第55話:閑話・深淵の境界線と、嘆きの女神
第55話:閑話・深淵の境界線と、嘆きの女神
リオンたちが天空の聖域で「女子会」と「クジラの露天風呂改造」に興じていたその頃。
世界の地図において、分厚い霧と絶望の海に隔てられた「未知の領域」——西海大陸エゼルガルドでは、リオンたちの住む大陸とは似ても似つかぬ凄惨な光景が広がっていた。
1. 絶望の大陸:エゼルガルドの情景
降り注ぐのは恵みの雨ではなく、魔力を蝕む「黒い灰」。
ここでは人間は希少種であり、大陸を支配しているのは強固な階級社会を築いた獣人族と、古の魔術を歪めて継承したエルフ族であった。
「……クソ。また『システム』のバグか」
燃え盛る集落の影で、一人の男が吐き捨てた。
犬の耳を持つ獣人の少年。しかしその瞳には、子供にはあり得ない冷徹な知性と、深い絶望が宿っている。彼もまた、リオンたちと同じ転生者。だが、彼が置かれた状況は「最強のパトロン」も「過保護な神」もいない、**ハードモードな生存競争**であった。
「この大陸の神(運営)は何をやってやがる。瘴気がこれだけ溢れて、種族間で殺し合って……。そろそろ『サービス終了』かよ」
彼の見つめる先では、瘴気に汚染され、自我を失ったエルフたちが、自らの母なる大樹を焼き払っていた。
この大陸には、救いという概念が存在しなかった。なぜなら、ここは世界の「ゴミ捨て場」として封印された、神々の管理外領域だったからだ。
2. 神界の密談:過保護神と、疲れ果てた女神
その頃、天界の特等席でリオンの冒険を「尊い……」と拝んでいたアルトワール神の元へ、一人の客人が訪れた。
漆黒の喪服のようなドレスを纏い、目の下に深い隈を作った、疲れ果てた美貌の女神——冥界神アイゼルである。
『……ん? おお、アイゼルではないか。我がリオンの四神コンプリート記念パーティーに参加しに来たのか? 今なら揚げたてのポテトがあるぞ』
「……アルトワール。相変わらず、その脳内はお花畑のようですわね」
アイゼルは冷たい溜息を吐き、一枚の「真っ黒な羊皮紙」を突きつけた。
「貴方がその『リオン』とかいうバグ……いえ、愛しき使徒を甘やかして世界を浄化している間に、隣の大陸エゼルガルドはどうなったかご存知?」
『エゼルガルド……? ああ、あの古い条約で「不可侵」とされた実験場か。あそこは別の管理神がいたはずだが』
「その管理神はとっくに瘴気に呑まれて『不具合』の一部となりましたわ。今やあの大陸は、瘴気が飽和状態。放っておけば、貴方の愛するリオンがいる大陸まで黒い泥に飲み込まれます」
アイゼルが指差したモニターには、リオンが浄化したばかりの大陸とは対照的な、崩壊寸前の世界が映し出されていた。
「……計算しましたわ。エゼルガルドの崩壊率は\bm{98.7\%}。救う方法はただ一つ。貴方の育てた『最強の浄化装置』を、あの大陸へ送り込むことですわ」
3. 啓示:新たな「拡張パック」の発動
王都へ凱旋し、全世界が自分たちの「聖域」にひれ伏すカタルシスに浸っていたリオンたち。
豪華な祝宴の最中、リオンの脳内に、かつてないほど「真面目」なトーンでアルトワールの声が響いた。
『……リオン。聞こえるか。……すまん、私の「管理ミス」で、お前の休暇を少し短くせねばならなくなった』
「神様? どうしたの、そんなに改まって」
『図鑑を開け。……新しい「拡張パッチ」を適用した』
リオンが驚いて【神羅万象の絆】を開くと、そこには黄金に輝く「四神ページ」の隣に、血のように赤い鎖で封印された新たなページが出現していた。
【ワールド・クエスト:深淵の大陸エゼルガルドの救済】
概要: 忘れ去られた大陸に住む「悲劇の種族」たちと出会い、狂ったシステムをテイムせよ。
報酬: 世界の真実、および「神の座」への招待。
備考: このクエストには「ジン」「カイト」「サラ」および全従魔の随行が推奨されます。
「……エゼルガルド? そんな場所、聞いたことないよ。ジンさん、カイトさん、知ってる?」
リオンの問いに、軍師ジンは眉をひそめて古文書(神の加護付き)を検索し、カイトは演算鏡で方角を弾き出した。
「……リオン君。ここから西へ数万海里、地図にない霧の向こうに、確かに『空白の領域』がある。……神様がわざわざこんなクエストを出すってことは、そこには四神でも太刀打ちできない『何か』がいるってことだ」
「……面白い。科学と魔法の融合が、未知の大陸でどこまで通じるか。リオン、俺も行くよ。……俺の作った『アストラル・アルカ』は、海を越えるために造ったんじゃない。『世界の壁』を越えるために造ったんだ」
リオンは、自分の肩に乗った小さなクラーケン(シルビア)や、足元で尻尾を振るハクヤを見つめ、不敵に笑った。
「よし! 凱旋パーティーはここまでだ! みんな、次の旅の準備をしよう! まだ見ぬ友達が、向こうで困ってるみたいだからね!」
4. 旅立ちの予感
ルミナスは、リオンの決意を聞いて優雅に扇子を広げた。
「ふふ、王都でのんびりお茶会、というわけにはいきませんのね。……サラ様、新しい大陸には、もしかしたらもっと素敵なドレスや、新しいお友達がいるかもしれませんわよ?」
「ルミナスさんが行くなら、私もどこまでも行きますよ! 暇つぶしにしては、ちょっとスケールが大きすぎますけど!」
東西の軍勢、北の技術、天空の管理。
リオンという一人の少年の下に集った「最強の家族」は、一つの大陸を完全攻略した勢いのまま、神々すら見捨てた絶望の大地へと、その牙を剥く。




