第5話 後継者教育開始
五歳になった。
この頃になると、俺の身体もかなり成長してきた。
身長も少しずつ伸び、以前より自由に森の中を歩き回れるようになった。髪は黒く、瞳は碧い。母さんからは「父親に似てきた」と言われることもあるが、父さんは濃い茶色の髪に灰色の瞳、母さんは赤褐色の髪に緑色の瞳をしているため、俺だけ少し違った印象を持っている。
鏡の代わりに使っている磨かれた金属板を見るたびに、前世の自分とはまるで違う顔になったものだと思う。
そして俺はイケメンとして覚醒する!高校デビューだ!
今は幼児だけど
「リース、今日はここまでにしましょう」
母さんの声で顔を上げる。
「うん」
俺が振り返ると、母さんの隣には父さんが立っていた。
父さん――コルマックは、ブリガン族の大族長。
そして俺は、その長男。
三歳の頃にはまだ曖昧だったが、この三年間で周囲の話を聞き続けたことで、今では自分の立場をかなり正確に理解している。
俺は、ブリガン族の次期大族長だ。
だから五歳になった今日から、これまでとは少し違う教育が始まることになった。
「リース」
父さんが俺の前に座る。
「今日から、お前には大族長になるための勉強を少しずつ始めてもらう」
「勉強?」
「ああ」
父さんは木の板を一枚、俺の前に置いた。
その板には、いくつもの小さな印が並んでいる。
「まずは数だ」
「数?」
「そうだ。大族長になれば、人の数を知らなければならない。食料がどれだけあるのかも知らなければならない。武器が何本あるのか、村に何人住んでいるのか、どれだけの獲物が獲れたのか。それらを知らずに部族を治めることはできない」
なるほど。
確かにその通りだ。
現代日本にいた頃なら、小学生でも普通に扱っているような内容だ。
だが、この世界ではそうはいかない。
文字や数字を扱える人間は限られている。
ましてや、大族長として必要になるのは、ただ数を数えられるというだけではない。
「じゃあ、これは?」
父さんが板に印を並べる。
「一、二、三……」
俺は順番に数えていく。
「……十」
「よし」
父さんが頷いた。
次に、父さんは石を机の上に並べた。
「これが三つある。そこに二つ加えたら、いくつになる?」
「五つ」
「では、五つから二つ取ったら?」
「三つ」
父さんは満足そうに頷いた。
「足し算と引き算はできるようだな」
「これくらいなら」
思わずそう答えてしまった。
前世では高校一年生だったのだ。
五歳児向けの計算なら、できて当然である。
しかし、父さんは俺の言葉に少し驚いたようだった。
「これくらい、か」
「……?」
「普通なら、もう少し時間がかかる」
「あ」
しまった。
俺は慌てて木の実を見る。
「えっと……たまたま分かった」
「そうか」
父さんはそれ以上追及しなかった。
助かった。
その後も、簡単な計算が続いた。
三つに四つを加える。
八つから三つを引く。
二つの集団を合わせる。
いくつかの木の実を分ける。
そして最後には、少し大きな数字まで扱った。
「十が三つあれば?」
「三十」
「では、十が四つなら?」
「四十」
「十が五つなら?」
「五十」
俺が答えると、父さんは頷いた。
「少しずつ数を大きくしていこう。大族長になれば、百人、千人単位の人間を扱うことになる」
その言葉を聞いて、俺は少し考えた。
千人。
今の俺には想像しにくい数字だ。
だが、父さんが続けた言葉には、もっと重要な意味があった。
「例えば、ある村に二百人が暮らしているとする。そのうち狩りに出られる者が百人。では、残りは何人だ?」
「百人」
「その村が獲物を五十頭獲った。三十頭を村で食べ、十頭を別の村へ分けた。残りは?」
「十頭」
「その十頭を二つの集落に同じ数ずつ分けるなら?」
「五頭ずつ」
「そうだ」
父さんは木の板に数字を書きながら説明する。
「これからお前が覚えなければならないのは、ただ数字を知ることではない。数字から、部族の状態を理解することだ」
その言葉に、俺は少し真剣になる。
「人が何人いるのか」
父さんが指を一本立てる。
「食料がどれだけあるのか」
二本目。
「狩人が何人いるのか」
三本目。
「武器が何本あるのか」
四本目。
「そして、どれだけのものを生産できるのか」
五本目。
「それを知らなければ、大族長は何も判断できない」
なるほど。
これは単なる算数の授業ではない。
統治のための数字なのだ。
その後、父さんは実際の記録を見せてくれた。
そこには、ブリガン族の村ごとの人口や、狩猟によって得られた獲物の数、保管されている食料、武器の数などが記録されていた。
さらに、奇跡の平原で収穫された穀物についての記録もあった。
「これが先月の食料の記録だ」
「……こんなに細かく記録してるんだ」
「当然だ。食料は貴重だからな」
父さんが記録を指差す。
「特に穀物はな」
俺は記録を眺めた。
奇跡の平原で作られる穀物は決して多くない。
森で暮らすアルヴァン民族にとって、穀物は貴重品だ。
だからこそ、どれだけ収穫できたのか。
どれだけ保管しているのか。
どれだけ消費したのか。
それを把握する必要がある。
「大族長になるなら、こういうものを全部理解しなければならないんだね」
「ああ」
父さんは静かに答えた。
「剣を振るうことだけが、大族長の仕事ではない」
その言葉を聞いて、俺は記録にもう一度目を向けた。
社長令息も世知辛いんだな




