103 ケット・シー 王国の危機(中)
室内に響くステラの悲鳴。
だが、クーナやドニーズは、ただ苦笑していた。
ドニーズには、顔があるのかという疑問があるわけだが、兜の面が若干そんな感じで歪んでいたりする。
「寒いにゃーーー 止めるにゃーーー このオバサン誰にゃーーー」
鉄壁の守りを誇っていたはずの、ステラの要塞と重装甲は、レオーネ突撃兵によってことごとく剥ぎ取られ、ついに真冬の寒気がステラを襲う。しかし、突然の襲撃に狼狽したステラが、苦し紛れに言い放った一撃は、決して触れてはいけない部分を、見事にクリティカルで抉った。
「あら、年齢の事を言うなら、むしろあなたは、おばあさんじゃないかしら」
「あちしは、まだ50前にゃ、まだピチピチの若ものにゃ」
「あら、まだ年齢一桁の私が、シワシワだといいたいの?そんな酷いこと言われると、私ちょっと悲しいわ」
男二人は室温が一気に下がったのを感じた。そして、すぐに行動に出た。
ケントは逃げ出した。
だが、アントニャオに回り込まれてしまった。
ケントは逃げられない。
アントニャオは逃げ出した。
だが、ケントに尻尾を掴まれてしまった。
アントニャオは逃げられない。
ケントは逃げ出した。
だが、アントニャオに足を引っかけられた。
ケントは逃げられない。
アントニャオは……
「放せ、公王。おみゃーが連れてきたんだ、責任とるにゃ」
「お前の妹の失言が原因だろうが、お前こそ責任とれ。俺は帰る」
「あんたら、ちょっと見苦しすぎるわよ」
あまりの状況にクーナがもらすが、男二人はその場から逃げる事に必死で、クーナの言葉は全く耳に入っていなかった。
「ともかく、貴女はその重装甲を外して、砦からでなさい」
無論、重装甲とは服の事であり、砦とは炬燵の事である。
この世界では、本来種族間の言葉が異なっていたが、召喚された俺に合わせて他の種族が日本語を話すと言う、あまりにも強引な形で翻訳がなされた。最初、普通は逆ではないかと思ったが、しかし、慣れてしまえば、以外と不自由がなく、かえって都合がいいとさえ思っていた。
だがしかし。
俺が重装甲だの、砦だのと考えてしまった結果、翻訳されて聞こえてくる会話も、それに準じているのはどうなんだ。
いくらなんでも、義母が服を装甲と呼ぶことはないだろうし、炬燵も同様だ。
「いや、さっきから思考が漏れてるにゃ。たぶんこの部屋の防犯機能で、じゃみんぐ君が弱まってるにゃ。だから漏れて聞こえた、公王の表現が、面白かったんじゃにゃいかにゃ。だから同じ表現を使ってるんにゃと思うにゃ」
「若様、正解です。でも、貴方達も何故か逃げ出そうとしてたわね。それもかなり見苦しい足の引っ張りあいをしながら。若様と婿様も、ここに座って少し反省しましょうかね」
そして、俺たち三人は義母から説教を受けることになった。
それもこれも、全てステ…
「反省が足りないなら…」
すみません反省します。
「寒いにゃ。こんにゃに寒いにゃに、なんで凍った池にくるにゃ。落ちたら死んでしまうにゃよ」
「ここの氷は大丈夫だ。確かに人が普通に乗ったら割れる強度だったが、魔法で強度を増してある。それに、少しは体を動かないとダメだろ」
街の近くにある池に、氷が張ったので、魔法で強化してもらい人が歩けるようにしてもらった。そして、俺達は今、その氷の上に居るわけだ。ちなみに助っ人のお三方はそれぞれ仕事に戻られた。一端ここまで来たが、クーナはクリフが冬眠しそうだといい、ドニーズは鎧が氷に張り付いて動けないと言って、帰った。義母は普通に仕事だそうだ。
「公王、はっきり言ってやってよいにゃよ」
「いや、絶対に言ってはいけない言葉だと思うので、俺は口にできませんよ」
「にゃら、にゃーが代わりに言うにゃ。……………ステラは………デ○ったにゃ」
言う直前、呼吸が荒くなっているし、凄い汗かいてるし、言った後、正しく言ってやったぜって顔になったけど、直後に、いや違うんだよって感じで挙動不審になったな。しかも一部伏せ字にしてるし。
「これは、冬毛のせいでそう見えるだけなのにゃ。本当は夏と変わっていないのにゃ」
対してステラは全く怒ることなく、穏やかに殿下の指摘を訂正してきた。確かに猫の毛は夏と冬で変わるから、見た目もだいぶ変わるんだよな。それが本当にステラに当てはまるかは知らないけどさ。
「まあとりあえず、冬の新しい遊びを始めるから、少しはやってみてくれ」
