106 釣り道具(中)
ヘルメットのバイザーに張り付いたカミキリムシ。
カミキリは髪切りと書く程に顎の力が強い虫で、成虫は木の樹皮を後食し、木に産み付けられた卵は、孵化後に木の内側を食べ、木を傷める事から害虫とされている。反面、誰でも一度は目にした事があり、子供の頃に紙を切らせようとして『コイツ紙切れねえ』と言った経験のある、極めてメジャーな昆虫だろう。別名は鉄砲虫。薪の中に巣食っていた幼虫が焼けた際に、鉄砲にも似た破裂音がするために、ついた名前だ。そして、焼けた幼虫は貴重な蛋白質として、今も世界各地で食されているらしい。俺には前世でも今生でも、縁のない話だったが、うっかりするとコボルトやオークあたりから、ご馳走として振る舞わえていた可能性があったかもしれない。カミキリには、様々なバリエーションがあり、ボディーカラーも赤青白黒黄色虎縞など、局地戦仕様で多数存在する。バイザーに付いているヤツは、この場所に居たことからおそらく、クワカミキリだろう。クワカミキリは、桑の木を食うカミキリで、黄色っぽい羽に黒い点々が並ぶ姿をしていて、少し格好いい。見た目がGと似てないところも好印象だ。だがこの大きさは、いただけない。日本のクワカミキリは5センチ以下なのに、なんでコイツは20センチ以上あるんだ。
いや、わかってる。俺が地球の生物を持ち込んだから、生態系が変化したのだろう…。
「お館様、直ぐお助けします……………………お待たせしました。必殺、虫マグナムスプレーガン」
プシューープシューープシューーーーー
地に倒れ、意識は遠く別の世界へ飛び立ち、既にただの屍のようになっている俺に、何やら風が当たる。
「……………臭!ウゲ、ゲホゲホちょま、ゲホゲホゲホゲホ」
何、殺虫剤?店から持ってきたのか?
「俺に、ゲホゲホ殺虫ゲホゲホ、オエー」
「お館様⁉おのれ、この虫め」
プシューープシューープシューープシューー
「やめーーーーーーー」
「いいか、黒足。殺虫剤の殺虫成分は、普通に使えば虫にしか効果がなく、人や動物には安全だが、直噴で浴びせられたら、決して安全ではないからな」
「はい。すみませんでした」
俺に殺虫剤を吹き付けていた黒足が正座で、謝罪している。正座だが両手は膝の上なので土下座ではない。この世界の貴族や前世の戦国武将だったら、物理的に黒足の首を飛ばすのかもしれないが、現代日本人だった俺としては、サボってた上に一応助けてもらった立場なので、土下座は不要だと思うし、無茶をいうつもりもない。むしろ後ろめたさすらあるので、軽く注意をして済ませることにした。
「それで、カミキリはどうなった?」
「はい、アインたちが殺虫剤や剣で全て退治しましたが、そのかわりに…」
黒足の視線が桑畑、俺の地元では桑原と言ったが、ともかく桑の木に向けられたので、俺もそれを確認する。そこにあったのは、多数のカミキリの死骸と荒れて妙にテカった桑原。
「もろに、殺虫剤浴びてるな」
「害虫も蚕も例外なく、全滅していそうですね」
黒足から殺虫剤である、黄色い虫マグナムスプレーガン?を受取、ノズルの長いライターを添えて腰だめに構える。なんかこれ某社の製品に似てるな……製造販売は管理者製薬?神様製のコピー商品か?
