第36話:海を割る慈愛と、箱庭に生まれる蒼き海
第36話:海を割る慈愛と、箱庭に生まれる蒼き海
「どけええええっ!! 俺は、お前らの主を助けに来たんだ!!」
リオンの魂からの叫びと、【神羅万象の絆】の圧倒的な『慈愛』の波動が、荒れ狂う海面を滑るように広がっていった。
その温かい光に触れた瞬間、グランド・アルカの進路を塞いでいた水棲魔物たちの間に、明らかな動揺が走る。
『……この人間は、敵じゃない。主様を、本気で救おうとしてくれている……!』
リオンの意志を感じ取ったシーサーペントやマーマンたちは、互いに顔を見合わせた後、ゆっくりと、しかし確かな希望を込めて、道を塞いでいた巨大な「水の壁」を解除した。
海が割れ、群島の中心へと続く一本の航路が開かれる。
「ありがとう。絶対にお前たちの主を助け出す!」
リオンが頷いた、その直後だった。
――ゴゴゴゴゴォォォォッ!!
群島の中心部の海面が大きく盛り上がり、巨大な水柱と共に『それ』は姿を現した。
全長数十メートル。鹿のような角と、蛇のように長い体躯。かつてはサファイアのように美しかったであろう鱗は、どす黒い瘴気にまみれ、所々が腐食して痛々しい傷跡を晒している。
東の海の守護神、青龍である。
「ギャルルルゥゥゥ……ッ!!」
青龍は、最後の気力を振り絞って結界を破り、リオンたちの前に現れたのだ。
血走った目でグランド・アルカを睨みつけるが、その瞳の奥には「私を、ここで終わらせてくれ」という悲痛な懇願が揺らめいていた。
「……よくぞ耐え抜いたな、青龍。お前の誇りは、俺が守る」
リオンは操舵室のジンに向かって、大きく手を振り下ろした。
「ジンさん! やりましょう!!」
「おうっ! お前ら、対厄災用・魔導主砲に魔力充填! 撃てえええっ!!」
ジンの号令と共に、ゲイルが造り上げた最強の戦艦『グランド・アルカ』の艦首が割れ、巨大な主砲が姿を現す。
紅蓮魔竜イグニスの炎と、紫電の神虎ライガの雷が、魔力炉を通じて主砲に流れ込み、さらに世界樹の神鹿ルミエルの【聖域展開】の浄化の光が砲身を包み込む。
ズドォォォォォォンッ!!!
放たれた極太の光の奔流は、青龍の巨体の『横』をすり抜け、その真下――海底で瘴気を吹き出し続けていた巨大な『亀裂』に直接叩き込まれた。
天地を揺るがす衝撃と共に、海の底で厄災の元凶が完全に消滅し、黒く淀んでいた海が本来の青さを取り戻し始める。
元凶が断たれたことを悟った青龍は、糸が切れたようにその巨体を海面へと崩し落とした。
「ルミエル! ハク! 青龍の治療を頼む!」
ルミエルとハク(白大蛇)が即座に浄化と治癒の魔法をかけ、青龍の体を蝕んでいた猛毒がみるみると消え去っていく。青龍は安らかな寝息を立て始めた。
「よしっ、治療完了! ……でも」
リオンは周囲の海を見渡した。元凶は消えたとはいえ、群島の海は長年の瘴気で酷く汚染されており、サンゴも海草も枯れ果てている。元通りの豊かな海に戻るには、数年、あるいは数十年の歳月が必要だろう。
リオンは当然のように、満面の笑みで言い放った。
「海が綺麗になるまで、お前ら全員、うちの『箱庭』にお引っ越しだ!」
◇
数十分後、【無限の箱庭】へとポータルをくぐり抜けた青龍とその眷属たちは、亜空間の美しい平原で戸惑っていた。
「さーて、新入りのみんなのために、新しい『海』を作るぞ! レオ、頼めるか!」
「おうっ! 任せとけリオン兄ちゃん!!」
元気よく飛び出してきた少年レオが、平原の端に両手をつく。
――ズゴゴゴゴォォォォンッ!!
神スキル【豊穣の開拓者】が発動し、大地が凄まじい規模で陥没していく。もはや湖などというレベルではない。地平線の彼方まで続く、巨大な『海洋盆地』が一瞬にして形成されたのだ。
すかさず、清流粘体のシズクが『水流操作』をフル稼働させ、グランド・アルカの魔力炉とリンクして、無限に湧き出る清らかな海水を滝のように注ぎ込んでいく。
ほんの数分のうちに、箱庭の中に波の音が響く「美しいプライベート・オーシャン」が完成してしまった。
「――――おいぃぃぃっ!!」
ジン伯爵が、たまらず甲板のへりから身を乗り出して絶叫した。
「お前っ、箱庭ゲーで『海エリア』の追加実装なんて、年単位の開発が必要な超大型アップデート案件だぞ!? なんで数分で地平線まで続く海をコピペしてんだよ! サーバー(神様)の処理落ちとか考えねえのか!!」
「あはは、水棲の魔物なんだから、広い海じゃないとストレス溜まるじゃないですか!」
前世のゲーム知識を総動員して的確にキレるジン。
その隣で、ルミナスは扇子で優雅に口元を隠し、瞳の焦点をスッと虚空へとずらしていた。
(なるほど。海というものは、少年とスライムが数分で創り出せるものなのですね。分かりましたわ。王都へ戻ったら、王国の地理と歴史の教科書をすべて焼き捨てて書き直すよう、セバスに命じておきましょう……ええ、そうしましょう……)
貴族令嬢の精神の防壁が、ついに音を立てて崩壊し、上品な現実逃避へと移行していた。
「シュルルゥゥゥ……!(おおおっ……なんという清らかな海だ……!)」
完成したばかりの箱庭の海に、目覚めたばかりの青龍と眷属たちが歓喜の声を上げて飛び込んでいく。
青龍は美しいサファイアの鱗を輝かせながら、感謝を示すようにリオンの足元に大きな頭をすり寄せた。
『ピコンッ!』
『青龍とのテイムが完了しました!』
「お前は、海を鎮める青き嵐……『セイラン』だ!」
リオンが名付けると、青龍セイランは天高く舞い上がり、箱庭の空に美しい虹の橋を架けた。
玄武、白虎、そして青龍。
ついに伝説の四神のうち三体までを仲間に加え、さらに自分たちだけの『専用の海』まで手に入れたリオンの牧場。
常識外れのドタバタ劇と神の過保護に支えられながら、彼らの規格外なスローライフは、最後の四神(朱雀)が待つであろう南の地へと、さらなるロマンを膨らませていくのだった。