まあ、本物の道具はないので、それっぽいというだけのものだが、ようは冬でも楽しめる何かがあれば、ケット・シー達も少しは外に出るだろうという考えだ。
「あと、これやるから、使え。それと寒いならもっと服を着ろ」
「えー、動くときに服を着ると、被毛がすれるにゃから、好きではないにゃ」
動かない炬燵では服を着て、外では脱いでいるって、それ逆だろ。
「?なんにゃ、このポーチは。暖かいにゃ」
「店で売ってる、使い捨てカイロってあるだろ、あれが発売される以前に使われていた物で、オイルやベンジンを使用するカイロだ。使い捨ては鉄の酸化熱を利用して、どこでも簡単に使えるようにした物だけど、このカイロは白金、つまりプラチナの触媒作用による酸化反応熱原理を利用した物なんだ。使用するさいに火を使うが、酸化反応に必要な温度を与えるためで、燃料を直接燃やさない不思議アイテムだよ。手軽さや色々な種類で、使い捨てカイロが普及したけど、暖かさでは比較にならないので根強い人気があった。まあ、俺がこっちに来る直前の話だから、今頃使い捨てカイロでも、めちゃくちゃ熱くなる商品が販売されているかもしれないけどね」
「ふおおお、これは凄いにゃ」
「あ、もちろん魔道具でも作れるだろうけど、発熱させ続けると以外と魔力使うみたいだから案外難しいぞ」
「燃料は店で売っているにゃか?」
「ああ、燃料は何種類か扱っている」
本体で有名なのはやはりハク○ン懐炉だろうけど、他にも有名なオイルライターのメーカーもカイロを販売していて、そのライターオイルやキャンプ用のホワイトガソリンもカイロに使用できる。
「ステラ、ちょっとにゃーにも触らせてほしいにゃ…こ、これにゃ、これがあればケット・シーは救われるにゃ」
江戸時代は囲炉裏で熱した石をカイロにし、明治時代は麻殻から作った炭を燃やすカイロ灰になり、大正時代に白金触媒カイロが生まれ、昭和の使い捨てカイロを経て、再び白金カイロが注目されていた。
「それと、燃料の問題があるので、外の町用に、さらに古いタイプの炭を燃やすカイロを作成中だ。まあ、そっちは練り炭も含めてなので、まだ製品開発中だけど、この冬のうちに何とか売り出す予定だ」
「南町で使うにはその方が助かるにゃ」
「じゃあ、暖まったところで勝負するか。先ずはカーリングだ!」
「カーリング?」
「厳密なルールは俺もよく知らないんだが、ようは専用の石を氷の上で滑らせて、的に近いほど得点になる競技だと思う」
「曖昧だにゃ」
「まあ、そのへんローカル・ルールで、やっていけばいいと思うんで、多目に見てくれ。ちなみにこれ、チーム戦だから各種族で代表決めて大会もやるつもりだ。幸い殆どの種族が参加出来そうだしな」
若干不安なのが、リリパットとケンタウロスだな。リリパットは力があるので押し出せると思うけど、ブラシで掃けるのかという問題があり、ケンタウロスは、体形的に投げられるかどうかわからん。まあ、状況によっては混成チームにすればいいだろうな。
「ちなみにな、この凍った池でやっている理由として、あそこに居るドワーフ達が釣っている魚をここで、食べられるという理由があるからだ」
「魚?」
「ワカサギという魚を、天ぷらにして食べる予定だ」
「ワカサギ?初めて聞く魚にゃ」
そりゃそうだろうな。ぶっちゃけダンジョンで、産み出されたワカサギを捕獲して、ここに放したから、この池にとっては外来魚になるもんな。
ちなみに釣り道具セットと餌は、俺の店で販売されてました。
餌は生き餌じゃなくて人工のやつだけどね。生き餌と比較すると、食いつきが悪いらしいけど、俺的には丸ごと食うなら、人工の餌の方が気持ちが楽なので、漁師たちには頑張ってもらいたいところだな。
生き餌の場合は赤虫が最強らしい。ただ赤虫はアレルギーを引き起こすので、利用には注意した方がいいだろう。余談だが、そうした餌がワカサギの腹にどれだけ入るのかという不安を感じる方も居るだろうが、聞くところによれば、きちんと針につけた餌であれば、簡単に魚にとられることはないそうだ。つまりワカサギを食べる=餌も一緒にということではないらしい。
「この時期に釣りを楽しむために用意した魚だよ。まだ誰も食べたことがないかな」
「それは楽しみにゃ、早くカーリングをはじめるにゃ」
「では、殿下とニャルタニャンは、ステラチームで。俺も応援を呼んでますんで、そろそろ来るでしょう」
とりあえずヨルンとモーブが俺のチームで、あとはコボルトがくれば、チームを組ませられるかな。
わが家の炬燵は猫様によって占拠されています。




