の環境が異なるし、魔力ありきの産業のためエルフやドワーフの技術指導は難しいそうだ。そのかわりに物資は増やしてくれると言っている」
「ではこの冬はどうにか越えられるのですね。しかし食料生産ができねば、いずれまた…」
「それなんだが、森の手前の村で先の二種族以外なら、指導可能だそうだ。ただ、その指導を我々が受け入れられればと書いてあるな」
「それは…我々の知らない種族ということでしょうか?」
「わからん。しかし、相手が誰であれ、指導を受けられるなら、喜ぶべきことだろう。それと、物資の受け渡しは、この都市の中央広場で、運搬はあちらの軍が行うそうだ。そして人族至上主義を捨てやすいように、彼らの軍事力を見せてくれるそうだ」
「……それは、一気に我が国を殲滅すると言う宣言では?」
「わからんが、都市ごと消し去る力があるんだ、その気になれば我等など簡単に滅ぼせるだろうし、恐らく抗うすべもない。だがあえて、宣言してくれているのだから、滅ばされはしないと思う。わしは胃以外はな」
「はは、私の胃も壊れそうです」
かつて森で虜囚となった親子は、ひっそりとため息を吐いていた。




