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僕は聖女兵器  作者: 不某逸馬
後章
117/127

Chap.2 - EP4(2)『魔女 ―贈り物―』

 魔女(ウェルム)と言っても、外見に特徴的な違いがあるわけではない。

 その意味では聖女(フローラ)と同じである。


 それでもレイアがギルダを一目で魔女(ウェルム)と判別したのは、彼女の肩の上に浮かんでいた、小鳥サイズの人型を目にしたからだ。


 いや、人型にしては異形だった。


 頭部からは、甲虫類の大顎を思わせる突起物が、ツノのように突き出ている。体つきはほっそりとしているが、女性的な神霊(フロース)と違い、どちらかと言えば男性を思わせる肢体である。また、魚類か両生類のものに似た長い尾が生え、背中にある羽根は、朽ちた植物の葉を思い起こさせた。


 どことなく悪魔的。もしくは小さな怪物――。


 神霊(フロース)の具象化とは明らかに異なる、別の具象化された怪異。


 つまりギルダの肩に浮かぶ不気味なものこそ、霊蟲(シラルイ)などではない、真の邪霊(ウェルミス)

 ギルダが魔女(ウェルム)だという、これ以上ない明らかな証だった。


 その彼女が纏っているのは、いつもの侍女の衣服ではなかった。

 黒を基調にした、体の線が浮き出るような艶っぽいドレス。

 髪型もほどいて流し、見慣れぬ装飾品を身に付けている。肩にはストールのような何かの毛皮が巻きつけられ、貴族の淑女というより、高級娼婦を思わせるような出で立ちにも見える。


 毛皮をオモチャのように指で弄びながら怪しく微笑み、ギルダはもう一度さっきの言葉を繰り返した。


「ねえ、聞かせて。レイア、貴女はそこのアムロイを殺すの? アムロイ、あなたはクローディアを殺すの?」


 しかしその問いに答えるよりも、アムロイには洪水のような混乱と疑問が頭の中で渦巻いていた。


「君が――君が魔女(ウェルム)だって……? どういう事なんだ? 君がどうして……?」

「どうして? どうしても何もないわ」

「ずっと……ずっとそうだったのか……。ずっと……僕を騙していたのか」

「騙していたとは、ちょっと違うかしら」

「何……?」

魔女(ウェルム)だというのは黙っていたけれど、それは言わなかっただけ。嘘はついてないわよ」

「言わなかったから嘘じゃないなんて、そんな――」

「本当よ。もしもあなた達に尋ねられていたら、私は魔女(ウェルム)だって正直に答えたでしょうね。多分」


 あの誠実で朴訥なギルダではない。魔女と呼ぶに相応しい、虚実の分からぬ不気味さが、彼女の全身をドレスよりも印象的に着飾っていた。

 何よりおぞましく思えるのは、それが見知った姿よりも、彼女に馴染んでいるように見える事だった。


「私は最初から、魔女(ウェルム)としてゼーラン王国にいたわ。それこそアクセルオ殿下の元で働くずっと前からよ。それを騙したって言うのなら、騙した事になるかもしれないわね」


 信じられないし突然すぎて、未だにアムロイの理解が追いついていない。

 いや、このままずっと、理解出来ないままなのかもしれない。

 けれども同時に、過去に起きた他の出来事も、ギルダが魔女であれば辻褄が合うと頭では理解しはじめてもいた。


 ゼーラン王国で頻発した霊蝕門(エクリプシス)

 門を人工的に開くすべを解き明かしたモーリス博士と彼女が組んでいたのなら、どうしてあの地であそこまで頻発しているのかの説明はつく。


 それに、アムロイがジャンヌであるとパウル王に知らせた犯人が誰なのか。それも同様だ。ギルダはジャンヌのお付きだったのだから、秘密を知ろうと思えば知りようはあっただろうし、パウル王にこっそりと知らせるのも容易であろう。


「じゃあ、君はもしかして……最初から僕の――ジャンヌの正体も知っていたのか」

「ええ。あなたの本当の正体なら(・・・・・・・)、そうね」


 含みのある言い方だが、二人は驚きが先走ってそれに気付かない。


「知っていて、利用した。僕の目的も、僕から聞かされる前から知っていたのか?」

「それは違うわ。あなたがゼーラン王国で何かをしようとしていたのは分かっていたけど、まさか姉の仇としてクローディアを殺そうというのが目的だなんて、聞かされるまでは知らなかったわ。あなたの口から直接聞いて知ったのよ」


