第32話:港町の懸念と、神懸かりの変わり者船大工
第32話:港町の懸念と、神懸かりの変わり者船大工
東の海に面した大公領最大の港町、『ポート・アクアリア』。
潮の香りと活気に満ちた波止場を歩きながら、リオンとジン伯爵は、海に浮かぶ立派な大型交易船を見上げて……同時に、深大なため息をついた。
「……ジンさん。この世界の基準じゃあれが『最新鋭の大型船』なんでしょうけど」
「ああ。俺たち『現代の記憶』を持つ者から見れば、ただのデカい『浮かぶ木箱』だ。スタビライザー(横揺れ防止装置)もないから死ぬほど揺れるし、水洗トイレもない。何より……青龍が棲むような海域で魔物に襲われたら、あんな木っ端、一撃でへし折られるぞ」
「ですよねぇ。箱庭の快適さに慣れきった今、あんな過酷な船旅、俺も子供たちも絶対耐えられません」
転生者二人による、ファンタジー技術に対するガチのダメ出しである。
ルミナスは不思議そうに小首を傾げたが、二人が「絶対に安全で快適な船」を求めていることは理解できた。
「では、どうなさいます? 大公軍の軍船も基本は木造ですが……」
「港の造船所を回ってみましょう。腕が良くて、俺たちの無茶苦茶なオーダーに応えてくれる『頭の柔らかい船大工』を探すんです」
三人は港の外れにある、一際ボロい小さな造船工房へと足を踏み入れた。
そこには、木くずにまみれながら、奇妙な金属製の装甲板のような図面を睨みつけている若い男の姿があった。
「あー、くそっ! なんで誰も俺の『魔物除けの鉄甲船』の理論を分かってくれねえんだ! 木の板なんかじゃ、海の魔物には勝てねえのに!」
「……おや。ちょうどいい変わり者(逸材)がいそうだな」
ジンが口角を上げ、リオンと共に男――若き船大工のゲイルに声をかけた。
ゲイルは彼らの身なりが貴族だと知るなり、目を輝かせて自らの図面を広げた。装甲、魔力駆動のスクリュー、そして快適な船室。それはこの世界には存在しない、極めて近代的な「戦艦」の青写真だった。
「どうです旦那方! これなら嵐も魔物も屁でもねえ! ……ただ、こんな特殊な金属を加工する設備も、動かす魔力炉も、俺の腕じゃ実現できない夢物語なんですがね……」
ゲイルが自嘲気味に笑った、その瞬間だった。
遥か上空の神界から、あの過保護な神様が下界をガン見していたのである。
『カッカッカッ! 見つけたぞリオンよ! 私の愛しき使徒と可愛い孤児院の幼児たちを、あんな波に揺れるだけの脆い木箱に乗せるわけにはいかん! 船酔いなど言語道断!』
「うおっ、また脳内に直接……! っていうか神様、船酔いまで心配してるの!?」
『当たり前だ! ゆえに、その変わり者の船大工に、私の加護をくれてやる! ついでに、船の内部に箱庭の【ポータル】を常設できる権限もな! 船からいつでも箱庭に帰れれば、最高に安全で快適であろう!!』
カアァァァッ……!!
造船工房の屋根を突き破り、黄金の光がゲイルの全身を包み込んだ。
「うわぁぁぁっ!? なんだこの光! 頭の中に、とんでもねえ造船技術と加工魔法の知識が……あふれ、あふれてくるぅぅぅっ!!」
光が収まると、ゲイルのステータスには【海神の船匠】という、物質の強度を無視して船の部品を神速で組み上げるチートスキルが燦然と輝いていた。
カイルたちに続く、新たな「神の恩寵持ち」の誕生である。
「す、すげえ……! 今の俺なら、どんな硬い魔物の素材でも神の金属でも、粘土みたいに加工して船が造れる! 旦那! あんたら一体何者だ!?」
「ただの、快適な船旅がしたいテイマーです。……ゲイルさん、あなたを俺の専属船大工として雇います」
リオンはニヤリと笑い、ジンとルミナスを振り返った。
神のお墨付きと、それを実現するチート大工が手に入ったのだ。ならば、転生者として妥協する理由など一つもない。
「ゲイルさん。俺の『箱庭』には、霊峰の鉱石や世界樹の木材など、最高級の素材が腐るほどあります。さらに、古代の『魔力炉』もストックしてある」
「なっ……! マジかよ!?」
「それに加えて、俺とジンさんで『最強の船』の設計図を引きます。――揺れを完全に防ぐ魔力制御、スイートルーム完備の高級ホテル並みの内装、箱庭への直通ポータル。そして、海竜すら一撃で沈める『大砲』を備えた、最強の魔導豪華客船を!」
リオンの掲げた途方もない、しかし絶対に実現可能な「最強の船」の構想。
それを聞いたゲイルは、武者震いするようにハンマーを握りしめ、漢泣きしながら土下座した。
「や、やらせてくだせえ! 俺の魂を懸けて、あんたらの夢の船を造り上げてみせます!!」
こうして、神の過保護な采配により、また一人ヤバい才能を持った仲間が加わった。
この世界の常識を根本から覆す、前代未聞の『超ド級・魔導客船』の建造計画が、今ここに幕を開けたのである。




