Chap.2 - EP4(3)『魔女 ―異変―』
アムロイが意識を失った直後、ギルダの言った通りクローディアらが馬を駆ってあらわれ、二人を発見した。
だが驚いたのはこの一団があらわれた事ではなく、気を失って横たわるアムロイの姿に動揺を浮かべた、クローディアの姿にだった。しかもみるみる内に、それは激しい感情へと変わっていった。
平たく言えば、取り乱したのだ。
理由は分からない。
意識を失い倒れているアムロイを前に、何故か捕まえに来たはずのクローディアが――。
〝蒼穹の聖女〟の異変に、供周りの騎士らも狼狽えざるをえなかった。
だが、同行していた聖堂聖騎士ら三人がその場を仕切る事で何とか混乱を鎮め、レイアとアムロイの二人も、朝を迎える前にはオーデンセの城に戻っていたのだった。
しかし、あの場にいたのがアムロイという事に加えて、クローディアの様子から、口にはせずとも気付かれてしまったのは明らかだろう。
ラグイルという聖女兵器の聖女が、アムロイだという事に。
少なくとも、三名の聖堂聖騎士らはそうであった。
では、それと突然のクローディアの変化に何の関係があるのか。
思えば、アムロイを目にしてからずっと、クローディアは面妖しくなっている。
そして城に戻った直後、城内で体を落ち着けるより先に、レイアとアムロイの身柄をどうすべきか、その場での議論がなされた。
「どうすべきかなど、言うまでもありません。その守護士の存在そのものが、クローディア様にとって悪しきものではないでしょうか。もしそうなら――いえ、仮にそうでなくとも、彼奴が我が王国に仇なそうとしたのは、先の聖女兵器の出現がその証拠。であれば生かしておく必要などございません。即刻、あの者を排除すべきです」
数日前には、そのアムロイに一緒に儀式を妨害してくれないかと密かに協力を持ちかけておきながら、コーネリアはいとも容易く手の平を返し、アムロイをすぐに処罰すべきと断じた。
それもこれもクローディアのためだというのは分かるが、あまりの軽薄さに、レイアは怒りよりも先に呆れてしまう。
だがコーネリアの主張に真っ先に反対したのは、意外にもそのレイアではなかった。
「アムロイ・シュミットへの手出しはなりません。それよりも、倒れたまま意識が戻ってないのですから、まずは回復させてあげるべきでしょう」
処断ではなく救いなさいと言ったのは、クローディア当人だった。
「何を仰いますか。此奴を回復させるなど――!」
「いいえ。傷付いた者をその機に乗じて手にかけるなど、王国の上に立つ者のする事ではありません」
「しかし――」
「黙りなさい」
目は血走り、顔は蒼白。
どこか狂気じみた顔のクローディア。
「しかし捕縛した身なのは変えられないでしょうから、普通に薬師を呼ぶわけにもいかないでしょう。そうね……レイア陛下は色々とご存知のようだから、陛下自らがアムロイを介抱なされるといいわ。ご異存はありませんわよね?」
突然矛先を向けられ、レイアは返答に窮してしまう。
当惑しているのはコーネリアやリカードも同じ。三人の聖堂聖騎士で比較的落ち着いているのはオズワルドだけだった。それでも、この成り行きに閉口しているのは他と同じであろう。
「……アムロイの事をレイアに任せていただけるなら、レイアに異存はございません」
「そう、良かった。けれど貴女もアムロイも、二人共に軟禁される身だという事は、理解するのですよ。何せ貴女はついさっき、私に向かって聖女兵器で戦おうとしたのだから」
「……」
独断で一方的に何もかもを決めていくクローディアに、黙れと言われた聖堂聖騎士らはただ口を閉じているのみ。
しかしそこでレイアは、彼ら騎士達の様子も変わってきている事に気付く。
まず、彼ら三人のリーダー格であるコーネリアが顔を俯かせ、息を荒くしていた。怒りなのか、それとも何かしらの苦痛を感じているのか。見ているだけでは分からないが、さっきまでと異なっているのは確かだ。
また、オズワルドとリカードの兄弟の内、弟のリカードも苦しげに顔を歪めていた。額に脂汗が浮くほどで、一方、兄のオズワルドにのみ変化は見られなかった。
クローディアだけではない。聖堂聖騎士にも何か異変が起きているのだ。
―― 一体、どういう事……?
