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アルヴァン民族記  作者: 佐藤湊
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第9話 部族連合

5歳になってからというもの、俺の毎日は妙に忙しくなった。前世で5歳児が何をしていたのかは知らないが、少なくとも俺は朝から父さんに呼び出され、土地の話を聞かされたり、薪を割ったり、弓を持たされたりしている。大族長の長男という立場は、どうやら思っていた以上に面倒らしい。


その日の朝も、俺は母さんと朝食を取っていた。


「リース、ちゃんと食べなさい」


「食べてるよ」


「好き嫌いしていたら大きくなれないわよ」


「スリムな美白男子以外異端だと思うんだけど。」


「まあ」


「リース。いつの間に帝国の価値観に侵食されてしまったの.....」


母さんが俺を憐れむ様に見てくる。


失礼な!俺は常識を言っただけだ。


その隣では、3歳になった弟が黙々と食事をしていた。


弟の名前は――まだ俺が転生してから何度も呼ばれているから、さすがに覚えている。


俺の弟シーズだ。


俺より2歳年下で、まだ幼い。


「兄ちゃん」


「ん?」


「これ、食べて」


シーズが自分の皿から何かを差し出してくる。


「いや、自分で食べなよ」


「いらない」


「じゃあ、なんで取ったの?」


「兄ちゃんにあげる」


……うむ、良き弟じゃ。


ただ、よく見るとシーズの顔には明らかに「自分が嫌いだから押し付けている」という表情が浮かんでいた。


「……これ嫌いなんでしょ?もう少し上手に感情を隠さないと....」


「うん...頑張る!」


父さんが呆れている。


「リース、幼い弟に何を教えているんだ。」


「常識です。」


大族長家の長男。


将来の後継者。


そして現在、弟を育成中である。


前世の俺は、まさか異世界に転生してまでこんな役職に就くとは思っていなかった。


そんな朝食を終えたところで、父さんが部屋へ入ってきた。


「リース、今日はアルヴァン民族について教える」


「アルヴァン民族?」


俺が聞き返すと、父さんは頷いた。


「そうだ。昨日まではブリガン族についてだったな。だが、お前が将来知るべきなのはブリガン族だけではない」


俺は少し姿勢を正した。


「アルヴァン民族には、俺たち以外にも部族がいるんだよね?」


「ああ」


父さんはそう答えると、アルヴァン民族全体の話を始めた。


_____________________________________


「アルヴァン民族には俺たち以外にも部族がいるんだね?」


「ああ。アルヴァン民族には3つの大部族と35の小部族がある」


父さんはそう言いながら、床に置いてあった木の板をこちらへ引き寄せた。昨日までの授業ではブリガン族の領域について教えられていたが、今日はどうやらもっと大きな話をするらしい。


「まず、一番大きいのがカレド族だ。人口は約26,800人。40の村、4つの小さな町、そして1つの大規模な町を持っている」


「26,800人……?」


数字だけ聞いても、5歳の俺にはいまいち実感が湧かない。

日本で言えばどこかの小都市に判定されるかされないかくらいの微妙な人口だ。


「そんなに人がいるの?」


「いる。アルヴァン民族で最も大きな部族だからな」


父さんは木の板に大きな丸を1つ描いた。


「そして、カレド族の族長がアルヴァン民族全体の首長になる」


「首長って、一番偉い人?」


「単純にそう考えてもいいが、少し違う。アルヴァン民族は王国ではないからな。首長が王のように全てを命令するわけではない」


「じゃあ、何をするの?」


「民族全体に関わる問題をまとめたり、部族同士の争いを調整したりする。必要なら大族長や族長たちと話し合い、アルヴァン民族としてどうするかを決める」


なるほど。


王様というより、たくさんある部族をまとめる代表者という感じなのだろう。

つまり、部族連合というのが近いだろう。アルヴァン部族連合。なかなかいいネーミングじゃない?


