107 釣り道具(後)
「さて、黒足。浮きについてだが、さしあたり玉浮きと棒浮きをどうにかする」
「それぞれ、お店にありますが、やはり作るのですか」
「ああもちろんだ。浮きの材質問題があるし、大きな問題として、浮きを糸にとめるゴム管がこの世界には無いから、そのままの形じゃ売れないんだよ」
「そういえば、そうですね。どうするのですか?」
「昔なら、中心部まで切り込みを入れて、そこに糸を差し込で、木片などを楔にして固定していたな。棒浮きのようなものは、浮きに糸をつけて、それを釣糸に結んだようだ」
「なるほど」
「基本的には浮きに糸を付ければいいと思う。たなの調整は浮きとめ結びという、縛りかたでずれどめすればどうにかなる。ゴムについては……追々生産するか」
日本ほどに高度な釣りが行われるようになるには、相応の時間がかかるだろうから、しばらくは糸で結び、その間にゴムをどうにかしよう。
ゴムの木と言えば、かつてはインドゴムの木を指す言葉だったが、現代地球の天然ゴムはパラゴムの木で、パラゴムの木はブラジルゴムの木とも言われる。観葉植物として馴染み深いゴムの木はインドゴムの木になる。インドゴムの木からパラゴムの木に変わった理由は、単純に採取できるゴムの量が違うからだ。インドゴムの木は桑科のイチジク属であり、当然イチジクの木からもゴムは採取できるのだが、果物を犠牲にしてまで少量採取するのは得策ではないだろう。
「パラゴムの木は、暖かいところで育つから、雪が降るようなこの近辺には、無いだろうな……もしくはゴムを採れるこの世界の木があればいいんだけどなあ」
この世界にゴムの木か代替品があれば、生態系に影響なくゴム製品が作れるんだけどなあ。
「さて、浮きを作るか。店にある工作用の木材の丸棒を旋盤で……ねえな旋盤。ここなら電ドルでなんとかなるけど……外に旋盤あるのか?」
黒足達が知るわけもないから、ドルトンと商人に聞いてみたが、どちらも知らないという話だった。丸い棒などどうするんだと聞いてみたが、ノミで削り出していたという。
「あ~突然だが、人力で稼働する旋盤を作ろうと思う」
「魔導具にはせんのか」
「しない。将来的にはそれでもいいが、先ずは人力の旋盤だ。人力なら外にも売れるし、魔力を使わないで動力を得れば、工作機械の普及に役立つ。そしてその機械があれば、魔力に頼らない工業技術が発展するだろう」
ドルトンの疑問に、人力仕様にする意味を説明する。
「なるほど、魔力で動かさないなら、魔力のない人族にも使えるな」
足踏みペダルとはずみ車を組み合わせれば、旋盤の回転部分が作れるし、当然ドリルやミシンの動力にも応用できる。
「構造は、足踏みペダルから、はずみ車で大きな輪を回転させ、皮のベルトでつないだ小さな輪を回す。小さな輪からは回転のための軸を伸ばし、加工する材料を挟んで反対側に受けをもうける。受けの部分はバイスのように……」
図解と、店にある似たような品物を並べながら説明する。
「はずみ車からベルトでつなぐ部分は、自転車の動力伝達と同じようじゃな。しかし、加工する材料を挟み込むこの部分を締め付けるこれは、ネジを作らねばならんが、外の世界では簡単には行かんぞ」
「そうか?ネジ切りを作って、ここから販売すればいいんじゃないか?」
「ネジ切りとは電動のあれじゃろ?魔導具にするのか」
「いや、手動式を作れば良いだろ?電動と同じように刃を作って、ラチェットで回すようにすればいい。そのくらいなら出来るだろ?」
昔は工事現場のパイプネジ切りとか、手動でギッコンギッコン、ネジ切ってたそうだから、それを作れば良い。
「ほう、そうかそういう、道具を作る道具を作って、販売する手もあるか」
「とりあえず、今回はあるもので間に合わせるけどな。はずみ車の輪や旋盤部分のベルト受けなどを作らなきゃいけないから、鋳造してくれ」
「先ずは、はずみ車の模型を作って輪切りにする。これは型抜きしやすいように、少し大雑把でもいい」
前世なら蝋などを使って、精密な鋳造も可能だが、ここではそうも行かないからな。
俺の絵を元にドルトンが模型を作る。
「次に石英が砕けた砂で珪砂というものを用意し、粘土を加えて軽くまとまる砂を作るんだが、こっちではどうやってるんだ」
「名前は知らんが、砂を使うし殆ど同じじゃな」
珪砂と言うのは、ほぼ海岸の砂と同じものと言われている。某ゲームでは砂からガラスが作れたが、これはもとが石英だからか?ということは、珪砂から石英ガラスが作れるってことかな?
