102 ケット・シー 王国の危機(前)
「公王、大変なことになった」
ある日アントニャオ殿下が訪ねてきてそういった。
殿下は鋭い視線で俺を見据えると、静かに歩みより俺の対面に座った。
殿下の眉間にはくっきりとMに似た模様が浮かんでいる。
黒猫なのに。
しかし、どこかの魔導師に力をもらったわけではなく、単に皺がよってそう見えるだけのようだ。
対面に座った殿下は、難しい表情のまま、口を閉ざし語ろうとしない。
語る事を迷っているのだろうか?
やがて、殿下は静かに目を閉じる。
その目が開かれるとき、決心がつき重要ななにかが語られるのだろう。
俺は静かに言葉を待つことにする。
…
…
「Zzzzzz…」
…
「殿下、何かお話があったのでは?」
「…!?そうだったにゃ。我が王国は今、大変な事になってるにゃ」
どうやら目的を思い出してくれたようだな。しかし、こたつに入ったとたんに寝てしまうとは、相当に疲れているようだな。
「…」
「…殿下?」
無言で座っていられても、話は進まないので、話していただきたいのだが。
「もう、話さずともわかったにゃろう」
え、俺は思考が漏れる体質だから、話さなくても伝えられるけど、殿下にもそんな能力があったのか?しかし、俺にはサッパリわからないんだが。
「いえ、サッパリわかりませんが」
「そう虐めにゃいでくれにゃ」
「いや、スミマセン本当にわからないのですが」
「そ、そうにゃか。…わかった、話すにゃ。全てはこの…魔、道具が悪いにゃ」
「魔導具?どれですか?」
殿下が、何かを持ってきたようには見えなかったし、魔法のポーチから取り出した様子はない。俺の家には魔導具は皆無で、地球の家電か前時代的なアナクロ道具のどちらかだ。
「魔導具ではないにゃ、悪魔の道具にゃ」
えー尚更わからないんですが。
「にゃんだ、本当にわからにゃいか、からかっているなら怒るにゃよ」
「本当にわかりません」
「これにゃ、この道具にゃ」
言って、殿下はパシパシ炬燵板を叩く。
「炬燵ですか」
「そうにゃ、今我が王国は滅亡の危機にひんしているにゃ、この炬燵のために食料生産を含む、全ての産業が停滞し、町どころか国の機能すらも、失われようとしているにゃ」
何それ、どう言うことだよ。
「この異常かつ非常な事態に対し、我は国王陛下へ近衛の動員を上申したにゃけど、却下されたにゃ」
「えっと近衛を使ってどうするつもりだったのです」
「炬燵禁止令と、炬燵の打ち壊しにゃ」
おいおいおいおい、ちょっとこの殿下ネジが飛んでないか。
「あの、殿下。俺も流石にそれはないかと」
「で、あろう」
殿下は、我が意を得たりと満足げな顔をする。
が。
「いえ、俺も陛下に賛同しますが」
「なんにゃと!?ケント、お前もか!」
あんたは、ガイウス・ユリウス・カエサルか。
「状況が今一つわかりませんが、殿下が冷静ではないことはわかりました。一体何がそうまでさせているんです」
「…」
「話せないことなのですか」
「…ステラが……」
「ステラがどうしました」
「…我が妹ステラが…炬燵の闇に落ちたにゃ」
「…」
「…」
「では、私は仕事がありますので」
「待つにゃーーー」
「やかましい、炬燵の闇とか知らねーよ、流石にこんな話聞かされたら、不敬だろうが知るか。帰れアホ」
「そこをなんとか、もう少し相談にのってくれにゃ、これは友としてお願いするにゃ」
ぬぬぬ、なんだかシスコン臭が、漂ってきた気もするが、友としてと言われては、無下に出来ん。いつの世も支配者は孤独なものだからな。
「つまり、ステラが炬燵から全くでなくなってしまったと」
「そうにゃ我もケット・シーにゃ、一日18時間ぐらいなら炬燵に入ってたり寝てたりしていても理解するにゃ。にゃけどステラは毎日一時も炬燵から出ることなく、食っちゃ寝しているにゃ。ステラ程の例は稀にゃけど、人々が炬燵に引きこもって働かない事態に、国は麻痺し始めているにゃ。ステラを炬燵からだせたなら、なにか道が開けそうな気がするにゃ」
なるほど。最悪の状態から回復したなら、他はもっと楽だろうと言うことか。
「寝るのはともかく、食事はどうするんです。誰かが世話してるんですか」
「稼働実験と称してゴーレムにやらせているにゃ。もちろんゴーレムに料理は無理にゃけど、公王の店には保存のきく食べ物があるにゃし、ステラは無煙コンロを参考に魚焼機を作って炬燵の上で焼いて食べてるにゃ」
「なるほど…いや、ちょっと待ってください。食べ物をゴーレムが提供しているのは理解しましたが、出す方はゴーレムには無理でしょう。妖精だってしますよね。どうしてるんです」
「にゃんだと!?公王、お前」
「いや、生物学的な確認です。その行為には欠片も興味ありません」
「そうか、でも…なんにゃら貰ってくれて良いんにゃよ」
「何で急に、態度が変わるんですか」
「まあその、あれにゃ、妹は研究者肌で何だから、あれなんにゃ」
