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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
後章
122/125

Chap.2 - EP4(7)『魔女 ―夢の中で―』

 アムロイは微睡まどろみの中にいた。


 全身の打撲と発熱で、未だ意識を覚ましていない。


 夢の中、アムロイは思い出す。


 この復讐のはじまりを――。




 はじまりは、姉ヘレーネがクローディアに殺され、力を奪われた三年前の事件からだった。


 姉は聖女に選ばれたばかり。

 その直後に、姉の友人であったクローディアは姉から力を奪い、自分がダンメルク王国の聖女となったのだ。つまりクローディアこそが魔女なのだと、アムロイは信じていた。


 しかし魔女はクローディアではなく、自分が信頼していた下女のギルダだったのだ。


 いや、魔女が一人とは限らない。聖女が複数同じ場所にいるように、魔女だって二人、三人といても怪訝(おか)しくはないはず。


 けれどもその魔女であるギルダが言ったのだ。


 クローディアは、聖女(フローラ)でも魔女(ウェルム)でもない、ただのまやかしだと。


 どういう意味なのか。

 分からない。



 そもそも聖女とは何なのか。


 恵みと力を齎す、神霊(フロース)の地上代行者。

 そんな型通りの言葉はどうでもいい。

 思い返せば復讐の原因も、元を辿れば姉に聖女の力が宿ったからに他ならなかった。そのせいで姉は殺されたのだ。


 聖女の力が宿らなければ、今でも姉のヘレーネは生きているはず。


 それに、姉から力を奪ったと思っていたクローディア。

 あの女が聖女でも魔女でもないなら、正体が何なのかなんて全く分からない。

 けれどもそのクローディアも、様子が怪訝(おか)しくなっているのだけは確かだった。


 もしかしたら、自分やレイアもいずれは同じように――。


 そんな事さえ考えてしまう。


 何もかも、誰も彼もが聖女のせいで、不幸になっているのかもしれない。

 亡くなったオヴィリオ王子は、かつて言っていた。



 この世の全ての聖女(フローラ)を、認めない――と。



 出会って間もない頃、オヴィリオは世の不幸の元凶は聖女であると思いこんでいたのだ。しかしアムロイことジャンヌという聖女に会った事で、彼は考えを改めて聖女を受け容れた。しかしその結果起きたのは、死という破滅である。


 アクセルオだってレイアだって悉くの人間が、聖女との関わりで不幸になっていく。

 そもそもゼーラン王国を縛り上げていたのも、前の聖女との関わりの中で起きた事件からであった。

 その罪が聖女にあったわけではないにせよ、聖女が原因なのも事実。


 もしかしたら本当に、オヴィリオの言っていた事は正しいのかもしれない――。


 それが妄想と真実かどちらなのかさえ、アムロイには分からなくなりつつあった。


 そういえば――。

 

 姉のヘレーネも、そんな事を言っていた。




 三年前――。




 ヘレーネは聖女として見出された時、どこか悲しげで苦しそうな顔をしていた。

 アムロイはそれを、てっきり重積からくるプレッシャーなんだろうと思った。しかし姉は、こんな事を呟いたのだ。


「本当はあたし、聖女(フローラ)になんてなりたくないのかも」


 思ってもみなかった姉の言葉に、アムロイは「どうして」と尋ねた。


聖女(フローラ)になったら、あたしはずっと聖女(フローラ)として縛られてしまう。それがあたしは嫌」


 聖女(フローラ)に縛られるという意味を、この時のアムロイは分からなかった。けれど今なら、少しは理解出来る気がする。


「どうしてこの世界には聖女(フローラ)なんているのかしら。聖女(フローラ)が必要なのかしら」


 アムロイには、答えになるような言葉を持っていなかった。


「きっとあたしじゃなく、世界の方が間違っているのね。聖女(フローラ)が必要な、この世界が」


 それはまるで、この世への恨みそのものに聞こえたから、とても悲しい気持ちになったのをアムロイは覚えている。


 もう一度(・・・・)、そんな言葉を聞くだなんて――と。

 アムロイの悲しげな様子に、姉は優しく大丈夫よ、と微笑んでくれた。


「きっと、聖女(フローラ)に選ばれた事で不安になったのね。駄目ね、あたし。アムロイのためにもしっかりしなきゃ」


 その翌日、姉は殺されたのだ。


 果たして姉の言葉には、どれだけの本心があったのだろうか。

 本当に聖女を、聖女のいる世界までも、恨めしく思っていたのだろうか。




 そう言えば、同じような言葉を別の誰かも言っていた。だからアムロイは、もう一度(・・・・)だと思ったのだ。


 あれはいつだったか。誰だったか。


 姉が聖女に選ばれるよりずっと前。そうだ、もっと子供の頃だ。


 アムロイは、人質になっていた幼いレイア姫の遊び相手として、ダンメルクの城に登っていた。一緒に机を並べて学び、城壁内とはいえ城の外や中で遊び、仲の良い日々を過ごした。