「なら、型枠と模型を固定した板を作り、鋳造の枠を作る。これを箱にまんべんなく詰めて、半分ずつ型を取り、あわせて注ぎ口から溶かした鉄や、青銅等を流し込むのも同じか?」
「同じじゃな。このくらいのものなら人族でも作れるじゃろ」
「そうか、それなら安心だな」
そして、はずみ車と組み合わせる木製の作業台をドルトンが作り、旋盤の材料固定部分を店の商品で作る。今回で言えば木材を挟む部分だが、ボルトを削りとがらせたもので回転側と受側を作る。
「加工材の長さに合わせて受け側を移動せにゃならんが、どうするんじゃ」
「ボルトと金物で台に固定するとして、固定用の穴を何箇所か設けて移動できるようにすれば、ある程度融通がきくだろう」
「ふむ、了解した」
その後、電ドルを使った間に合わせの旋盤を作り、浮きの加工をすることにする。
「この部分に木材を挟んで、回転させてノミで削る。刃先が暴れると危険だから、回転する木材の手前に、ノミを押し付ける台が必要だ。このノミは用途に応じて鍛冶師に作ってもらいたい。ん?どうしたドルトン」
鍛冶師という言葉に、なんの返答も無かったドルトンを不思議に思い彼を見れば、大口を開けて旋盤を凝視していた。
「のう、お館様、この旋盤というのは金属も加工できるのか?自動車の部品、エンジンのピストンなどもこれで作るのか?これで加工すれば寸分違わぬ物が、何個でも作れるんじゃろ?これを改良すればわしらにも……」
なにか鬼気迫る顔つきで、ドルトンがブツブツ言いながら迫ってくる。今にも胸ぐらを掴まれそうな勢いだ。
「ちょっとまて、落ち着け。作れるかどうかは旋盤の出来と機能しだいだが、金属加工にも使われるし、エンジン作成にも少なからず利用されていると思う」
「そうか、そうか。頼むこれの資料をくれ、いやこれに限らず役に立ちそうなものなら、何でもいいから資料をくれ」
「わかった、できる限り用意するから、手を離せ。く、首がもげる」
ドルトンは、なおも迫って、とうとう俺を掴んでガックンガックン揺すぶりだした。苦しい、首がもげ…無くても、むち打ちになるじゃないか。
「本当じゃな?いつかそのうちとか、言うのは無しじゃぞ」
「近日中に用意はするが、無料で集められる範囲の物だからな。決済できないから有料の書籍とか無理だから、それは承知してくれよ」
「むう…まあ手に入ら無い物は仕方がないか」
「エンジン作れなかったのか?」
「部品を鋳物で作って、磨いて作れはしたが、恐ろしく時間がかかった。それに作った部品と入れ替えてエンジンを回してみたが、本物の精度に及ばぬせいでまともに機能しておらなんだ……」
「そうか、まあ剣や斧の鍛冶とは方向が違うし、仕方なかったんじゃないか」
「そうかもしれんが、これの性能如何では作れるんじゃろ?それなら作ってみたいんじゃ。それと、わしが使うものじゃから、魔道具で高機能高性能を目指したいが構わんじゃろ?」
「ああ、構わない。でも……いやまあ頑張ってくれ」
精巧なものを作るなら、数学ができないと寸法の計算が出来ないし、製品の図面を引くにも困るんじゃないかと思うんだが……そのうち気がつくかな?
木材を削ってドングリ型の浮きや、棒浮きを作る。
浮きの塗装用に、漆を精製して色付漆を作るために、生漆を撹拌し、黒っぽくなってきたら人肌程度に温め更に撹拌する。量にもよるが、数十分頑張っていると漆の色が透明になっていく。この透明になったものが精製漆で、この精製漆に顔料を加える事で、望む色をだす事ができる……のだが。
「容易に手に入って、漆に混ぜて安全に使える色が、赤と黒だけというのが寂しいが、仕方がないか」
赤は弁柄と呼ばれる鉄の赤錆、黒は細かい鉄粉で作ることができるが、青色の元になる鉱物は希少だし、黄色系は探せばあるかもしれないが、例外なく毒性があるので素人には使いにくい。最初から色の付いた合成漆なら青でも黄色でも店で販売してるし安全だが、外で真似されて公害にしたくはない。
「店の塗料を使わないのであれば、仕方がないですよ」
「そうだな……後は……なあドルトン、重りに鉛を使うんだが、鉛はあるよな?」
「あるぞ。あるが……」
「もしかして毒か」
「そうじゃ、大昔に危険性が見つかって以来、あまり利用されとらん」
「使い方を間違うとそうなるが、重りにするくらい問題ないだろ」
地球でもローマ帝国は鉛中毒が蔓延してたんだよな。その上、鉛を容器に使うとワインに甘味がでるとかで、ヨーロッパじゃ鉛の有害性が発見された後も、こっそりワイン作りに使われたとか。どこの世界も、食の安全を守るのは大変だな。
「さて、一応完成したが、釣れるかな?」
竹ののべ竿に、蜘蛛絹糸の道糸、作った木製の棒浮きに、鉛の重り、店の針とハリス(針未製作)で完成した、準ナラ公国製の釣竿をもって、池に向かった。
後日、商人の前で改めて釣竿を披露し、外への販売が決まった。
南町の販売価格で、のべ竿が3万、継ぎ竿が20万程となった。
糸などは、今後変更する可能性があるが、コストが下がるなら悪くはないだろう。
継ぎ竿はドワーフ職人製になるため、工芸品としての価値もあるが、日本に比べればまだまだ安いようだ。王公貴族なら、ヘラ竿で200万とか出すんだろうか?