「お館様何を?」
「汚物は消毒だ」
そして、火焔放射で桑原を焼き払う。
「⁈お館様、生木はあまり燃えませんよ?」
………だよな。結局召喚で土地を上書きするのが正解か。
「桑の木は場所を変えて再配置できるけど、またカミキリが飛んでくると困るな」
「カミキリは除外できないのですか」
「病原菌や危険な寄生虫ならともかく、害虫とはいえカミキリ程度じゃ無理だな。それに…いや何でもない」
「?何かあるのですか」
「いや、この世界では関係ない事だった、気にしないでくれ」
幼虫が食料になることは黙っていよう。以前ならともかく、今の食生活なら不要だ。
そういえば、蚕の蛹も食べる国があるんだよな。日本でも一部地域で食べられていたっけか……養蚕が出来たなら、釣り餌や芋鳥の餌にするか。直接食いたくはないが、捨てるのももったいないから、間接的に消費しよう。
「お館様、これからどうします」
「場所を変えよう。桑の木を設置したら、クワカミキリが来たが、クワカミキリは欅やイチジクの木も好む。特に産卵は大きい欅を狙い、夜間に産卵して、日中は桑の木に集まる習性がある。あの大きさのクワカミキリとなれば、普通の桑の木では産卵に向かないだろうから、欅などの太い木が無いところに桑を植えて、網を張ればカミキリを避けつつ蚕を捕獲できるかも知れない」
釣り糸用の生糸が大事になった気がするなあ。
その後、改めて桑原を設置して金網で囲って、更に魔力で強度を増してもらった。
「もちますかね」
「金網が切れるようなら、それはもう魔物だろう」
むしろ、この会話がフラグにならない事を祈るぞ。
街に戻って釣具作りの現場を訪ねる。
「ブルーノ具合はどうだ」
「おお、お館様。中々に試行錯誤の連続ですな。矯め木も大きさや形状で加減が変わりますから、竿に合った物を作りながらです」
「まあ、それは仕方がないだろう。俺達ものべ竿を作りたいんだが、材料もらっていいか?」
「はいどうぞ」
「よ~し、竹竿作るぞ。ブルーノ達が手がけているのは、短く切った複数の竹で作る継ぎ竿だが、俺達は切らずに一本の竹から作る、のべ竿にする。ちなみに、店にあるような竿の中から細い竿が出て、伸びる釣竿は振り出し竿な。継ぎ竿じゃないし、のべ竿でもないから間違わないようにな。んで、竹竿に使われる竹は複数種類あって、用途に合わせて使われる竹を変えたり、一本の竿でも部位によって竹を変えたりするが、先ずは布袋竹で、のべ竿を作る。こののべ竿は、飼育した魚を釣らせる、釣り堀という遊技場で貸し竿として良く使われる竿だな。使う部分は布袋竹の枝の部分になるが、これの孫枝を払い、逆さにして吊ってしばらく陰干し、乾燥させたものを使う」
「お館様、この釣り道具計画は、つい最近始まったと思いますが、乾いた竹があるのですか?それに、釣りの遊技場とはなんですか?」
「竹自体は別の用途もあるから、少し前から栽培と収穫をしていたんだよ。釣り堀は、釣る事自体を楽しんだり、釣った魚を塩焼きして食べられる場所だな。町が大きくなると、手軽に魚釣りもできなくなるもんなんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ、そういうわけで、この竹を炭火などで根本か側ら炙りつつ、矯めという作業で、竹の曲がりを矯正する。この作業は矯め木という道具を竹に引っ掻け、曲がりを矯正していくので、さっきブルーノが言ったように、竹の太さに応じた矯め木があると作業が楽なわけだ」
竿はあぶると柔らかくなるので、満遍なく熱して節を真っ直ぐに、揃えていく。
「加熱すると油がしみでてくるので、適時拭き取るが、この油がでなくなると矯正は難しくなる。後で仕上げの矯め作業をするが、微調整しか出来ないので、この矯めで確実に整える必要がある」
「ほう~この竹に糸をつければ良いわけではないんですね」
「まあそれでも木の枝よりは、ましだろうけど……それじゃ売り物にならないぞ」
