104 ケット・シー 王国の危機(後)
「お食事中に失礼いたします」
「ふむ、珍しいな、何があった」
それは仕事に押され、遅い昼食をとっている時の事だった。
「実は娘から報せがありまして、何やら不味いことになったと」
「ほう、お主の娘が仕事中に、電話を掛けてくるとは珍しいな。…いや待て、お主の娘は確か」
「はい、電話機越しの声は周囲の騒音によって、あまり良く聞こえない状況でありましたが、なにかしきりに不味い不味いと声が…それに、俺らが制圧したなどと物騒な声も」
話を聞き、わしは考える。不味い状況とはなんであるか、仕事中に電話をして来るほどの、差し迫った事態、電話越しに聞こえたという周囲の騒音と制圧という言葉…。
「まさか……まさか暴動が起きているのか!?…それは確かに不味いぞ、わかった、ならば、わしも出よう」
「なんと!」
「先日の妄申時には、しかと諌めたつもりであったが、よもやこのような事になろうとは。できの良い息子と思っておったが、わしも人の親。我が子かわいさに目が曇っておったか」
「陛下…」
「行くぞ、宰相。時は我らに味方せぬ、急ぎ近衛を召集し、現地へ飛ぶぞ」
「はは!」
我の名はプフナール・ニャンデス。ケット・シー王国国王である。
先日、我が息子アントニャオが、炬燵禁止並びにうち壊しの強制令などという、とんでもない事を上申してきおった。確かに炬燵に引きこもり産業すら停滞する、現在のこの状況を、国の危機と考えるのは理解できる。だが、だからといって、民の財を勝手に禁止しうち壊すなど、あってはならぬこと。強行におよび民の怒りをかったとなれば、場合によっては我の手で処断せねば、民衆は収まらぬかもしれぬな。
時は暫しさかのぼる。
「いけ~、そのままそのまま」
カツン。
「やった~」
「まだだ、まだ終わらんよ。まだ最後の一投が残っている」
「滑る~回る~ドリフト~」
リリパットがストーンに乗って、滑る。いや、それはドリフトじゃないだろ。
リリパットは体が小さく、ブラシが使いにくいと言うことで、ハンデとしてストーンに乗って体重移動によるストーン操作を認めた。まあ、回転すると操作どころではないので、諸刃の剣にもなるようだが、本人たちは非常に楽しそうだ。
「ふふふふ、この競技なら身体能力の差は、関係ありませんから、我ら人族でも鬼族に負けませぬぞ」
「確かにな。だが、氷上のバランス感覚はどうかな。貴殿、膝が笑っているぞ」
「公王様、早く天ぷらたべたいにゃ~」
「もう少しで揚がるかもうちょっと待て」
競技はそれなりに盛り上がっているのだが、料理人の手配がつかなかったのは失敗だった。まさか食堂の親父が、旅行に行っているとは思わなかった。
仕方なく、俺が揚げているのだが。
「公王様、この天ぷらまず~い」
「う、すまん。魚じゃなくて俺の腕の問題だ。昔から天ぷらはあまり上手くないんだよ。唐揚げならそこそこ上手くできるんだけど、魚は腹がハネたりで、どうにも上手くいかないんだよな」
「ステラよ、文句言わずに自分で揚げてみるにゃ」
「無理にゃ。あちきは姫にゃから、揚げ物なんて普通に無理にゃ」
「まあ、天ぷら揚げる姫とか、聞いたことないのは確かですね。魔術研究家の姫も、聞いたことありませんが」
「不味いー」
「確かに、この天ぷらは不味いにゃ、誰か天ぷらの上手い者を、知らんかにゃ」
「それなら、私に心当たりが」
「おお、ニャルタニャン。頼めるならすぐ頼んでほしいにゃ」
「わかりました、電話してみます」
「いけーすっ飛ばせー」
「ふははは、我らが制圧したぞ」
「………直ぐに、対応してくれるそうです」
ニャルタニャンが少し離れ電話する。周囲の騒ぎで聞き取りにくいのか、何度か同じやり取りが繰り返されたが、どうにか連絡できたようだ。
そうして暫し待つと、転移ゲートが開かれ、完全武装のケット・シーの部隊が現れた。
そして、氷に足をとられて次々転んだ。
「ニャルタニャン!?」
「にゃ!?父様これはどういう事にゃ」
「どういう事とはどういう事だ、何やら不味い事態と聞いて、駆けつけてみれば、いったいこれはどうなっているんだ」
