第23話:閑話・美しき庇護者の先手と、震え上がる王都の狸たち
第23話:閑話・美しき庇護者の先手と、震え上がる王都の狸たち
王都の裏社会を取り仕切る、とある高級サロンの密室。
分厚い防音扉に守られたその部屋で、王国の上層部に属する数名の強硬派貴族たちが、葉巻の煙を燻らせながら密談を交わしていた。
「――間違いないのだな。あの孤児院上がりのガキが、西の霊峰の瘴気を払い、さらには伝説の玄武と白虎までをも従魔にしたというのは」
「ええ。我が派閥の密偵が、砦での光景をしかとこの目で確認したと」
その報告に、恰幅の良い伯爵が下卑た笑みを浮かべた。
「竜に精霊獣、そして玄武と白虎……。たかが平民のガキに持たせておくには、あまりにも過ぎたる力だ。なんとしても我が派閥に取り込み、逆らう他国や他派閥を蹂躙する『兵器』として使わねばならん」
「しかし、奴の背後には辺境伯家の小娘がパトロンとしてついておりますぞ。どうやって引き剥がしますか?」
「簡単なことよ。奴が王都に残していった孤児院のシスターや子供たちを、秘密裏に『保護』と称して拉致すればいい。ガキどもの命と引き換えにすれば、あのテイマーは我々の奴隷同然よ。ひっひっひ!」
密室に響き渡る、薄汚い狸たちの哄笑。
彼らが、己の完璧な計画に酔いしれていた、まさにその時だった。
――ドゴォォォンッ!!
重厚な防音扉が、爆発したかのように吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める粉塵の中から、優雅に扇子を扇ぎながら姿を現したのは、燃えるような赤髪の少女――辺境伯令嬢ルミナスと、その後ろに控える老執事セバスだった。
「ひぃっ!? な、なぜここに辺境伯令嬢が!?」
「ずいぶんと、臭くてつまらない寝言を仰るのですね、皆様」
ルミナスは冷たい見下すような視線を貴族たちへ向けた。
彼女の胸の奥では、テイム神から与えられた神のギフト【使徒の庇護者】が、数日前から真っ赤な警告を発し続けていたのだ。リオンやその家族に向けられた、王都からの明確な『悪意』の波動を。
「な、なんの真似だ小娘! ここをどこだと――」
「セバス」
ルミナスが短く命じると、セバスが懐から大量の書類の束を取り出し、貴族たちのテーブルに乱暴に投げ捨てた。
「なっ……これは……っ!」
「過去五年にわたる、皆様の軍資金の横領記録、ならびに隣国との裏取引の証拠ですわ。セバスの『鋼の忠誠』による情報収集能力を舐めないでいただきたい」
貴族たちの顔から、一瞬にして血の気が引いていく。
完全に真っ黒な、国家反逆罪すら適用されかねない致命的な裏帳簿の数々が、そこには完璧に揃えられていた。
「言っておきますが、孤児院の皆様はすでに絶対の安全圏に保護しております。あなたたちの浅はかな企みなど、神の前では筒抜けなのですよ」
ルミナスは扇子をパチンと閉じ、王都の狸たちへ向けて絶対的な死刑宣告を突きつけた。
「リオン様は神の使徒。彼や彼の家族に指一本でも、いえ、『悪意』すらも向けてみなさい。これらの証拠を即座に国王陛下に提出し、我が辺境伯軍の全戦力をもって、あなたたちの家門を物理的に更地にいたします。……理解できましたね?」
「あ……あぁっ……」
もはや反論する気力すら奪われ、貴族たちは恐怖に泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
力を持つ者が無双するのなら、権力を持つ者は知略で無双する。
ルミナスの華麗にして冷酷な先手必勝により、リオンを狙う王都の悪意は、彼が帰還するよりも前に完全に根絶やしにされたのである。
◇
それから数日後。
西の国境から猛スピードで馬を走らせてきたカイルとエレンが、辺境伯邸の執務室へと息を切らして駆け込んできた。
「お、お嬢様!! ご報告いたします! リオン様が西の霊峰で、とんでもない神獣を二体もテイムなさいました!」
「さらに隣国軍の瘴気まで浄化し、和解を成立させてしまったのです! この偉業が他派閥の貴族たちに漏れれば、間違いなくリオン様を巡って王都で血みどろの暗闘が始まります! 早く対策を――」
必死に訴える若き精鋭たち。
しかし、デスクに向かっていたルミナスは、優雅に紅茶のカップを傾けながら、ふんわりと微笑んだ。
「おかえりなさい、二人とも。……ええ、知っていますわ。王都の貴族たちの牽制なら、あなたたちが帰ってくる数日前に、すべて『更地』にして終わらせておきましたから」
「…………えっ?」
カイルとエレンがポカンと口を開ける。
「もう彼らは、リオン様の『リ』の字を聞いただけで震え上がって土下座するでしょう。心配はいりません。さあ、それよりリオン様のさらなる勇姿について、詳しく聞かせなさいな」
ウキウキとした表情で身を乗り出す美しき庇護者を見て、カイルとエレンは顔を見合わせた。
((うちのお嬢様、有能すぎて恐ろしい……!!))
自分たちが命懸けで守ろうとした主の平穏は、神の恩寵を受けた完璧なパトロンの手によって、すでに盤石の岩盤よりも硬く守り抜かれていた。
心底安堵の息を吐き出しながら、若手たちは意気揚々と、リオンの神話級の活躍を語り始めるのだった。