「継ぎ竿も同じように作るのですか?」
「あっちはもっと複雑だぞ。竹を継ぐ部分は凸凹両方とも削って、それぞれ外側をヤスリかけて絹糸を巻いて漆で固めるんだ。そうすると丈夫になるし、見た目にも非常に美しい。和竿は日本独自の伝統工芸でもあったんだよ」
竹は古くから世界各地で、釣竿として使われてきたが、和竿と洋竿の製法では決定的に違う部分があり、それゆえに日本の竹竿は和竿と呼ばれている。両者の大きな違いは、竹を割るかどうかと、和竿が漆塗りで仕上げている事の二点だろう。
「さて、こうやって矯めをしたら、節の部分を少しヤスリで削り、更にナイフや彫刻刀などで枝が出ていた部分を丁寧に削って、仕上げに目の細かい紙ヤスリで表面を磨く。これ、いい加減だと漆を塗ったとき、色がまだらになるからな。継ぎ竿ならこのあと切り離して継ぎの加工に入るんだが、のべ竿なので漆の胴塗りをする。この漆は瀬〆漆という、なんの加工もされていない、生の漆だな。粘りけが強くて、接着剤に使われるほどだ。これを刷毛か手で竿に塗っていく訳だ。まあ、その前に竿を砥粉で磨いてから、お湯と布で丁寧に拭って乾いた布で拭き取る作業がある」
黒足たちも見よう見まねで、竿を作っていく。
「漆は満遍なく塗ってから、布で拭き取る。拭く布は滑らかで、糸の抜けないものがいいな。そうじゃないと竿に糸屑がついてしまうから注意が必要だ。この作業を数回繰り返し、薄く均一に塗りあげたら室にいれて乾燥させる」
「ムロですか?今の時期なら、すぐ乾燥するのでは?」
「普通の塗料ならそうだが、漆は違う。漆の乾燥というか硬化は、空気中の水蒸気に含まれる酸素と、漆に含まれる酵素が触媒となって酸化反応を起こすことで、固まるんだそうだ。だから、冬の乾燥した時期は逆に乾かないんだよ」
「……酸素が控訴で、ショックばい?」
「いや、意味わからんよ」
熊本弁か?
「化学変化の仕組みは置いておいて、乾く条件だけ覚えとけ。気温が25度弱で湿度が80パーから90パーセントに保って一週間ぐらいだ」
急造の室に竿をいれて、別の作業にはいる。
「ブルーノ、竹の穂先はどうだ?」
「これはこれで、悪くないですが、魚に合わせて竿を変えるなら、穂先も選択肢がほしいですね」
真剣な面持ちで蜘蛛糸を巻きながら、ブルーノが答える。その顔は竿から一ミリも動かない。……やっぱり、うちの国には不敬罪って言葉はないみたいだな。
「そうか、前世では鰯鯨や、背美鯨の髭が使われたりしたんだが、外の海に鯨は居るのかな。もしくは魔物の毛や筋で代用できないかな?」
とりあえず、竹ひごを穂先にしたが、利用範囲は広くないよな。鯨はたぶんダンジョンの、海洋エリアには居ると思うけど、地上で手にはいる素材の方がいいだろう。ちなみに俺たちの竿は、まだ先端まで残っているので、試し釣りして問題なければ、穂先にテグスを結ぶ紐をつけて完成だ。これは、昔ニジマスの釣り堀で貸し釣竿として、使われていたものがそのままだったから同じようにしてみた。
「大型の狼の髭などは、使えるかもしれませんね」
「なら、ヨルンに言って用意させよう。後は……釣り針はどうだろうか?」
「大きさによりますね。我々がやれば、かなり小さな物でも作れますが、外の細工師でそれができるかどうかは、わかりません。消耗品ですからあまり高くできないでしょうし、それで採算が取れるかという問題もあります」
「それは別に構わないよ。ドワーフに作れるなら、この世界の品物だし、時間が掛かっても、いずれ普及するだろうからな」
のべ竿の次は、つなぎ竿で、その後はリールを付けて投げ竿、タナゴ竿はさすがに趣味が過ぎて、売れないかな?
この世界に和竿的な竿を普及させていけば、いずれは○平○平のような、釣り好き少年や、○平○平のような、竿作り名人がこの世界にあらわれるだろう。
「じゃあ俺は浮きを作るから、工房にいくよ。何かあったら聞きに来てくれ」
「わかりました」
果たして次回、釣り道具は完成するのだろうか……