 改めてアムロイの真の目的を耳にし、レイアは思わずアムロイを見る。


「君は――僕の敵なのか。クローディアやモーリス博士の仲間なのか」

「そうね。少し前まではそうだった――というところかしら」

「少し前? 今は違うとでも?」

「こうやってクローディア達が来る前に、先にあなた達二人の前にあらわれたのが何よりの証拠よ」


 クローディアが来るという言葉に、思わずアムロイは警戒するように表情を険しくした。


「安心しなさい。ちょっと仕掛けをしておいたから。あいつらが来るまでには、もう少しだけ時間があるわ」


 ギルダが、婀娜(あだ)のある笑みを浮かべる。


「それよりも、さっきの質問の答えを聞かせて頂戴」

「答えたらどうなるんだ? 何が目的なんだ」

「落ち着きなさいな」


 ギルダが口元に手を当てて、コロコロと笑う。


「そんなに警戒しないでいいから。そうね――答え次第で、とてもいい事を教えてあげる。それだけよ。反対に私の気に入る答えじゃなくても、ああそう、ってだけ。それで私とはお別れね」


 いきなり正体を見せた事も含めて、何が目的なのかまるで分からない。


「何もしないと言うのか」


 アムロイの問いに、ギルダはただ艶笑(わら)うのみ。


 睨むアムロイ。


 全身の痛みで顔からは血の気が引き、息も荒い。なのにアムロイの眼光は鋭かった。

 まだこの状況が信じられないし、むしろ混乱だってしている。信じていたはずのギルダこそが魔女(ウェルム)で、ずっとアムロイを(たばか)っていたとなれば、怒りも悔しさも戸惑いも、何もかもをごちゃ混ぜにして暴発したいくらいだろう。なのにかろうじて激情的にならなかったのは、あまりの現実味のなさと、己の肉体の疲弊がそれだけ酷かったからでしかない。


「レイア陛下」


 ギルダの視線が、レイアのそれと絡み合う。答えぬアムロイにではなく、問いかけをレイアに変えたのだ。


 しかしレイアもまた、アムロイと同様、憤りと混乱の中にいた。

 が、理解したのか呑み込んだのか――少しだけ、アムロイと様子が違った。

 彼女もまた、殺意に等しい目を向けつつも、堪えるように下唇をぎゅっと噛み、魔女の問いに返したのだ。


「貴女の言った言葉が本当かどうかは分からない。レイアは何も分からない。でも――」

「でも?」


 この時レイアの脳裏には、ロスキレの街での聖女兵器(アルマ・フロス)同士の戦いが、そして先ほど自分を庇ってクローディアのミトロンと戦ったラグイル――アムロイ――の姿が浮かんでいた。


「ジャンヌへの憎しみはあっても、アムロイの事は信じてる」

「そのアムロイこそがジャンヌなのに?」



「そうよ。だってレイアは、アムロイを愛しているもの」



 数瞬の迷いもなく、女王はきっぱりと言い切った。


 琥珀の瞳は彼女の髪の色以上に、燃え盛る炎を宿しているかのよう。


 ギルダはほんの少しだけ目を見開くも、むしろ納得したように表情を変えた。


「貴女……分かっているのね(・・・・・・・・)?」


 そのままチラリとアムロイを見て、こちらにも再度問いを繰り返すのかと思いきや、魔女はほんの少しだけ何かを考えるようにして、視線を逸らす。そして、


「そう――そういう事なのね(・・・・・・・・)私も勘違いして(・・・・・・・)いたというわけか(・・・・・・・・)


 一人腑に落ちたように呟いた。


「どういう意味だ」

知っている者(・・・・・・)知らない者(・・・・・)。それだけのパズルだと思っていたけど、そうじゃないのね。いえ、あの力そのもの(・・・・・・・)を考えれば当然だし、執着心にしても辻褄が合うわ。愛情と同情……いえ、同じ種類の人間への好意と言ったところかしら」

