第13話 顔合わせ
「よし、待たせたな。改めて話をしようか」
父さんの声がして、俺は振り返った。いつの間にか戻ってきていた父さんの隣には、1人の男性が立っている。
5歳の頃に教えられた名前は知っている。
アルヴァン民族最大の部族、カレド族の族長。
そして現在の首長。
ブライアン・カレド。
フィオナの父親だ。
「おう、初めましてだな。リース」
いきなり豪快な声が飛んできた。
「初めまして。僕がリースです」
「知ってる知ってる。コルマックの長男だろ?」
「はい」
「そうかそうか。でかくなったなあ」
いや、会うのは初めてなんだけど。
俺がそう思っていると、ブライアンは豪快に笑った。
大きな体に太い腕、日に焼けた肌。そして豪快な笑い声。
俺が勝手に想像していた「首長」というものより、ずっと山の中で生きてきた男らしい姿をしている。
……いや、完全にオッサンだな。
しかも、かなり強そうなオッサンである。
そのくせ、目は思ったより穏やかだった。笑っているときは豪快だが、人を見るときには妙に静かだ。まるで、笑いながらでも周囲のことを全部見ているような目をしている。
しかし、良くこんなオッサンからフィオナが生まれたな。どんな潜性形質があったのやら。
ブレナンとドナールへ視線を向けると、ブライアンはまた笑った。
「お前らがブレナンとドナールか。噂は聞いてるぞ」
「はい!」
ブレナンが勢いよく返事をする。
「おうおう、元気があっていいな。ダルリア族の子らしいじゃねえか」
「俺、強いです!」
「お、そうか」
ブライアンはニヤリと笑った。
「そりゃ将来が楽しみだ」
ドナールは少し遅れて頭を下げる。
「ドナールです。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
ブライアンは2人の頭を順番に軽く撫でた。
「そんなに固くならんでいい。今日は試験の日じゃねえんだからよ」
「試験じゃないんですか?」
ブレナンが目を輝かせる。
「……お前、試験がいいのか?」
「強さなら負けません!」
「はっはっは! そうかそうか!」
豪快な笑い声が部屋に響く。
「まあ、そういう元気は嫌いじゃねえ」
本当に豪快な人だ。
だが、ただ声が大きいだけではない。笑いながらも、ブレナンとドナールの性格を見ている。
俺がそう考えていると、ブライアンがこちらを見た。
「何か?」
「いや、気にすんな。コルマックの息子だもんな。親父に似てるわ」
父さんが横から口を挟む。
「俺に似ているか?」
「考え方が似てるって話だ」
「そうか」
「顔じゃねえぞ。顔は俺のほうが男前だ」
「それはない」
父さんが即答した。
「おいコルマック。そこは少しくらい乗ってこいよ」
「事実を言っただけだ」
「つまんねえなあ!」
ブライアンが笑い、父さんも小さく笑った。
……なるほど。
2人は昔からこんな感じなのか。
俺がそんなことを考えていると、ブライアンがフィオナへ顔を向けた。
「フィオナ、お前も座れ。立ってたって疲れるだろ」
「はい、お父様」
フィオナが席へ着く。
俺もその向かいへ腰を下ろした。
改めて見ると、やはり不思議な光景だ。
俺。
ブレナン。
ドナール。
そしてフィオナ。
この4人のうち、誰かが将来、首長家を継ぐことになる。
まだ10歳。
なのに、もうそんな話をしている。
……人生、始まったばかりなのに展開が早すぎる。
もう少し無駄な内容を追加して取り繕うか?
