第14話 鈴木家立異世界美少女検定協会開催異世界美少女検定
首長の屋敷を出てから、俺たちはブレナンを先頭にして町を歩いていた。本人は案内役を買って出たつもりらしいのだが、実際には「こっち!」と言いながら思いついた方向へ進んでいるだけである。ドナールがそのたびに「本当にこっちで合ってるのか?」と確認しているので、少なくとも完全な遭難は避けられていた。
俺はそんな2人のやり取りを眺めながら、町の様子を観察していた。
首長の町には様々な部族の人間が集まっている。服装にも少しずつ違いがあり、店に並んでいる道具にもそれぞれ特色があるように見えた。アルヴァン民族は一つの民族ではあるが、実際には35の小さな部族と3つの大部族から成り立っている。その違いが、こうして町を歩いているだけでも分かる。
だからこそ、妙な違和感があった。
「フィオナ」
「なに?」
「この町で、何か揉め事が起きたらどうするの?」
「揉め事?」
「例えば、物を盗んだとか、誰かが喧嘩で怪我をさせたとか」
フィオナは少し考えてから答えた。
「その部族の決まりに従うんじゃないかな」
「部族ごとに?」
「うん」
「じゃあ、部族同士で揉めた場合は?」
「そのときは族長や大族長が話し合うと思う」
「民族全体で決めた法律は?」
「……ないと思う」
その答えを聞いて、俺は少し黙った。
町を歩きながら考えてみる。
今までは、それでも問題なかったのだろう。アルヴァン民族は昔から森の中で暮らし、部族同士の距離も近い。何かあれば有力者が直接話し合えばいい。人数だって、国と呼ぶには少ない。
だが、それは今だからこそ成立している仕組みだ。
人口が増えればどうなる。
部族同士の取引が増えたら。
森の外との交流が増えたら。
ある部族では問題にならないことが、別の部族では重大な問題になるかもしれない。そのたびに首長や大族長が呼び出されていたら、いくら何でも面倒だ。
何より、誰が判断するかによって結果が変わる。
それは制度としてどうなのだろう。
俺は腕を組んだ。
法律。
行政。
司法。
軍事。
外交。
必要になるものを頭の中で並べていく。
今は首長や大族長が担っている仕事を、少しずつ整理していかなければならない。
そして、そのためには――。
「やっぱり国を作るべきだな」
思わず口に出した。
「は?」
フィオナの声が美少女とは思えないほどどす黒くなった。
ブレナンとドナールが足を止める。
俺も立ち止まってフィオナを見る。
「何?」
「今、なんて言ったの?」
「国を作るべきだって」
「あなたは紛れもなく愚者ね」
「あん?」
フィオナは腕を組み、俺をまっすぐ見た。
「だってそうでしょう。町を歩き始めて、法律がない。だから国を作る。話が飛びすぎよ」
「飛んでない。問題を見つけたから解決策を考えただけだ」
「それで『国を作る』になるの? ねえ、理由を聞かせてくれる? 愚者」
「じゃあ無自覚愚者のお前は、どうするんだよ」
「私は、少なくとも国にはしないわ。今より目立つからよ」
そこでようやく、フィオナの声が少し真剣になった。
「今のアルヴァン民族は、森の中にいくつもの部族が暮らしているだけ。外から見れば、森に住んでいる民族くらいにしか思われないかもしれない。でも、国を作って一つにまとまれば違う。東にいるセヴェリア帝国から見ても、明確な政治勢力として認識されるでしょう。今まで放っておかれたものが、わざわざ『俺たちは国です』って看板を出したら、そりゃ見つけてもらいやすくなる。しかも軍や法律まで整え始めたら、『こいつら、何か始めたぞ』って帝国が警戒するかもしれない」
「そういうこと」
フィオナは得意げに頷いた。
「ほら。私の方が正しいでしょう?」
「ふっ、必要という言葉を知らぬ愚民が」
「あなたはアルヴァンの支配者階級を学びなおした方がいいわね。愚民」
ブレナンが隣で首を傾げた。
「何の勝負だ?」
「どっちが愚民か」
「じゃあリースが負けたんじゃないか?」
「なっ」
俺は思わずブレナンを見る。
色眼鏡のかかった双子猿の言葉など信用ならん!
