第10話 JKをJpanese koukouseiだと思っていた男
あれから5年が経った。
俺は10歳になった。
5歳の頃には、20の村の名前を覚えるだけでも一苦労だったが、今ではブリガン族の領域なら大体のことが頭に入っている。20の村、2つの小さな町、1つの中規模の町の位置はもちろん、それぞれの人口や狩場、川の位置、採れる獲物、各集落の特徴まで一通り把握している。父さんから教わっているのはそれだけではなく、アルヴァン民族の歴史や部族間の関係、簡単な政治や外交、軍略や戦術、食料と物資の管理にまで及んでいた。
そのせいなのか、いつの間にか周囲から俺は「優秀な子供」と評されるようになったらしい。
ただし、その後に「変人」という言葉が付くらしいが。
全く理解できん!まあ、いつかみんなも俺の秘められた魅力に気付くことになるだろう。
そんなある日のことだった。
「リース、今日は首長の町へ行くぞ」
父さんにそう言われた。
「……首長の町?」
聞き返したのは、別に聞き間違えたからではない。
俺はこれまで、その場所へ行ったことがない。
大族長家の人間なのだから名前くらいは知っている。父さんが普段、民族全体に関わる仕事をするとき、首長の町へ行っていることも知っている。
だが、実際にどんな町なのかは知らなかった。
「うん。首長の町へ行く」
「何をしに?」
「向こうに着けば分かる」
また始まった。
父さんは大事なことほど、すぐには教えてくれない。
俺は少し不満に思いながらも、急いで旅の準備を終えた父さんと護衛たちについていくことにした。
ブリガン族の本拠地を出てしばらく歩く。
普段なら知っている道を進むことが多いのだが、今日はいつもの道とは違う方向へ向かっていた。見慣れた森の景色が少しずつ変わっていき、歩く時間が長くなるにつれて、俺はだんだんと首長の町がどれほど遠い場所なのか気になってきた。
「おい愚父よ。」
「なんだ愚息よ。」
「首長の町って、そんなに遠いの?」
「ああ。俺たちの本拠地からはかなり離れている」
「じゃあ、普段から行くの大変じゃない?」
「大変だぞ」
「よく行くの?」
「必要があればな」
「……大族長って大変だね」
「今さら気付いたか?」
俺は黙った。
そういえば、父さんは民族全体の政治に関わっている。
ブリガン族の本拠地だけ見ていればいいわけではないのだから、こうして長い距離を移動することも仕事の一つなのだろう。
そんなことを考えていると、しばらくして父さんが口を開いた。
「リース。お前は、首長の娘についてどれくらい知っている?」
「首長の娘?」
「ああ」
俺は少し考える。
「……フィオナっていう名前なのは知ってる」
「それだけか?」
「うん。まだちゃんと話したことはないし」
実際、俺が知っているのは名前くらいだ。母さんから以前聞いたことがあるし、首長の娘という立場も知っている。ただ、直接話をしたことはない。
すると父さんは少し間を置いてから言った。
「フィオナはブライアンの一人娘だ」
「ブライアン……」
以前教えてもらった名前だ。
カレド族の族長で、アルヴァン民族全体の首長。
「息子はいない」
「そうなんだ」
「そして、アルヴァン民族では首長の地位を男系男子が継ぐ」
そこで俺は、父さんが何を言いたいのか分からなくなった。
「……それって、フィオナは首長になれないってこと?」
「そういうことだ」
「じゃあ、誰が継ぐの?」
「フィオナの婿だ」
「……婿?」
思わず聞き返した。
父さんは何でもないことのように頷く。
「フィオナと結婚した男が、次代の首長になる」
俺は歩きながら黙り込んだ。
首長の娘と結婚したら、そのまま首長になる。
なんという特殊仕様だ。
「それで?」
俺が恐る恐る尋ねると、父さんはこちらを見た。
「お前も婿候補の一人だ」
「……僕が?」
「ああ」
頭の中で、その言葉が何度も繰り返される。
僕がフィオナの婿候補。
つまり、将来の首長候補でもある。
「候補は何人いるの?」
「4人だ」
「4人?」
「ダルリア族大族長の息子、ブレナンとドナール。ブリガン族大族長の長男であるお前。そして次男のシーズだ」
「シーズも?」
思わず聞き返してしまった。
シーズは俺の弟だ。
現在8歳。
昔は俺の後ろをついて回っていた小さな弟だが、今ではかなり成長している。それでも俺やブレナン、ドナールより2歳下だ。
「シーズは次点だ」
「まあ、そうだよね」
現在10歳なのは俺とブレナンとドナール。
そしてフィオナも10歳。
年齢だけで見れば、3人が同じ条件になる。
シーズは8歳だから、今のところは次点ということらしい。
「じゃあ、どうやって決めるの?」
「これから首長の町で過ごす」
「僕たちが?」
「そうだ」
「4人とも?」
「ああ」
父さんは歩きながら説明を続けた。
「フィオナと過ごし、最も仲を深めること。そして、首長家から最も優秀だと判断された者が婿になる」
なるほど。
4人でフィオナとの関係を深めながら、それぞれの能力も見られるらしい。