そこで、俺はふと思い至り、父さんに気になっていたことを聞く。
「シーズはどうした?」
俺が父さんに尋ねると、父さんは答えた。
「本拠地にいる」
「ここには来ないんだ」
「今はな。まだ8歳だ」
「そうか」
ブライアンも頷く。
「シーズも正式な候補だ。だが、今は無理に同じ場所へ集める必要はねえ。年齢も違うからな」
この人、豪快なくせにこういうところは妙に細かい。
全員をまとめて「まあ見てから決めりゃいいだろ」では済ませない。ちゃんと条件を見て考えている。
「さて、それじゃ本題だ」
ブライアンが俺たち3人を見る。
今度はさっきまでの笑顔とは少し違った。険しい顔ではない。ただ、首長として話していることが分かる程度に、目が鋭くなっていた。
「お前たちも聞いてるだろうが、俺には息子がいない。子供はフィオナ1人だ」
フィオナは黙って父親を見ている。
「アルヴァン民族じゃ、首長は男系男子が継ぐ。だから、フィオナ本人が首長になることはできねえ」
ここまでは道中で父さんから聞いた。
「だから、フィオナの夫になる男が次の首長になる」
その瞬間、ブレナンが背筋を伸ばした。ドナールも同時に姿勢を正す。
……分かりやすい。
ブライアンはそんな2人を見て、口元を緩めた。
「おいおい、そんなに気合い入れんな。今すぐ試合するわけじゃねえぞ」
ブレナンが少しだけ姿勢を戻す。
「候補は4人だ」
ブライアンが指を折る。
「ダルリア族大族長の息子、ブレナンとドナール。ブリガン族大族長コルマックの長男、リース。それから次男のシーズだ」
俺たち3人は黙って話を聞く。
「ただ、シーズはまだ8歳だ。だから、当面はお前ら3人とフィオナを中心に見ていく」
なるほど。
4人とも候補ではあるが、最初から同じ扱いというわけではないらしい。
「これから数年、お前たちはこの町で過ごすことになる」
ブライアンは腕を組んだ。
「フィオナとも一緒に過ごせ。遊んでもいい。喧嘩したっていい。馬鹿なことをやったっていい」
俺は思わずブライアンを見る。
「……いいんですか?」
「10歳のガキなんだから、それくらい普通だろ」
豪快に笑う。
「ずっと猫かぶってたって、いつか剥がれるからな。それなら最初から普段通りでいろ」
その言葉に、俺は少し納得した。
「ただし」
ブライアンが続ける。
「俺たちも、お前らを見る」
その声は穏やかだった。
「フィオナとの関係だけじゃねえ。どういう考え方をするのか、どういう時に人を助けるのか、失敗した時にどうするのか。強いか弱いかだけじゃなく、その人間がどういう奴なのかを見る」
俺は黙って聞いていた。
豪快な口調なのに、話している内容はかなり冷静だ。
「俺1人で決めるつもりもねえ」
ブライアンは父さんを見る。
「コルマックも見る。ほかの大族長も族長たちも見る。お前ら自身も互いを見ることになるだろう」
なるほど。
やっぱり政治だ。
フィオナの婿を決めるということは、次代の首長を決めることでもある。
だからこそ、1人の親が勝手に決める話ではない。
そのとき、フィオナが口を開いた。
「お父様」
「ん?」
「私の意見も聞いてくれるの?」
ブライアンは一瞬だけフィオナを見ると、当たり前のように答えた。
「聞くに決まってるだろ」
あまりにも即答だった。
「お前の旦那を決めるんだぞ。お前が何も言えなくてどうすんだ」
「……はい」
フィオナが少し嬉しそうに頷く。
ブライアンは娘を見ながら笑った。
「まあ、まだ10歳だ。今すぐ決めろなんて言わねえ。これからゆっくり見りゃいい」
その言葉に、フィオナも安心したようだった。
「よし、難しい話は終わりだ!」
ブライアンが突然声を張り上げた。
「今日は好きにしろ!」
「好きに?」
ブレナンが反応する。
「おう。町でも見てこい。腹が減ったら何か食え。怪我したら手当てしろ。喧嘩したら……まあ、ほどほどにな」
「それ、最後だけ雑じゃない?」
俺が思わず突っ込む。
「10歳なんてそんなもんだろ」
「雑すぎる……」
「はっはっは!」
ブライアンは大笑いした。
「ほら、行ってこい。せっかく同じ町で暮らすんだ。まずは仲良くなってみろ」
「じゃあ町を見に行こうぜ!」
ブレナンが勢いよく立ち上がる。
「いきなり?」
「せっかく来たんだから!」
ドナールも立ち上がった。
「俺も賛成」
フィオナは少し戸惑ったように2人を見る。
「町を案内してくれるの?」
ブレナンが胸を張る。
「任せろ!」
「でも、お前たちも今日が初めてなんじゃないの?」
俺が突っ込むと、ブレナンが固まった。
ドナールも黙った。
フィオナだけが、くすっと笑う。
「じゃあ、一緒に探検しましょう」
「それだ!」
ブレナンが嬉しそうに叫んだ。
俺も席を立った。