それがあまりに不気味で恐ろしいものに思えても、レイアにはどうする事も出来なかった。
何も分からないし誰にも頼れない。頼れるべき人は――味方は――誰もいないのだから。
唯一心を許していると思っているアムロイでさえ、今は倒れたまま。
――アムロイ……! お願いアムロイ、レイアを助けて。
心の中で祈っても、冷たい無言だけが現実。己に宿る神霊も黙したまま。
魔女である事を明かしたギルダがもしここにいたのなら、何がしかの答えをくれたのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。
しかしそれはあの裏切り者に縋るようで、レイアはそれを抱いた自分に腹が立った。
そこへ――。
「聖女様の仰る通りだヨ。今すぐ処刑せずともいいではないか」
あらわれたのは、今や全ての元凶だと目されているモーリス博士。
この矮躯の男が姿を見せた途端、この場の誰もが不快さも露わな表情になった。
「面白い。実に面白いじゃないか。守護士が聖女だったなんて。そんな貴重な事例をみすみす処分してしまうなど、実に勿体ない。それにだヨ」
モーリスはコロコロとした丸い体型を揺らしながら、意識を失い横たわるアムロイへと近付こうとする。
反射的に、レイアがアムロイを庇うような仕草をした。
「レイア女王の守護士であるこいつを処刑すれば、女王の力に影響が出る。そんな事をすれば儀式は台なしになるじゃないか。少なくとも儀式が終わるまで、此奴の処刑は待ってもらわねばネ。あともう一つ付け加えるとだ――こいつが間違いなく聖女なら、神霊降誕祭の予備としても丁度いいじゃないか。いやいや、むしろそれがわかっていたなら儀礼の台座を三名分にしておいたのだがな。そうすればもっと効率良く確実に儀式が出来たものを。ん? ちょっと待て。今から台座を増設するというのもアリかもしれないネ。そうすると――」
一人で勝手にぶつくさと呟き出すモーリスに、誰もがゴミ虫を見るような目を向けながら閉口する。
そのモーリスの後ろから、また人が増えてきた。
彼の後追いで城の警備兵が駆けつけてきた恰好だろうか。
その中で、警護兵を取り巻きにして悠然と歩く姿が一人。
ダンメルク国王ジェラルドだった。
「いい加減にしろ、博士」
「おや、陛下まで」
「お前の我儘のせいで、これ以上儀式を長引かせる事は認めん。予定通り儀式はクローディアとレイア殿の二人で行うぞ」
モーリスは奇妙な形に両の眉を動かし、形容し難い表情を浮かべた。おそらく困っているのだろうが、人を小馬鹿にしているようにしか見えなかった。
「予定通りという事は」
「儀式は明後日だ」
レイアは思わずを目を剥いた。
今までやたらと引き延ばすかのように動きがなかったのが、急に明後日に行うなど。
思わず周りを見れば、クローディアも聖堂聖騎士も、共に聞いてないと言わんばかりの顔をしている。
「そうですか……ま、そういう事ならいいでしょう」
引っかかるような言い方だが、実際にモーリスに何か言いたい事があるのかどうかは分からない。
「クローディア、いいな」
「……はい」
レイアの腕が兵隊らに捕まえられ、アムロイも担架に乗せられて運ばれていく。
今、二人の味方は誰もいなかった。
ホランドも捕らえられ、ギルダは裏切りの魔女だったのだ。
何より、レイアにとって最も心の拠り所であるはずのアムロイは、とてもではないが無事だと言える状態ではない。
レイアは、己に宿るヤルダヴァートに、心の中で問いかける。けれど神霊からは、何も答えは返ってこなかった。
世界でたった一人。
しかも明後日には、自分は生贄――のようなもの――にされてしまうのだ。
怒りと泣きたい気持ちで心がバラバラになりそうだったが、それでもレイアは必死でそれを耐えた。耐えなきゃいけないと思ったからだ。
耐える事だけが、今の彼女の全てだった。