「じゃあ、首長の町でずっと生活するの?」
「しばらくはな」
「……ブリガン族には帰ってこない?」
「必要があれば帰ることもある」
なるほど。
どうやら今日の旅は、単なる訪問ではないらしい。
「でも父さん」
「なんだ?」
「小部族の族長たちは、誰が婿になるか気にするの?」
父さんは少しだけ目を細めた。
「当然だ」
「やっぱり?」
「婿になった者が、そのまま次代の首長になるからな」
つまり、これは単なる結婚相手探しではない。
次の首長を誰にするのか。
そして、次の民族全体の方向性を誰に任せるのか。
それを見極める場でもある。
「小部族の族長たちは、どの大部族の子を支持するかも見ている」
「大部族?」
「ああ。お前はブリガン族。ブレナンとドナールはダルリア族。そして首長自身はカレド族だ」
「なるほど」
俺は少し考えた。
ただ、そこで疑問が浮かぶ。
「でも、小部族の族長って大族長より下なんじゃないの?」
「単純にそう考えることはできない」
父さんはそう答えた。
「確かに、大部族は広い領域を持っている。たとえばブリガン族には20の村、2つの小さな町、1つの中規模の町がある。それぞれに村長や町長もいる。規模だけを見れば、大部族直属の村長や町長の方が、小部族の族長より上に見えるだろう」
「うん」
「だが、小部族の族長には、小部族の族長だからこそ持てるものがある」
父さんはそこで少し間を置いた。
「独自の伝統、文化、狩猟方法、森で生きるための知恵。そして、それぞれが独自の戦い方を持っている」
「戦術まで?」
「ああ。ある小部族は罠を得意とする。別の小部族は弓による狩猟に優れている。また別の小部族は、特定の地形での戦いを得意としている」
「なるほど」
「大部族は多くの村や町と交流する。その分、人や文化の行き来も多い。当然、共通する部分が増えていく」
「部族としての違いがなくなる?」
「そういうことだ」
父さんは頷いた。
「交流が多いこと自体は悪いことではない。だが、アルヴァン民族が皆同じになってしまえば、何か一つを失ったとき、それを補える別の部族がいなくなるかもしれない」
俺は少し考えた。
「つまり、小部族は小さい代わりに、自分たちだけのものを持っている」
「そうだ」
「だから、大部族に対して交渉できる」
「その通りだ」
父さんは笑った。
「自分たちがいなければ困る。そう思わせることができるからこそ、小部族の族長たちは独立性を保てる」
なるほど。
人口が少ないから力がないわけではない。
自分たちにしかないものを持っているからこそ、それを武器にできる。
そして、その小部族の族長たちが、次の首長になる可能性のある4人を見ている。
俺は少しだけ背筋を伸ばした。
「……なんだか、思ったより大変なことになってない?」
「今さらか?」
父さんが笑う。
「ただの婿選びだと思っていたか?」
「ちょっとだけ」
「残念だったな」
どうやら俺がこれから向かう首長の町は、思っていたような単なる大きな町ではないらしい。
アルヴァン民族の政治の中心。
首長が暮らし、2人の大族長も暮らしている場所。
そしてこれから、俺とブレナン、ドナール、シーズがフィオナと過ごしながら、それぞれの能力と人間性を見られる場所。
俺は少しだけ考えた。
4人の婿候補。
10歳が3人、8歳が1人。
フィオナは10歳。
もちろん、能力や人柄、将来性が評価されるのだろう。
……だが。
俺はふと思った。
結局、フィオナに一番気に入られた奴が選ばれるわけだ。
となると、一番重要なのは何だ?
政治能力か。
軍略か。
人柄か。
いや。
もっと分かりやすいものがある。
顔だ。
少年少女の価値は顔面偏差値で決まるのだ!
しかし、最低限の情報も必要だ。
前世では愚民どもを憐れみながら眺めていた弊害か、
JKのことをJapanese koukouseiだと思っていた。
実際はJosi koukouseiだったが。
そこで、俺は自分の顔を思い浮かべた。
黒髪。
碧眼。
我ながらイケメン美白男子である。
ブレナンとドナールも大族長の息子なのだから、きそれなりの顔をしているのだろう。
シーズは……8歳だ。
まだ成長途中だから仕方がない。
となれば、俺たち3人の勝負になる。
そして、10歳の女の子に選ばれる。
……顔面偏差値こそ正義!
「リース」
「なに?」
「さっきから妙な顔をしているぞ」
「なんでもないよ」
危ない。
父さんには、今の俺の考えを知られない方がいい。
そんなことを話しているうちに、森の向こうから少しずつ人の気配が増えてきた。
遠くから声が聞こえる。
道を行き交う人の数も増えている。
俺が今まで暮らしてきたブリガン族の村や町とは明らかに違う。
「父さん」
「なんだ?」
「ここからが首長の町?」
「ああ」
父さんが頷く。
俺は前方を見る。
これが、俺にとって初めて見る首長の町。
そして――ここから俺の人生は、今までより少しだけ面倒なことになりそうだった。