「何を言っている……?」


 しかしギルダは、アムロイの問いを無視し続けた。


「そうね、今の女王陛下の答えだけで充分だわ。いいでしょう。あなた達二人に、いい事を教えてあげる」


 何をどうしたらそんな判断になったのか。


 アムロイにもレイアにも、まるで意味不明だった。


 そもそも、いい事などと言って、どんな嘘偽りや惑わしを吹き込まれるのか知れたものではない。むしろ警戒されるし、するのが普通だろう。

 何せ目の前の黒衣の女こそ、本物の〝魔女〟なのだから。


「と言っても、思ったより早く、ここにクローディアが来るわね。だから手短に言うわ。いい? まず一つ目。クローディアは聖女(フローラ)じゃない。あれはただの偽物よ。アムロイ、あなたの復讐は、間違っている(・・・・・・)

「どういう意味だ……?!」


 さっきまでの問いで半ば予想していた返答だが、それでも信じられるはずもない話だった。


「全てはアムロイ、あなたこそがはじまりなの。あなたの身に起きた事件、それが何もかものはじまりよ」

「僕の? さっきから一体――どういう事かちゃんと言え」

「それは言えない」

「は?」

ちゃんと話したら(・・・・・・・・)ダメなの(・・・・)。私がそれを言った瞬間、全てが終わる」


 余計に訳が分からなかった。

 謎かけにしては悪趣味だし、こちらを惑わせるにしては意味不明すぎた。


「私もね、あなたと同じなの。あなたに起きた出来事がきっかけで、あれ(・・)の支配下になった。そしてその呪縛をあなたが自分で解かない限り、何もかもが無駄になる。今言ったように、私があなたに〝真実〟を告げても駄目」

「何を言ってるんだ。どういう意味だ。もっと分かるように話せ」


 だが再びそれには答えず、ギルダは己に巻きつけた毛皮のストールから、何かを取り出した。

 両の手の平に一つずつ。


 緑と黒がマーブル状の模様になった、ウズラの卵ほどの小さな球体。



「受け取りなさい。これは私に宿る邪霊(ウェルミス)、この〝ザエボス〟の力を閉じ込めた〝召び水の卵〟」



邪霊(ウェルミス)の、だって……? そんなもの――」

「いらなければ捨ててもいいわよ。ただし、話を聞いてからでも遅くないわ」


 欺瞞と偽証で化粧した魔女の言葉など、ましてやそんな者からの贈り物など受け取れるはずはない。

 しかし、これを取り出した時のギルダの顔は、何故かアムロイとレイアの知っている、あの朴訥で純朴な侍女の時の顔そのものだった。

 どうして彼女がそんな顔をしたのかを察するより先に、その時の記憶が染み付いていたからか、二人は思わず卵を受け取ってしまう。


「いい? まずこれから、あなた達はクローディアらによって捕まる。そして城に戻され、決断を迫られるでしょう。――いいえ、違うわね。決断もなく、運命は決められてしまう。何もかもの運命が」


 魔女というより預言者のような言葉。


「そしてアムロイ、そこであなたはいくつかの真実を聞かされるでしょう。でも、もしもその時に、あなたが〝最後の〟真実まで知らされてしまったら、全ては終わってしまう。何もかもが手遅れになるわ。けれどももし、その前にあなたが自分の意思と力で真実に気付けたなら――真実の一端でも――その呪縛をほんの一部でも解けたなら、終わりにならずに済む。違う道が拓けるわ。ただしその真実は、今までの人生で、最も苦しい選択をあなたに強いるでしょうね」

「どういう意味なんだ」

「言ったままの意味よ。これは予言や予測じゃないわ。決定事項なの。どちらの道になるかは分からないけど、必ずどちらかになる。そして最も大事なのはこれから。いい? もしもあなたが自分で真実に気付いても、それだけじゃあ駄目。だってあなたに宿るラグイルは、かなりの重傷を負ってるでしょう? それじゃあ非力な赤子も同じ。虫よりも無力。真実に辿り着いても何も出来ずにお仕舞いになるわ」

「それは――」

「その時、決断なさい」

「何を――」

「その卵を、使うかどうか」

「これを……?」


 不気味さしかない邪霊の力の塊を使うなど――。


「真実に辿り着いた上で、もしもあなたがある決断をするのなら、その卵を割りなさい。その卵は、神霊力(フロース・ウィース)を注がないと割れないように出来ているわ。そして二つの片方が割れたら、もう一つにもそれが伝わるような仕組みになっている。だからアムロイが卵を割って、レイア様もそれを受け容れるなら、同じようにその卵に自分の神霊力(フロース・ウィース)を放ち、割るの」