「でも、国にしないとしても、何らかの共通規則は必要だろ? アルヴァンの頂点のくせに現実逃避している愚者」
「共通規則が必要ということは否定してないわ。アルヴァンの頂点がどこの家かすら理解していない愚民」
「じゃあ法律は必要なんだな、愚者」
「最低限ならね、愚民」
「裁判も必要だよな、愚者」
「必要でしょうね、愚民」
「部族同士の争いを調整する仕組みも必要だよな、愚者」
「それも必要ね、愚民」
「だったら、それってもう国じゃないの? 愚者」
「違うわ、愚民」
「どこがだ、愚者」
「国ではないからよ、愚民」
「それは説明になってないだろ、愚者」
「そこの愚民こそ、『仕組みを作ったら国』という雑な考え方をやめたら?」
「雑だと?」
「雑よ、愚民」
「じゃあ具体的にどこが雑なんだよ、愚者」
「全部よ、愚民」
「雑という言葉の意味を調べ直した方がいいな、愚者」
フィオナは嘲笑した。
「ほら、愚民はすぐ熱くなるわね」
「愚者こそ熱くなっているな」
「私は普通に話してるだけよ、愚民」
「絶対嘘だな、愚者」
ドナールが口元を押さえる。
「これは完全に喧嘩だな」
「最初は国の話だったのに……」
ブレナンが感心したように呟く。
「国って難しいんだな」
「お前は黙ってろ」
「あなたは黙っていなさい」
俺とフィオナの声が同時に飛んだ。
ブレナンが肩をすくめた。
そんなやり取りをしているうちに、俺は別の問題を思いついた。
「でも、部族ごとの文化を守るって話なら、国の制度設計次第でどうにかなるだろ、愚者」
「どうにかならないわよ、愚民」
「なぜだ、愚者?」
「だって、国は効率を求めるでしょう? お分かり、愚民」
フィオナの表情が少し真面目になる。
「同じ法律。同じ税。共通の行政。同じ制度。最初は『最低限』と言っていても、便利になればなるほど統一したくなる。そうなったら、部族ごとの違いが邪魔になるわ」
俺は少し黙った。
「アルヴァン民族の部族ごとの違いは、単なる趣味じゃない。狩り方も違う。森を見る方法も違う。昔から受け継いできた知識も違う。それぞれの環境で生きるために必要なものなの」
「それは分かる」
「なら、簡単に国なんて言わないことね。愚民」
「いや、それでも――」
「まだ言うの?」
「必要性は消えてない。愚者」
「頑固ね、愚民」
「そっちらこそな、愚者」
「私は現実的なのよ、愚民」
「僕だって現実的だ、愚者」
「どこが? 愚民」
「今の制度だと将来的に困るからだ。愚者」
「それを現実的っていうなら、森に火をつけて家を作る人間も『家を作る計画』をしてるだけだから現実的ってことになるわ。愚民」
「例えが極端すぎない? 愚者」
「あなたの考えが極端なのよ、愚民」
「お前、俺を馬鹿にしてるだろ、愚者」
うっかり素の口調が出てしまった。
「今さら気づいたの? ぐ・み・ん」
だんだん腹が立ってきた。
最初は法律と統治の話だったはずなのに、いつの間にか俺の人格否定になっている。
いや、フィオナだって同じだ。
妙に冷静な顔をして俺を煽ってくる。
「だいたい、お前は最初から俺のこと愚者だの愚民だの言ってただろ」
「あなたが愚民だからでしょう?」
「俺がいつ愚民になったんだよ、愚者」
「生まれた時から」
「生まれた時を知らないくせによく言う」
「じゃあ訂正するわ」
フィオナは少し考えた。
そして、俺の顔を見て言った。
「生まれる前から」
ブレナンが吹き出す。
ドナールも笑っている。
俺は思わず胸を張った。
「な、俺は元から良識のある常識人だぞ!」
「その自信はどこから来るの?」
そこで俺は、余計なことを口にした。
「少なくとも、双子猿とは違って美少女検定2級を考案するくらいの品定めができるにんげn_あ……」
「……なに、それ?」
フィオナが首を傾げた。
「……」
しまった。
自分から墓穴を掘った。
「美少女検定2級って?」
「どうやらあなたには幻聴が聞こえているようだ」
