第30話:泥沼の聖域と、白き守護者への誓い
第30話:泥沼の聖域と、白き守護者への誓い
ブクブクと毒の気泡が弾ける『腐食の湿地帯』。
普段なら熟練の冒険者すら足を踏み入れるのを躊躇う死の沼を、リオンの特務部隊は文字通り「蹂躙」しながら進んでいた。
「す、すげえ……! 毒の沼を、完全に無視して進んでいく!」
大公軍の若手兵士たちが感嘆の声を上げる。
無理もない。彼らが乗っているのは、山のように巨大な霊峰の護法亀であるゲンの強固な甲羅の上だ。ゲンが沼地をズズズンッと踏みしめるたび、底なし沼はただの水たまりと化す。
さらに、世界樹の神鹿ルミエルが放つ翠緑の結界が、周囲に立ち込める猛毒の瘴気を完全にシャットアウトしていた。
「若手のみんな、結界の外から来る瘴気モンスターの迎撃は任せたぞ! カイルたちに遅れをとるな!」
「「「はっ!! リオン様!!」」」
神の【導かれし成長】を得た若手たちが、魔法と弓で次々と魔物を蹴散らしていく。
リオンはゲンの甲羅の先端に立ち、シズクの『探知』を頼りに湿地帯の最深部を睨みつけていた。
「もうすぐだ。……見えたぞ!」
濃密な黒い霧を抜けた先、すり鉢状になった湿地帯の最中心部。
そこに広がっていた光景に、リオンたちは息を呑んだ。
「あれが……バーンズ子爵の言っていた、Sクラスの……っ」
ドロドロの黒い瘴気の激流を、身を呈して堰き止めている巨大な肉の防波堤。
それは、本来の白銀の鱗をどす黒い泥に染め、苦痛に喘ぐ巨大な蛇――『浄泥の白大蛇』だった。
だが、リオンの心を最も強く打ったのは、大蛇の巨体そのものではなかった。
「ピィィ……」
「キュゥ……ッ」
大蛇が自らの命を削って守り抜いた、わずかばかりの清浄な足場。
そこに、毒を持たない沼ウサギや、小さなカエル、泥トカゲといった、湿地帯の非力な動物や魔物たちが何百匹も身を寄せ合っていたのだ。
彼らは、自分たちを守るために死にかけている大蛇のボロボロの体にすり寄り、涙を流すように鳴き声を上げながら、必死に看病するかのように寄り添っていた。
逃げる場所がないからではない。彼らは、自分たちの「優しい主」を見捨てることができず、共にここで死ぬ覚悟を決めているのだ。
「……なんて優しくて、悲しい光景なんだ」
リオンがゲンの甲羅から飛び降り、泥の地面に降り立つ。
見知らぬ人間の接近に、沼の動物たちはビクッと肩を震わせ、大蛇を守るように小さな体を前に出し、震えながらも威嚇の鳴き声を上げた。
しかし、リオンが一切の武器を持たず、両手を広げてゆっくりと近づいていくと、その全身から放たれる【神羅万象の絆】の温かな『慈愛』の波動に、動物たちの敵意がスッと溶けていった。
一匹の泥だらけの沼ウサギが、恐る恐る群れから進み出て、リオンの足元までやってきた。
そして、リオンのズボンの裾を小さな前足で掴むと、大蛇を見上げながら、ポロポロと涙をこぼして泣き喚いたのだ。
「キュゥゥッ……! キュィィィッ!!(助けて……! 私たちの主様を、助けてっ!)」
言葉は通じなくとも、その悲痛な願いはリオンの心に真っ直ぐに突き刺さった。
リオンは優しく沼ウサギを抱き上げると、泥にまみれるのも構わず、大蛇の巨大な顔の前に歩み寄った。
閉ざされかけていた大蛇の瞳が、僅かに開く。
「……よく一人で、この子たちを守り抜いたな。本当に立派だ」
リオンは、瘴気に侵された大蛇の硬い鱗にそっと両手を当てた。
途端に、大蛇から伝わってくる想像を絶する痛みに、リオン自身も顔をしかめる。しかし、彼は決して手を離さなかった。
「俺はテイマーだ。お前みたいな、自分より弱い者のために命を懸けられる優しくてカッコいい魔物を……絶対に死なせたりしない」
リオンは背後を振り返り、最強の従魔たちに向けて高らかに叫んだ。
「イグニス、ライガ! 堰き止められていた瘴気の元凶を、跡形もなく消し飛ばせ! ルミエルは俺と一緒に、全力の浄化だ!!」
「ギャオオォォォォンッ!!」
「ガァァァァッ!!」
紅蓮魔竜と紫電の神虎が天高く舞い上がり、湿地帯の奥底から湧き出る瘴気の源流に向けて、圧倒的な炎と雷撃の合体ブレスを叩き込む。
ドゴォォォォォンッ!! という天地を揺るがす轟音と共に、厄災の源が物理的に蒸発していく。
そして。
「ルミエル、頼む!」
『ピィィィィィンッ!』
ルミエルが放つ翠緑の奇跡【聖域展開】の光と、リオンの【神羅万象の絆】の光が混ざり合い、黄金に輝く巨大な波紋となって大蛇を包み込んだ。
大蛇の体内に蓄積されていた猛毒が、光の粒子となって次々と天へ昇っていく。
ボロボロに崩れ落ちていた鱗が剥がれ、その下から、真珠のように美しく輝く純白の鱗が姿を現した。
「シュルルゥゥゥ……ッ!!」
完全に浄化され、痛みが消え去った大蛇が、歓喜の産声を上げるように高く頭をもたげた。
その神々しい姿に、湿地帯の動物たちが「ピィィッ!」「キュウッ!」と喜びの声を上げて大蛇に群がっていく。
『ピコンッ!』
『浄泥の白大蛇の好感度がMAXに達しました!』
『浄泥の白大蛇とのテイムが完了しました!』
「お前の名前は……白く美しい水神の使い、『ハク』だ」
リオンが名付けると、ハクは巨大な頭をすり寄せて、リオンの頬をペロリと優しく舐めた。
周囲では、大公軍の若手兵士たちが、またしてもリオンが起こした「神話級の奇跡」に涙を流してひざまずいていた。
「よしっ! 元凶は消え去ったけど、この泥沼が元に戻るには時間がかかるな。ハク、お前を慕ってるこの子たちも全員、うちの『牧場』で引き取るぞ!」
リオンが虚空に【無限の箱庭】のポータルを展開すると、ハクと無数の動物たちは、清らかな風が吹き込む亜空間へと、希望に満ちた足取りで進んでいく。
こうして、己の身を呈して命を守り抜いた優しき白蛇は、リオンという最高のテイマーと出会い、永遠の安息と新たな家族を手に入れたのである。