「割ると何があるんだ」

「私があなた達二人に呼び出される。意識の空間の中でね」

「……?」

「そうすれば――」


 ギルダは一息を入れ、わずかだが逡巡するような表情を浮かべた。



「本当の意味での、聖女と神霊の奇跡が起こせるわ」



 まるで意味不明だった。なのに、何も口を挟めない。

 そんな静かな迫力が、ギルダにはあった。

 それは邪な魔女の恐ろしさではなく、あの純朴なギルダと同じ何かを感じさせた。


「そしてもう一つ大事な事を言うわ。アムロイ、あなたが真実に気付けるかどうかは、レイア様にかかっている」

「え――?」

「さっきのレイア様の言葉。それに対しあなたがどうするか。レイア様の言葉の本当の意味を、あなたが受け容れる(・・・・・)事が出来れば、きっと真実は見えるはず。全てはアムロイとレイア、二人の心次第よ」


 さっきの言葉。

 それはギルダの問いへの回答。


 ――レイアは、アムロイを愛しているもの。


 その言葉の本当の意味とは、どういう事なのか。思わずアムロイはレイアを見るも、レイアすら当惑した目で見つめ返すのみ。


 愛しているという言葉に、それ以上のどんな意味があるというのか。

 それは愛というものへの問いなのか? だとしたら、まるで哲学者の問答ではないか。

 いや、そもそも――


 ――自分はレイアに対して、愛というものがあるのだろうか。


 ずっとジャンヌという〝聖女〟として過ごしてきた。ジャンヌとして、心が揺らぐ瞬間もあった。じゃあ自分は偽りだけでなく心も女性になったのか。分からない。

 それに、今は違う。今はアムロイ・シュミットという本当の姿だ。その自分は聖女だけど、果たして本当に聖女と言えるのか。少なくとも社会的立場においては聖女ではない。

 そんな自分がレイアの〝愛している〟にどうやって答えを出せるのか。何を受け容れるというのか。


 考えるほどに、頭も胸の内も、ずきずきとした締め付けが増してくる。


 いや、それは現実の痛みだった。ギルダとのやりとりで無意識に痛みを忘れていたが、体が限界の悲鳴をあげはじめたのだろう。


「これは賭け。私の賭けよ。〝あれ〟があなたへの執着を見せたのがはっきりしたから、私はあなたに賭けた。だからモーリスにも、アクセルオ殿下を攫うように提案したの」

「殿下を攫ったのはお前なのか……!」

「そうよ。彼もまた重要な一人。それでも全てはあなた達二人にかかっている。全ての中心にいる生贄のアムロイ(あなた)と、偶然と必然の積み重なりで、全てを裏返しにする可能性を持ったレイア(あなた)。二人に」

「待て。全然――何を言っているのか全然分からない。何の説明もしてないじゃないか」

「説明ならしたでしょう。レイア様の言葉から真実を見つけ出して気付く事。そして決断する事。それだけよ。その決断が良きにつけ悪しきにつけ、どちらにしてもそれで何もかもの決着がつく。二つの王国の未来も含めて、本当の何もかもの決着が」


 ギルダはもう、いつもの侍女の顔ではなく、蠱惑と魔性で着飾った魔女の微笑みに戻っていた。


 そして毛皮のストールを翻すと、徐々に彼女のドレスが闇夜に滲んでいくように溶けていった。まるでギルダ自身が、夜の一部に帰るかのように。


「ま、待て。まだ何も――何もちゃんと聞いてないぞ! 教えろ! ギルダ」


 しかし再三に渡ってそうだったように、最後までギルダは、アムロイの問いかけに応えなかった。そうする事が、必然であるのだと言わんばかりに。


「待て!」


 最後の声も、虚しく夜闇に呑み込まれていく。それと同時に、アムロイはその場に膝をついた。

 頭痛が強さを増したのだ。

 息はかつてなく激しく、体が震えている。

 寒かった。凍えそうだった。歯が鳴っていた。


「アムロイ!」


 咄嗟に駆け寄るレイアだが、その声は遠くに感じていた。意識が消え入りそうになる。


 アムロイの額から流れ出る血を見て、レイアは己のドレスの袖でそれを拭おうとするも、触れた瞬間息を呑むのが分かった。


「酷い熱……!」


 そうか。発熱もしているのか――と思った途端、視界がぼやけだした。


 遠くの方で複数の馬蹄の音がしたような気がしたが、それももう、混濁する意識の波にさらわれていくのみだった。

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