「そうね、現聴よ」
「そうだよねやっぱり幻聴――」
「説明してくれるわね、ぐ・み・ん」
俺は諦め、秘められし崇高な習慣について説明する。
「正式名称は鈴木家立異世界美少女検定協会開催異世界美少女検定と言い、視界に入ったありとあらゆる少女を物色するために作られた。ハーレムは支配者階級の特権と言えるだろう。そのための品定めの一環として記憶した美少女の容姿を元に、髪型補正、瞳の透明度ボーナス、ツンデレ属性の係数をすべて複雑な方程式に代入し、5級から1級までの階級に分類するという、超高性能な品定めなのだ。そして、我が鈴木家立異世界美少女検定協会の真骨頂、それは視界の端に捉えた少女のシルエット、髪の毛の一本一本が描く軌跡、まばたきの秒数、息づかいのリズム、服のシワの角度、歩幅の微小なブレ、影の落ちる濃淡、さらには背後から吹き抜ける風の微粒子に至るまでを網羅した、超高速・全自動のリアルタイム高速演算品定めシステム――名づけて『一目瞬時・異世界美少女超解析演算プロトコル』なのだよ!! 目を凝らせ、見よこの脳内プロセッサの稼働音を! 視界に少女が入った瞬間、脳内ではコンマ零秒の超スピードで幾何学的データ処理が爆誕する! 『髪型補正:ポニーテール揺れ係数1.45、ツインテール反発力2.1、ショートカットのうなじ露出度による破壊力係数3.8!』 『瞳の透明度ボーナス:ガラス玉透過率99.2%、ハイライトの星屑配置数:左右非対称によるあざとさ加算で+50ポイント!』 『属性係数:ツンデレ特有の視線そらし角度、いわゆる横を向くスピードが秒速45度、耳たぶの赤みカラーコード#FF69B4発動までのレイテンシーがわずか0.12秒!』 これら数百万の変数を脳内の量子コンピューター並みの並列処理で一瞬にして統合し、0.0001秒後には『ほう、今回の個体はツンデレ属性の王道をいくが、わずかに照れ隠しの声のトーンが裏返る傾向があるな。総合評価・特級の原石、要マークと見た!』という解析結果が弾き出されるわけだ!! どうだ、この試験すら必要としない、五感のすべてを美少女の観測とデータ化に全振りした我が圧倒的なまでの高速演算の境地! 誰が愚民だ、誰が変態だ! これはもはや人類の進化の最先端、美少女観測学のノーベル賞クラスの偉業と言っても過言ではないだろうがあぁぁぁっ!!」
フィオナは、しばらく何も言わなかった。
ただ俺を見ている。
その顔には、呆れと困惑と、ほんの少しの哀れみまで混ざっていた。
「……リース」
「なんだ?」
「あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
「もちろんだ」
俺は胸を張る。
「僕の研究成果について説明しただけだ」
「研究成果……もういいわ。私は物事をハッキリと言いたい人間なの。あなたは救いようのない変態よ。」
「ふっ。これだから愚者は。」
フィオナは一瞬だけ黙った。
「……本当に、あなたって人は」
「なんだ?」
「変なの」
「それは何度目だよ」
「だって変なんだもの」
「お互い様だろ」
「私まで一緒にしないで、愚者」
「はいはい、愚民」
「……あなたね」
「なんだよ」
「ここまで好き勝手に言ってくる人、初めてだわ、愚民」
「じゃあ、今まで誰もお前に言い返してこなかったのか? 愚者」
「身分の遠慮が普通の人間にはあったのよ、愚民」
「だからこんな我儘姫に育ってしまったと。哀れだな」
「普通は、私に言いたいことがあっても、わざわざ喧嘩をする必要なんてないでしょう?」
「なのにあなた、さっきから本当に遠慮がないもの」
「愚者の再教育が必要だと感じたからだ」
「私も愚民の再教育が必要だと感じたわ」
俺たちはまた睨み合う。
そして、フィオナの口元がほんの少しだけ緩んだ。
「まあ、私の階級を1級に訂正しておけば許してあげるわ。愚民」
意外にもフィオナは2級だったことを気にしているようであった。