せっかく初めて来た首長の町だ。まだ知らない場所だらけだし、フィオナやブレナン、ドナールともほとんど何も話していない。これから数年間、一緒に過ごすことになるのなら、まずは相手がどんな人間なのか知るところから始めるしかないだろう。
4人で部屋を出る。
前を歩くブレナン。
その横を歩くドナール。
少し後ろを歩くフィオナ。
そして最後尾の俺。
さて。
これからどうなることやら。
俺としては、退屈しなければそれでいい。
そう思いながら、俺たちは廊下の向こうへ消えていった。
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4人の姿が廊下の向こうへ消えると、ブライアンはしばらくその方向を眺めていた。
隣ではコルマックが黙って立っている。その少し後ろには、娘たちを見送っていたブリーナの姿もあった。
「さて……」
ブライアンは腕を組んだ。
「3人とも、なかなか面白そうなガキだな」
まず思い浮かぶのは、ブレナンだった。
「あいつは分かりやすい。自分の強さを疑ってねえし、前へ出るのもためらわねえ。ああいう奴は戦うときに頼りになるだろうな」
ブライアンは小さく笑った。
「ダルリア族らしい、元気のいい奴だ」
続いてドナールを思い出す。
「ドナールは兄貴ほど前へ出ない。だが、その分だけ周りを見てる。さっきもブレナンの勢いに飲まれず、ちゃんと横から口を挟んでた」
ブレナンが前へ出るなら、ドナールはその横を見る。
兄弟なのに、性格は少し違う。
「こっちも面白いな」
そして最後に、リース。
ブライアンはしばらく黙った。
「……リースか」
あの少年は、ブレナンともドナールとも違う。
自分がどう見られているのかを気にするより、まず周囲を見ていた。
強さを問われても張り合わない。
候補の説明をされても、必要以上に慌てない。
それでいて、決してぼんやりしているわけではない。
相手の話を聞きながら、自分の中で整理している。
「冷静な奴だな」
ブライアンはそう呟いた。
アルヴァン民族には、豪快さが必要だ。
前へ出る勇気も、戦う力も必要になる。
だが、それだけで民族全体をまとめられるわけではない。
森では、一歩引いて周囲を見る人間も必要だ。
仲間がどう動いているのか。
今、何をするべきなのか。
目の前の出来事だけではなく、その先に何があるのか。
そうしたことを考えられる冷静さは、この民族にとって決して小さな武器ではない。
そしてリースには、その片鱗がある。
「……評価は、少し上げてもいいか」
ほんのわずかな変化だった。
ブライアンの中で、リースの評価が1つ上がった。
まだ10歳。
これだけで何かを決めるつもりはない。
だが、少なくとも今の段階では覚えておいていい。
そんな程度の評価だった。
コルマックが横から口を開く。
「気づいたか」
「ああ」
「俺も同じだ」
そのやり取りを聞いていたブリーナが、静かに微笑む。
「リース君、落ち着いていましたものね」
「だな」
ブライアンは頷いた。
ただし――。
「あとは、武芸だな」
その言葉に、コルマックがブライアンを見る。
「そこも見るのか」
「見るさ」
ブライアンは当然のように答えた。
「頭が冷静なのは分かった。だが、俺たちは森で生きる民族だ。いざってときに、自分の身を守れるかどうかは大事だろ」
コルマックが頷く。
「確かにな」
「それに、武芸が駄目なら候補には残せねえ」
ブライアンは3人が消えていった廊下へ目を向けた。
「勘違いするなよ。強さだけで決めるつもりはねえ。だが、最低限の武芸は絶対条件だ。ブリガン族は武芸はイマイチだからな」
コルマックは特に反論しなかった。
「否定はしない」
「だろ?」
ブライアンは笑った。
「首長になれば、自分1人だけで生きていくわけじゃねえ。何かあったとき、自分の身も守れねえ奴じゃ、皆を背負えねえだろ」
それは、ブレナンやドナールについても同じだ。
勢いがある。
周囲を見る。
冷静に考える。
それぞれ違った長所がある。
だが、武芸となれば話は変わる。
「ブレナンが圧倒するのか。ドナールが意外と上手いのか。リースが思ってる以上に戦えるのか」
ブライアンは楽しそうに笑った。
「それは実際に見てみねえと分からねえ」
ブリーナが微笑む。
「武芸まで含めると、本当に分からないわね」
「ああ」
ブライアンは大きく頷いた。
「ブレナンが強いかもしれねえ。ドナールが思った以上にやるかもしれねえ。リースだって、俺たちがまだ知らねえ何かを持ってるかもしれん」
3人には、それぞれ違う武器がある。
だからこそ、今の段階では誰が上かなど分からない。
まずは武芸の最低条件を越えられるか。
その上で、数年かけて人柄や判断力を見ていく。
ブライアンはそう考えながら、廊下の向こうを眺めた。
「誰が勝つかなんて、まだ分からねえな」
その豪快な笑みには、首長としての冷静さと、これから始まる勝負を楽しむ男の顔が同時に浮かんでいた。