「今の首長は誰なの?」


「ブライアンだ」


「ブライアン?」


「ああ。ブライアン・カレド。カレド族の族長であり、現在のアルヴァン民族の首長だ」


俺はその名前を頭の中で繰り返した。


ブライアン・カレド。


これが今のアルヴァン民族の首長の名前か。


5歳の俺にとっては、初めて知る大物の名前だった。


「強いの?」


「強いぞ」


父さんは即答した。


「かなり?」


「かなりだ」


「父さんより?」


「……俺と比べる必要はないだろう」


父さんの返答が妙に早かった。


「つまり、父さんより強いんだ」


「そういう話ではない」


「雑魚。」


「息子が薪に見える。薪は割って燃料にしないとな。」


/(^o^) \ナンテコッタイ


「ちょっと散歩へ.... 」


「ああ、やはり今日は兎狩りになりそうだ。柔らかい肉がおいしいだろうな。まずは切り刻んでそれからこんがりと鉄板で焼いたり、鍋でぐつぐつと茹でてスープにするのも良いかもしれないな。まあ、まずは臓器をえぐり出したり、血抜きをしたり、皮をはいだり....」


「ssっす、す、すすすすすみませんでしたぁぁぁぁ!」


このまま食卓行きだったかもしれない。アルヴァン民族にはカニバリズムでもあるのかもしれない。

気を付けないと夕食になるかもしれない。


「まあいい。続けるぞ」


木の板に2つ目の丸を描いた。


「次がブリガン族だ」


「俺たちだね」


「ああ。人口は約12,900人。20の村、2つの小さな町、そして1つの中規模の町がある」


「カレド族の半分くらい?」


「だいたいな」


「じゃあ、ブリガン族は何が得意なの?」


俺が聞くと、父さんは少し胸を張った。


「知だ」


「知?」


何言ってるんだこいつ。言い方からして恰好つけている。

この年になって若年性妄想疾患(厨二病)は痛い。


そうして俺が憐みの視線を向けているとは気づかず話し続ける愚父。


「政治、外交、軍略、戦術、情報分析。そういったものだ」


「じゃあ、自称頭がいい部族?」


「通称だ」


「父さんも?」


「当然だ」


「自分で言うんだ。」


「事実だからな」


「驕り高ぶってる愚父をもって辛い。」


「鍋にする?焼肉にする?それともね・ん・りょ・う?」


中年に片足突っ込んでる奴が、ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?