殿下か叫び、ニャルタニャンも声をあげる。ニャルタニャンの語尾がにゃになってる事から、大分焦っている様子がうかがえる。
そして、更に転んだケット・シー部隊の後方からも声が上がる。
「アントニャオ、どういう事か説明せえ」
「!?ちちー陛下、何故ここに?」
「天ぷらが不味いから、揚げ物の上手い者に電話した?」
「父様上手にゃ」
「いや、お前な…」
「宰相は天ぷらがうまいのか」
「いえ陛下、家族内で食べる程度の話でして、とても人様に誇れるほどでは…」
「大丈夫にゃ、公王様の揚げた天ぷらよりは、父様の天ぷらの方が美味しいにゃ」
「これ、ニャルタニャン失礼だぞ……公王様?」
ニャルタニャンの父が俺を見る。いや、それ以上に殿下の父親であるケット・シー国王陛下も居るんだよね。
「は、ナラ公国公王をしております、奈良健人と申します」
俺は、片ひざをついて頭を垂れる。
俺の国ってケット・シー王国の属国みたいなものだからね。陛下がそれを知っているかどうかはわからないけど。
「ああ、よいよい。貴公の事は、それなりに調べさせてもらっている。家のアントニャオとステラが迷惑をかけてすまんな。それと、旨い食事や新鮮な魚を、我も楽しんでおる。マグロやら鰹やら、海の魚は食べたことがなかった。貴公のおかげで、我が国の暮らしも大きく向上した。今後も良い関係を続けて行こうぞ」
「は、ありがたきお言葉、感謝いたします」
「まあ、そう硬くならずとも良い。折角来たんじゃ、宰相に天ぷらを揚げてもらって食べようではないか」
「では、テントをいくつか出しますので、皆さんお使いください。それと、暖房器具です」
「それはすまんな……で、この小さいのが暖房器具とな。これはいったい何じゃな?」
「陛下、これはカイロと言うものだそうです。この様に懐中で暖をとる物で、炬燵に代わる携帯型、暖房器具になります」
俺が取り出したカイロを手に取り、殿下が捕捉説明を加える。
「ほう……そうか、アントニャオはこの道具の取引をしておったのだな。うむ、宰相。明日にも輸入出来るように頼むぞ」
「はい」
「いやあ、しかし、アントニャオが、乱心しとらんでよかった。それに新たな暖房器具も、手配していたとは感心感心」
「そ、そんな、乱心なんてしていませんよ」
殿下が微妙に視線をさ迷わせながら言う。
俺のところに来たときは、大分混乱していたからなあ。それに陛下も、本心で言っているというより、そういう流れで話をまとめようという感じだな。さすがにこの状況は、交易の打ち合わせ現場には見えないからな。
「む、確かに宰相の天ぷらは旨いな」
陛下が天ぷらをつまみ言う。確かに俺の天ぷらと比べたら、雲泥の差だな。もう俺の天ぷらは、ただの生ゴミにしか思えん。
「あそこで、酒盛りしておる連中が飲んでいるのは、貴国の旨い酒か?もしここで出せるなら分けてもらえぬか」
既に鬼族は宴会モードだ。
自由で羨ましいな。
「陛下、仕事中ですぞ」
「たまには良いではないか。軽く暖まる程度じゃ、皆にも振る舞ってやろうぞ。ところで、あの盛り上がっとる連中がしておるのは何かな。氷の上を掃除しておるようだが、楽しいのか?」
陛下がカーリングを見て疑問を口にする。
位置的にストーンが見えていないのかな。
「石を滑らせて陣取りをするゲームにゃ。ステラは勝ち抜けしたので、天ぷらを食べる権利を得たにゃ」
「ほう、なかなか面白そうではないか。近衛も交代で食事なり、ゲームなり自由にして良いぞ」
「陛下、公王の話では、寒い時期にしかできぬ遊びが、多々あるそうです。我が国の民も炬燵に引きこもらず、それらを楽しむよう、何か働きかけてはどうでしょう」
「ふむ、よいな。大会を開くなら、我らから賞を出そうぞ。さしあたり、ステラ杯とアントニャオ杯は決まりだな。メインの重賞は国王杯になるかな」
「ステラ杯は何を副賞にするにゃ」
「それは、ステラが考えんか。ステラの名で賞を送るのだ、賞金なり賞品なり、ステラが考え用意するのが筋であろう」
「え~」
こうして、ケット・シー王国の危機は和やかな感じで回避された。
基本的にケット・シーは弛い感じの生活なので、一部の王族が心配性だったという見方もできるが、何にせよ平和で何よりであった。