実は適齢期を過ぎてるとか、研究ばかりで相手がいないとかそんな感じか。
「とりあえず、話を先に進めましょう」
「わかったにゃ、任せるにゃ」
「いや、任されないし、任せませんよ。どうとでも取れる言葉で、俺に相槌打たせて、どうするつもりですか。そうではなく炬燵の件です」
「…… 炬燵にゃけど」
「今、小さくなにか言いませんでしたか?」
「言わないにゃ。炬燵にゃけどステラは、特注の座椅子を使っているにゃ。その座椅子の下には壺があるにゃ」
「ま、まさか」
前世、俺には常々疑問に思っていた事がある。それは、所謂部屋に引きこもった人たちは、どうやって排便をして居るのかということだ。大多数は家のトイレを利用しているが、全く部屋をでない場合など、室内で済ませて家族に後の処理をさせているとか。そして、ステラは座椅子の下に壺。
「ゴーレムが後片付けを?」
殿下はゆっくり首を振り、言った。
「スライムにゃ」
翌日、俺達はステラの部屋を強襲することにした。
警備用であるゴーレムがいると言うことで、戦闘に長けたものを揃えて行ったのだが、一応独身女性の部屋ということで、俺の他は全て殿下から入室を断られた。
俺は良いのか?と思わなくもないが、それだと話が進まないのでスルーした。
仕方がないので、俺と殿下+三名の女性という事になった。
助っ人女性その一、アルケニーのクーナ。上の人である人族のクーナは多少槍が使える程度だが、蜘蛛のクリフは特殊な糸を使った捕縛術を得意としている。
助っ人女性その二、デュラハンのドニーズ。全身甲冑な妖精で剣を使う。甲冑の中身はなく甲冑が本体であるが、リビングメイルではないので、アンデッドではない。某錬金術師の弟のように、鎧に魂が憑依している訳でもなく、鎧姿の生き物。小さい鎧として生まれ、成長するごとに大きくなるらしい。彼らの家に招かれれば、赤子の鎧にも会えるかもしれない。
助っ人女性その三 ハイ・コボルトの義母レオーネ。不条理とまではいかないが、標準的な同族の三倍ぐらいの速度で動き、知識もあって男性なら族長候補筆頭だった人。
なお、レオノールは妊娠中で、モーナは非戦闘員に属すのでこの場にはいない。
ニャルタニャンは、殿下同様ステラに甘いので、突入ではなく周辺警戒だ。
「この部屋に籠って、食っちゃ寝しているという子を、どうにかすればいいのね」
「そうです」
「こ、公王、にゃーは少し寒気がしてきたにゃ。風邪引いたかもしれにゃいから、部屋で休んでいいにゃか」
「だめです。殿下は責任者です。最後までいてください」
「ぐぬぬ」
唸ってもダメ。大体その寒気は風邪じゃないと思うよ。
「突撃しますが、ゴーレムを敵対させないために、友好的に、遊びに来たという感じで行きます。外に連れ出す理由も説明した通りですから、合わせてくださいね。では…こんにちは~~ハッピーニューイヤー」
「明けましておめでとうございます」
「こんにちは」
正直に言えば、ステラの部屋には、どれ程の腐海が広がっているのかと、少し恐ろしかったのだが、入ってみれば案外整頓されていた。ただ、部屋の一角が工房のようになっており、そこだけは大分散らかっていたが。
そして、俺達が室内に入ると、炬燵脇の大きな物体が、びくりと震えた。
それは最初、積まれた洗濯物の山のように見えた。
だが、だが整頓された部屋のなかで、その洗濯物の山は、大きく分厚く重く、そして、いい加減すぎた。
どこかの巨大な剣を彷彿させる表現だが、それだけ違和感があるということだ。
いや、この洗濯物が工房に積まれていたのなら、むしろ違和感がなかったと言える。
しかし、整頓された部屋にあるその光景。それは正に、奇っ怪だった。
だが、何枚かの布が転がり落ちると、それは重ねに重ねた服に潜った、大きな毛玉であると知れた。
否、毛玉ではなくステラなのだろう。服が何層にも重なって見える部分、恐らくは襟だろうか?その襟奥に見える毛玉に二つの目が開かれ、次いで口が生まれて声が発せられる。
「なんにゃ~もう年が明けたにゃか~」
その声は非常に眠たげだった。
「殿下、まさか一年この調子で、過ぎたと思っている何て事は?」
「流石にそれはないと思うにゃ。でも昨年の冬からの時間感覚は、とんでもなくあやしそうにゃ」
去年の冬って、いつからだよ。
「にゃーーーーーーーー」
そして、殿下と話していると、突如室内にステラの悲鳴が響き渡った。
デュラハンは、アンデッドではなく妖精だから、子供の頃があっても良いはず。
と、思い成長する鎧という事に。
ドニーズの名前は聖ドニを参考にさせていたしました。
聖ドニは、処刑(布教し過ぎて異教の怒りを買い殉職)された後、切られた自分の首を小脇にかかえ、説教をしながら数キロを歩いてから、倒れて本当に死んだとか。
その倒れた場所は、現在サン=ドニ大聖堂となっています。




