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第28話:領主の苦悩と、泥に沈む白き守護者

第28話:領主の苦悩と、泥に沈む白き守護者

 東の海『蒼海群島(そうかいぐんとう)』へ向かう道中。

 リオンと大公軍の合同パーティーは、『腐食の湿地帯(ふしょくのしっちたい)』に隣接する防衛拠点――バーンズ子爵の居城へと到着した。

「おおっ、ジン軍師殿! それに辺境伯家のルミナスお嬢様まで! まさかこれほどの援軍が到着するとは……!」

 応接室に駆け込んできた中年の貴族、バーンズ子爵は、安堵のあまりへたり込みそうになっていた。

 彼は大公派閥の中でも特に領民思いで知られる有能な領主だが、その顔には深い疲労と焦燥の色が濃く刻まれている。

「バーンズ子爵、大公からの親書は届いているな? このリオン君をリーダーとする特務部隊で、湿地帯の異常を解決しに来た。……事態はそこまで切迫しているのか?」

 ジンの問いかけに、子爵は重々しく頷いた。

「はい。実は今朝、大公軍本隊へ救援の早馬を出そうとしていたところだったのです。数日前から、湿地帯の奥深くから異常な『黒い毒霧(瘴気)』が噴き出し始めまして……。このままでは毒の泥が溢れ出し、近隣の村々が飲み込まれる寸前でした」

「……寸前『でした』? 過去形なのか?」

「ええ、そこが不可解なのです」

 子爵はテーブルに湿地帯の地図を広げ、その中心部を指差した。

「決壊すると思われた毒の泥が、なぜか湿地帯の中心でピタリと止まっているのです。決死の覚悟で斥候を送ったところ……信じられない報告が上がってきました。湿地帯の中心で、Sクラスに指定される巨大な魔物が、のたうち回っていると」

 その言葉に、カイルたち若手兵士の間に緊張が走る。

 Sクラス魔物といえば、小国の軍隊が全滅するレベルの『歩く災害』だ。

「斥候の報告によれば、その魔物は泥にまみれた巨大な『蛇』。最初はそいつが瘴気を撒き散らしている元凶かと思われました。……しかし、観察を続けると違ったのです。その大蛇は、溢れ出そうになる猛毒の泥を自らの巨体で堰き止め、さらには毒を飲み込んで、必死に自分の体内で『浄化』しようとしているのだと……っ」

「なっ……! 自らの体を、毒のフィルター代わりにしているというのか!?」

 ジンが驚愕の声を上げる中、子爵は辛そうに目を伏せた。

「あの巨大な蛇が毒を飲み込み続けているおかげで、我々の領地は泥に沈まずに済んでいます。ですが、あの魔物も限界でしょう。全身がどす黒く染まり、苦痛に狂ったように身悶えしていると……。我々人間の軍隊では、助けに行くことも、楽にしてやることもできません」

 重い沈黙が応接室に降り下りた。

 霊峰の玄武ゲンや、樹海の精霊獣ルミエルと同じ。この世界には、己の命を削ってでも、理不尽な厄災(瘴気)から何かを守ろうとする、誇り高く心優しい魔物たちがいる。

 ――バンッ!

「子爵さん、あんたの領地も、その大蛇も、絶対に泥なんかに沈めさせない」

 リオンが勢いよく立ち上がり、両手でテーブルを叩いた。

 その琥珀色の瞳の奥には、メラメラと燃え盛るような強烈な『テイマー魂』の炎が宿っていた。

「Sクラスの守護者……。そんな健気でカッコいい魔物を、この俺が見殺しにするわけがない。絶対に助け出して、俺の牧場(箱庭)で腹いっぱい美味い飯を食わせてやる!」

 損得勘定など一切ない、育成ゲーマーとしての純粋な執着と、魔物を愛するテイマーとしての絶対的な救済の意志。

 そのブレない熱意に当てられ、ルミナスとジンは顔を見合わせて「ふふっ」と笑みをこぼした。

「言うと思ったよ。同郷の君が、そんなレアで気高い魔物をスルーできるはずがないからな」

「ええ。リオン様のそのお優しさこそが、私たちの陣営の最大の武器ですわ。……カイル、エレン! そして大公軍の精鋭たち!」

 ルミナスが扇子を広げて号令をかけると、控えていた若手兵士たちが一斉に背筋を伸ばし、目をギラギラと輝かせた。彼らもまた、リオンの言葉に完全に感化テイムされていた。

「「「はっ!! 我ら、リオン様の御心のままに!!」」」

「よし! ジンさん、子爵さん、少しの間ここで待っててくれ。俺たちで湿地帯の掃除をしてくる!」

 リオンは力強く頷き、部屋を飛び出した。

 過酷な腐食の湿地帯。そこに沈む、優しきSクラスの白き蛇。

 東の青龍探索への前哨戦でありながら、リオンのテイマー魂を最高潮に刺激する泥沼の激闘へ向け、最強の特務部隊がいよいよ出撃するのだった。

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