みたいなことを言っているのはいかがなものか。


「じゃあ、戦うのは雑魚?」


「誰がそんなことを言った?」


父さんの目が少し細くなる。


「俺たちだって戦える。ただ、ダルリア族のように戦うことそのものを得意としているわけではない」


「ダルリア族?」


「ああ」


父さんは木の板に3つ目の丸を描いた。


「もう1つの大部族だ」


ダルリア族。


人口はブリガン族と同じ約12,900人。


そして、この部族はアルヴァン民族の西部を支配している。


「ダルリア族の領域には、セヴェリア帝国がある」


「帝国?」


聞いたことのない言葉だった。


「そうだ。アルヴァン民族の東側にある巨大な国家だ。ダルリア族は、その帝国との間で何度も争っている」


「じゃあ、ダルリア族は帝国と戦ってるの?」


「そうだ」


父さんの声が少しだけ低くなる。


「だから、アルヴァン民族の中でも特に戦いに慣れている。弓だけでなく、斧や両手剣を使う熟練した戦士も多い」


「強いんだ」


「ああ。真正面から戦うなら、アルヴァン民族ではダルリア族が一番だろう」


「父さんは?」


「……さっきから何故、俺と戦わせたがるんだ?」


「気になるから」


「俺は戦う前に勝つ方法を考える」


「じゃあ、ダルリア族は?」


「戦いながら勝つ」


「なるほど」


なんとなく分かった。


ブリガン族は頭を使う。


ダルリア族は戦う。


そしてカレド族は、その間をまとめる。


「3つの大部族って、それぞれ役割が違うんだね」


「ああ。もちろん完全に分かれているわけではない。ダルリア族にも政治のできる者はいるし、カレド族にも優れた戦士はいる。俺たちだって必要なら戦う」


父さんはそこで一度言葉を切った。


「ただ、それぞれに得意なことがある。それを互いに活かしているんだ」


「じゃあ、仲良しなんだ」


「……そう簡単な話でもない」


「え?」


「部族同士で意見がぶつかることもある。狩場や食料、交易、戦いについて揉めることもあるからな」


「喧嘩するの?」


「する」


「大人なのに?大人気ないね~」


「お前は本当に唐突に生意気になるな。」


父さんが苦笑した。


「お前もそのうち分かる」


嫌な予言をされた気がする。


すると、それまで部屋の隅で遊んでいた弟がこちらを振り向いた。


「兄ちゃん」


「ん?」


3歳になった弟――シーズが、小さな手に木の棒を握ったまま俺を見ている。


「首長って強い?」


「さあ」


俺が答えると、父さんが笑った。


「ブライアンはかなり強いぞ」


「へえ」


シーズは興味深そうに父さんを見る。


「父さんより?」


「……お前までか」


父さんが頭を抱えた。


そして親切で弟思いな俺はシーズに真実を伝える。


「父さんは雑魚だよ」


俺がそう答えると、シーズは満足したように頷き、そして....


「や~い!雑魚!」


父さん罵り、


そして、何事もなかったかのように再び遊び始める。


俺はそんな弟を見ながら、思った。

こいつは大物になる!


そんなことを考えていると、


悲しみから何とか立ち直ったらしき父さんが再び口を開いた。


「そして最後に、35の小部族がある」


「父さん以上の雑魚がいっぱいいるんだね。」


それを聞いた父さんはもう答える気力もないようで


何かを悟ったかのような顔で肯定してきた。


「そうだ」


いいのかそれで。自分で煽っておきながら少し心配になった。


そして、父さんは木の板に小さな丸をいくつも描いた。


「1つの小部族につき、人口はおよそ220人。基本的には1つの村を中心に暮らしている」


「じゃあ、全部合わせると?」


「約7,700人だ」


俺は頭の中で計算してみる。


26,800。


12,900。


12,900。


7,700。


「……60,300?」


父さんが少し驚いた顔をした。


「計算できるようになったな」


「昨日教えてもらったからね」


「そうだったな」


「つまり、アルヴァン民族は6万人くらいいるんだ」


「ああ」


父さんは頷いた。


「これが、お前がこれから背負っていくアルヴァン民族だ」


その言葉に、俺は木の板をじっと見つめた。


6万人。


3つの大部族。


35の小部族。


俺が生まれたブリガン族だけでも12,900人。


前世の日本で暮らしていた頃には、こんな数字を自分が背負うことになるなんて考えたこともなかった。


「……父さん」


「なんだ?」


「もいつか、みんなのことを考えないといけないの?」


父さんは少し黙った。


そして、静かに頷いた。


「そうだ。お前は俺の長男だからな」


その言葉を聞いた瞬間、俺は改めて自分の立場を思い出した。


俺はただの森の少年ではない。


ブリガン族大族長コルマックの長男、次期大族長だ


「……大変そう」


思わず本音が漏れた。


父さんは笑った。


「だから今から教えているんだ」


「5歳なのに?」


「5歳だからだ」


「早くない?」


「遅いくらいだ」


「……」


やっぱり、この世界の大族長家は教育が厳しい。


俺はそう思いながら、木の板に描かれた3つの大きな丸と35の小さな丸を眺めていた。


このときの俺は、まだ知らなかった。


この6万人の民族を背負うことが、将来どれほど重い意味を持つことになるのかを。


そして――その未来を変えるために、自分自身が大きな決断をすることになることも。

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