 とはいえ、長い期間ではない。およそ二年と少し。

 あくまでレイアは人質だっただけに、特定の人間との親密な人間関係が築かれる事を、前のダンメルク王は嫌がったのだろう。


 やがてくる別れを前に、レイアは泣きじゃくってアムロイから離れようとしなかったのだ。


「いや。アムロイと離れるなんていや。レイアはずっと、アムロイとずっと一緒にいるの」


 あまりの執着ぶりに、アムロイ以上に近習の人間が困り果てる始末。

 そんなレイアにアムロイは、


「また会いに来ますから」


 と、宥めるように言った。


「ほんと? ほんとに? 絶対にまた会いに来てね」


 続けてレイアは、周囲を驚かせるような事を口走ったものだった。


「レイアはアムロイの事、大好き。だから将来はアムロイと結婚するの」


 子供の戯言と言うには、一国の姫という立場がある以上、笑って聞き逃す事は出来ない発言だった。周りの大人もどう言っていいやら呆れるばかり。

 それは無理です、と嗜めるのがせいぜいだった。


「どうして? どうしてダメなの?」

「それは……レイア様は王女殿下ですから、そういうのは……」

「そんなの知らない。そんなのいや。レイアは間違ってない。だって好きな人と一緒になるのが女の子の幸せだって、お母様も言ってたもの。だからレイアは好きな人と一緒になるの。もし間違ってるって言うのなら、レイアじゃなくてこの世の中よ。世の中のみんなが間違ってるわ」


 子供のレイアが言った、姉と同じ言葉。


 その時、無性に悲しくなったのをアムロイは覚えていたのだ。


 だから姉の言葉を聞いた時、とても悲しくなったのだろう。


 あの時から、レイアは変わってないような気がする。きっと今でも同じ事を言うだろう。

 であればやはり、この世界が間違っているのか。

 いや、間違っていようがいまいが、それがこの世の道理なのだ。


 聖女によって、神霊によって、世界は安らかであるのだ。


 けれど、その聖女や神霊が、今の苦しみの原因ではないのか。




 ラグイルは言っていた。


 神霊は嘘をつかない。本当の事しか口にしない。


 だったら教えて欲しい。


 一体何が本当なのか。


 どうしてこんな事になっているのか。




 夢の中、深い深い水底から浮き上がっていくような感覚があった。


 見えてくるのは水面なのか、それとも空の向こうなのか。アムロイは、そこにラグイルがいるような気がした。


 ラグイルは何かを言っている。


 でも、何と言っているのか聞き取れない。


 聞こえない。


 何て――


 何て言ってるんだ。


 ラグイルが語りかける。


 それは――



「おはよう、アムロイ」



 いや、その声はラグイルではなかった。誰か別の女の人。


 瞼が重い。


 体はもっと重い。


 泥の中というより鉛の海に浸かっているみたいで、思考すらも不鮮明だった。

 しかし意識はまだ混濁していても、アムロイは自分が眠りから目を覚ましたのだという事は理解した。


 自分はベッドで横になっているのだろう。


 レイアが目を丸くして、誰より真っ先に泣きかけているのが分かった。


 今の「おはよう」はレイアだったのかと思った矢先、同じ声がもう一度して、アムロイはそちらに首と目線を傾けた。


「やっと会えたわ」


 声の方に目の焦点が合った時、アムロイの思考もまた鮮明になっていく。

 だが目覚めきった頭の中は、同時に思考停止もしていた。


「どういう……事……」


 まだ夢の中なのか。

 目覚めたのは嘘で、ここは夢の中なのかと、己を疑った。


「どうして――」


 いや、夢ではない。現実だ。

 なのに、夢よりも夢のようであった。

 ただしそれは、幸福な夢なのか、それとも悪夢であったのかは分からない。



「姉さん……」



 ジェラルド王、ホランド、ギルダの三人を付き従えて微笑んでいたのは、



「ヘレーネ姉さん……」



 死んだはずの、姉であった。

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